【初稿版】特オタ~特撮ヒーローズオルタネイト~

青空顎門

第二十六話 陥穽 ②ヘキサディスペル(疑似)

 前回の戦いから十日。早くもメルクリアが言っていた新たな魔動器が完成した。
 さすがは魔法のある世界だと改めて思う。
 とは言え、当然ぶっつけ本番でアイリスの解呪を試みる訳にはいかない。
 なので、一先ず試運転を賞金稼ぎバウンティハンター協会のいつもの訓練場にて行うこととなった。

「じゃあ、兄さんも、MPドライバーを出してくれる?」

 その前に接続と調整を行うということで、クリアに言われるがままMPドライバーを腹部に露出させる。既に他の面々のMPリングは調整済みだ。

(……しかし、変な感じだな)

 普段はこのような中途半端な状態にはしないので、どうにも違和感が強い。

(ってか、何か恥ずかしい)

 まるで市販の変身ベルト(大きいお友達仕様)を嬉々として腰に巻いて出歩いている気分だ。特オタを自称していても、さすがにそこまで開き直ることはできない。
 ああいう類の趣味は一人で楽しむか、相応の場で同好の士と共有すべきものだと思うし。

(家でやればよかったんじゃないかな……)

 心の中で軽く溜息をつく。
 一応、雄也のMPドライバーはMPリングに比べて特殊なようだから、万が一の時を考えているのかもしれない。退避し易いように、周りに被害が及ばないように。
 逃げようのない雄也としては嫌な想定だが、事故への備えは必要なことではある。

「で、最後にこれを取りつけて、っと」

 そうこう考えている内に、クリアの作業は終盤に差しかかる。

(恥ずかしいと言えば、この体勢もなあ……)

 クリアを主人格とした彼女は目の前で膝を突き、顔を雄也の腰の高さにしてMPドライバーを弄っている。角度によっては変なことをさせているように見えるかもしれない。
 まあ、外部から覗かれる心配はないし、この場にいる全員、何をしているかは理解しているので問題はないが。

【ユウヤ、変なこと考えちゃ駄目】

 と、無心でいれば問題などないのに余計なことを考えてしまった雄也を戒めるように、少し離れた位置で作業を見ていたアイリスがジト目と共に文字を突きつけてくる。
 普段ならば以心伝心も問題ないが、今回ばかりは女の子に見抜かれたくない内容だ。
 それだけに羞恥心は半端なく、顔が熱くなってしまう。

「ユウヤさん、変態です……」

 そんな雄也の反応とアイリスが作った字を見て、イクティナが不満げに言う。
 その言葉の内容自体は分からないでもないが、顔に浮かんでいるのが軽蔑ではなく不満な辺り、何と言うか彼女も割とずれた思考の持ち主だ。
 いや、「アレは盲目」的な奴かもしれないが。
 それは諸事情で先送りにしている話なので横に置いておくとして……話の流れ的にほぼ確実でも変なことが即イコールで変態的なことになるとは限らない。なので――。

「具体的なことは言ってないのに、イーナは何を想像したんだ?」
「ふえ!?」

 少々大人げなく問いかけると、イクティナは素っ頓狂な声を出した。
 彼女には申し訳ないが、巻き添えになって貰う。
 そうでなければこの気恥ずかしさには耐えられない。

「え、えっと、その……」

 案の定、顔を真っ赤にしたイクティナは、しどろもどろになって俯いてしまった。
 自分よりも顔に出して慌てている人がいると、見ている側は冷静になれるので助かる。
 彼女にしてみれば堪ったものではないだろうが。

「ユウヤも意外と嗜虐的だねえ」

 そんな彼女の反応を見て、フォーティアが意地の悪い笑みを浮かべる。

「ま、こういう可愛い反応をされるとユウヤの気持ちも分かるけどさ」
「いや、そういうつもりで言った訳じゃないんだけど……」
「ま、そういうことにしといたげるよ。と言うか、イーナも意外と耳年増みたいだねえ」

 雄也の反論をサラッと流し、ニヤニヤしながらイクティナに向けて言うフォーティア。

「あううぅ」

 それに対してイクティナは、更に羞恥が増したように頭を抱えて座り込んでしまった。

「嗜虐的とかティアに言われたくないな」

 よりタチが悪いのは追い打ちをかける彼女の方だろう。

「これぐらいじゃれ合いさ。意中の男からからかわれるのに比べたらね」

(だから、別にからかい目的で言った訳じゃないんだけどなあ)

