【初稿版】特オタ~特撮ヒーローズオルタネイト~

青空顎門

第三十一話 突入 ④七色の珠

「あの子は……あの子は何だ!?」

 天高くそびえるアテウスの塔の頂上。
 アルビノの少女ツナギと入れ替わるように眼前に現れたドクター・ワイルドに対し、雄也は第一にそう声を荒げて問うた。

「ツナギ自身が言っていたであろう。吾輩の娘である」

 対して彼は飄々とした態度で答える。
 分かり切ったことを聞く相手を馬鹿にするように。

「……誰を、犠牲にした?」

 相変わらずの人を舐めた態度に苛立ちを抱き、それを押し殺すように声色を低くする。
 脳裏にはこの男がしてもおかしくない下劣な真似がいくつも思い浮かぶが、自分の中の想像に怒り狂って冷静さを失っても仕方がない。
 とにかく今は、ドクター・ワイルドから一つでも多く情報を引き出さなければならない。
 彼女に関しても、このアテウスの塔に関しても。

「答えろ。一体、誰を食いものにした?」
「失礼であるな。吾輩とて恋愛の末にこういうことになる可能性はあるであろうに」

 にやけた顔と笑いを堪えるような口調。
 自分自身全くあり得ない話と思っていることがありありと分かる。
 人を馬鹿にしたその態度を前にしては、抑えを利かせることだけが賢明とも思えない。

「ふざけるな! 進化の因子を持たない人々を人間と認めていない貴様が! 対等な恋愛なんてできる訳がないだろう!」

 だから、雄也は罵倒するように言葉を目の前の男に叩きつけた。

「それとも六大英雄の誰かとの子だとでも言うのか!?」
「……ゾッとすることを考えさせないで欲しいのである」

 更に重ねた問いに対して彼は、珍しく本気で嫌そうに答えた。
 それから一つ深く嘆息すると再び口を開く。

「ツナギは吾輩の遺伝子をベースに、前代の光の巫女であるルキアを母体として生産した個体である。貴様らとは別の役割を持った人形であるな」
「前代の光の巫女、だと? お前が殺したはずじゃ――」

 続いたドクター・ワイルドの言葉に、雄也は驚愕を声色に滲ませた。
 光の巫女ルキア。
 三ヶ月以上前、超越人イヴォルヴァーという脅威が顕在化したことを受け、傀儡勇者召喚などという暴挙に出た国の依頼でその術式を実行せんとした妖精人テオトロープ
 その儀式はドクター・ワイルドによって妨害され、その場にいた前七星ヘプタステリ王国国王や相談役諸共に彼の手で殺されてしまった。
 そうドクター・ワイルドがあの事件の後、七星ヘプタステリ王国全体に宣言していた。
 だが、どうやらそれは部分的に嘘だったらしい。

「生きてるのは、そいつだけか?」
「生きていたのは、それだけである」
「過去形……結局殺したのか?」
「当然であろう。ツナギが完成した今、あれももはや用済みである」

 彼の嘲るような口調による答えを耳にして、雄也は奥歯を固く噛み締めた。
 正直なところ、雄也は前代の光の巫女ルキアのことが好きではなかった。
 むしろ、傀儡勇者召喚を取り行うことに何の躊躇いもない様子を見て、いずれ己の手で命を取らなければならないと思う程に敵愾心を抱いていた。それでも――。

(何かの実験体としていいように使われて死ぬのは……)

 さすがに憐れだと思う。
 勿論、だからと言って誰かの自由を奪わんとしたことを許す気はないが。
 とは言え、単に排除するだけなら、一撃で済む話だ。

「何のために、そんなことをした?」

 いくらドクター・ワイルドとは言え、そこまで非効率な真似はしない。
 この男はどこまでも非道な存在だが、全く意味のないことをする人間でもない。
 誰かをいたぶるにしても、他者への精神攻撃が基本のはず。
 しかし、たとえ長らく伏せていたルキアの死を今この場で明らかにしたところで、雄也としては不愉快に思いこそすれ、そこまで大きな衝撃はない。彼女には悪いが。
 何かしら特別な理由がなければおかしい。
 不審に思って睨みつけるようにしながら問うた雄也に対し、ドクター・ワイルドはニヤリと歪んだ笑みを見せながら口を開く。

