【初稿版】特オタ~特撮ヒーローズオルタネイト~

青空顎門

第七章 ○○○ENDルート 第三十一話 突入 ①禁忌の塔を前に

 王都ガラクシアスを囲んだ光の柱。
 空を埋め尽くし、大地を焼き尽くさんとした光の天井。
 それを(どのようにしてかは覚えていないが)何とか消し去り、しかし、アテウスの塔の再起動を防ぐことは叶わなかったその翌日。
 メルとクリアに各々体の検査をして貰い、その結果が出るまでの間お偉方と会って直接情報収集をしてきたラディアが帰ってきた後のこと。

「それで、どうだった?」
「うん。体大丈夫そうだよ」

 雄也の問いに主人格として表に出ていたメルが、微妙なアクセントをつけながら答える。
 あれだけ負荷がかかってボロボロだったにもかかわらず、とりあえず健康状態については問題ないようだが……。

「体、ってことは別のところに何かあるのか?」
「……うん。えっと――」

 確認するように尋ねた雄也に対し、メルは躊躇いを見せるように口ごもる。

「メル?」

 雄也が促すように呼びかけても、彼女は難しい顔をするばかりだった。

『どうもLinkageSystemデバイスが変質してるみたいなの』

 と、そんな姉の代わりに妹のクリアがそう告げる。

「変質?」
『うん。……多分だけど、一定の大きさ、一定量の魔力を流すことによって、MPドライバーもMPリングも何かしらの干渉を起こすように仕組まれてたんだと思う』

 彼女は雄也の問いに頷き、しかし、姉と同じように一瞬言葉を詰まらせてから続けた。

「……それって、まさか」

 雄也はその含むところに思考を巡らし、すぐにハッとして彼女と目を合わせた。

「本当に、まさかだよ」

 その視線から雄也の結論を読み取ったようで、メルは酷く不機嫌そうに肯定する。

「つまり、ドクター・ワイルドはわたしがこの魔動器を作ることも、最初の最初から織り込み済みだったってことだからね」

 そう言う表情は今まで見たことがないような不愉快そうなもの。
 声色もまた酷く腹立たしげ。
 これまでも義憤や悲憤は多々あったが、ともすればヒステリックな感じの怒りは珍しい。

LinkageSystemデバイスはMPドライバーやMPリングと融合しちゃって、訳が分からないことになってるし。私達が折角作った魔動器なのに。むかつくったらないわよ、もう!』

 クリアはクリアで子供っぽく苛立ちをぶちまけている。
 自信作をいいようにされたことも怒りの原因の一つではあるだろう。
 が、最も大きいのはメルが自身で口にした通り。
 彼女達がその才能を十二分に生かして作り上げた魔動器が、当たり前のように敵の計画に組み込まれていたことに違いない。
 まるで天上から見下ろされ、掌の上で転がされているかの如き感覚。
 そのような扱いに気づいて心穏やかでいられる者などいまい。

「ですが、ドクター・ワイルドは一体どうやって先を見通していたのでしょうか」
「MPドライバーまでとなると、それこそ本当に、ユウヤにそれを埋め込んだ瞬間からってことになるしね。未来予知レベルの逆算ができないと」

 プルトナの問いかけに答えていて、その異常さを改めて認識したのか、フォーティアの声は深刻になっていく。

「天才、という奴でしょうか」

 イクティナの声も、理解不能の怪物を前にしたかのように恐れを帯びていた。

「先生に連れられてお兄ちゃんと出会って、お母さんがああなってお兄ちゃんに助けられて。そうやってお兄ちゃんの妹になったのに」
『私達の心も何もかも、操られてるみたいで本当に気に食わないわ。兄さんのことが好きなのは、私自身の絶対の気持ちのはずなのに!』

