【初稿版】特オタ~特撮ヒーローズオルタネイト~

青空顎門

第二十九話 宣戦 ①限られた時間の中で

「やっぱりアイリスが家事をしてくれないと駄目だな」

 アイリスの呪いを解いてから二日。
 元々の生命力の高さのおかげで早々に完全な復調を果たした彼女が作った料理を十二分に味わってから、雄也はしみじみと呟いた。
 味覚と嗅覚も完全に戻ったおかげで僅かな味の違和感も既になくなり、いつもの彼女の味に戻っている。雄也好みに調整されたそれに。
 アイリスが歩くのも辛くなってからは、彼女以外で代わる代わる中途半端な料理(不味くはないが美味くもなかったり、ただ素材を焼いただけのようなワイルドなもの)を作ったり、店屋物で済ませたりしていたので実に久し振りだった。
 料理一つでさえそんな体たらくだったので、その他の家事は言わずもがな。
 勿論、皆が皆アイリスの解呪を優先して動いていたため、という理由も一応あるにはある。が、家の中が日に日に雑然としていく様は、正直アイリスに申し訳ない程だった。

「さすがにアイリス一人に家のことを押しつけ過ぎていたようだ。アイリス一人が調子を崩しただけで、ああも生活が乱れるとは」

 自戒するように目を閉じてラディアが言う。
 以前ドクター・ワイルドが引き起こした最初の大規模な事件でメイドが全員命を落として以来、アイリスが家事を一手に担っているのが現状だ。
 そもそも住人が少なかった当初ならばいざ知らず、大所帯になった今となっては少々負担が大きいかもしれない。

「……私の好きでやってること。正妻としては当然」

 ラディアの言葉に、平かな胸を張って誇らしげにアイリスが返す。
 彼女らしい発言だが、正妻と声に出して告げるのは初めてのはず。
 文字ではなくアイリスの口から聞くと、何と言うか、また違ったインパクトがある。
 その彼女はこちらを向くと――。

「……私はユウヤのことが好きだから。こうしていられることが幸せ」

 真っ直ぐに目を逸らさずに、穏やかな微笑と共に言った。
 言葉の通り、本当に幸せそうでドキッとさせられる。
 呪いが解け、自分の言葉で想いを伝えられるのが余程嬉しいのだろう。

「随分とハッキリ……言うようになりましたわね」

 前半は少し驚きつつ、後半は大分茶化すように意地の悪い笑みを見せるプルトナ。
 とは言え、彼女はアイリスの率直過ぎるもの言いに恥ずかしさを感じてか、褐色の肌を微妙に赤らめてもいた。
 その反応は周囲にも伝播しており、特にアルビノ的に肌が白いラディアは一番分かり易く赤くなっていた。一応最年長なのだが、意外と外見相応に初心なのが彼女だ。
 必死に隠そうと無表情を維持しているようではあるが。
 他はと言えば、イクティナも度合いの差はあれプルトナやラディアと似たような感じだが、対照的にメルクリアは目を輝かせて雄也とアイリスを見比べている。
 確実にメルの方が主人格だ。

「アイリスって意外と尽くす方だよねえ」

 そして、からかうように言うのは当然ながらフォーティアだ。
 それぞれ反応に性格が出ているが、皆一様に安堵感も強く抱いているようだった。
 ドクター・ワイルドという最大の懸念事項が残ってはいるものの、とりあえず身内の憂いはなくなり、一応は一段落することができたからだろう。

「……男女関係なく、力を認めてつがいと定めた異性には、尽くして尽くして尽くし尽くすのが獣人テリオントロープというもの。そうでなくとも私は尽くす女だけれど」

 そうした部分を含むフォーティアの言葉に応じ、得意気にアイリスが返す。

「それにしては結構我を通してる感がありますけど……」

 そんな彼女に、イクティナが苦笑気味に言った。

「……それが私の尽くし方。全部ユウヤへの想いから出た行動」
「ものも言いようですわね」

 呆れたようなプルトナの発言も、アイリスは無言のまま涼しい顔で受け流す。
 相変わらずのマイペースさは対応に困る部分もあるにはある。
 が、それが彼女らしさでもあるので、調子が戻ってよかったとホッとする気持ちの方が(今のところは)遥かに大きい。

