【初稿版】特オタ~特撮ヒーローズオルタネイト~

青空顎門

第二十四話 弱音 ③最後の封印の地へ

《Change Drakthrope》

 突如としてフォーティアとの戦いの場に乱入してきた男を前に、雄也は《Maximize Potential》の効果が切れると同時に彼に対応した属性の姿へと戻った。

「ラケルトゥス……」

 そうしながら六大英雄の一人たる彼に対し、敵意と警戒を込めて低く低く声を発する。
 しかし、心の奥底ではフォーティアを己の手で傷つけなかったことに、僅かに安堵している部分もあった。

「ティアを、どこへやった?」

 そうした気持ちを隠すように、一層怒気を強くして問いをぶつける。

「そう急くな」

 対して、ラケルトゥスは全く落ち着いた様子でそう返してきた。
 そんな彼の暖簾に腕押しといった余裕ある姿に苛立ちを抱くが、フォーティアが彼らの手の中にある以上は問答無用で攻撃する訳にもいかない。

「くっ……」

 故に詰め寄ろうとする体を抑え、拳を固く握り締めることしかできなかった。
 そうした雄也の反応を気に留めることなく、ラケルトゥスは口を開く。

「ドクター・ワイルド…………この名はどうにも慣れんな」

 自分の言葉に違和感があるのか、彼はそこで小さく嘆息した。
 これまでの彼らの反応からして、あの男の名前は偽名なのだろう。
 正直語感からして薄々そんな気はしていたが。

「ともかく、奴からの伝言だ」

 そして彼は、気を取り直すように小さく首を振ってから続ける。

「第一ステージクリアおめでとう。今回のファイナルステージは三日後。六大英雄が最後の一人、真妖精人ハイテオトロープビブロスの封印の地で行うのである。それまでに準備を整えておくがいい。フゥウーハハハハハ……だそうだ」

 律儀にもドクター・ワイルドの口調を若干真似ながらも、伝言役は不服なのか最後に不満げな色の言葉を渋面でつけ加えるラケルトゥス。

「三日後……」

 それを受け、雄也は眉間にしわを寄せながら呟いた。
 その短い期間の間に、先程魔法を用いてフォーティアの体を調査した結果を基に対策を立てなければならない訳だ。
 それでも、全く合間も置かずに闘争ゲームを続けられるよりは遥かにマシだが。

「ファイナルステージ、か」

 しかも、そう言うからには次でフォーティアを救わなければ後はないのだろう。
 それこそ彼女に誰かの自由を侵害させ、雄也自身の手で葬らなければならないような状況を作り出してきかねない。
 そう想像すると、嫌な焦燥感が背筋を這う。
 万全を期して、戦いに臨まなければならない。

「ふ。精々足掻き、俺達を楽しませる強さを見せてくれ」

 そうした雄也の感情を読み取ってか、煽るようにラケルトゥスは言う。

「我らが踏み台共よ」

 彼は最後にそうつけ加えると、〈テレポート〉を使用して転移していった。
 一人静けさの中に取り残され、少しの間その場に立ち尽くす。

『兄さん! 大丈夫!?』

 と、そこへクリアが心配そうに〈テレパス〉で言葉を飛ばしてきた。

『ああ。俺は問題ない』
『話は聞いてたよ。早く戻って対策を立てないと』

 妹に続いてやや硬い声で促すメル。
 対して、雄也は頷きながら『分かってる』と応じた。

《Change Anthrope》《Armor Release》

 そうしながら変身を解き、鎧を排除する。

「戻ろう。お兄ちゃん」

 それから、ほとんど間髪容れずに駆け寄ってきたメルクリアを振り返り、雄也は彼女が差し出してきた手に触れた。
 そして一度だけフォーティアが消えた場所を振り返り、メルの〈テレポート〉で王都ガラクシアスへと戻ったのだった。

    ***

 フォーティアと交戦し、しかし、真龍人ハイドラクトロープラケルトゥスによって邪魔をされ、彼女を救うことができなかったというその日の夜。
 いつものように自宅の談話室に集まって耳にしたユウヤ達の報告を前に、ラディアは思わず目を閉じて俯いてしまった。

