【初稿版】特オタ~特撮ヒーローズオルタネイト~
第二十一話 焦燥 ②贅沢な悩みもまた悩み
フォーティアが訓練に参加しないまま、また、特別大きな事件も全くないまま、瞬く間に三日という時間が過ぎた。
彼女が魔力吸石集めを優先すると言い出した時こそ鬼気迫るものを感じたものの、その後は特に普段と変わった様子もない。
もっとも、この三日は朝食の際にしか顔を合わせていないのだが。
それでも、少なくともその時はいつも通りの彼女だったことは確かだ。
「さて、と。今日もこの辺にしようか」
そして今日の賞金稼ぎ協会の訓練場。
一通り体を動かし、空が赤らんできたところで雄也は皆を見回しながら言った。
既に、身体能力的には単純なトレーニングでレベルアップする段階にはない。
なので、訓練の目的は技の鍛錬になる訳だが、武技は基本反復練習として魔法は事前にイメージしたものの実践が主なところだ。
そうなるとイメージトレーニングの時間も不可欠だし、メルとクリアには魔動技師としての活動の時間も必要だ。魔動器の改良もまた戦力向上の重要な一要素なのだから。
闇雲に体を苛め続けても仕方がない。
それはこの場の誰もが理解しているため――。
「はーい!」
代表するようにメルが元気よく手を上げて返事をした。
「はあ。お腹が空きましたわ」
それからプルトナが手でお腹を押さえながら呟く。
生命力が高いとすぐ空腹になってしまうのが困りものだ。
全く以て燃費が悪い。いや、出力比で考えるとむしろいい方なのかもしれないが。
何にせよ、次の目的地は腹を満たすことができる場所だ。
『今日もあそこ?』
「誰か他にいい食事処を知ってるか?」
クリアの問いに答える代わりに全員に問うが、返答はない。
あそことは当然オヤングレンの店、喫茶モセモセだ。
と言うか、それ以外だと以前イクティナに案内されたガムムスの実のパイがおいしい店ぐらいしか知らない。
『……まあ、味はいいし、全メニュー制覇した訳じゃないからいいけど』
「ですね。今日は何にしましょうか」
クリアの言葉に同意して考え込むイクティナ。
何だかんだで、がっつり食事ができる店となると皆、情報がないようだ。
まあ、元寮住まいの学生と王女と十二歳の魔動技師では仕方がないか。
その辺りは七星王国に割と長くいるらしいフォーティアとラディアの担当だろう。
とは言え、忙しい二人にそれだけのために通信を入れるのも申し訳ない。
「とりあえず、行こうか」
なので、ここから別の意見を出して引っ掻き回したりはせずに、当初の予定通りに喫茶モセモセに向かうことにして皆を促す。
【余り料理する回数が減ると腕が鈍りそうだけれど。一日二日ならともかく】
と、アイリスが微妙に乗り気でないように文字を作った。
伯父の店だから嫌、という訳ではなさそうだ。
家の食事を預かっている身としてのプライドが、相当芽生えているのだろう。
そうした彼女の意思を尊重したいのは山々だが、さすがに長々と訓練につき合わせた上で夕飯の支度までさせるのは余りに忍びないので、我慢して貰いたいところだ。
アイリスの肉体面の負担軽減と言うより、主に雄也達の引け目を緩和させるために。
「またアトラさんに料理を教わればいいじゃないか」
そこで、そう落としどころを作ると――。
【仕方がない。何かを得るためには、相応の対価が必要】
何やら妙な文章を作っているが、一先ず納得したようだった。
それでも微妙に足取りが重そうなので、軽く背中を押しながら皆で目的地を目指す。
器量のいい女の子を四人も引き連れていると当然の如く周囲から視線が集まるが、さすがにもう今更だ。そのままスルーして喫茶モセモセに入る。
「いらっしゃい。アイリスちゃん、ユウヤ君、メルちゃんとクリアちゃんに、イクティナちゃん。それからプルトナ様も」