「吾輩は常に一つの目的のために行動しているのである。これもその一つに過ぎん」

 その迂遠な言葉に眉をひそめながら、雄也は記憶の中から彼の言動を掘り起こした。

「…………女神アリュシーダの抹殺。今ある秩序の破壊、だったか」
「その通りである」

 雄也の確認に対してドクター・ワイルドは、無意味に人を苛立たせて楽しんでいるのかと疑わしくなる程わざとらしく横柄に頷く。

「……これとそれに何の関係がある?」

 対して雄也は刺々しい口調で問いを続けた。
 もはやいつものことながら、彼の言動を前にしては苛立ちを抱くことは避けられない。
 こうした嫌悪感は慣れて薄れるということはないものだ。

「いずれ分かる。一つ言えることは、ツナギは貴様を封じるための兵器だということだ」
「俺を、封じる?」

 兵器という部分にも引っかかりを覚えるが、今は抑えて情報を求める。

「そう。確実にな」

 と、ドクター・ワイルドは口元に三日月を作りながら答えた。
 それらしいことを口にして不安がらせようとしているだけではないだろう。
 この男がそう言うのなら、そうした役割も確実に備えているはずだ。

「あれは吾輩にとっての木偶人形、即ち貴様がいうところの人間すら未だに誰一人として殺していない。まあ、先程貴様を殺そうとはしていたがな」

 そして彼が続けた言葉に、その意味するところを大体理解して背筋を嫌な感覚が貫く。
 先程の戦いで感じていたやりにくさ。
 それをそのまま作戦に組み込んでいる訳だ。

「吾輩の野望を打ち砕くために、己が生き延びるために、救い出せる可能性を残す罪なき娘を殺すことができるかな? ヒーローもどき」

 この言葉から考えても、ドクター・ワイルドは恐らく、最後の戦いの場で雄也と彼女を前座として戦わせるつもりなのだろう。
 そして、その前座で何もかもを終わらせるつもりなのだ。
 これは胸に抱くやりにくさとは別に、雄也をまず間違いなく殺すことのできる術が、言葉にしていない部分に存在すると見た方がいい。
 加えて、六大英雄の配置やアイリス達の扱いといった別の要素もある。
 予測し切れない不確定な条件が増えると、予期せぬところで追い詰められかねない。

(だったら……)

 今目の前に現れたドクター・ワイルドを逃すべきではない。
 敵うかはどうかは二の次だ。
 挑む機会がなくなれば、それどころではないのだから。
 雄也はそう考え、間合いを一気に詰めんと足に力を込めた。
 そうして拳を固く握り、地面を蹴ろうとした正にその瞬間――。

「おっと、やめておいた方がいい」

 掌を前に突き出したドクター・ワイルドに制止される。
 完全に意図を見抜かれていたようだ。

「まあ、万に一つもないことであるが……仮にここで吾輩を倒すことができたとしても、既に起動状態にあるアテウスの塔は止まらないのである」
「止まらなければどうだって言うんだ」
が滅ぶ。貴様も、貴様の仲間達もな」

 唐突に、ふざけた気配を消して真剣な口調で告げるドクター・ワイルド。
 というのは、彼の定義での人間のことだろう。
 即ち進化の因子を持つ者だ。

「何でそうなる。お前の行動は、曲がりなりにものためじゃなかったのか!?」

 神から自由を取り戻す。そのはずが、何故全く逆の結果を作り出そうとしているのか。

「吾輩が生きていれば、そうはならん」
「何を言って――」
「これ以上はその目で確かめるといい。……もっとも、生きてその時を迎えることができる可能性は限りなく零に近いがな」