 とは言え、言葉の内容的にフォーティアは明らかに雄也を次の標的にしようとしているので、藪蛇になりそうな反論はしないでスルーしておく。

「はあ。もうそれぐらいにしておきなさいな。クリアは真面目にやっていますのよ?」

 すると、そんな雄也達の様子に深く呆れ気味に嘆息してから、プルトナが窘めるような言葉を口にする。自身が話に絡まなければ、基本彼女も真面目だ。

「分かってる」「はいはい」「うぅ……」

 ともかく、丁度いいので区切りとして話を打ち切らせて貰う。
 若干一名、立ち直っていない子がいるが。
 今フォローを入れようとするのは逆効果だろうとクリアへと視線を落とす。
 散々騒いでおいて今更だが、真剣に魔動器の調整を行っている彼女に申し訳ないのは確かだ。幸い、当の彼女はさすがの集中力で喧騒をシャットアウトしているようだが。

「できたわよ。兄さん」

 やがて作業が完了したのか、クリアは問題の体勢のまま笑顔で見上げてきた。

『試運転の前に使用上の注意!』

 そのタイミングで、自分の存在を主張するようにメルが声を上げる。

『わたし達が魔力を使ってたり、余りにも離れた場所にいたりすると使える魔力が減るから気をつけてね。今日は関係ないけど念のため』
「前者は決め技を同時に使う訳でもなければ大丈夫だと思うけど、後者は特にね。それ自体の魔力で空間転移させるから、距離が離れれば離れる程減衰するのよ」

 姉の説明にそう補足を入れたクリアは、更に「まあ、王都の端から端ぐらいなら誤差の範囲だけど」とつけ加えた。

「分かった。ありがとう、二人共」

 そんな二人を前に雄也はそう返すと、先程までの余計な思考を気取られないように、丁度いい位置にあった彼女の頭を誤魔化し気味に撫でつつ笑みを向けた。

「うん」

 すると、主人格として表に出ていたクリアはくすぐったそうにしながら顔を赤らめ、愛らしい照れ顔を見せてくれる。
 彼女は普段は大っぴらに感情を出すタイプではないが、だからこそ気持ちがハッキリと感じ取れる表情はより価値があるように思えるものだ。
 そうした彼女の反応を堪能していると――。

『クリアちゃん、ずるい! わたしも一緒に作ったのに!』

 当然と言うべきか、メルが激しく不満を口にする。

「私に最終調整任せたの、姉さんじゃない」

 対してクリアは嘆息気味に言った。

『う……だ、だってクリアちゃんの方が器用だし。少しだけ。お兄ちゃんのを弄るんだったら万全な方がいいでしょ?』
「まあ、魔法技師として当然の判断ね」

 それから返ってきたメルの言い訳に、彼女はサラッと同意を示して封殺してしまう。

『むー』

 メルは妹のつれない態度を受け、唸り声を上げて抗議をした。
 唇を尖らせている彼女が簡単に目に浮かぶ。

「はあ、もう。仕方のない姉さんね」

 と、クリアは深く溜息をついてから苦笑し、その直後スッと表情を変化させた。
 どうやら姉のために主人格を譲って上げたようだ。

(ま、ちゃんとそうするよな)

 双子の仲のよさは常々見て知っているので、案の定というところだ。
 メルとクリアならば、この程度では喧嘩に発展することなどあり得ない。
 極々日常的なやり取りと言っていい。

「ありがと、クリアちゃん」

 そしてメルは彼女らしい比較的子供っぽい笑顔で妹に感謝を口にすると、それから何かを期待するようにこちらを見上げてきた。
 何を望んでいるかは言わずもがな。
 黙ってそうしていればその通りにしてくれると信じて疑っていない顔だ。
 勿論、ある種の強い信頼を向けてくれる可愛い妹分に、そこでわざわざ意地悪をするつもりは毛頭ない。なので、雄也はクリアにしたのと全く同じように頭を撫でた。
 ただ、人格が交代しても肉体は同一なので、手に返ってくる感触も全く同じだが。

「えへへ」

 しかし、メルの場合はクリアと違い、無邪気で心底嬉しそうな笑みを見せてくれる。
 釣られて、こちらまでも表情が緩んでしまうような眩しい笑顔だ。
 そんな感じで姉と妹とでは反応が大分違うので、飽きが来ることはない。
 もし交互にねだられたら延々と続けてしまいそうだ。
 正直、全く嫌ではないだけに自力では無限ループを断ち切れないだろう。間違いなく。
 と言うか、メル一人でもやめ時が見つからない。

