【初稿版】特オタ~特撮ヒーローズオルタネイト~

青空顎門

第三十話 巨塔 ④ラストダンジョン

(俺は、どうなったんだ?)

 意識を取り戻し、目を開きながら思う。
 背中には地面の感触。
 視界には雲一つない晴れ渡った空。

(死後の世界って奴か?)

 そうした情報と思考が途切れる直前のことを鑑みて、雄也はそう状況を判断した。
 苦痛はなく、体の不調も嘘のように感覚が元に戻っている。
 どう考えても、あの危機からこうなるとは思えないが……。

「……ユウヤ。無事でよかった」

 そう疑問を抱いていると、その声と共にアイリスの安堵した顔が視界に入ってくる。
 そして彼女は傍の地面に膝をつき、雄也の手を両手で包み込んできた。
 肌と肌が触れる感覚からして、素顔が見えるアイリスだけでなく、雄也自身の装甲も既に取り払われているようだ。
 あるいは、もはや物質的な肉体を失い、そんな機構は体内に存在しないのか。

「ここは、天国じゃないのか?」

 しかし、手に感じる確かな温もりと彼女の言葉を証拠に、それでも尚直前の危機の印象を強く残るせいで、まさかと思いながらも尋ねる。
 この世界に来てからこれまで自分がなしてきた所業を考えると、天国ではなく地獄という答えもあり得るところだが……。

「現実だよ。生き残ったんだよ! お兄ちゃん」

 そう言いながら、今度はメルが半泣きで駆け寄ってきて胸元に縋りついてくる。

『兄さん、よかった……』

 クリアもまた心底安心したように声を震わせていた。
 そんなメルとクリアの様子を見て、現状に対する問いを投げかける前に彼女の頭を優しく撫でる。体を少し起こしながら。

「お兄ちゃん……」

 と、メルは甘えるようにより強く抱き着いてきた。
 張り詰めていた糸が切れたのだろう。
 しばらくはそうさせてあげるべきだ。
 すると、雄也の肩手を握っていたアイリスもまた、肘に腕を絡めてくる。
 いつもは大人げなく双子に対抗している彼女だが、今日ばかりは双子と同じ心持ちに違いない。恐らく半々程度には。

「うんうん。そうしてるユウヤ達を見ると安心するね」

 そんなアイリスやメルクリアの奥に、フォーティアが疲れ気味の苦笑と共に現れる。
 彼女も彼女で精神的に大分疲弊したようだ。当然のことだが。

「ティア……」
「今回ばかりはアタシも本当に死んだと思ったよ」
「……一体何がどうなったんだ?」

 丁度いい会話の流れが来たので、雄也はようやく現状を尋ねることができた。
 彼女達の反応から一先ず生き延びたことは信じられたものの、そこに至る過程が全く分からない。予測もつかない。
 己の考え得る範囲を完全に逸脱しているがために、素直に喜ぶことができなかった。
 モヤモヤするので早く答えを与えて欲しいところだが――。

「それは……」

 雄也の問いに、フォーティアは言い淀む。

「正直、何がどうなったのか、正確なところはワタクシ達も分かりませんわ」

 代わりに、彼女が口ごもった理由も一緒に示すようにプルトナが口を開いた。
 ならば、他はどうだろうかと視線をずらす。
 すると、隠れ気味に後ろにいたイクティナと目が合った。

「イーナもそうか?」

 そう尋ねると彼女は少し慌てたようにコクコクと頷く。どことなく気まずげに。
 あやうく最後の会話になりかけたあれを思い出せば、気持ちは分からなくもない。
 とりあえず後でデコピンしておけば、妙なわだかまりはなくなるだろう。
 とは言え、今は状況把握が先だ。

「ラディアさん」

 なので、まだ口を開いていない最後の一人に、問うように呼びかける。

「残念だが、私も皆と同じようなものだ」

 しかし、やはりと言うべきか、同じく当事者である彼女の答えは他と同様だった。

「だが、通信で状況を尋ねたところによると空の光は弾け飛び、その中に一つ一際眩い存在があったという報告があったそうだ」
「それは――」
「恐らくメルとクリアの策がうまくいったのだろう。私達も生命力が枯渇し、意識が朦朧としていたから詳細は分からんがな」

 目撃者がいたとしても遠目のはず。
 こうなると、真実は分からずじまいになりそうだ。

「多分、LinkageSystemデバイスを解析すれば、少しは分かることもあるかもですけど」

 と、ラディアをフォローするように腕の中でメルが言う。

「それは、まあ、家に帰ってからだな」

 とりあえず今は、正直に言って休みたかった。
 間違いなく、体にかけた負荷は今までで一番だっただろうから。

「うん」

 メルもまた同じ気持ちだったようで、彼女は頷いて話を切り上げた。
 そうしてアイリスとメルクリアの手を借りながら起き上がる。
 すると、自分の感覚からすると意外にも、簡単に立ち上がることができ――。