 ドクター・ワイルドは雄也の問いを遮って告げると、対話は打ち切りだと言うように転移魔法によって姿を消してしまった。

「待て!」

 そこで当初の目的を思い出し、咄嗟に口を開く。

「この塔の入口はどこだ!」

 この情報を得なければ、ここまで来た意味がない。

『おっと、そう言えばそれを忘れていたな。よいか? 貴様の六種族の仲間と共に、ここに来るのである。さすれば、道は開かれるであろう』

 対して、ドクター・ワイルドは演技がかった口調に戻しながら〈テレパス〉で答えた。
 転移魔法で姿を消したことと言い、それらに対する妨害を一時的に停止させたようだ。

『ただし、余計な来訪者があった場合、その者の命は保障しないのである』

 そして、彼は最後にそうつけ加え、それを最後に場に静けさが戻った。

「相変わらず、勝手な奴め」

 悪態にも反応はない。話すべきことはもうないらしい。

(これ以上ここにいても仕方がないか)

 雄也は軽く周囲を見回してから、アテウスの塔頂上の縁へと歩みを進めた。
 とにかく今やるべきことは、この情報をアイリス達に伝えることだ。
 そう考えながら、ふとツナギとの会話の中でドクター・ワイルドの顔を頭に描けなかったことを思い出し、一旦立ち止まってもう一度だけ試みる。

(……やっぱり駄目だ。靄がかかったみたいになる)

 何かの間違いということではなかったようだ。

(どうして…………いや、顔なんてどうでもいいか)

 彼は紛うことなき敵。外見がどうあれ、それは変わらない。
 雄也はそう自分に言い聞かせ、アテウスの塔から飛び降りた。
 着地で余計な影響が出ないように緩やかに。
 その途中、頂上での出来事を〈テレパス〉で皆に伝えながら。

《Armor Release》

 そうして雄也が、帰りを地上で待ち構えていたアイリス達の真ん中に降り立って、身に纏っていた装甲を排除すると――。

「……ユウヤ、大丈夫?」

 アイリスが真っ先に駆け寄ってきて、腕に触れながら尋ねてくる。

「問題ないよ」

 軽く戦闘があったことも伝えていたので心配したようだが、そんな彼女の手を握りながら答えると安堵の表情を浮かべてくれた。

「しかし、あそこに私達全員で、か」

 と、ラディアが〈テレパス〉で行っていた会話の続きを、塔の先を見上げながら呟く。
 釣られて、全員その視線を辿って顔を上げた。
 各々、今得た情報を吟味するように一瞬沈黙が場に満ちる。

「怖気づいても仕方ないよ。行こう」

 それを嫌うように口を開くフォーティア。
 実際に怖気づいているかどうかは置いておくとして、いずれにせよ今はもう火中の栗を拾いに行くしかないのは事実だ。

「……ですわね」

 その意見にプルトナも同意して頷く。

「ま、待って。行く前に準備させて! 色々魔動器も持っていきたいし」
『塔の中に入ったら〈アトラクト〉で呼び寄せることもできないだろうしね』

 対照的に慌てたように二人を制止するメルとクリア。
 この双子は多分、二人共試験が始まるギリギリまで勉強をするタイプだ。
 逆にフォーティアやプルトナは、ここまでと決めたらジタバタしないタイプか。
 それはそれとして、準備は万全にして挑むべきではあるだろう。

(……それに、イーナがまだ心の準備ができてなさそうだし)

 未だ塔の頂上を見上げている彼女の表情は硬く、不安げな気持ちが溢れている。
 今すぐ、というのは少々勇み足かもしれない。

「多分最後の戦いになる。やれるだけのことはやってから行こう」

 今回は期限を切られている訳でもないのだから。

「……ん。その方がいい」

 雄也の考えにアイリスが同意し、この場は一旦家に戻ることとなった。
 そうして丸一日準備などに時間を取り、その翌日。
 再び全員でアテウスの塔の前に立つ。
 雄也はアイリス達の顔を見回し、それから口を開いた。