「仲がいいのは結構なことだが、時間は限られているのだ。そろそろ切り上げておけ」

 そこへ横から苦笑気味に言葉をかけられる。
 おかげで雄也はメルの頭から手を離すことができた。

「すみません、ラディアさん」

 声の主は珍しく訓練場に同行している彼女。
 戦力増強的な意味合いで、この魔動器の試運転は優先度の高い事柄だ。
 ということで、今日ばかりはと無理矢理時間を作って来てくれたのだ。
 数十分後には仕事に戻らなければならないそうなので、彼女の言う通り、じゃれ合っている訳にはいい加減いかない。

「じゃあ、早速。メル、クリア、大丈夫か?」
「うん。バッチリだよ」
『自信はあるわ。けど、一応は徐々に出力を上げてね』
「了解」

 クリアの注意に頷く。言われるまでもなく、そうするつもりだ。
 それは彼女達の技術力を信頼していないという訳ではない。
 いきなり六人全員のフルパワーを受け取って、雄也の肉体に何らかの影響が出ないとも限らないからだ。
 下手をすれば許容量の限界を超え、魔法を使った瞬間に魔力が暴走してしまう可能性もある。それこそ以前のイクティナのように。

「まずは素の状態から。ラディアさんの魔力だけを借ります」

 既に光属性の魔力吸石をある程度MPドライバーに吸収させているとは言え、現状他の属性に比べれば明らかに不足しているので。

「了解した」

 そして雄也はラディアの返事を待ち、MPドライバーに繋がった魔動器を起動した。

「む……」

 直後、彼女は違和感を抱いたように軽く眉をひそめる。
 勝手に魔力が抜け出ていく感覚は気持ちが悪そうだ。

「では……疑似〈六重セクステット強襲アサルト強化ブースト〉マイルド」

 いつも使っている身体強化に、前回同様に光属性を加えたもの。
 それを、オルタネイトに変身していない状態の魔力量でも使用できるように魔法のレベルを落として発動させてみる。しかし――。

【ほんのり強くなってる気配はあるけど】
「見た目で変化がないと何とも言えないねえ」

 分かりにくいせいで不評だった。
 言わば、ステータスの数値だけが変化したようなものだから当然か。

「もうちょっと派手にして下さいません?」
「さすがにもっと出力上げて大丈夫だと思うよ、お兄ちゃん」
「そうか? なら…………〈マルチオーバーレイ〉!」

 リクエストに応え、掌を空に向けながら分かり易い魔法を使ってみる。
 そうして放たれたそれは、青空に無数の光の筋を作り出した。

『いい感じね』
「別の人間の魔法から私の魔力の気配がするのは不思議なものだな」

 今度は割と好評のようだ。

「き、綺麗ですね!」

 最後に感想を口にしたイクティナはまだ先程の羞恥心を引きずっているようで、内容が若干ずれたものになっていたが。とりあえず立ち直ったと見ていいだろう。
 いずれにせよ、魔動器の機能そのものには問題なさそうだ。

「じゃあ、次だね」

 その結果を見て満足げなメルに促され、雄也は頷いて口を開いた。

「アサルトオン」

 異種族形態にならないため、特に電子音が鳴らずに純白の装甲が身を包む。
 次は通常使用時の負荷テストだ。なので――。

「「「「「『アサルトオン』」」」」」

 雄也に続き、六人分のその言葉が訓練場に響く。声を出せないアイリスを除いて。

《Evolve High-Drakthrope》
《Evolve High-Ichthrope》
《Evolve High-Therionthrope》
《Evolve High-Phtheranthrope》
《Evolve High-Satananthrope》
《Evolve High-Theothrope》

 直後、こちらは甲高い電子音が鳴り、各々属性に対応した色の鎧を纏った。
 そして再び魔動器の力によって魔力を供給して貰う。

「お兄ちゃん、体は大丈夫そう?」
「ああ。大丈夫」

 オルタネイトレベルの魔力六属性分だが、今のところは問題なさそうだ。
 そもそも、これまでも短い時間とは言え《Convergence》状態の魔力で似たような状態にあったこともあるのだ。それに比べれば、むしろ負荷は少ない。

「じゃあ、まずはさっきと同じように……疑似〈六重セクステット強襲アサルト強化ブースト〉」

 それから単純な見た目では変化がなく分かりにくい身体強化を、今度は実戦で使えるレベルで発現させる。すると――。

「うおっ!? これはまた……」
【全然違う。ヒシヒシと感じる】
「素晴らしいですわ!」
「ちょっと怖いぐらいです」

 先程とは対照的な反応が返ってくる。
 どうやら、彼女らの基準でも目を見張るに値する魔力が気配として滲み出ているようだ。

「私は前回間近で見ているが、やはり凄まじいものだな。これならば六大英雄にも後れを取ることはあるまい」

 前回の戦いでの相手を基準にするなら、今回のこれは一応時間制限もないのだから、後れを取らないどころか容易く勝利することも不可能ではなさそうだ。
 しかし、それはあくまでもタイマンでの話。
 何より、更に後ろに控えるドクター・ワイルドは底が全く見えていない。
 慢心などできようはずがない。

