【初稿版】特オタ~特撮ヒーローズオルタネイト~

青空顎門

第二十八話 約束 ④スッキリしない解決ながらも

 しばらくの間、光の大森林に仰向けになって悔しさを噛み締める。
 これで一体何度目だろうか、と。
 ドクター・ワイルドの仕かける闘争ゲーム
 その筋書きを乱せず、彼の思惑通りに順当に力を得た。
 成長自体は悪いことではないが、その度合いが結局のところ、あの男の想定の範疇に留まっていることが問題だ。
 次が最後の闘争ゲームだと言うのなら、全てを覆すチャンスは余りにも少ない。
 そう考えると焦りは大きくなるが、やれることは限られている。
 とは言え、少なくともそれはこの場で寝転がっていることではない。

「……帰ろう」

 どんな過程だったにせよ、事実として光属性の妖精人テオトロープ形態が完成し、アイリスの呪いを解くことができる状態になったのだ。
 一秒でも早く、彼女を苦しみから解放しなければならない。
 自分の心の整理は二の次でいい。

「……アルターアサルト」
《Change Phtheranthrope》
「〈エアリアルライド〉」

 だから、雄也は翼人プテラントロープ形態に変わると同時に魔法を以って緩やかに浮かび上がり、そのままラディア宅へと翔け出した。

《Change Anthrope》《Armor Release》

 そして家の前に降り立つと同時に変身を解除し、真っ直ぐにアイリスの部屋を目指す。
 その扉の前で立ち止まり、逸る気持ちを抑えながら二度ノックをし――。

「アイリス、入っていいか?」

 そう彼女に声をかけると二回コツンコツンと、扉に何かがぶつかる音が返ってきた。
 これは入ってもいいの合図だ。
 現時点のアイリスは呪いで声を出せず、〈テレパス〉も使用できない。
 その上、進行した呪いの影響で今や身動きもままならない。
 なので、魔法で作った小石を飛ばして扉にぶつけた回数で合図をするように取り決めたのだ。ちなみに入っちゃ駄目の場合はコツン一回だ。

「じゃあ、入るぞ」

 もう一度だけ声をかけてから、扉を開いて中に入る。

【何だかいつもより早かったみたいだけれど、何かあった?】

 と、アイリスはどこか心配そうに文字を作って尋ねてきた。
 少なくともディノスプレンドルの討伐は行ったのだから、いつもより時間がかかっていなければおかしいのだが……。

(ってことは)

 光の大森林に入った段階で、ドクター・ワイルドによる時間の干渉があったのだろう。

【何があったの?】

 雄也が一瞬難しい顔をしたのに気づいてか、何かが起きた前提で尋ねてくるアイリス。

「ああ。実は――」

 雄也に関しては僅かな表情の変化も察せられる彼女を前に、誤魔化すことは不可能だ。
 素直に光の大森林で遭遇した全てを話す。

【一人であのリュカと戦っただなんて。ユウヤ、体は大丈夫?】

 と、自分の体調こそ芳しくないはずなのに、アイリスはこちらの心配をする。
 一度六大英雄の一人たる彼女、真獣人ハイテリオントロープリュカと手合わせしたことがあるだけに、彼女の実力の程は重々承知しているのだろう。
 まともに戦えば結果がどうなるかは即座に予測できたに違いない。
 一見外傷はなさそうでも、見えない負傷があるかもしれないと危惧するのも当然か。

「俺は大丈夫だよ。……手心を加えられてた訳だしな」

 そんな彼女の問いかけに対して雄也は、やや視線を下げ気味に返した。
 実質、見逃されて帰ってきたようなものだから、少々恥ずかしい。
 挙句、大切な女の子に心配をかけたのだから尚のことだ。