すると、オヤングレンの妻の一人であるアトラが笑顔で出迎えてくれた。
魔人であるが故に、魔星王国の王族たるプルトナに対しては殊更丁寧に頭を下げるなど少々対応が違うが、それはまあ仕方がないことだ。
プルトナは普通にして欲しいと言っているが、さすがにそうもいかないだろう。
「申し訳ありませんが、今日は奥で食べて頂けますか?」
それからアトラは全員を見回しながら、プルトナ準拠の言葉遣いでそう言った。
店全体を見渡すと、大分盛況なようで五人で座れそうな席がなかった。
オヤングレンが協会長になってからこっち、割とこういうことがよく起きる。
だが、そこはそれ。親戚のアイリスもいるし、雄也自身もオヤングレンに特殊な存在として目をかけられているので特別扱いして貰えるのだ。
とは言え、勿論既にいる客を押し退けて席に座る訳ではない。
アトラ達の居住スペースのダイニングルームに通されて、そこで食べるだけだ。
「今日は何になさいますか?」
そして、それぞれ家庭的なテーブルに着いたところで尋ねられる。
場所とプルトナ用の言葉遣いのミスマッチさが少々シュールだ。
それはともかく、まずは注文しなければ。
「ええと、俺はヅダカツ丼の特別盛りをお願いします」
「あ、わたし達もお兄ちゃんと一緒!」
【同じく】
雄也が口火を切ると、メルとアイリスが同調する。
ちなみにヅダカツ丼とは、卵で綴じたヅダのカツをサギグの上に乗せた丼ぶりのこと。要は元の世界のカツ丼のようなものだ。見た目も味もカツ丼とほぼ同じである。
ただ、ヅダが一体どのような生物なのかは分からない。
アトラによれば、見ると食べるのが躊躇われる外見をしているらしいが、グロい方向なのか愛らし過ぎる方向なのかまでは突っ込んで聞かなかった。
「ワタクシはサギグ野菜カレー特別盛り。辛さは普通で」
「わ、私はプルトナさんと同じでお願いします。……あ、やっぱり辛さだけ甘口にして下さい。すみません」
プルトナとイクティナはお馴染みのカレーライスもどき。
いずれもSクラス盛りではない特別仕様だ。
既に一般的なSクラスを遥かに超えた力を得てしまった雄也達はSクラス盛りでさえ足りなくなってしまったため、更に増量したメニューを用意して貰ったのだ。
「えっと、以上で」
全員を軽く見回して確認してから注文を打ち切る。
「畏まりました。少々お待ち下さい」
対して、アトラは慇懃さの中に柔らかさを湛えた動きで頭を下げた。
それから彼女は生活感溢れるそこから離れ、余り間を置かずに料理が運ばれてくる。
通常のSクラス盛りは馬鹿でかい深皿に十人前ぐらい、という感じだった。
では、特別盛りはどれ程のものかと言えば、更に巨大になる……訳ではなく、単に皿が増えるだけ。一皿目が終わりそうないいタイミングでお代わりが来るに過ぎない。
さすがにこれ以上大きな食器はないそうだし、あったとしても食べにくいだけだ。
そんなこんなで、元の世界なら百人近い人間が満腹できそうな量を半ば胃に流し込むように食していると――。
「凄い勢いでなくなっていくな」
店側から獣人の大男が現れ、低く渋い声で呆れたような言葉を投げかけられる。
アトラの夫にして賞金稼ぎ協会長たるオヤングレンだ。
【おじさん。仕事は?】
と、それなりに忙しいはずの彼がここにいることに小首を傾げながら、姪たるアイリスが文字を宙に浮かべて問うた。
「ああ。ちょっとお前達に用事があってな。抜け出してきたんだ」
対して割と真剣な様子で答えるオヤングレン。
「用事、ですか? ……まさか、またドクター・ワイルドが何か!?」
毎度のことながら事件が起きたのかと身構える。
「いや、そういう訳じゃねえんだが――」
少々過剰に反応してしまった雄也を見て彼は若干苦笑しながら言い、しかし、すぐに表情を引き締め直した。
ドクター・ワイルドが関わっていないにしても、中々に大事な話のようだ。
