【初稿版】特オタ~特撮ヒーローズオルタネイト~
第二十三話 代償 ④魔力の道
「そうか。ティアが……」
七星王国に戻ったその日の夜。ラディア宅の談話室にて。
「救い出せる可能性があるだけ、不幸中の幸いと言うべきか」
ことの顛末を伝えられたラディアは、眉間にしわを寄せながら口惜しげに呟いた。
「そう、ですね」
実際、〈ブレインクラッシュ〉によって人格を完全に破壊されてしまった彼女の両親に比べれば、遥かにマシな状態ではある。
とは言え、元に戻せなければ結果は同じ、いや、それ以上に酷いことになりかねない。
強大な力を持つ操り人形など脅威に他ならないだろう。
そうした面では無力な分、彼女の両親の方が人間に仇なす危険性は低いと言える。
勿論、それと幸不幸とはまた別の話ではあるが。
「それにしても、己の属性以外の攻撃を無効化する、か。前回聞いた時も思ったが、やはり厄介な能力だな」
更に難しい顔をして続けるラディア。
しかし、倒す分には厄介ではあっても不可能ではない。
キニスの時こそフォーティアと力を合わせなければ倒せなかったが、それは素の生命力や魔力が雄也達を上回っていたからこそのことだ。
恐らく五重強襲過剰強化とアサルトレイダーを併用すれば、如何にフォーティアと言えど一溜まりもないはずではある。が――。
(そんなことは絶対にできないけどな)
だからこそ尚のこと厄介な訳だ。
しかも、フォーティアの現在の状態を正確に把握できていない以上、救い出すと言っても何をすればいいのか全く見当もつかない。
「いずれにせよ、まずはティアの体を調べ上げなければならんが……」
(簡単にそうできれば苦労はないよな)
そのためには最低限、たとえ僅かな時間でも彼女の動きを止める必要がある。
が、それを身体能力と火属性の攻撃のみで行わなければならないのだ。
しかも改めて考えてみれば、体の検査にしても現状では火属性の魔法を用いるか(そんな魔法があるのかは分からないが)、あるいは魔力を介さずに行わなければならない。
困難にも程がある。
改めてその事実を並べてみると頭を抱えざるを得ない。
そんな雄也の様子に引きずられてか、ラディアを除く面々も俯いてしまっていた。
「……何か策はあるのか?」
だからと言って沈黙していては何の解決にもならない。
そう暗に告げるようにラディアが問うてきた。
談話室に集まった面々を一通り見回し、最後にメルクリアに視線を落ち着かせながら。
「えっと……一応は」
そんなラディアに対して主人格として表に出ていたメルが、おずおずと手を上げつつ若干自信なさげに答える。
魔法技師として百%でないものを口にするのは憚られる、というところか。
実際のところ、守護聖獣ゼフュレクスとの戦いで属性耐性の問題に直面してから、再び似たような敵が現れることを予期して双子と一緒に対策を考えてはいた。
とは言え、現時点ではまだ完璧には程遠い。どころか、あやふやなレベルだ。
故にフォーティアとの戦いでは何もできなかった。
しかし、もはやそうも言っていられない。
次に彼女と対峙する時までに、何とか形にしなければならない。
「一応でもいい。言ってみろ。足りない部分があるのなら皆で考えればいいのだからな」
「は、はい。先生」
ラディアに諭すように言われ、メルは少し背筋を正して続ける。
「えっと、策を話す前に属性耐性についての推論から」
『順を追ってかないと、です』
この中では最も幼いながらも頭脳派な彼女達だけに、説明は筋道立てて行いたいようだ。