『けど、アイリス姉さん自身が望んでることとは言え、やっぱり一人に頼り切りになるのはまずいと思うわ。いざという時のためにも』

 と、クリアが話の軌道修正を行うように全員に対して〈テレパス〉を使った。

「……今回みたいな特殊な事態でもなければ、そうそう起きない状況だと思うけれど。私達程の生命力があれば、風邪を引いたりすることもないし」

 実際、生命力が高ければ病気にかかりにくいとのことだ。
 確かに外的な要因でもなければ、アイリスの言う通り、彼女が再び家事もできない程に弱体化することはないだろう。

『それは、そうかもだけど――』
「クリアちゃんはね。魔動器作り以外でもお兄ちゃんの役に立ちたいんだよ。勿論、クリアちゃんだけじゃなくて、わたしもだけど」
『……まあ、そういうこと。私達だって兄さんのことが好きなのに、今のままじゃアイリス姉さんのおまけみたいだから』

 姉のフォローを受けて、やや不満げな声色と共に素直な本音を口にするクリア。
 どうもアイリスとの約束を果たした結果、それぞれ彼女に対する遠慮のようなものがなくなってしまったようだ。
 割と好意を隠さない二人だが、尚のこと開けっ広げになった気がする。主に表情が。

「とりあえず、それは追々としておくべきだろうな」

 そんな双子を前に、コホンと一つ咳払いをしてからラディアが無駄に真面目な声を出す。
 話を逸らした感が強いが、実際まだ憂慮すべき問題が残っている以上、彼女が正しい。

「各々自分の得意分野だけに留めておく方が、当面は効率がいいだろう」

 適材適所。
 あれやこれやと他の分野に手を出していいのは、余程余裕がある時だけだ。
 手広くやろうとして、キャパシティがオーバーしてしまっては目も当てられない。

「分かったな? メル、クリア」
「はーい、先生」『分かりました』

 微妙に納得していないような雰囲気ながらも言葉上はラディアに従う双子。
 聡明な彼女達だ。現状優先すべきことは重々承知している。
 それでも感情を隠せない辺りは、年齢相応という感じだが。

「適材適所、か。正直、アタシには耳が痛い話ですけどね」
「ワタクシもですわ……」

 その横で、フォーティアとプルトナがどこか気まずげに息を吐く。

「魔動器を作れる訳でもなし、家事もしてない」
「王族ではありますけれど、強い影響力がある訳でも動向を逐次知ることのできる立場にいる訳でもありませんし」
「得意分野って言うと、それこそ戦闘だったんだけど……」

 フォーティアはプルトナと顔を見合せながら、更に深く嘆息する。
 確かにフォーティアが自分で言っている通り、二人共どちらかと言えば戦闘員的な側面が強いと言えるかもしれない。
 元々はそちら寄りのがあったアイリスが、今となっては率先して家のことをしているから尚更際立ってしまっている感もあるが。

「肝心の戦いで役に立ててないのが、ねえ」
「それどころか、今回は戦いの場に立つことすらできませんでしたわ」

 気にし過ぎな程に目に見えて落ち込んだ様子を見せる二人。
 先日の光の大森林における真獣人ハイテリオントロープリュカとの戦いを伝えた際、特に共に戦えなかったことを悔いているようだった彼女達だが、未だに引きずっているらしい。
 そうでなくとも六大英雄を相手取っては、苦戦を強いられ続けている。
 技においては持っていたある種の自負がズタズタにされた影響も強そうだ。
 そういう閉塞感を感じてしまう時には、それこそ目先を変えて別のことをしてみるのも一つの手ではあるが……。

「まあ、やっぱり先生の言う通り、家事の特訓をする暇なんてないのが現状だけど」

 状況はそれを許してはくれない。

「今できることと言えば、結局のところ腕を磨くこと以外にありませんわ」
「それはお前達に限らず当て嵌まることだな。自分の得意分野を全うするのは当然のことだが、その上で力を蓄えなければならん。私達も」