「よし……行こうか」

 アイリスはいつもの調子で「……ん」と頷き、フォーティアやプルトナも既に昨日から心の準備はできているようで同様に首を縦に振る。
 メルとクリアも準備万端という感じで、気合いが入っている表情だ。
 イクティナも一日経って、やや硬い顔つきながら覚悟ができた様子が見て取れる。

「情報は相談役や協会長殿に伝えてあるが、援軍はない。心してかからねばならないぞ」

 最後にラディアが注意を促し、全員で再度頷き合って気を引き締めた。
 無用な犠牲は出すべきではない。
 全て雄也達で終わらせなければならないのだ。
 援軍など最初から当てにしてはいない。

《Evolve High-Drakthrope》
《Evolve High-Ichthrope》
《Evolve High-Therionthrope》
《Evolve High-Phtheranthrope》
《Evolve High-Satananthrope》
《Evolve High-Theothrope》
《Armor on》

 そして各々装甲を纏い、自力で飛行ができないラディアとプルトナを雄也とイクティナとで手分けして抱えながら、全員で塔の頂上に向かう。
 そうやって遥か上空のそこに辿り着くと――。

「あれは……」

 円柱の底面の如く真っ平らだったはずが、いくつか見慣れない物体が存在していた。

「大きな宝石?」

 誰かの呟きの通り、宝石のように半透明で色のついた球体が七つ、台座に支えられるようにして置かれているのが見て取れる。
 その内の六つは、おおよそこの塔を外接円とした正六角形の頂点の辺りにあり、最後の一つはそれらの中心に配置されていた。
 外側の六つは属性を象徴するような真紅、群青、新緑、琥珀、白銀、漆黒。
 中央の一つは無色透明。
 とりあえず重要そうな位置にある真ん中のものに皆で近づく。
 と、台座に日本語で文字が刻みこまれていた。

「……勇者ユスティアの文字?」

 それを見てアイリスが首を傾げなら見上げてくる。

「対応する色に同時に触れろ、か」

 それを口に出して読み上げると、各々自分の属性のものへと視線を向けた。

「……俺はこれ、だろうな」

 次いで雄也もまた、目の前の無色透明の球体を見下ろしながら呟いた。
 そうしながら触ってもいいものか、少し悩む。

「触るのは待って! ちょっと調べるから」

 そんな雄也の考えを読んだようにメルが腕を取って制止してくる。
 それから彼女は持ってきていた魔動器で球体と台座を調べ始めた。
 が、しばらく見ていると動作の一つ一つに苛立ちが見えてくる。

「大丈夫か?」

 そう問うと、メルは「うー」と唸りながら俯いた。

「何か妨害されてるみたいで、分析できないわ」

〈テレパス〉が妨害されているため、表に出てきたクリアが代わりに答える。

「こうなれば行動あるのみ、か」

 その結論に皆静かに頷き、それぞれ対応した球体の元へと向かう。
 メルクリアが少し遅れたのは、ご愛嬌と言うべきか。
 ともかく全員、球体の前に立ち、アイリスを皮切りに順に触れてく。
〈テレパス〉が使えないせいで、せーので触ることはできないが、単純に同時に触れろと言うのなら、この状態で雄也が触れれば問題ないはずだ。
 だから雄也は、球体に触れながらこちらを見るアイリス達を一通り見回してから、再び自身に対応した無色透明のそれと改めて向かい合った。

(これで本当に始まるのか? 最後の戦いが)

 ふとそんな疑問を抱きながら、しかし、そのまま球体に手を伸ばす。
 そうして雄也がそれに触れた正にその瞬間、視界に映る景色が一変したのだった。

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