「……ん?」

 そんなことを考えている途中、ほんの少し違和感を抱く。
 その感覚には覚えがあった。
 普段普通に変身している時の、変身直前の感じが引き伸ばされたとでも言えばいいか。

(いや、まあ、今もMPドライバーは起動状態だけど)

 何故今だけそんな感覚がするのかと首を捻るが、あるいは前回も戦闘中で気づいていなかっただけで同じような状態だったのかもしれない。
 そんな奥歯にものが挟まり続けているかのような変な違和感に困惑していると――。

「何にせよ、普通に使う分には問題なさそうだね」

 誰も雄也の異変に気づかず、メルがそう結論する。
 どうやら全て個人の感覚に留まっており、外部に影響が出ていないようだ。
 実際、ほんの僅かなものなので仕方がない。

『けど、さすがに《Convergence》の全部乗せは怖いから、それは今回のデータを確認してからの方がいいわね。兄さん、後で感想聞かせてね』

 そして姉に続き、クリアがそうつけ加える。
 であれば、この違和感についてもその時に話せばいいだろう。
 ラディアの時間が限られているし、今は優先してやるべきこと、やりたいことがある。

『じゃあ、最後に姉さんの呪いを解いて、魔動器の試運転は終わりにしましょ?』
「ああ。……アイリス、傍に来てくれ」

 クリアの言葉に頷き、それからアイリスに視線を移して告げる。
 彼女は言われるまま近寄ってきて、スッと肩が触れ合う隣に位置した。

「え、そこ?」

 別にできないことはないだろうが、やりにくい。
 装甲を纏っている状態で寄り添われてもロマンの欠片もないし。

「いや、あの、できれば正面で……」

 なので、少し困り気味に言う。
 と、アイリスは渋々というのが分かる緩慢な動きで雄也の前に移動した。

「じゃあ、手を出してくれるか?」

 一番その魔法を使い易い体勢、ということで互いの間で両の手を取り合う。

「〈オーバーヘキサディスペル〉!!」

 そして雄也はその魔法を発動させた。

「…………………あれ?」

 発動はした。したのは確かだが、特に何も起こらない。
 まあ、外傷が出る類のものでもなし、この呪いの有無も見た目では分からないが。

「アイリス、どうだ?」

 手を離して問いかけた雄也に彼女は少しの間沈黙し、それから首を横に振った。
 変身したままなので口元を見て取れなかったが、声を出そうとしてできなかったようだ。

「失敗か」

 それを見てラディアが難しい声で呟く。

「アイリス、何か体に異常はないか?」

 それから彼女はアイリスにそう問いかけた。
 対してアイリスは自分の体を確かめるように見下ろしつつ、手で体中に触れる。

【何か違和感がある気がする。けれど、よく分からない】

 しかし、彼女は首を傾げるばかりだった。

「…………何が悪かったんだ?」

 自問気味に呟くが、答えは出てこない。
 折角魔動器の試運転がうまくいっていたのに、最後にケチがついてしまった。
 そうして理由が分からないまま、雄也もまた腕を組んで首を捻っていると――。

「ん? 何だ?」

 何かが急速に近づく気配を感じ、その方向を見上げる。

「お兄ちゃん、アサルトレイダーが!」

 メルの言葉通り、視線の先の空からは魔動機馬アサルトレイダーが接近してきていた。
 そのまま魔動器の馬は急降下し、見た目に反した軽やかさで訓練場に降り立った。

「どうやら超越人イヴォルヴァーが出たようだな」

 それが示す意味を低い声でラディアが告げる。

「ちっ」

 その事実を前に雄也は思わず舌打ちをしてしまった。
 アイリスの解呪がうまくいかなかったことへの蟠りをぶつけるように。
 相変わらず、こちらの動向を把握しているかのような嫌なタイミングだ。

「とにかく、現場に向かうぞ」

 いずれにせよ超越人イヴォルヴァーの襲撃を見逃す訳にはいかない。
 それは絶対だ。
 だから雄也はラディアの言葉に頷き、モヤモヤした気持ちを抱えながら皆と共に訓練場を飛び出した。

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