「光属性と闇属性の魔力、か」

 フォーティアを蝕み、彼女がドクター・ワイルドの操り人形と化した元凶。
 その根本的な原因を耳にして即座に対応策が頭に浮かび、同時にその方法が意味するところもまた理解して思い悩んでしまう。

(ティアのため、と頭では分かっているのだが……)

「ラディアさん?」

 自然と難しい顔になってしまっていたらしい。
 ユウヤに心配そうに呼びかけられる。

(駄目な奴だな。私は)

 複雑な思いを抱きつつ、それらを隠すように無理矢理表情を引き締めて顔を上げる。

「それで、これからお前達はどうするつもりだ?」

 しかし、口に出たのは逃避の如き問いかけだった。

「あ、はい。メル、クリア。頼む」
「うん、お兄ちゃん」
『説明は私達がします。先生』

 妹分でありながら、双子はすっかり彼らの頭脳のような役割に収まっている。
 その二人はそれぞれユウヤに応じてから、こちらを見て口を開いた。

「えっと、お兄ちゃんが感じ取った光属性と闇属性の魔力は、ティアお姉ちゃんを操る魔法のものだと推測できます」
「それは、そうだろうな。それ以外、考えられん」
「はい。なので、その魔力を取り除くことができれば、ティアお姉ちゃんを元に戻すことができるはずです」

 当然の結論だ。首肯して続きを促す。

『その方法は恐らく一つだけ。ティア姉さんの中にあるものと同じ属性、それ以上の出力の魔力で〈ディスペル〉を使うことです』
「……そうだな」

 姉に続いたクリアの言葉に頷く。
 魔力によって維持されている効果ならば、〈ディスペル〉で解除できる。
 これがもしも〈ブレインクラッシュ〉による人格破壊であれば、〈ディスペル〉を使おうとも救うことはできなかっただろう。
 だが、〈ブレインクラッシュ〉ならフォーティアの中に魔力が残ることはない。
 だからこそ、ラディア自身も既に彼女達と同じ結論を出してはいた。

「ですけれど、今光属性でオルタネイトレベルの魔力を持つのは……」

 と、プルトナがその方法に存在する問題点を指摘する。
 今のところユウヤ自身でさえ、光属性は完成していない。
 だが、その問題点を即座に解決する方法はある。

「光属性と言うと……」

 イクティナが少しの間考えを整理するように頬に指を当てながら斜め上を見て、それからこちらに目を向ける。

【学院長】

 その上、アイリスまでもが直接的な文字を作って、全員の視線が集まってしまった。

「ラディアさん。お願いできませんか?」

 そして代表するようにユウヤがそう言って、頭を下げてくる。
 そこまでされては断り辛い。

「し……しかしだな」

 が、どうしても即決することができず、ラディアは言葉を濁した。

「しばらく前に進化の因子によって潜在能力の限界が取り払われて、大分魔力も強化されたんですよね? 今ならすぐに腕輪の力を解放することができるんじゃないですか?」
「……ああ。恐らくは、な」
「だったら――」
「ま、待て!」

 結論を急ぐユウヤに、思わずラディアは声を大きくしてしまった。
 この期に及んで制止されると思わなかったのだろう。
 ユウヤ達は戸惑ったような表情を浮かべて口を噤んだ。
 状況を考えれば、ラディアが腕輪を用いてユウヤと共にフォーティアを助ける。それでこの問題は終わりだ。単純な話だ。
 だと言うのに、どうしても了承することができず、ラディアは唇を噛んで俯いた。

「ラディアさん?」

 そんな姿を前にユウヤに訝しげに問われてしまう。
 その反応は当然だろう。

「光属性であれば……別に私でなくとも構うまい。妖星テアステリ王国で最も相応しい妖精人テオトロープを探す方がいいだろう」

 不義理を言っている自覚はある。
 非難されるべき言動だと理解している。
 だから、ラディアは彼と目を合わせることができないままに口を閉ざした。

「あの、先生?」

 少しの沈黙の後、おずおずとメルが問い気味に呼びかけてくる。

「……済まん」

 張りついた唇を何とか引きはがしても、そんな言葉しか出てこない。
 拒絶するような謝罪に、またもや無言が続く。

【どうして断るの?】

 そんな中、恐らく皆が聞こうとして聞くのを躊躇っていた問いを、彼女らしいマイペースさでぶつけてくるアイリス。
 集まった全員の視線も同じことを問いかけてきている。
 このままでは彼らも納得できるはずもないだろう。
 だから、ラディアは観念して口を開いた。