 もしも魔動器の仕様どころか言動や感情すらも誘導されていたとすれば、それこそアイデンティティが揺らいでしまう。
 こうなっては冷静でいられようはずがない。

「ドクター・ワイルド。伝説に聞く六大英雄などよりも余程……」

 敵の強大さが己の予測を遥かに超えていた事実を突きつけられ、ラディアもまた眉をひそめて険しい表情を見せる。
 彼女の中にも恐怖心が生じつつあるようだ。

「……前々から気に入らなかったけれど、また一つ理由が増えた。私の愛が真実だと証明するためにも、必ずドクター・ワイルドを倒さないと」

 と、次に口を開いたアイリスが、持ち前のマイペースさを誇張するように強く強く決意をあらわにする。

(……アイリスらしいな)

 彼女とて敵の脅威を理解していない訳ではない。
 それでも尚、己を鼓舞できるのが彼女であり、だからこそ惹かれるものがある。
 そして、彼女自身そんな自分の立ち位置に自覚もあるのだろう。
 閉塞感漂い始める中では、こういったある種の空気の読めなさが大切なこともある。

「そう、だね」

 実際、この場ではいい方向に働いたようだった。
 皆、彼女の言葉に呆れつつも同調するように頷いている。

(どの辺りに特に同調したのかは、色々終わってから、かな)

 いずれにせよ、ドクター・ワイルドの駒から脱したいという思いは共通だ。
 そのためには彼を討ち果たす必要がある。
 あの男の心を折って手を引かせることなど、できる訳がないのだから。

「ともかく、LinkageSystemデバイスについてはメルとクリアにもう少し調査して貰わなければなるまい。だが、それはそれとしても、もう一つ大きな問題がある」

 ラディアの言わんとしていることは明白で、雄也は彼女の言葉に神妙に頷いた。
 ドクター・ワイルドを倒すとして、如何にして彼と対峙するか。
 それにも関ってくる話だ。

「アテウスの塔のこと、ですね」

 王都ガラクシアスが誇る王城を崩壊させて顕現した巨大な塔。
 千年前の伝説的な魔法技師ウェーラによって作られし、世界の法則にすら干渉することができると謳われている規格外の魔動器。
 一説によれば、他の魔法に比べると異質な転移系の魔法は、これによって世界に加えられた法則によって成り立っているとも聞く。
 メルとクリアは法則に干渉したという点で信じがたい話だと捉えているようだが、かの魔法の特異さを考えれば妥当な理屈が存在しているようにも思う。
 伝え聞く話は恐らく真実だ。
 そう感じるだけに――。

「こればかりは、四の五の言わずに突入するべきじゃないでしょうか」

 雄也はラディアにそう進言した。

「世界の法則に干渉できる。そんな危険極まりないものを、ドクター・ワイルドなんてそれこそ危険極まりない人物の自由にさせたら、どうなるか分かったものじゃないです」

 続けて理由も口にする。
 それこそ一秒後に世界そのものが壊れてしまっても不思議ではない。
 例えば、唐突に時間の流れが逆転したっておかしくはないのだ。

「ああ。分かっている。分かっているのだが……」

 対してラディアは、同意を示しながらも言葉を濁した。

「何か問題が?」
「あの塔が出現してから丸一日。我々が体の検査をしている間に騎士と賞金稼ぎバウンティハンター達が周辺の調査を行ったのだが……入口が見当たらなかったのだ」
「入口が?」
「うむ。現時点では入る術はない。最後の手段として壁を突き破ろうとしたようだが、アレスの全力ですら傷一つ負わせられなかった」
「アレスでも……」

 王都ガラクシアス消失危機に際して行方不明となっていた彼だが、予想通り王都の外に誘い出されて過剰進化オーバーイヴォルヴした超越人イヴォルヴァーと戦っていたそうだ。
 雄也達以外では唯一の同格の戦力と言っていい彼だけに、ドクター・ワイルドによって盤面から排除されてしまっていたのだろう。
 その力を以ってしても傷つけることすら叶わなかったとすれば、壁を破壊しての突入は敵の想定した手段ではない可能性が高い。
 念のため、後で試しておくべきではあるだろうが、別の方法があると見た方がいい。

