【初稿版】特オタ~特撮ヒーローズオルタネイト~

青空顎門

第二十四話 弱音 ①猶予は終わり

 三日後。賞金稼ぎバウンティハンター協会のいつもの訓練場にて。

「いつか来ると分かってるのに、いつ来るか分からないってのは辛いものがあるな」

 魔力無効化を打ち破る特訓の合間、小休止中に、雄也は小さく独り言ちた。

「位置は分かるんだけどね。あからさま過ぎるぐらいに」

 それを横で聞いていたメルが、困惑気味に言って小さく嘆息する。
 実のところ、双子が以前作ったという魔力探知用の魔動器のおかげで、フォーティアの現在位置を特定することはできていた。
 万全の準備を整えるために今すぐこちらから仕かけるような真似はしないが、もし彼女が動き出せば一発で分かる状態にはなっている。しかし――。

「ドクター・ワイルドなら魔力探知を欺くことぐらい簡単だろうからな」
「うん……」

 にもかかわらず彼女の位置を探知できてしまっているのは、彼が意図的に放置しているからとしか考えられない。

闘争ゲームの公平さを期すとか抜かしてた通りなのか、あるいは単なる罠なのか」

 腕を組み、眉間にしわを寄せながら自問気味に呟く。

『罠って言っても場所を明かすのは余りに非合理的過ぎるわ』

 それに対し、メルの内側からクリアが苛立たしげに告げた。
 余りにも合理的でない状況は違和感が強いようだ。
 気持ちは分かる。
 そもそも完全に居場所を隠匿できるのなら、そうした方が手っ取り早い。
 むしろ、それをしないのは高慢とか怠慢以前に愚行でしかない。

「けど、ドクター・ワイルドって奴は、単純に合理的かどうかってだけで動くようなタイプじゃなさそうだからな……」

 少なくとも局地的な部分では、彼は無駄を多々含む作戦を平気で仕かけてくる男だ。
 それこそ多少作戦の進行が乱れて成功率が低くなろうとも、相手の心を掻き毟るためだけに、そうした行動に出ても何ら不思議ではない。
 勿論、そう見えているだけで実際のところは、彼の最終的な目的にとって最善となるように仕組まれているのかもしれないが。

(明らかに抜けのある作戦を繰り返す古い特撮の怪人とは、さすがに違うだろうしな)

 ご都合主義を様式美にしていいのは、伝統のある作品だけだ。
 まして現実ならば、そんな間抜けに世界を敵に回すような大それたことはできない。

「やっぱり何か意図があるのか……」

 結局、一周回って思考が戻ってきてしまう。
 そうやって一度考え始めると、何とも抜け出せなくて頭を抱えざるを得ない。

【考え過ぎは危険。裏目に出る可能性だってある】

 と、アイリスが目の前に文字を差し出してきて、雄也はハッとして己の思考に埋没しそうになった意識を外に向けた。
 彼女は離れた位置でプルトナと共にイクティナの訓練につき合っていたはずだが、こちらが休憩に入ったのを見て傍に来たようだ。

【狂人の考えを読もうとするのも危ない】

 そのアイリスは真剣な顔で字を改める。
 どこか心配そうに雄也の手に自身の手を重ねながら。

【相手を理解するには、相手と同じ地平に立たないといけない。狂人を理解するには、狂気に身を委ねないといけない。だから】
「……それは、そう、かもしれないけどな」

 深淵を覗く時、深淵もまた、とも言うし。
 しかし、ドクター・ワイルドが単なる狂人とも思えない
 特に、彼の基準では人間であるところの雄也を駒として使わんとする矛盾を指摘した際に一瞬見せた葛藤は、狂気に飲まれた人間のものではなかった。
 あるいは、あのマッドサイエンティストの如き狂態も実は演技なのかもしれない、などと考えてしまう程に。

【いずれにせよ、敵を過剰に大きく見て恐れちゃ駄目。何もできなくなる】
「逃げても構わない相手ならそれもいいでしょうけれど、いずれは必ず対峙しなくてはならない敵であれば尚のこと、ですわね」

 アイリスに続き、少し遅れて傍に来たプルトナが引き継ぐように言う。
 実際のところ二人の言葉それ自体は正しいとは思う。
 しかし、確実に強大な力を隠している存在が相手では話は別だろう。
 恐れから逃れるために蛮勇に浸かるのは、それこそ危険だ。
 とは言え、恐れに浸り過ぎるのも確かに誤りではあるが。