「フォーティア嬢ちゃんのことで、ちょっとな」
「ティアの?」
「ああ。どうもここ三日、闇雲に魔物の討伐を繰り返してるみてえでな。ランクが低目の魔物も根こそぎ狩ってるもんだから苦情が来てんだよ」
心底困ったように嘆息するオヤングレンの言葉に驚く。確かに、魔力吸石集めに専念させて欲しいと告げた時は少しばかり様子がおかしかったが――。
「昨日今日と、いつも通りに見えましたけど」
「まあ、最初はお前達を指導するような立場だったからな。プライドがあるというか、強がってんだろうよ。そういう部分を見せないように」
諭すように言われ、雄也は複雑な気持ちを抱いた。
「……ティアの気持ちも分からないでもないですけど、相談ぐらいして欲しかったです」
「嬢ちゃんも嬢ちゃんだけどよ。そう思うんなら、お前ももう少し踏み込んだ方がよかったんじゃねえか? 心の中でそう思ったところで、言葉にしなかったら相手にゃ伝わんねえよ。言わなくても分かる、なんてそうあるもんじゃねえからな」
オヤングレンはそこで一旦区切ると、微妙に店の方へと目をやりながら続ける。
「特に、関係が長く続けば続く程、甘えが出てくるからな。互いに理解してると思い込んで、実際はボタンをかけ違えてるなんてよくあるこった」
【経験談?】
「ん……ま、まあな」
珍しく意地悪げに小さく笑うアイリスに、頬をかきながら視線を逸らした。
そんな伯父を余所に、アイリスはこちらを向いて新たに文字を作り始める。
【けれど、おじさんの言うことは間違ってない。私の気持ちはユウヤに通じてると思ってるけれど、本当はちゃんと言葉にしたいし】
真っ直ぐに目を見詰めてくる彼女の気持ちはヒシヒシと感じ取れる。
それでも確かに本心を伝え合うのは大切かもしれない。
【個人的な固執で、声で伝えたいから文字にはしないけれど】
だが、今はそんなアイリスの意思を尊重しておく。
少なくとも彼女についてはその方がいいと思うから。
とは言え、人と状況が変われば判断も変わる。
フォーティアの方は余り悠長に構えていていい状態ではなさそうだ。
「ともかくだ。フォーティア嬢ちゃんのことも気にかけてやってくれ。いいな?」
「はい。それは勿論」
だから、雄也はオヤングレンの問いかけに即座に頷いた。
彼はそれを確認して頷き返し、それから部屋を出ていった。
姿が見えなくなるとすぐに魔力の発生が感じられ、空間転移したことが分かる。
【ティアのことはユウヤに任せる。何だかんだで、この中ではつき合いが一番長いから】
考えてみれば確かに、昔からの知り合いであるラディア以外ではそうなる。
それでも二ヶ月と少し前からのつき合いでしかないが。
しかし、もっと昔から知っているような気がするのが不思議だ。
これも彼女の性格故か。
そう内心苦笑していると、アイリスは更に文字を続ける。
【ティアもその方がいいだろうし】
「そうか?」
【そう】
「んー……そう、かもな」
彼女の意図としては、若干下世話な方向かもしれない。
だが、そうでなくとも雄也自身がフォーティアと話すべきなのは間違いない。
彼女の悩みの起点は間違いなく、雄也がこの世界に来たことにあるのだから。
まあ、そういう責任云々があろうとなかろうと、同じ屋根の下で暮らす仲間として最初から話をするつもりではいたが。
そんなこんなで食事を終えて家に帰り、その日の夜。
「ただいまー」
「お帰り、ティア」
夕食を外で済ませ、いつも通りの様子を装って帰ってきたフォーティアを、雄也は玄関で出迎えた。話す機会を逃がさないように。
「っと、珍しいね。わざわざ」
「ああ、ちょっと話がしたくてさ」
視線で談話室の方を示してから、返答を待たずに促すように歩き出す。
と、フォーティアは一瞬躊躇ったようにワンテンポ遅れて続いた。