「自分以外の属性の魔力を打ち消す。そう言えば簡単ですけど、お兄ちゃん達程の力を完璧に打ち消すなんて無茶な話です」
「それは……確かにそうだな」
丁寧に告げられたメルの言葉に深く頷くラディア。
相手との実力差が余りにも大きいのであればいざ知らず、守護聖獣ゼフュレクスにしてもキニスにしてもフォーティアにしても、そこまでの力の差はなかったはずだ。
魔動器による上乗せが何かしらあったとしても、力技で抑え込むような方法で魔力を完膚なきまでに消し去るなどという芸当ができるとは思えない。
「しかし、現実問題として魔力は打ち消されている。そこには何がしかの理屈が必ず存在しているはずだ。いや、していなければならない」
「はい」
難しい顔をして返すラディアに首肯するメル。
この世で起きた事象には必ず原因が、因果関係が存在する。だからこそ、その原因たる何かを知ることができれば、事象の発生を防ぐことも不可能ではない。
とは言え、第一に原因を知ることができなければどうにもならないし、そうできたとしても必ずしも防げるとは限らないが。
「続けてくれ」
少し空いた間を埋めるようにラディアがメル達を促す。
「はい。……そこで私達は考えました。もしかしたら魔力を力任せに抑え込む訳じゃなく、どこか別の場所に移動させてるんじゃないかって」
「移動、ですの?」
『そ。つまり転移魔法の応用』
首を傾げたプルトナに、姉の代わりにクリアが答える。
「体の表面に触れた特定の属性以外の魔力を全て転移させることによって、結果として魔力を無効化しているように見えるの」
「……成程な。確かにそれならその不可解な現象にも一応の説明がつくか」
顎に手を当て、目を閉じながら納得したように呟くラディア。
口振りからして一先ず矛盾はない、という程度のものだろうが。
「あくまでも推論です」
『けど、一番蓋然性が高いと思います』
「守護聖獣ゼフュレクス一体だけだとサンプルケースが少な過ぎて推論どころか妄想に近い話でしたけど、あの鎧の竜とティアお姉ちゃんの時に観察しましたから」
そのおかげで、ある程度絞り込むことができたようだ。
実際、翼星王国から戻ってきた時点では可能性が複数あり、同時並行的に対策を立てようとしていたせいで、龍星王国での戦いに間に合わなかった面もある。
一つに絞れば対策も一気に進むはずだ。
「ふむ。お前達がそう言うのであれば、ほぼ間違いないと見ていいだろう」
と、ラディアが心なしか安堵したように一つ頷く。
彼女は双子の分析力を信頼しているようだ。
「あ、や、確実な話ではないので……」
『盲信しちゃ駄目です!』
しかし、やはり当の本人達は、一%でも不確かな部分があるものは不安らしい。
理屈が先立つ人間には往々にしてある反応だ。
「分かっている。だが、今はそれ以上のことは分かりようがあるまい。であれば、それを軸に話を進めるしかないだろう」
「それは、そうですけど」
「何よりも、今この場において最も重要なことは、その仕組みを詳らかにすることではない。ティアを救い出すことだ」
「『……はい』」
ラディアの言葉に少しシュンとした様子を見せるメルクリア。
その頭を苦笑気味に撫で、それからラディアは再び口を開いた。
「さて……次なる問題は、魔力の無効化がその理屈で成り立っている場合、どのように対策すればいいか、だな」
そう言うと彼女は腕を組み、考え込むように視線を下げて間を取る。
「転移妨害をしても、意味はないのだろうな」
しばらくして、ラディアが問うように呟くと――。
「難しいと思います」
メルが申し訳なさそうに首を横に振った。
.