(まあ、何ごとも程々が一番、だよな)

 ドクター・ワイルドの真の実力についてはともかく、少なくともフォーティアの現在位置については、罠かどうかを考えていても仕方がない。
 一つの目安として気にしておくぐらいが丁度いい。
 最悪、感知した魔力とは全く関係のない位置にフォーティアが突然現れるかもしれないが、一つの可能性として考慮しておけば十分だろう。
 今優先すべきは、そうしたところに不安を抱くことではない。

「それはそれとして、雄也さん。首尾はどうです?」

 それを思い出させるように、イクティナがそう問うてきた。

「ああ、うん。悪くはないよ」

 いつドクター・ワイルドが動き出すか気が気ではないが、今のところ成果は上々だ。
 メルとクリアが一晩の内に(魔法と魔動器の力で)練習台として作り上げてくれた魔動器のおかげで、既にコツを掴むことができている。
 その雑なイメージとしては、注射器で魔力を注入するような感じか。
 とは言え、完全な注射器という訳でもない。
 最も気をつけなければいけない点は、最初から筒状で道を作らないこと。
 そうしなければ、肝心の属性の魔力が転移の領域に触れてしまうため、結局魔力を無効化されてしまうからだ。
 一旦穴のない針、と言うか円錐状に研ぎ澄ませた魔力を突き刺し、その魔力の内側を押し広げるように別の魔力を注入しなければならない。
 そのためにはかなり精密なコントロールが必要であるため、正直大分苦労した。
 しかし、何とか形にはなったと言っていいだろう。

「まあ、後は……実戦で上手くできるかどうか、かな。俺の方は」
「何か別に問題が?」

 少し煮え切らない返事だったためか、イクティナが首を傾げて尋ねてくる。
 雄也はその答えを示唆するように、メルクリアへと目を向けた。すると――。

「再現用の魔動器が中々厳しい感じです」
『全属性に対応するための変換が思うようにいかなくて』

 主人格として表に出ていたメルは難しい顔をしながら言い、クリアもまた若干苛立ったような口調で続けた。

「え? えっと、そこまでする必要はないんじゃ……」

 双子の言葉に対し、イクティナがおずおずと問いかける。

「それはそうなんだけど、な」

 彼女の言う通り、場当たり的に目の前の問題に対処しようというだけなら、そこまでする必要はない。フォーティアの火属性だけで十分だ。
 当然、先を見据えれば、それも考えていかなければならないことではあるが。

「そこは技術者の意地と言うか、矜持って奴なんじゃないか?」

 完璧主義と言うか何と言うか。自分の理想を形にしたいのだろう。
 クリエイターにはよくあることだ。

「は、はあ」

 そうした拘りを余り理解できないのか、イクティナは曖昧な声を出す。
 かつての彼女は落ちこぼれ気味だったため、そうした拘りを持つ意識が皆無だったに違いない。いずれは理想の自分の形を固め、双子の行動も理解できるようになるはずだ。
 とは言え――。

「でも、やっぱり今はティアさんの救出を優先して、早く魔動器の完成を目指すべきじゃないでしょうか」

 この場においては、イクティナの言葉も正論ではある。

「それは勿論そうなんですが……」

 メルもそこに異論はないようだが、困ったように言葉尻を濁した。

『でも、問題がもう一つあるんです』

 口を噤んだ姉に代わり、今度はクリアが答える。

「問題、ですか?」

 と、イクティナは首を傾けて問い返した。

「……はい」

 対して、メルが深刻な声を出す。

『転移領域を欺くには、かなり濃縮した魔力が必要なんですけど、それは魔力結石から解放した魔力だと無理なんです。量的には数を集めれば誤魔化せるんですけど』
「まともに使うには、一度魔力吸石に蓄えて圧縮してからじゃないといけなくて……」

 交互に今ある問題について説明を始め、更に双子は代わる代わる続ける。

『そのためにはかなり純度の高い魔力吸石が必要なんですけど、それにはSクラスの魔力吸石をそれなりの量使って精製しないと使えないんです』
「なので、直近では一つしか魔動器を完成できなさそうで……」