 プルトナの言葉を受けてラディアはそう告げ、「敵は力で排除しなければならない存在なのだから」と続けた。
 ドクター・ワイルドは糾弾に屈するような人間ではないし、搦め手が通用する愚かな相手でもない。純粋に力で上回る必要がある。

「……でも、今までと同じ方法じゃ駄目ですよね?」

 その結論を受けて、少し間を置いてからメルがやや低いトーンで問いかける。

「その通りだ。ユウヤの報告によって、敵は我々よりも遥かに効率的な方法で鍛錬を行っていたことが明らかになったのだからな」
『魔力淀み、ですね』

 クリアの確認にラディアは深く頷いた。

「……けど、まさかそんな方法があるなんて思いもしなかったよ」

 微妙に納得いかなそうにフォーティアが息を吐く。

「仕方あるまい。間違いなく相応の実力と進化の因子、その二つが揃って初めて可能となる方法だ。進化の因子が長く失われていた現代では伝わっていなかったのだろう」

 成長の余地があるからこそ、多量の魔力が淀んだ地で魔法を使えば器が大きくなる。
 既に伸び代が尽きた人間は、処理し切れず魔力に酔う。
 成程、進化の因子がなければ、使えない方法と言える。

「今の私達であれば、十二分に利用できるはずだ。いや、むしろできるからこそ、それをしなければ駒として不十分になるからこそ教えられた、と言うべきか」

 どこか苛立たしげに結論するラディア。
 実際その通りなのだろう。
 本当に腹立たしい話ではあるが。

「奴らの誘導に乗るのも癪だが、だからと言って拒否すれば戦いのスタートラインにすら立つこともできずに殺されるだけだ」

 これもまた事実で、雄也達が取れる選択肢は限られている。

「……当面は各自それぞれに対応した属性の魔力淀みで鍛錬するしかないですね」

 とは言え、敵と同じことをしているだけでは決して追い抜くことはできない。
 どうにかして、彼らよりも効率のいい方法を模索しなければならない。

「そういうことになるな」

 雄也の言葉に首肯し、それからラディアは全員の顔を見回す。

「時間はあるようで恐らくない。気を引き締めて次の戦いに備えるとしよう」
「「「「「『はい』」」」」」「……はい」

 全員同時に彼女の言葉に頷き、そして雄也達は席を立った。
 と、アイリスが食事の後片づけをする前に傍に来る。

「……食器を洗い終わるまで待ってくれる?」
「勿論」

 申し訳なさそうに言うアイリスに、問題ないと伝わるように微笑む。
 他の面々とは異なり、呪いで発音できなかったこともあって彼女はまだ〈テレポート〉を習得していないので、一人では自分の属性の魔力淀みに向かえない。
 誰かの手が必要だ。
〈テレポート〉が使えないのは以前の雄也も同じだったが、色々と不便だったので、この二日の間にラディアのコネで優先的に教習を受けさせて貰い、免許を取っていた。
 妖精人テオトロープ形態が完成し、魔力が属性のバランスよく成長したおかげか、思ったよりも制御が楽で簡単に会得することができたのは助かった。
 元々〈アトラクト〉やら〈トランスミット〉で転移魔法の下地はできていたので当然と言えば当然のことだが。

「……お待たせ」

 そうして既に各々出かけた後の食堂で一人待つことしばらく。
 小走りで奥からアイリスが出てくる。

「よし。じゃあ、行こうか」

 彼女はコクリと頷くと、〈テレポート〉についていくために雄也の手を取った。
 生命力の高さのおかげで水仕事をしても滑々で、しかし、直前まで洗いものをしていたためにひんやりとした感触に包まれる。

「あー、えっと、アイリス」

 それを意識しながらも困ったように呼びかけると、彼女は小首を傾げて見上げてきた。

「実はまだ少し〈テレポート〉に慣れてなくてさ。何かと一緒に転移する場合は、手で触れるぐらいだと怪しいんだ」
「……なら、どうすればいいの?」
「えっと、その、抱きかかえてもいいかな?」
「……ユウヤがしたいならしていい」