「で、どうしたのさ。改まって」
「魔力吸石集め。大分無茶なやり方してるってな。オヤッさんから聞いた。他の賞金稼ぎから苦情が来てるみたいだぞ?」
「それは……」
雄也が率直に言うと、彼女は気まずそうに視線を逸らした。
「……やめろって言いたいのかい?」
「そうじゃないさ。余程のことがない限り、ティアがそこまでしてやりたいってことを止めるつもりはない。他の賞金稼ぎの皆さんには少し申し訳ないけど、そこはそれ。競争原理に基づいた結果だからな」
雄也達の力は少々、どころか大分反則気味だが。
「ただ、何か苦しんでるなら理由を聞きたい」
「絶対に言いたくないって言ったら?」
「そういう風に言われると困るんだけどな」
他者の自由な意思も尊重するならば、軽く矛盾しかねない話だが――。
「こればかりは俺の意思で聞き出したいと思ったことだから、まあ、ちょっと粘らせて欲しい。とは言っても、頭を下げるしかない訳だけど」
それでも駄目なら、強行はできない。
「……はあ。何と言うか、難儀だねえ。信念を持つのも」
フォーティアは呆れたように苦笑し、それから一つ息を吐いて再び口を開いた。
「初めて会った時言ったよね? 最近強さが伸び悩んでたって」
諦めたように問う彼女に頷く。
「ま、それは腕輪をつけたことで解消されたんだけど、それなのに戦いにも参加できなくて取り残されてる感じがしてさ。気が逸っちゃってるんだよ」
眉間にしわを寄せて、先程とは質の違う嘆息をするフォーティア。
「まあ、昔からすれば贅沢な悩みだけどね。人ってのは欲張りなもんさ」
「……いや、贅沢な悩みも悩みであることに変わりないって。むしろ、贅沢なだけあって誰にもどうしようもない悩みってこともあるし」
それこそ不老不死になりたいとか、世界の真理を知りたいとか。
そんなことで思い悩むのはアホらしいと思えればいいのだが、万が一それに囚われてしまえば心を押し潰すような悩みになりかねない。
解決の可能性が完全にゼロか、限りなくゼロに近いのだから。
「けど、そういうことなら、やれるところまでやるしかないな」
「何だい。聞くだけ聞いて、解決はしてくれないのかい?」
と、フォーティアは僅かながら眉を開いて、やや悪戯っぽく問う。
「悪い。けど、手伝えることがあったら何でも言ってくれ」
「そうだね。じゃあ、また愚痴につき合って貰おうかな。全く何の解決にもなってないけど、多少は気持ちが軽くなったしね。ほんの少しだけどさ」
彼女は尚のこと嫌味っぽく言うが、実際僅かなりとも気が紛れはしたようだ。
出口の遠い、あるいは全く存在しない悩みであっても、誰か近しい人に話せば一時の安らぎぐらいにはなることもある。
「じゃあ、アタシはまた明日もちょいと無茶な魔力吸石集めをさせて貰うからさ。先に休ませて貰うよ」
「ああ。無茶するにしても程々にな」
「はいはい」
そう軽く返事をすると、フォーティアは談話室を出て行こうとする。
と、丁度そのタイミングで――。
「ここにいたか。ティア」
その出入口の扉が開き、ラディアが入ってきた。
「先生? アタシに用ですか?」
「うむ」
用の内容が思い当たらないのか不審そうに首を傾げるフォーティアに頷き、それからラディアは懐から封筒を取り出して彼女に差し出す。
「これは……龍星王国王家の印璽?」
対してフォーティアは手紙を密封する蝋を見て、驚いたように呟いた。
「そうだ。龍星王国王家からのお前に宛てた手紙だ」
「な、何で? 何が……」
龍星王国の王家に連なる者ながら、そのことに特別な拘りを持っていないようだっただけに、彼女は突然のことに動揺してしまったようだ。
そんな中で発せられた問いに応じ、ラディアが口を開く。
「詳細は分からん。だが、速やかに帰国するように、とのことらしい」
そして告げられたその内容に、フォーティアは絶句してしまったのだった。