【そう。けれど、とにかく無事でよかった】

 しかし、アイリスはそうした雄也のスッキリしない感情に恐らく気づいた上で、心底安堵したように小さな笑みを浮かべながら文字を改めた。

「それは、そう、だな」

 彼女のそんな顔を見ると、どのような形であれ戻ってこられてよかったとも思える。
 何より、雄也の生死は雄也だけの問題でもないのだから。

「けど、皆がいないと駄目だって身にしみたよ」

 とは言え、この敗北感はまた別の話だ。

「多少は強くなったと思ったんだけどな……」

 これまでも一人で戦ったことはあったにはあった。
 しかし、格上と完全な一対一になったことはなかったように思う。
 いざという時に弱音を吐くことすらできない孤立無援は、実に辛かった。
 心の奥底で、どれだけ皆の存在を頼りにしていたか分かろうというものだ。

「本当に、情けない」

 力ばかり分不相応に強くなっているが、心はまだまだ未熟なままだ。
 余りにも成長が急激で短時間だったから仕方がないと言えなくもないが、それはそれで言い訳がましい。青二才の自己弁護でしかない。
 眉間にしわを寄せるように目を瞑り、思わず深く嘆息してしまう。
 それとほぼ同時に、手に軽く触れられる感触がして雄也は目を開いた。

【ユウヤ、呪いを解いてくれる?】

 と、眼前にそう文字が浮かべられる。

「そ、そうだったな。ごめん」

 自分の気持ちに惑わされ、本来優先すべきことが疎かになってしまっていた。
 アイリスが焦れて急かす程、恐らく今も尚苦痛が彼女を苛んでいるはずだというのに。
 己を強く恥じるが、同時に今度はその感情に囚われて間違えないように、やるべきことを強く意識する。

「アサルトオン」
《Armor On》

 普段とは違い、普通の基人アントロープとしての姿で鎧を纏う。
 全ての属性が揃った以上、今後はこれがスタンダードになるだろう。

《Convergence》

 そこから六属性の魔力全てを同時に収束させる。

「アイリス」

 そして十秒待って収束が完了してから、雄也は彼女の名前を呼んで手を差し出した。
 それに対してアイリスは一つ小さく、しかしハッキリと頷いて雄也の手を取る。
 そうしながら穏やかな表情で見上げてくる彼女に頷き返し――。

「〈オーバーヘキサディスペル〉!」

 雄也は収束した全魔力を用いて、アイリスの呪いを解くための魔法を使用した。
 その発動を示すように六色の魔力光が雄也とアイリスの間で発生し、やがて彼女の体の中に少しずつ吸い込まれるようにして消えていく。
 その間アイリスは、雄也に身を委ねるように静かに目を瞑っていた。

「……どうだ?」

 闘争ゲームの流れ的に今度こそ成功するはず。
 そうは思いながらも不安を隠せず、雄也は恐る恐るという感じに問いかけた。
 それに応じて彼女は目を開け、次いで口を開く。

「…………もんだいなさそう」

 どことなく掠れ気味。何となくイントネーションもおかしい。
 しかし、確かにアイリスの声が耳に届いた。

「よかった……」

 安堵感が全身を駆け抜け、雄也は深く深く息を吐いた。
 胸の中に溜まっていた淀みを吐き出すように。

「……ユウヤ、ありがとう」

 アイリスらしいワンテンポずれた言葉が少し懐かしい。
 彼女は視線が合ったり、手に触れたり、何か意思を伝えようとしている仕草をしてから喋り出すのに一瞬溜めがある。それが故の感覚だ。

「……ユウヤが頑張ってくれたおかげでまた話せるようになれた」
「あ……いや」

 アイリスはまっすぐな感謝と微笑みを向けてくれる。
 が、そんな彼女の言動を前にすると、そもそも巻き込んでしまったのは自分だという何度目かになる考えが頭を過ぎって少しどもってしまう。
 アイリスからは気にしなくていいと、それこそ何度も言われていることではあるが、どうしても割り切れない部分がある。