「だが、まあ、不幸中の幸いとも言える。私達以外がアテウスの塔に入っていたら、どうなるか分かったものではないからな。……いや、もはや私達とて安全の保証などないが」

 自分に言い聞かせて戒めるように、最後にそうつけ加えるラディア。
 事実、既に闘争ゲームと謳ったドクター・ワイルドの仕かけは終了したのだ。
 初手から百%の殺意を以って殺しに来る可能性だって十二分にある。
 それは駒として弄ばれてきた雄也達であっても例外ではない。
 それでも、無駄な犠牲が増えないと考えれば、アテウスの塔へ侵入する術がないことは確かに不幸中の幸いと言えるだろう。

「ですけど、奴に時間を与える訳にもいきません。早く入口を見つけないと」

 こと今回ばかりは、時間が雄也達に有利に働くとは限らない。
 如何に敵が、これまで思うがまま雄也達を操ってきたかもしれない恐るべき存在だとしても。いや、だからこそ相手の準備が整うのを悠長に待っているのは危険過ぎる。

「あの、先生」

 と、しばらく黙っていたメルクリアが手を上げる。
 声の感じからすると、主人格はクリアに交代しているようだ。
 メルの方はまだ気持ちが収まっていないのかもしれない。

「ちょっといいですか?」
「どうした?」

 そのクリアに許可を求められ、ラディアは視線と言葉で続きを促した。

「実際、周辺の調査ってどの程度までちゃんとやったんですか?」

 対してクリアはそう尋ね、更に問いの理由をつけ加える。
「地上に入口がないのなら、もしかしたら上層とか頂上にあるかもと思ったんですけど」
「地上から下層ぐらいまでは接触、非接触、やれる限りの調査は行ったようだが、中層から上層及び頂上は非接触、翼人プテラントロープの肉眼と魔動器による遠距離からの調査のみだ」

 彼女の問いに答えたラディアは、最後に「安全性に懸念があるせいでな」と続けた。
 対象は魔動器であると同時に、敵に占拠された超高層建築物。
 どのような危険があるかも分からない以上、おいそれとは近づけない。
 通常の騎士や賞金稼ぎバウンティハンターでは尚更だ。

「とは言え、調査をしたのは実力者と名高い翼人プテラントロープだ。視力も並ではないし、魔動器による補助もある。少なくとも目に見える範囲にそれらしいものはないと断言できる」
「魔力の異常もなかったんですよね?」

 その質問にラディアは頷いて答え、クリアは「そうですか……」と呟きながら難しい顔をして考え込んでしまった。
 何かしら魔力的な作用がないのであれば、怪しいところは存在しないという調査結果は是として受け止めざるを得ないのだろう。
 こうなってくると、もはや騎士や賞金稼ぎバウンティハンター達では手立てがない。
 雄也達にしても、自力で道を抉じ開けることは難しそうだ。

『もしかして、後はもう塔の中に引きこもってれば済むような段階なんじゃ……』

 と、多少は落ち着いたのか感情の乱れを少し残しながらも、メルが仮説を口にする。
 その言葉通り、あるいは既に詰んだ状態にある可能性すら、ないとは言えない。
 本格的にことが起こる前にもかかわらず。

「けど、そうでないと信じて行動する以外に、俺達に選択肢はない」

 否、たとえそうだったとしても、自由を信条として掲げた自分自身を全うし続けるには抗い続けるしかないのだ。何より――。

「……私達が調べれば何か違う結果が出てくるかもしれない」

 アイリスが言うように「どこを調べるか」よりも「誰が調べるか」の方が重要だったということも十二分にあり得る話だ。

「そうだな。一先ず私達の手で調べるべきだろう。では、塔に向かうか」
「はい」

 ラディアの言葉に各々頷き、それから全員でアテウスの塔の麓を目指す。
 転移魔法を使用して近くのポータルルームに行き、そこからは歩きだ。

(これが、アテウスの塔……)

