【初稿版】特オタ~特撮ヒーローズオルタネイト~

青空顎門

第二十六話 陥穽 ③六色の力、その片鱗

 魔動機馬アサルトレイダーが示す超越人イヴォルヴァーが出現した方向へと大きく跳躍し、〈エアリアルライド〉で軽く姿勢を制御する。そうしながら――。

「アルターアサルト」
《Change Phtheranthrope》

 同時に最も飛行速度の出る超越人イヴォルヴァー形態へと移行する。

「〈ワイドエアリアルサーチ〉」

 更に襲撃の正確な位置を把握するために超広域の探知魔法を使用し、雄也は他の皆に先行して目的地へと飛翔した。

『あ、忘れてた!』

 直後、メルが突然思い出したように〈テレパス〉を飛ばしてくる。
 彼女は変身状態のまま、大分後方から空中に作り出した水の道を通ってついてきている。

『一体、何ごとですの?』

 続いて、プルトナの訝しげな問いかけもまた頭の中に響いた。
 どうやらメルの声は彼女達にも届いており、緊急事態と考えて〈テレパス〉を全員に会話の内容が聞こえるように使用しているようだ。
 そのプルトナは属性的に空中移動の手段がないため、アサルトレイダーに跨っている。
 同じ理由で後ろにはラディアも騎乗していた。

『新しい魔動器の名前! お兄ちゃんに確認して貰ってなかった!』

 何ごとかと思えば。
 恐らく、双子を除く全員がそう思ったことだろう。

LinkageSystemデバイス、でいいかな?』

 超越人イヴォルヴァーの出現という逼迫した状況には相応しくない呑気な内容だ。
 意識を戦闘寄りに持っていっていたため、単純な彼女の言葉の意味が頭にすんなりと入ってこずに一瞬言葉を失ってしまう。

『ま、まあ、いいんじゃないか?』

 それでも何とか返答をし、意識を敵の気配へと戻そうとする。
 一先ず優先すべきは敵の襲撃に被害を出さないことだ。しかし――。

『よかった。決まりだね!』
『メル。それは今言うべきことか?』

 嬉しそうな声を出したメルを前に、ラディアは強い呆れを声に滲ませる。
 半ば怒っている彼女の状態に、意識を彼女らの会話に残さざるを得なかった。

『けど、名前は大事ですよ? あるとないとじゃ、ものごとの捉え方に差が出ますし。何より、あれとかそれとかだと互いの認識にズレが生じかねませんし』

 と、クリアが姉のフォローを入れる。
 言っている内容は理解できなくもない。
 が、少々タイミングが悪い。

『だとしても、いや、だからこそだ。大事なことだと思うのであれば尚更忘れることなどあってはならん、気が緩んでいる証拠に他ならないだろう?』
『う……』『それは……』

 やや強い言葉で窘められ、双子は声を詰まらせてしまった。

『まあまあ、先生。何やかんや揉めるのは、それこそ今やるべきことじゃないですよ』

 フォーティアはラディアを宥めるように言い、更に続ける。

『メルもクリアも、もう言い忘れてることはないんでしょ?』
『うん』『大丈夫よ』
『じゃあ、色々言うのは事態が終息してからってことで。…………まあ、正直気が緩む気持ちも分からないでもないけどね。アタシも今更超越人イヴォルヴァー? っても少しは思うし』

 それは確かに雄也自身も心の片隅で思っていたことだ。
 特撮、と言うかバトル系の話の終盤に序盤の敵が紛れ込んできたような感じがする。

(再生怪人が弱い理由の一つだしな……)

 それについては他の面々も全く思わなかった訳ではないようだ。

『……ドクター・ワイルドのことだ。油断を誘っているのかもしれん。むしろ気を引き締めなければならんだろう』

 そうは言いながらもラディアすら一瞬反論が遅れる程だ。
 しかし、彼女の言う通りではある。
 敵は決して信用ならないという点で信用できる男だ。
 だから雄也は今度こそ意識を切り替え、速度を上げて現場へと向かった。
 そして視界にそれを捉える。