「……ユウヤ、また自分のせいでって考えてる?」

 口には出していないが、耳にタコという感じにやや不満げな顔をするアイリス。
 彼女は、呆れたように小さく苦笑気味に嘆息してから再び口を開いた。

「……何度でも分かって貰えるまで言う。私がここにいるのは私の意思。何より、既にドクター・ワイルドに目をつけられてる以上、私達は一蓮托生。気を遣わないで」

 一気にそう言うと、長文が苦手なのは変わらないようで「ふう」と息をつくアイリス。
 普段マイペースな彼女が自分の調子を崩してまで必死に伝えようとしている辺り、表情と相まって強い気持ちが感じられる。
 それこそ文字を突きつけられるよりも遥かに強く。

「……私はもっと頼られたい。傍で戦いたい。だから、今回ユウヤと一緒に戦えなかったことを、私は私の落ち度と思う。悔しい」

 アイリスはそう言いながら彼女にしては珍しく、眉間にしわを寄せた表情を見せる。
 ここ一ヶ月以上、ままならない状況に言葉の通り悔しい思いをしていたのだろう。

「そんなことは……」
「……ない? だったら、ユウヤの考えもそんなことない」

 フォローをしようとするが、逆に強く反論されてしまう。
 情けない話ではあるが、そこまで気持ちをぶつけるように言われると嬉しい気持ちもあり、言葉を返せない。

「……私はユウヤとどこまでも一緒にいたい。私はユウヤのことが好きだから」
「え? あ……」

 そんな時にサラリと言われ、一瞬認識が遅れる。
 少しの間反応できずにいると、アイリスは余り表情を変えないままで平静を装いながらも、しかし緩々と頬を赤らめていく。
 最終的には肌という肌を真っ赤にして視線を逸らしてしまった。

「…………約束。呪いが解けたらちゃんと気持ちを伝えると言った」

 それから彼女はボソボソとやや早口で続ける。

「そう、だったな。何だか締まらない形だったから、申し訳ないけど」

 気持ちよく一件落着といかなかっただけに、舞台が整っていない感があって台なしになったような気がしてしまう。

「……過程はどうでもいい。劇的な展開なんてハラハラするだけで心臓に悪い。ただユウヤが無事に傍にいてくれて、互いを想い合えればそれが一番」

 当事者としては素直な感想だろう。
 雄也自身、今となってはそう思わなくもない。
 昔は物語の登場人物(主に特撮の主人公)のようになることに強く憧れていたが。

「……それで、その、ユウヤはどう?」

 と、アイリスは話の軌道修正をするように上目遣いで問うてくる。
 これまで直接的な言葉にはせずとも互いに間接的に仄めかしてきたことではある。
 仄めかすという域ではないぐらい伝え合っていた気もするが。
 と言うか、獣人テリオントロープにとって求婚を意味する首輪を送って、受け入れられているのだから傍から見れば茶番もいいところだろう。
 が、それを実際に口にするのは初めてのことなので、恥ずかしさは隠せない。
 アイリス同様に肌が赤くなっていると自覚できるぐらいに顔が熱い。

「勿論、俺もアイリスのことが好きだ」

 それでも約束を守って心の内を言葉にした彼女を前にして、今更誤魔化すことなどできはしない。不義理にも程がある。

「…………よかった」

 雄也の返答に、アイリスは安堵したように小さな笑みを見せる。
 その姿は実に愛らしく、愛しさが溢れてくる。

「……ユウヤ、お願いがあるのだけれど」
「何?」
「この首輪、もう一度つけ直して欲しい」

 アイリスはそう言うと、琥珀色の首輪を外して手渡してきた。

「分かった」

 元の世界で婚約指輪に相当するそれだ。
 言葉で気持ちを伝え合った上で改めてそうすることはアイリスにとって意味のあることなのだろうと、彼女の気持ちをくんで受け取る。
 そして、正面から見詰め合うようにして首輪をつけて上げると――。