 雄也が恥ずかしさに耐えながら言うと、アイリスは微妙に訳知り顔で了承する。
 断られることはないとは思っていたが、この反応。何か勘違いをしているようだ。

「一応言っとくけど、そうしたいから言い訳をでっち上げた訳じゃないぞ?」
「……そういうことにしとく」

 本当のことなのだが、どうやらそれも言い訳と捉えられたようだ。
 これはもう仕方がない。
 対象を抱え込むぐらいでなければ〈テレポート〉し辛いのは事実だが、僅かなりともそうした気持ちがないとは言い切れないのだから。

「……ん」

 そして待ち構えるように手を広げるアイリスの膝の裏と腰に手を回し、抱き上げる。
 丁度お姫様抱っこの形だ。

「あー、アイリス? そこまでギュッとする必要はないぞ」

 彼女はその状態で雄也の首に手を回し、肩の辺りに顔を強く押しつけてきていた。

「……私がしたいだけ」

 その体勢を崩さず、耳元でささやくように言うアイリス。

「そっか」

 吐息で耳がこそばゆく、顔が赤くなりそうになりながらも平静を装って返すと、彼女は「そう」と応じて身を委ねるように目を閉じた。
 想いを伝えて色々と振り切れた感がある。
 そんなアイリスにはまだ慣れないが、悪くはない。これから長くつき合っていくためにもドクター・ワイルドの闘争ゲームを乗り越えていかなければならない。

「〈テレポート〉」

 だから、雄也は彼女を抱きかかえたまま目的地の近くにあるポータルルームへと転移した。魔力吸石集めで来たことのある場所なので特に問題なく。

「土属性の魔力淀み。獣人王の爪痕の近くにある、土属性Sクラスの魔物のプーパラピスが出るところでいいんだよな?」
「……ん。硬くて倒し辛い、人気のない魔物だから人も余りいないはず」

 プーパラピスは確かゲーム的なイメージのゴーレムのような魔物だった。
 動きが鈍く、簡単に《Convergence》からの一撃を食らわせることができたので楽なイメージだったが、一般的な感覚からすると違うようだ。

「そこまで空を飛んでいくから、しっかり掴まっててくれ」

 アイリスが頷くのを確認してからポータルルームを出て、お姫様抱っこを維持しつつ〈エアリアルライド〉でそこに至る。

《Convergence》
「レゾナントアサルトブレイク!」

 そして不運にも真下にいたプーパラピスを緩衝剤代わりとするように、六属性の魔力を収束した足で踏みつけて消滅させ、雄也はそのまま落下速度を殺して着地した。

「……ちょっとかわいそう」

 琥珀色の粒子と化して消えるそれを見て、アイリスがボソッと呟く。

「ま、まあ、魔物だから……」
「……強過ぎるということは残酷なこと」

 明らかな格上がいる身で強過ぎると評されるのは、何とも違和感がある。
 が、アイリスの言葉自体は真理ではあるだろう。
 対峙する相手にとっても、見合う存在がいない孤独な強者にとっても。
 そんな益体もないことを考えていると――。

「それはそれとして、いつまでいちゃいちゃしてるんですかねえ」
「なっ!?」

 突然正面から聞き覚えのない男の声が聞こえてきて、咄嗟に飛び退りながら周囲を探る。

「……いない?」

 しかし、後方で着地すると共に地面に降りたアイリスの言葉通り、声の主の姿は目に映らなかった。

「失礼。思わず邪魔をしてしまいました。あれだけ次の闘争ゲームに備えなければならないと言いながら、乳繰り合っている愚か者を見てしまってはねえ」
闘争ゲーム……ドクター・ワイルドの手の者か」

 顔見知りでもないのにその言葉を使うとすれば、そう判断して間違いない。

「けど……」
「……何故、私達の会話の内容を?」

 それも自宅でしていた会話を知っているのか。

「それはですねえ」

 言外に問うアイリスに、声の主は馬鹿にしたような粘っこい口調で言うと――。

「あの場からここまでずっと傍にいたからですよ」

 同時に、目の前の空間に滲んで浮かび上がるように孔雀の特徴を持った男が現れる。

「初めまして、駒のお二方。六大英雄が一人、真翼人ハイプテラントロープコルウスと申します。以後お見知り置きを」

 そして彼は慇懃にそう告げると、鳥類のように嘴のある顔で威嚇するようなおぞましい笑みを浮かべた。

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