彼女が魔力吸石集めを優先すると言い出した時こそ鬼気迫るものを感じたものの、その後は特に普段と変わった様子もない。
もっとも、この三日は朝食の際にしか顔を合わせていないのだが。
それでも、少なくともその時はいつも通りの彼女だったことは確かだ。
「さて、と。今日もこの辺にしようか」
そして今日の賞金稼ぎ協会の訓練場。
一通り体を動かし、空が赤らんできたところで雄也は皆を見回しながら言った。
既に、身体能力的には単純なトレーニングでレベルアップする段階にはない。
なので、訓練の目的は技の鍛錬になる訳だが、武技は基本反復練習として魔法は事前にイメージしたものの実践が主なところだ。
そうなるとイメージトレーニングの時間も不可欠だし、メルとクリアには魔動技師としての活動の時間も必要だ。魔動器の改良もまた戦力向上の重要な一要素なのだから。
闇雲に体を苛め続けても仕方がない。
それはこの場の誰もが理解しているため――。
「はーい!」
代表するようにメルが元気よく手を上げて返事をした。
「はあ。お腹が空きましたわ」
それからプルトナが手でお腹を押さえながら呟く。
生命力が高いとすぐ空腹になってしまうのが困りものだ。
全く以て燃費が悪い。いや、出力比で考えるとむしろいい方なのかもしれないが。
何にせよ、次の目的地は腹を満たすことができる場所だ。
『今日もあそこ?』
「誰か他にいい食事処を知ってるか?」
クリアの問いに答える代わりに全員に問うが、返答はない。
あそことは当然オヤングレンの店、喫茶モセモセだ。
と言うか、それ以外だと以前イクティナに案内されたガムムスの実のパイがおいしい店ぐらいしか知らない。
『……まあ、味はいいし、全メニュー制覇した訳じゃないからいいけど』
「ですね。今日は何にしましょうか」
クリアの言葉に同意して考え込むイクティナ。
何だかんだで、がっつり食事ができる店となると皆、情報がないようだ。
まあ、元寮住まいの学生と王女と十二歳の魔動技師では仕方がないか。
その辺りは七星王国に割と長くいるらしいフォーティアとラディアの担当だろう。
とは言え、忙しい二人にそれだけのために通信を入れるのも申し訳ない。
「とりあえず、行こうか」
なので、ここから別の意見を出して引っ掻き回したりはせずに、当初の予定通りに喫茶モセモセに向かうことにして皆を促す。
【余り料理する回数が減ると腕が鈍りそうだけれど。一日二日ならともかく】
と、アイリスが微妙に乗り気でないように文字を作った。
伯父の店だから嫌、という訳ではなさそうだ。
家の食事を預かっている身としてのプライドが、相当芽生えているのだろう。
そうした彼女の意思を尊重したいのは山々だが、さすがに長々と訓練につき合わせた上で夕飯の支度までさせるのは余りに忍びないので、我慢して貰いたいところだ。
アイリスの肉体面の負担軽減と言うより、主に雄也達の引け目を緩和させるために。
「またアトラさんに料理を教わればいいじゃないか」
そこで、そう落としどころを作ると――。
【仕方がない。何かを得るためには、相応の対価が必要】
何やら妙な文章を作っているが、一先ず納得したようだった。
それでも微妙に足取りが重そうなので、軽く背中を押しながら皆で目的地を目指す。
器量のいい女の子を四人も引き連れていると当然の如く周囲から視線が集まるが、さすがにもう今更だ。そのままスルーして喫茶モセモセに入る。
「いらっしゃい。アイリスちゃん、ユウヤ君、メルちゃんとクリアちゃんに、イクティナちゃん。それからプルトナ様も」
すると、オヤングレンの妻の一人であるアトラが笑顔で出迎えてくれた。
魔人であるが故に、魔星王国の王族たるプルトナに対しては殊更丁寧に頭を下げるなど少々対応が違うが、それはまあ仕方がないことだ。