「……ユウヤ、ありがとう」

 丁度それを終えて雄也が手を離したタイミングでアイリスはそう言い、雄也がその言葉に気を取られている隙を突くように顔を近づけてきた。

「え?」

 唇に何かが触れた感覚に一瞬呆けた声を出してしまう。
 それがキスをされたことによるものと遅れて気づき、アイリスの顔を見ると先程以上に顔を赤くした彼女がそこにいた。

「……起きてる時にするのは初めて」
「……ん? 起きてる時? あ、まさか!」

 その意味するところに気づいて軽く詰め寄ると、自白しておいてアイリスは目を背けた。
 いつのことかは知らないが、どうやら彼女が朝、先に起きた時に既に初めてを奪われていたらしい。

「……それ以上はしてないから安心して」
「いや、あの、なあ……」

 相手がアイリスだし、もう別にいいけれども。何とも釈然としない気持ちもある。

「……ユウヤ、お腹空いた」

 と、アイリスは色々と誤魔化すようにお腹をさすりながら言った。
 今この場に限定すれば、話の流れ的には唐突の感は免れない。
 だが、前提として呪いで味覚と嗅覚まで奪われていて食事をまともに取れなくなっていたことを考えれば、単なる誤魔化しと切り捨てられず少々困る。
 と言うか、かなり無理をしていたはずだ。
 恐らく帰宅早々の雄也の浮かない顔を見て、自分の体調よりも優先させたのだろう。
 申し訳なくも思うが、それもまた頼って欲しいという彼女の意思の表れに違いない。

「そうだな。すぐ持ってくる」

 だから、顔を曇らせることなく笑顔で言い、雄也は台所へ向かった。
 そしてペースト状にした介護食の入った鍋と皿を持って戻ってくる。
 ここ一週間はほとんど僅かな量しか食べられずにいたのだから、いきなり普通の食事は胃が受けつけない可能性が高い。
 正直、見た目的な意味でも味的な意味でも心苦しいが。

「……食べさせて?」

 上目遣いでお願いされ、習慣のようにすぐ頷いてスプーンでそれをすくう。
 最近の癖のような感じで体が勝手に動いたが、改めて気持ちを伝え合った手前、正直内心では気恥ずかしさがぶり返していたが。
 それでも、アイリスが元気を取り戻せばこうする機会も少なくなるだろうから、と羞恥を抑えて「あーん」と言いながら口元に持っていく。

「…………変な匂い」

 彼女はそれを前にして、微妙に嫌そうな顔をしながらも小さな口を開けた。
 嗅覚が戻れば仕方がないことだ。
 我慢して貰って、彼女の口にスプーンの先端を入れる。

「………………不味い。凄く」

 アイリスは珍しくハッキリと顔をしかめながら飲み込み、かなり不満そうに言った。
 料理が趣味のようになった彼女だ。そういう意味でも許せない味なのだろう。
 空腹も最高の調味料とはいかなかったようだ。

「〈テイストコントロール〉」

 さすがにかわいそうなので闇属性の魔法を用いて、味覚と嗅覚に働きかける。
 呪いがなければ味を誤魔化すことは容易い。
 そうしながら再び食べさせると――。

「……おいしいけれど、納得がいかない。納得いかないけれど、おいしいって嬉しい。納得いかないけれど」

 アイリスは困ったような表情を浮かべた。
 これもまた料理をする人間からすると不満だろうが、今は仕方がない。

「……味覚も嗅覚も、人間の感覚って不思議」

 それからアイリスは、自分の身に降りかかった全てを総括するようにそう結論し、今は栄養補給が最優先と食事に集中し始めた。
 そうやって久し振りに積極的に食べているアイリスの姿を見ていると、色々と思うところはあるもののホッとする気持ちが強い。
 一つの区切りを感じ、雄也はそうしながら彼女が満足するまで食べさせ続けたのだった。

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