「魔力が打ち消される空間は相手の体に重なるように発生してるはずです。転移妨害は魔力的な空白地帯を相手の周りに作るだけなので……」
『相手の体との間に必ず隙間ができるし、隙間があればそこに魔力を転移されるだけです。何より、相手は絶えず移動してると考えないといけないですし』
「そうだな。やはり無理か」
メルとクリアの否定に、ラディアは当然の返答だとでも言うように頷く。
最初から確認の意味で問うたのだろう。
「……二人共、策があると言っていたな」
「い、一応ですけど」
「それを皆に説明してくれるか?」
「分かりました」
ラディアに促され、メルは全員を見回してから策について話し始めた。
「特定の魔力以外の魔力が相手の表面に達した瞬間に転移させられてしまうことから、同時に複数の属性による攻撃を放ったところで効果はありません」
前提として告げられた言葉に、丁度目が合った雄也は首を縦に振った。
アサルトレイダーを用いた六属性同時攻撃でさえ意味をなさなかったのだ。
その内訳が増減したところで好転することはないだろう。
「そ、それでも一つの属性だけは必ず相手に届きます」
続けるメルの顔は何故か少し赤く、声も一部裏返ってしまっていた。
ラディアとの会話からの流れで説明に入ったために、雄也に対しても丁寧語を使っているような形だが、目が合ったことでそれを殊更変に意識してしまったようだ。
『姉さん、真面目に』
「ご、ごめんなさい」
実際、向かい合って聞いていると違和感が半端ないので仕方がないと言えば仕方がない。
が、今はそうした彼女に和んでいる場合ではない。
「メル。続けて」
「う、うん。お兄ちゃん」
柔らかく言ってやると、メルは微妙に頬を紅潮させたまま応じて、しかし、今度は話を途切れさせないようにするためかラディアを向いて続けた。
「えっと、だから、届く属性の魔力で相手との間に道を作れば、無効化を掻い潜って他の属性の魔法の効果を相手に及ぼさせることができると思うんです」
「魔力で道を、か……ふむ」
メルの考えを吟味するようにラディアが目を閉じる。
『で、〈アナライズ〉系統の魔法でティア姉さんの体を調べれば、姉さんを元に戻す方法も分かるんじゃないかって考えました』
その間にクリアが〈テレパス〉で補足をつけ加えた。
確かに聞いた限りでは可能なように思えるが……。
「しかし、それはオルタネイト並の魔力を二属性以上扱えなければ不可能な話だ。言い換えればユウヤの、それも《Maximize Potential》形態でなければならないことになる」
平時の雄也でも複数の属性を扱うことはできる。が、変身していない状態の魔力では、変身しているフォーティア相手に干渉することはできないだろう。
それだけ高いレベルで複数の魔力を扱うには、《Maximize Potential》が不可欠だ。
「現状ではそうです」
ラディアの指摘を即座に肯定するメル。
最初からそれぐらいは想定済みだろう。
「結局ユウヤ頼りか……」
『いえ。一応再現可能な魔動器を作ろうとは考えてます。……まず兄さんにそのやり方を会得して貰って、現象を分析するところから始める必要はありますけど』
だが、魔動器を作製することができれば、フォーティアを救い出すための策の成功確率を大幅に引き上げることが可能となるはずだ。
もし同様の魔力無効化能力を備えた敵が闘争の邪魔をしに来たとしても、雄也以外で対処できるようにもなる。とは言え――。
「……時間が許してくれればいいが」
ラディアが呟いた通り、ネックとなるのはそこだ。
闘争の勝敗の条件こそ示されたものの、時間的な制限は聞かされなかった。
それこそ、こうして話をしている間に再び彼女が動き出しても不思議ではない。
「はい。なので、すぐにでも取りかかろうと思います。いえ、えっと、既にお兄ちゃんの練習台に魔力の転移を再現した魔動器を製作中です」
『それができ次第、兄さんには魔力の道を作る訓練をして貰って、その様子を分析して対魔力無効化用の魔動器の構想を行います』