 塔を再構築させるために周囲の物質が取り込まれて発生したと思しきクレーターに入って真下から見上げると、まるで世界を分断する壁のようにも見える。
 直径は東京ドーム数個分はあった王城の敷地全体よりも一回り小さいぐらい。
 それが全く先細りせずに真っ直ぐに建っている。
 瓦礫も土塊も組み合わさってできたはずなのに、壁面を見る限り繋ぎ目が全くない。
 まるで何かから削り出した物体であるかのようだ。
 その光を消し去るような黒と相まって、遠くから見るのとは別種の異物感がある。
 威容に圧倒されるのとは違う圧迫感。畏怖に近い感情が滲み出てくるかのようだ。

(とにかく調査をしないとな)

 そんな気持ちに負けて臆しないように気合いを入れ直し、そうして雄也は皆と共に周囲を調べ始めた。しかし――。

「やはり、地上付近に怪しいものはないか」

 一周しても特に目につくものはない。
 ゲームとかの塔なら厳かな門の一つや二つ、あってもいいはずなのに。
 繋ぎ目のない黒が続くだけだ。

「ユウヤ。攻撃してみてくれるか? ただし、一点集中するようにな」
「……分かりました」

 この状態ではそれが妥当かとラディアの言葉に頷き、雄也は小さく構えを取った。

「アサルトオン」
《Armor On》《Snipe Assault》

 そして装甲を纏うと共に、狙撃銃状の武装を手にして照準を定める。

《Convergence》

 魔力収束を開始し、丁度十秒後。

《Final Snipe Assault》
「レゾナントアサルトシューティング!!」

 雄也は即座に蓄えた力を解き放った。
 ほぼ間髪容れず、直径を銃弾程度にした魔力の塊は壁面に直撃する。

「なっ!?」

 しかし、それは何の効果もなく、音も立てずにかき消されてしまった。

「ま、魔力の完全無効化?」

 その様子を見て驚いたようにクリアが言う。
 確かに目の前で起きた現象をそのまま受け止めると、そのような答えになる。
 壁面の強度で耐え切ったとかそういう類の状態ではない。だが――。

「そんなことが可能なのか?」

 六大英雄が使用していた魔力無効化の場合、いずれかの属性の魔力は対象外だったはずだ。自身が魔法を使うため。何より魔動器を作動させるために。

「多分、無効化されてるところとされてないところがあるんだと思うわ」
『これだけ表面積がある物体だからね。さすがに全面を攻撃するのは現実的じゃないし、できたとしても威力は減っちゃうから』
「着弾点にだけそういう効果が出るシステムが組まれてるんじゃないかしら」
「成程な。……結局、正規の方法以外では入れさせないってことか」

 それがちゃんと存在しているかは分からないが。

「後は、直接上層から頂上を調べるぐらいか……」

 諸々を鑑みて、雄也は塔を見上げながらそう結論した。

「じゃあ、とりあえず俺が行ってきます」
「……ああ、頼む。だが、気をつけるのだぞ」

 ラディアもまた同じ考えだったようで、どこか申し訳なさそうに頭を下げる。
 彼女達には悪いが、偵察だけなら単独の方が動き易い。
 その辺を彼女達も重々理解しているのだろう。

「……ユウヤ。何かあったらすぐ逃げて。そして知らせて。私達はここにいるから」

 アイリスも無理に同行しようとはせず、そう心配そうに口にするに留めていた。

「分かってる。いざという時は爆発魔法とかで合図するから、助けに来てくれ」

 雄也はそんな彼女達を安心させようと少し冗談めかして言い――。

「〈エアリアルライド〉」

 そうして一人、アテウスの塔の上層へと飛翔した。

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