「おっと」

 左右の力のバランスが違うため、勢いがつき過ぎてアイリスに突っ込んでしまう。

「……ユウヤ、大胆」

 半ば彼女を自ら強く抱き締める形となり、アイリスはほんの少しだけ困った風を装う。
 が、嬉しそうなのは表情から明々白々だった。

「ごめんごめん」

 既に通常営業に戻りつつある彼女に、いつものことだからとこちらも軽く謝って流す。

「体が思ったより問題ない、と言うか、問題がなさ過ぎてよく動き過ぎた」

 疲弊した状態を考えて力を込めたのが、ほぼ全力と同等になってしまった。
 アイリスもよく受け止められたと思う。

「もしかしてアイリスもか?」
「……ん。皆もそう」

 どうやら彼女達も体力的には万全に回復しているようだ。
 とは言え、やはり精神的な疲労は大きく、一息つきたい気持ちは共通のようだが。
 いずれにせよ、恐らくは体の復調もまた空の光が消え去ったことに関わりがあるのだろうが、この訓練所で頭を捻っていても仕方がない。

「さて、と。魔力の断絶もなくなったみたいだし、サクッと〈テレポート〉で帰ろうか」

 なので、そう周りを見回しながら言う。

「すまないが、私は王城に顔を出さねばならん。さすがにこの騒ぎだ。あるいは、今日は帰れないかもしれん。食事は私抜きで取ってくれ」

 対してラディアはそう若干申し訳なさそうに告げた。
 あれだけの事態。これも当然のことだ。
 何も謝る必要などないと伝わるように頷く。
 彼女はその反応に少し安堵した様子を見せ、そうしながら魔力を励起させた。
 そのまま転移魔法を発動させようとした正にその瞬間。

(ん?)

 雄也は僅かな違和感を抱いた。

「何だ?」

 ラディアもまたそれを察知したようで、彼女は〈テレポート〉のために集めた魔力を霧散させて周囲を探るように見渡した。その直後。

「こ、これはっ!?」

 突如として大地が震え始める。

「何だ、地震か」

 それを前にして警戒を強めるラディアとは対照的に、呑気に首を傾げるフォーティア。
 火山の多い龍星ドラカステリ王国出身故に、日本人同様に慣れがあるのだろう。
 この世界では、地震を始めとした様々な天災が発生すると同時に、大なり小なり魔力が放出される。そういうこともあって、フォーティアは警戒を緩めたようだ。

(震度三ぐらいか? なら、大したことなさそうだけど)

 雄也もまたフォーティアと同じく慣れもあり、つい先程の空から落ちてきた光との比較もあってか脅威度が低いように感じる部分があった。

(……なんか、地鳴りが大きくないか?)

 しかし、ちょっとした違和感が強まった瞬間、正解だと告げるように大地の鳴動は急激に大きくなってしまった。

七星ヘプタステリ王国では滅多に地震は起きん! ましてやっ――!」

 その中でラディアは地鳴りに負けないように声を大きくしつつ、一瞬だけ自らを戒めるような気配を湛えながら言葉を区切る。

「そう。ましてや。敵はこれを以って戦いを新たな段階へと進めようとしていたのだ。事態が一先ず収束したからと言って、決して終わった気になってはいけなかった」

 反省を咀嚼するように改めて冷静に続けながら、彼女は音の発生源を睨みつける。
 王都ガラクシアスの中央。七星ヘプタステリ王国の中枢たる王城を。

「し、城が!」

 すると、全員の視線がそこに集まったのを合図とするように、巨大な王城は海辺に作った砂の城の如く崩れ落ちてしまった。

「じーちゃん!」

 と、それを目の当たりにしたフォーティアが慌てたように駆け出そうとする。
 城には相談役たる彼女の祖父、ランドが城にいたはず。
 親族として、その安否を心配するのは当たり前だ。

「待て、ティア!」

 が、そんな彼女をラディアは、その前に立ち塞がって制止した。

「あのランド殿が、たとえ建物の崩落に巻き込まれてしまったとしても、その程度で傷一つ負うはずがないだろう! 落ち着け!」

 確かに、進化の因子もその身に宿したはずの彼が、あれぐらいでダメージを負うはずがない。初めて会った時の生命力、魔力でもそうだったのだから。
 フォーティアも、先程の空の光のせいで危機判断の基準がおかしくなっているのだろう。