引き継いだクリアの言葉が終わるのを待って、メルは目をこちらに向けた。
「お兄ちゃん。いい?」
「ああ。勿論」
彼女の確認には当然即答する。
フォーティアを救うためのお願いを断るなどあり得ない。
彼女も頷きと共に当たり前にその返答を受け取り、ラディアに視線を戻す。
「と言うことで、どうですか? 先生」
「取り得る最善だろう。さすがはメルとクリアだ。迅速な行動だな」
そう双子を褒めつつも、ラディアの表情は少し浮かない。
「それに比べ、私は話を聞くことしかできん」
自虐気味のその言葉を聞く限り、どうやら口を出すばかりの己に引け目を感じているらしい。以前のフォーティアと同じだ。事情は少々違うが。
「ともかく……後は、二人の推論が正しいことと準備が整うまで奴らが動かないことを願って粛々と動くしかないな」
切り替えて場の全員を見回しながら言うラディアに、各々頷く。
今は何よりもそれを優先すべきだろう。
「皆、ティアを頼んだぞ」
「「「『はい!』」」」【はい】
こうして一先ずの方針が決まり、雄也達はフォーティアを救う術を作り出すために行動を開始したのだった。
七星王国に戻ったその日の夜。ラディア宅の談話室にて。
「救い出せる可能性があるだけ、不幸中の幸いと言うべきか」
ことの顛末を伝えられたラディアは、眉間にしわを寄せながら口惜しげに呟いた。
「そう、ですね」
実際、〈ブレインクラッシュ〉によって人格を完全に破壊されてしまった彼女の両親に比べれば、遥かにマシな状態ではある。
とは言え、元に戻せなければ結果は同じ、いや、それ以上に酷いことになりかねない。
強大な力を持つ操り人形など脅威に他ならないだろう。
そうした面では無力な分、彼女の両親の方が人間に仇なす危険性は低いと言える。
勿論、それと幸不幸とはまた別の話ではあるが。
「それにしても、己の属性以外の攻撃を無効化する、か。前回聞いた時も思ったが、やはり厄介な能力だな」
更に難しい顔をして続けるラディア。
しかし、倒す分には厄介ではあっても不可能ではない。
キニスの時こそフォーティアと力を合わせなければ倒せなかったが、それは素の生命力や魔力が雄也達を上回っていたからこそのことだ。
恐らく五重強襲過剰強化とアサルトレイダーを併用すれば、如何にフォーティアと言えど一溜まりもないはずではある。が――。
(そんなことは絶対にできないけどな)
だからこそ尚のこと厄介な訳だ。
しかも、フォーティアの現在の状態を正確に把握できていない以上、救い出すと言っても何をすればいいのか全く見当もつかない。
「いずれにせよ、まずはティアの体を調べ上げなければならんが……」
(簡単にそうできれば苦労はないよな)
そのためには最低限、たとえ僅かな時間でも彼女の動きを止める必要がある。
が、それを身体能力と火属性の攻撃のみで行わなければならないのだ。
しかも改めて考えてみれば、体の検査にしても現状では火属性の魔法を用いるか(そんな魔法があるのかは分からないが)、あるいは魔力を介さずに行わなければならない。
困難にも程がある。
改めてその事実を並べてみると頭を抱えざるを得ない。
そんな雄也の様子に引きずられてか、ラディアを除く面々も俯いてしまっていた。
「……何か策はあるのか?」
だからと言って沈黙していては何の解決にもならない。
そう暗に告げるようにラディアが問うてきた。
談話室に集まった面々を一通り見回し、最後にメルクリアに視線を落ち着かせながら。
「えっと……一応は」
そんなラディアに対して主人格として表に出ていたメルが、おずおずと手を上げつつ若干自信なさげに答える。
魔法技師として百%でないものを口にするのは憚られる、というところか。
実際のところ、守護聖獣ゼフュレクスとの戦いで属性耐性の問題に直面してから、再び似たような敵が現れることを予期して双子と一緒に対策を考えてはいた。
とは言え、現時点ではまだ完璧には程遠い。どころか、あやふやなレベルだ。
故にフォーティアとの戦いでは何もできなかった。
しかし、もはやそうも言っていられない。