「……ゲル状の、巨大な人間?」

 見た目的には以前母親の手によって超越人イヴォルヴァー化した時のメルに近しいものがある。が、彼女の時はメルだと分かる程度には外見に特徴が見られた。
 眼下の存在はそれとは対照的に、人の形を取っているだけで基となった人間のどのような顔つきをしていたかなど欠片も分からない。
 恐らく、スライムのイメージ通りな不定形状態から人の形を作っているだけだろう。
 まず間違いなく、既に過剰進化オーバーイヴォルヴしていると判断すべきだ。
 とは言え、自壊を待つか討伐するしかなかった以前とは違い、今は赤銅の腕輪MPキャンセラーがあるので元の人間に戻すことができる。
 人格が無事でなければ命を助けることはできないが、それでも人間の姿形で葬られれば遺族の心もいくらか慰められるはずだ。
 問題はそれをする前に命を奪われていないかどうか。
 そして誰かの命を奪っていないかだが……。

超越人イヴォルヴァー対策班……約束は守ってるみたいだな)

 以前彼らと揉めた時に取り決めた通り、アレス達は超越人イヴォルヴァーの足止めに専念してくれていた。周囲の状況からして、被害者らしい被害者はいない。

「アレス!」

 その様子を確認し、先頭に立って戦う彼に呼びかけながら傍に降り立つ。

「遅いぞ」

 すると、漆黒と琥珀に彩られた装甲を纏ったアレスは振り返って応じた。
 彼もまた進化の因子を有するが故に、以前見た時よりも真超越人ハイイヴォルヴァーとしての力は遥かに増しているようだ。
 見た感じ、このスライム状の過剰進化オーバーイヴォルヴした超越人イヴォルヴァーも敵ではないだろう。

「〈テレパス〉に応答がなかった。恐らく〈ブレインクラッシュ〉を受けている」

 そしてアレスはそう言いながら雄也に道を開けた。
 耳にした内容に、しかし、立ち止まらずに奥歯を噛み締めながら相手の前に進む。
 いずれにせよ、やるべきことは変わらない。
 赤銅の腕輪MPキャンセラーで普通の人間に戻すだけだ。

「アルターアサルト」
《Change Ichthrope》

 だから、雄也は相手と同じだろう水属性たる水棲人イクトロープ形態に変わり、地面を蹴って一気に間合いを詰めた。そのまま相手が反応する前に右手でゲル状の体表に触れる。

《MPキャンセラー、実行シマス》

 同時に赤銅の腕輪が起動を示す電子音を鳴らし――。

《過剰魔力吸収中…………》

 超越人イヴォルヴァー超越人イヴォルヴァーたらしめるものを奪い去らんとするが……。

《過剰魔力吸収中…………》

 電子音は同じ内容を繰り返し、進行しない。

(……おかしい。いくら何でも長過ぎる)

 言っては何だが、この程度の超越人イヴォルヴァーなら即座に人間の姿に戻ってもおかしくない。
 にもかかわらず、相手は超越人イヴォルヴァーの姿を維持したまま。

(それどころか、魔力が増してないか?)

 それを取り除くための魔動器を今正に稼働させているはずなのに。
 まるでどこからともなく魔力が供給されているかのようだ。

(…………そうか。つまりLinkageSystemデバイスみたいに)

 空間を超えて何者かが魔力を与えている訳だ。赤銅の腕輪MPキャンセラーの消費量以上に。
 当然、犯人はドクター・ワイルド以外にない。

「なっ!?」

 そうと思い至った次の瞬間、赤銅の腕輪は許容限界を超えてしまったのかバチッと火花を散らして沈黙してしまった。
 それによって枷が外されたが如く、そのゲル状の体全体に恐ろしいまでに膨大な魔力が満ちていく。その大きさたるや六大英雄に匹敵する程だ。