 そこまで言って大きく嘆息するメル。

『兄さんに魔力吸石を調達して貰ってるんですけど、一日で討伐できる魔物は限られてますから。そういう訳で、私達は他の部分を調整してるしかないんです』

 姉に続き、クリアもまた〈テレパス〉の中で息を吐く。
 つまりイクティナの指摘はもっともだが、状況がそれを許さない訳だ。

『なのに、さっき言った通り、ティア姉さん用にしか設定できてないですし』

 沈んだ声と共に深く溜息をつくクリア。

「もっとお兄ちゃんの役に立ちたいのに」

 続いて、視線を下げて自分が情けないと言うようにメルが呟く。
 相変わらず自己評価が低いと言うか、健気が過ぎると言うべきか。
 正直二人にはもっと我儘になって欲しいと思う。

「メルもクリアも。余り気にするな。精一杯やってるのは傍で見てて知ってるし、十二分に助かってるからさ」

 そんな愛すべき妹分達の様子に、雄也は彼女の傍に寄ってその頭を柔らかく撫でた。

「お兄ちゃん……」
『兄さん……』

 二人は少し穏やかな声を出し、くすぐったそうに僅かに身を捩った。

『……って、姉さん。少しは代わってよ』
「えー」
『姉さん!』
「冗談冗談」

 そんなやり取りの後、僅かに表情が変わり、クリアが表に出てきたことが分かる。
 更にしばらく撫で続けると、彼女は満足したような微笑を浮かべた。

【ずるい。ユウヤ、私にも】

 と、技術的な話も一段落したと見てか、アイリスがそう文字を浮かべながら頭を出してくる。獣人テリオントロープらしい犬耳をピコピコと動かしながら。

「はいはい」

 雄也はそんな彼女に苦笑しながら、その琥珀色の髪の流れにも手を沿わせた。
 フォーティアの状況を考えれば余りにも緊張感のない空気になってしまったが、恐らく雄也も大分切羽詰まっていたのを見て気を使ったのだろう。
 アイリスはこれで意外と気が利く子だ。
 先程の文字は、それはそれで本音でもあるのだろうが。

「アイリスは本当に仕方がありませんわね」

 文面だけを額面通り受け取ったように呆れの声を出すプルトナ。

「……羨ましいのなら、イーナもお願いすればよろしいのに」

 彼女はそのままの声色で隣に目を向ける。
 そこではイクティナがジッとこちらを見ていた。
 プルトナの言う通り、頭を撫でて欲しそうだ。

「い、いえ、私はまだユウヤさんに相応しくないですから」

 しかし、イクティナは慌てたように手を小さく振って遠慮した。
 やはり彼女は彼女で、まだまだ自分に自信を持つことができていないのだろう。
 雄也としては他の皆と比べて少々距離を感じるため、もっと気安く接して欲しいところではある。まあ、彼女自身が納得できなければ意味がないことだが。

「それより、そろそろ訓練に戻りましょう!」

 と、イクティナは色々と誤魔化すように言う。

「そうだな。そうしよう。精度を高めておくに越したことはないからな」

 途中から少し空気が緩んでしまったが、問題が解決した訳ではない。
 過剰に余裕をなくすのは危険だが、もう一度気を引き締め直すべきだ。

「うん。わたし達も魔動器の調整はやれるだけやっておきたいしね」

 そんな雄也に、いつの間にか再び表に出てきていたメルが同意を示す。
 そうして訓練を再開しようとした正にその瞬間――。
 ……正直なところ内心では薄々察していたが、事態が動いた。

『兄さん! ティア姉さんの魔力の位置が動き出したわ!!』

 クリアが叫んだ通りの状況を、双子が作製した魔動器が示す。

「…………毎度毎度見計らったように」

 雄也はそれを目の当たりにして、忌々しく口の中で呟きながら眉をひそめた。
 魔力無効化に対抗する術は得られたが、もう少し仕上げておきたい微妙な状態。
 そこを狙い撃つように闘争ゲームが再開された辺り、ドクター・ワイルドはこちらの動向を逐一把握しているとしか思えない。

「進行方向からして、七星ヘプタステリ王国の外れの街を目指してるみたい!」

 いずれにせよ今は、フォーティアのことを優先すべきだ。
 彼女が操られるがままに誰かを傷つけ、誰かの自由を奪ったりしないように。

「メル。転移を頼む」
「任せて、お兄ちゃん」

 だから、雄也はすぐさまメルの手を握り、彼女の〈テレポート〉によってフォーティアの目的と思しき場所を目指した。

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