次に彼女と対峙する時までに、何とか形にしなければならない。
「一応でもいい。言ってみろ。足りない部分があるのなら皆で考えればいいのだからな」
「は、はい。先生」
ラディアに諭すように言われ、メルは少し背筋を正して続ける。
「えっと、策を話す前に属性耐性についての推論から」
『順を追ってかないと、です』
この中では最も幼いながらも頭脳派な彼女達だけに、説明は筋道立てて行いたいようだ。
「自分以外の属性の魔力を打ち消す。そう言えば簡単ですけど、お兄ちゃん達程の力を完璧に打ち消すなんて無茶な話です」
「それは……確かにそうだな」
丁寧に告げられたメルの言葉に深く頷くラディア。
相手との実力差が余りにも大きいのであればいざ知らず、守護聖獣ゼフュレクスにしてもキニスにしてもフォーティアにしても、そこまでの力の差はなかったはずだ。
魔動器による上乗せが何かしらあったとしても、力技で抑え込むような方法で魔力を完膚なきまでに消し去るなどという芸当ができるとは思えない。
「しかし、現実問題として魔力は打ち消されている。そこには何がしかの理屈が必ず存在しているはずだ。いや、していなければならない」
「はい」
難しい顔をして返すラディアに首肯するメル。
この世で起きた事象には必ず原因が、因果関係が存在する。だからこそ、その原因たる何かを知ることができれば、事象の発生を防ぐことも不可能ではない。
とは言え、第一に原因を知ることができなければどうにもならないし、そうできたとしても必ずしも防げるとは限らないが。
「続けてくれ」
少し空いた間を埋めるようにラディアがメル達を促す。
「はい。……そこで私達は考えました。もしかしたら魔力を力任せに抑え込む訳じゃなく、どこか別の場所に移動させてるんじゃないかって」
「移動、ですの?」
『そ。つまり転移魔法の応用』
首を傾げたプルトナに、姉の代わりにクリアが答える。
「体の表面に触れた特定の属性以外の魔力を全て転移させることによって、結果として魔力を無効化しているように見えるの」
「……成程な。確かにそれならその不可解な現象にも一応の説明がつくか」
顎に手を当て、目を閉じながら納得したように呟くラディア。
口振りからして一先ず矛盾はない、という程度のものだろうが。
「あくまでも推論です」
『けど、一番蓋然性が高いと思います』
「守護聖獣ゼフュレクス一体だけだとサンプルケースが少な過ぎて推論どころか妄想に近い話でしたけど、あの鎧の竜とティアお姉ちゃんの時に観察しましたから」
そのおかげで、ある程度絞り込むことができたようだ。
実際、翼星王国から戻ってきた時点では可能性が複数あり、同時並行的に対策を立てようとしていたせいで、龍星王国での戦いに間に合わなかった面もある。
一つに絞れば対策も一気に進むはずだ。
「ふむ。お前達がそう言うのであれば、ほぼ間違いないと見ていいだろう」
と、ラディアが心なしか安堵したように一つ頷く。
彼女は双子の分析力を信頼しているようだ。
「あ、や、確実な話ではないので……」
『盲信しちゃ駄目です!』
しかし、やはり当の本人達は、一%でも不確かな部分があるものは不安らしい。
理屈が先立つ人間には往々にしてある反応だ。
「分かっている。だが、今はそれ以上のことは分かりようがあるまい。であれば、それを軸に話を進めるしかないだろう」
「それは、そうですけど」
「何よりも、今この場において最も重要なことは、その仕組みを詳らかにすることではない。ティアを救い出すことだ」
「『……はい』」
ラディアの言葉に少しシュンとした様子を見せるメルクリア。
その頭を苦笑気味に撫で、それからラディアは再び口を開いた。
「さて……次なる問題は、魔力の無効化がその理屈で成り立っている場合、どのように対策すればいいか、だな」
そう言うと彼女は腕を組み、考え込むように視線を下げて間を取る。
「転移妨害をしても、意味はないのだろうな」
しばらくして、ラディアが問うように呟くと――。
「難しいと思います」
メルが申し訳なさそうに首を横に振った。
.