「むっ!?」

 そうこう二人がしていると、再び揺れと地響きがここまで伝わってくる。
 震源地はやはり王城。いや、既に王城跡とでも言うべきか。

「一体何が……」

 正確な状況を全く把握できないまま、とにかく今は緊急事態に備えるべく意識を集中させておくしかない。
 そうして次なる異変の前兆を察知しようと、全員様子を窺っていると――。

「あれはっ!」

 崩れ去った王城の瓦礫の中から、何かが空へ向けて急激に伸びていった。
 否、その場で積み木のように瓦礫が組み合わさっていっている。
 王城周辺の建物や地面もまたそれに使われ、浸食されていっているようだ。
 傍目に被害が大きくなっていく。
 そうして出来上がったものは……。

「塔?」

 太陽に届かんばかりに高い、正に摩天楼と呼ぶに相応しい建物だった。
 瓦礫を組み合わせた継ぎ接ぎだらけだった外見はいつの間にか、全ての色を混ぜ合わせたが如く黒く黒く染め上がり、青い空の中にあって異彩を放っている。

「……まさか、あれが!?」

 あれこそが、彼らの言うアテウスの塔なのか。

『フゥウーハハハハハッ!!』

 その雄也の問いに応じたように、空にドクター・ワイルドの姿が大きく映し出される。

『中々よい見世物だった。久々に大いに笑わせて貰ったのである』

 常に高笑いと共に現れる癖に、煽るように言うドクター・ワイルド。

『人形共よ。あの光と共に消え去るはずが生き残り、伝説に謳われしアテウスの塔をその目にできた幸運を噛み締めるがよい』
「やはり、あれがそうなのか」
「あれが、伝説の……」『アテウスの、塔』

 彼の言葉にラディアと双子が少しだけ感嘆混じりの声を出す。
 頭脳派の彼女らだけに、学術的な見地から興味深いものではあるのだろう。
 実際、再起動した事情を無視すれば、あの威容は一見の価値がある。
 元の世界にもあれ程のものはないはずだ。ドバイタワーも目ではない。

『その幸運を称え、一つ忠告してやるのである』

 そうやって塔の姿に圧倒されている間にも、ドクター・ワイルドは言葉を続ける。

『これを以って最後の闘争ゲームは遂に終わりを迎え、間もなく新たな世界が幕を開ける。その時、貴様らは人形から人間に戻ることができるのである。しかし――』

 彼は寿ぐように告げ、それから次に口にすることを強調するように一呼吸置いた。

『その時が来る前に、己の本質を見詰め直さねばならない。新たな世界にあって尚、確固たるそれを持たざる者は、己の自由を放棄する人形に成り果てるのみなのだから』

 唐突に口調が変わる。いつもの道化染みたものではなく、重々しく真摯なものに。

『強き意思を以って選ぶのではなく、いたずらに自由を放棄する者よ。今と同じそのあり方では全てを奪われると知れ』

 とは言え内容は、変わらずどこまでも上から目線だった。

『吾輩は、貴様らが自由多き命を全うすることを期待するものである』

 最後に口調を戻して告げ、空に浮かぶドクター・ワイルドの虚像は消え去る。

(本当に……何様のつもりだ。散々人の命を、自由を奪っておいて)

 それに対する感想は変わらない。
 信条的に同意してしまう部分もあるが、彼の行動を思い返せば容認はできない。
 だが、今までとは異なっているところも存在する。
 ドクター・ワイルドが何度も何度も人形と嘲ってきた人々に対し、その人格を一定のレベルで認めるが如き発言をしたことだ。それでは道理が合わない。
 相手が人形だからこそ、自由を奪っても構わない。
 そう口にしてきた論理が破綻している感がある。
 しかし、そうしたこれまでにない矛盾こそ、次なる戦いが最初で最後の本気の直接対決となることを裏づけているような気がする。

(いずれにせよ、綻びがあるのであれば正す。それ以外にはない)

 如何にあの強大な光を退けた事実があるとは言え、それは雄也の意識の外での出来事だ。
 未だに純粋な力量では、ドクター・ワイルドに劣っていると考えた方がいい。
 であれば、正面からぶつからず、つけいる隙を常に探し続けるより他にない。

(……重苦しいな)

 ここから先は、もはや心が休まる時はないと考えるべきだろう。
 これまでの闘争ゲームの後とは全く違う緊張感を抱く。
 その普段とは違う感覚にもまた最後の戦いの始まりを感じ取り、雄也は空を貫くアテウスの塔を見上げた。

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