「あの腕輪の力を引き受けるということは、ある意味その種族の代表者になるということだ。私のような不出来な妖精人テオトロープには相応しくない」

 そこまで一気に言い、それから一つ深く息を吐いて続ける。

「知っての通り、私は〈ブレインクラッシュ〉によって人格を破壊され、まともな生活を送れない両親から逃げた親不孝な人間だからな」

 その引け目があり、妖星テアステリ王国に伺いを立てなければならないような重要な案件を前にしては自分で判断がどうしてもできないのだ。

「け、けど、それは、ご両親を治す方法を探すためだと――」
「逃げようと思ったことは事実だ。それは言い訳に過ぎん」

 フォローしようとしてくれたユウヤに、少し申し訳なく思いながら否定する。

【潔癖過ぎ。後、考え過ぎ】

 と、呆れたようにアイリスが文字を並べる。

【治したいという気持ちは嘘じゃないはず。なのに学院長は、一滴の不純物も許せなくて自分の意思を認められずにいる。潔癖症、あるいは完璧主義以外の何ものでもない】

 彼女の指摘は図星だ。反論ができない。
 しかし、性根故にどうしようもない。

【それと、私は種族の代表がどうとか考えてない。ユウヤの隣に立ちたいだけ】
「……お前は、そうかもしれんがな」

 アイリスの傍で若干気まずげな顔をしているプルトナを見る限り、少なくとも彼女の方はそういう意識も僅かなり持っているのだろう。
 イクティナやメルとクリア、恐らくはフォーティアもアイリス側かもしれないが。

「そうした憂いがある限り、私にはできない。ティアを助けてやりたいのは山々だが、ことはティアだけの話では済まんのだからな」

 上手く彼女を助け出すことができたとして、その先の戦いも考えなければならない。
 六大英雄の討伐。ドクター・ワイルドとの決戦まで見据える必要がある。
 その時、半端者が数限りある腕輪を持っては危険だ。
 それこそ世界の存亡に関わる事態になりかねない。

【自信がない言い訳】
「……その通りだ。私は、真っ当な妖精人テオトロープであることに自信がないのだ」
【そんなの関係ない】

 ラディアの言葉に、アイリスは少し苛立ちを見せて文字を作った。
 敵対者以外に余りそうした表情をほとんど見せない彼女なので、余程ラディアの言動に腹を据えかねているのだろう。

「アイリス。無理強いしちゃ駄目だ」

 そんなアイリスを宥めるように、ユウヤは彼女の肩に手を置きながら言った。

「自分の意思で選ばないと、誰のためにもならない」
【それは、そうだけれど】

 納得がいっていない様子だが、理解はしたのかアイリスはそれ以上字を改めなかった。

「いずれにせよ、今は準備を整えて妖星テアステリ王国に行くしかない」

 既に敵が宣戦布告しているのだから、今はそうするより他ない。
 ドクター・ワイルド達はラディアの気持ちなど構いはしないのだから。

「でも、お兄ちゃん。ティアお姉ちゃんを救うには光属性の魔力が不可欠だよ?」
「それはもうあっちに行ってから考えるしかないな。本当にラディアさん以上の適任者がいるのか確認してから」

 焦り気味なメルの問いにそう答えると、ユウヤはこちらを見て続ける。

「と言う訳で、今回はラディアさんも同行をお願いできますか?」
「わ、私もか?」

 ユウヤの言葉に思わず忌避の色濃い声を出してしまう。
 正直、まだ故郷の土を踏む覚悟は全くないのだが。

「俺達は妖星テアステリ王国にいる妖精人テオトロープの誰が優秀かなんて知らないですから」

 しかし、そう言われてしまっては、それを言い訳にした手前断りにくい。
 そこまで無責任になることは、如何に妖星テアステリ王国に鬱屈した感情を持っていようとできはしない。

「それに統治者に状況を知らせようにもコネも何もないですし」
「………………分かった」

 だからラディアは渋々頷き、そんなこんなで三日後、ユウヤ達と共に故郷たる妖星テアステリ王国へと向かう羽目になってしまったのだった。

    ***

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