「魔力が打ち消される空間は相手の体に重なるように発生してるはずです。転移妨害は魔力的な空白地帯を相手の周りに作るだけなので……」
『相手の体との間に必ず隙間ができるし、隙間があればそこに魔力を転移されるだけです。何より、相手は絶えず移動してると考えないといけないですし』
「そうだな。やはり無理か」
メルとクリアの否定に、ラディアは当然の返答だとでも言うように頷く。
最初から確認の意味で問うたのだろう。
「……二人共、策があると言っていたな」
「い、一応ですけど」
「それを皆に説明してくれるか?」
「分かりました」
ラディアに促され、メルは全員を見回してから策について話し始めた。
「特定の魔力以外の魔力が相手の表面に達した瞬間に転移させられてしまうことから、同時に複数の属性による攻撃を放ったところで効果はありません」
前提として告げられた言葉に、丁度目が合った雄也は首を縦に振った。
アサルトレイダーを用いた六属性同時攻撃でさえ意味をなさなかったのだ。
その内訳が増減したところで好転することはないだろう。
「そ、それでも一つの属性だけは必ず相手に届きます」
続けるメルの顔は何故か少し赤く、声も一部裏返ってしまっていた。
ラディアとの会話からの流れで説明に入ったために、雄也に対しても丁寧語を使っているような形だが、目が合ったことでそれを殊更変に意識してしまったようだ。
『姉さん、真面目に』
「ご、ごめんなさい」
実際、向かい合って聞いていると違和感が半端ないので仕方がないと言えば仕方がない。
が、今はそうした彼女に和んでいる場合ではない。
「メル。続けて」
「う、うん。お兄ちゃん」
柔らかく言ってやると、メルは微妙に頬を紅潮させたまま応じて、しかし、今度は話を途切れさせないようにするためかラディアを向いて続けた。
「えっと、だから、届く属性の魔力で相手との間に道を作れば、無効化を掻い潜って他の属性の魔法の効果を相手に及ぼさせることができると思うんです」
「魔力で道を、か……ふむ」
メルの考えを吟味するようにラディアが目を閉じる。
『で、〈アナライズ〉系統の魔法でティア姉さんの体を調べれば、姉さんを元に戻す方法も分かるんじゃないかって考えました』
その間にクリアが〈テレパス〉で補足をつけ加えた。
確かに聞いた限りでは可能なように思えるが……。
「しかし、それはオルタネイト並の魔力を二属性以上扱えなければ不可能な話だ。言い換えればユウヤの、それも《Maximize Potential》形態でなければならないことになる」
平時の雄也でも複数の属性を扱うことはできる。が、変身していない状態の魔力では、変身しているフォーティア相手に干渉することはできないだろう。
それだけ高いレベルで複数の魔力を扱うには、《Maximize Potential》が不可欠だ。
「現状ではそうです」
ラディアの指摘を即座に肯定するメル。
最初からそれぐらいは想定済みだろう。
「結局ユウヤ頼りか……」
『いえ。一応再現可能な魔動器を作ろうとは考えてます。……まず兄さんにそのやり方を会得して貰って、現象を分析するところから始める必要はありますけど』
だが、魔動器を作製することができれば、フォーティアを救い出すための策の成功確率を大幅に引き上げることが可能となるはずだ。
もし同様の魔力無効化能力を備えた敵が闘争の邪魔をしに来たとしても、雄也以外で対処できるようにもなる。とは言え――。
「……時間が許してくれればいいが」
ラディアが呟いた通り、ネックとなるのはそこだ。
闘争の勝敗の条件こそ示されたものの、時間的な制限は聞かされなかった。
それこそ、こうして話をしている間に再び彼女が動き出しても不思議ではない。
「はい。なので、すぐにでも取りかかろうと思います。いえ、えっと、既にお兄ちゃんの練習台に魔力の転移を再現した魔動器を製作中です」
『それができ次第、兄さんには魔力の道を作る訓練をして貰って、その様子を分析して対魔力無効化用の魔動器の構想を行います』
引き継いだクリアの言葉が終わるのを待って、メルは目をこちらに向けた。
「お兄ちゃん。いい?」
「ああ。勿論」
彼女の確認には当然即答する。
フォーティアを救うためのお願いを断るなどあり得ない。
彼女も頷きと共に当たり前にその返答を受け取り、ラディアに視線を戻す。
「と言うことで、どうですか? 先生」
「取り得る最善だろう。さすがはメルとクリアだ。迅速な行動だな」
そう双子を褒めつつも、ラディアの表情は少し浮かない。
「それに比べ、私は話を聞くことしかできん」
自虐気味のその言葉を聞く限り、どうやら口を出すばかりの己に引け目を感じているらしい。以前のフォーティアと同じだ。事情は少々違うが。
「ともかく……後は、二人の推論が正しいことと準備が整うまで奴らが動かないことを願って粛々と動くしかないな」
切り替えて場の全員を見回しながら言うラディアに、各々頷く。
今は何よりもそれを優先すべきだろう。
「皆、ティアを頼んだぞ」
「「「『はい!』」」」【はい】
こうして一先ずの方針が決まり、雄也達はフォーティアを救う術を作り出すために行動を開始したのだった。
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