「ちっ」

 同時に超越人イヴォルヴァーは激しく蠢き出し、雄也は舌打ちして飛び退った。
 相手も置きものではないのだから、長々と接触してはいられない。

「って、うおっ!?」

 直後、スライムの超越人イヴォルヴァーは補食時のクリオネのように全身の形を崩し、人型を放棄してこちらを飲み込もうとしてきた。
 生理的嫌悪感を抱くような気色の悪い挙動を前に、少々過剰な程に大きく跳躍して回避する。そうしながら雄也は、眼前の存在の力と味方の戦力の差を推し量った。

『ユウヤ、どうした? 元に戻せないのか?』
『そうみたいだ。もう倒すしかない。アレスは対策班を遠ざけてくれ』

 頭の中で出した結論を基に、アレスの問いにそう返答する。
 いくら強くなったとは言え、おおよそ雄也の単一属性形態と同程度のアレスでは生命力や魔力の点で心許ない。彼以外の対策班の面々ならば尚のことだ。
 無論、強さとは技量を含めた総合的なものを言うので、実際のところは六大英雄と同じ脅威度とはいかないだろうが……。

『大丈夫なのか?』
『ああ。問題ない』
『分かった。気をつけろよ』

 彼もまた、今は周りの仲間を後退させることを優先すべきと判断したようだ。
 実力云々もそうだが、それに加えて過剰進化オーバーイヴォルヴした超越人イヴォルヴァーは変則的な戦い方をするため、集団で戦うことが不利に働くことも十二分に考えられるのだ。当然の判断だろう。
 そして、それは雄也達にも言えることだ。だから――。

『皆も下がっててくれ! まず俺がLinkageSystemデバイスを使って戦う!』

 雄也は彼女達に〈テレパス〉でそう告げた。
 疑似〈六重セクステット強襲アサルト強化ブースト〉なら身体能力だけは六大英雄をも上回ることができるはずだ。
 少なくとも敵の戦い方を見極めるまでは、一先ずその力を用いて一人で戦うことが最終的には最も安全な方法になるだろう。

『了解した』『任せたよ』『分かりましたわ』『うん』『分かったわ』
『了解です。アイリスさんも頷いてます』

 その辺りは彼女達もまた同じ意見のようだ。
 即座に〈テレパス〉が伝わってくると共に、魔動器を通じて魔力が流れ込んでくる。

《Change Anthrope》
「疑似〈六重セクステット強襲アサルト強化ブースト〉」

 それと同時に雄也は六属性全ての魔力を用いて己に身体強化を施し、完全に巨大なスライムの如き姿へと変じたそれに向かって単身突っ込んだ。

《Gauntlet Assault》
「はあっ!!」

 そのまま手甲を両手に装備し、殴打を繰り出す。
 並の超越人イヴォルヴァーならば消し炭になるだろう一撃は容易くゲル状の体を貫くも、しかし、雄也の拳に気色の悪い半端な手応えだけを残すに留まった。
 純白のミトンガントレットに覆われた腕は巨大なスライムと化したそれに埋もれ、そのままこちらを飲み込まんと侵食するように装甲の上を這ってくる。

(駄目か。まあ、駄目だよな)

 雑魚として定着したスライムならばともかく、本来のそれは打撃が効かない強敵だ。

(なら――)

 その場合の対処法はおおよそ定番のものが存在する。焼くか固めるかだ。

「〈オーバーエリアフレイム〉!」

 そう判断して即座に炎を巻き起こす。
 フォーティアの魔力によって属性特化状態と遜色ない威力と共に。
 直後、熱したフライパンに水をぶちまけたような音が鳴り、効果ありと思ったのも束の間。一瞬にして音は聞こえなくなり、スライムは真紅の中から這い出ようとしてくる。
 どうやら表面が焼けて硬化し、殻のようになって中心まで熱が伝わっていないようだ。

「〈オーバーエリアフリーズ〉!」

 逆に凍らせて固めてしまおうとしても同じこと。
 効果は表面に留まり、倒し切るには至らない。

「〈オーバーマルチレイ〉!」

 ならばと光線を放ち、細切れにしても再生してしまう。

(スライム。実際に戦うと厄介だな……)

 思わず心の中で舌打ちする。

(熱量が大きければ硬化した上からでも貫けるみたいだけど、見た感じアサルトレイダーを使っても一回で消滅させられるのは人間サイズぐらいか)

 それでは、今の状態で決め技を撃っても倒し切れずに再生されるだけだろう。
 何とかして人間サイズ、正確に言えば断面積を雄也の放つ光線の直径以下にしなければならない。具体的には細長いトコロテンのような形にできればいいのだが……。
 これが普通の相手ならば、そんなことは無茶な注文だ。
 しかし、相手は流動性のある体を持つスライム。
 型にはめ込むことができれば不可能ではない。

「〈オーバーアクアスフィア〉!」

 とは言え、いきなり土属性魔法で型を作ってそこに押し込めようとしても、僅かでも取りこぼしてしまえば意味がない。
 だから、一度水球に全体を閉じ込めた上で――。

「〈オーバーアクアフロー〉!」

 球形を保ちつつ、内部を急激に攪拌してスライムの形を一気に崩す。

「〈オーバーコンファインディング〉!」

 そのまま雄也は立て続けに魔法を発動させて円筒形の型を作り出し、その中に千切れたゲル状の肉片を含んだ水を極限まで圧縮して閉じ込めた。

「来い! アサルトレイダー!!」

 仕上げにそれを呼び寄せ、砲台へと変形させる。
 同時に恐ろしい程の魔力がその隅々までに行き渡り、速やかに準備は整った。

(……どうか、安らかに)

 そうしながら脳裏で今回の被害者の冥福を祈り、しかし、躊躇わずに口を開く。
 既に意思のない彼か彼女。早々に介錯してやるのが慈悲というものだ。

「イリデセントアサルトカノン!」

 そして、雄也はその言葉を合図に六色の輝きを帯びた光を解き放った。
 六つの属性魔力を湛えたそれは、円筒ごと中身を一瞬にして蒸発させていく。
 やがて虹のような煌きが消え去ると、その攻撃の絶大な威力とオルタネイトの力の成長を示すように、特撮の様式美の如き爆発もなく静けさだけが残った。
 周囲を十分に見回し、超越人イヴォルヴァーの討伐を確認して息を吐く。

(…………今回みたいな戦い方は、複数属性の特権みたいなもんだな)

 それを誰でもできるようにすることが可能な辺り、LinkageSystemデバイスが優れた魔動器だと体の力を抜きながら改めて思う。

「……また随分と強くなったようだな」

 そこへ驚きと呆れ、それと少々の羨望を交えながらアレスが声をかけてくる。

「まあ、目指す頂きは高い方がいい。必ず追いついてやる」

 そう続けた彼に雄也が言葉を返そうとした正にその瞬間――。

「何だ?」

 無機質なテンポの拍手が耳に届き、不審そうなアレスの声が重なる。
 同時に強大な魔力の気配が起こり、雄也は口を閉ざしてその方向に体を向けた。
 すると、歪んだ笑みを浮かべる見覚えある男の姿が視界に入る。

「ドクター・ワイルドッ!! 何をしに来た!?」
「ご挨拶であるな」

 怒りを滲ませた雄也の声に、突如として現れたドクター・ワイルドは何ら動じることなく馬鹿にするように軽く肩を竦めた。
 そんな調子のまま彼は言葉を続ける。

「何、大分仕上がってきたようであるからな。少々手合わせしてみようかと思ってな」

 そして、その口から発せられた言葉に、雄也は思わず体を強張らせてしまった。
 着実に彼の望む終局へと近づいていることを実感して。
 その筋書きに楔を打ち込むチャンスかもしれないと強く意気込むように。

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