プルトナは普通にして欲しいと言っているが、さすがにそうもいかないだろう。
「申し訳ありませんが、今日は奥で食べて頂けますか?」
それからアトラは全員を見回しながら、プルトナ準拠の言葉遣いでそう言った。
店全体を見渡すと、大分盛況なようで五人で座れそうな席がなかった。
オヤングレンが協会長になってからこっち、割とこういうことがよく起きる。
だが、そこはそれ。親戚のアイリスもいるし、雄也自身もオヤングレンに特殊な存在として目をかけられているので特別扱いして貰えるのだ。
とは言え、勿論既にいる客を押し退けて席に座る訳ではない。
アトラ達の居住スペースのダイニングルームに通されて、そこで食べるだけだ。
「今日は何になさいますか?」
そして、それぞれ家庭的なテーブルに着いたところで尋ねられる。
場所とプルトナ用の言葉遣いのミスマッチさが少々シュールだ。
それはともかく、まずは注文しなければ。
「ええと、俺はヅダカツ丼の特別盛りをお願いします」
「あ、わたし達もお兄ちゃんと一緒!」
【同じく】
雄也が口火を切ると、メルとアイリスが同調する。
ちなみにヅダカツ丼とは、卵で綴じたヅダのカツをサギグの上に乗せた丼ぶりのこと。要は元の世界のカツ丼のようなものだ。見た目も味もカツ丼とほぼ同じである。
ただ、ヅダが一体どのような生物なのかは分からない。
アトラによれば、見ると食べるのが躊躇われる外見をしているらしいが、グロい方向なのか愛らし過ぎる方向なのかまでは突っ込んで聞かなかった。
「ワタクシはサギグ野菜カレー特別盛り。辛さは普通で」
「わ、私はプルトナさんと同じでお願いします。……あ、やっぱり辛さだけ甘口にして下さい。すみません」
プルトナとイクティナはお馴染みのカレーライスもどき。
いずれもSクラス盛りではない特別仕様だ。
既に一般的なSクラスを遥かに超えた力を得てしまった雄也達はSクラス盛りでさえ足りなくなってしまったため、更に増量したメニューを用意して貰ったのだ。
「えっと、以上で」
全員を軽く見回して確認してから注文を打ち切る。
「畏まりました。少々お待ち下さい」
対して、アトラは慇懃さの中に柔らかさを湛えた動きで頭を下げた。
それから彼女は生活感溢れるそこから離れ、余り間を置かずに料理が運ばれてくる。
通常のSクラス盛りは馬鹿でかい深皿に十人前ぐらい、という感じだった。
では、特別盛りはどれ程のものかと言えば、更に巨大になる……訳ではなく、単に皿が増えるだけ。一皿目が終わりそうないいタイミングでお代わりが来るに過ぎない。
さすがにこれ以上大きな食器はないそうだし、あったとしても食べにくいだけだ。
そんなこんなで、元の世界なら百人近い人間が満腹できそうな量を半ば胃に流し込むように食していると――。
「凄い勢いでなくなっていくな」
店側から獣人の大男が現れ、低く渋い声で呆れたような言葉を投げかけられる。
アトラの夫にして賞金稼ぎ協会長たるオヤングレンだ。
【おじさん。仕事は?】
と、それなりに忙しいはずの彼がここにいることに小首を傾げながら、姪たるアイリスが文字を宙に浮かべて問うた。
「ああ。ちょっとお前達に用事があってな。抜け出してきたんだ」
対して割と真剣な様子で答えるオヤングレン。
「用事、ですか? ……まさか、またドクター・ワイルドが何か!?」
毎度のことながら事件が起きたのかと身構える。
「いや、そういう訳じゃねえんだが――」
少々過剰に反応してしまった雄也を見て彼は若干苦笑しながら言い、しかし、すぐに表情を引き締め直した。
ドクター・ワイルドが関わっていないにしても、中々に大事な話のようだ。
「フォーティア嬢ちゃんのことで、ちょっとな」
「ティアの?」
「ああ。どうもここ三日、闇雲に魔物の討伐を繰り返してるみてえでな。ランクが低目の魔物も根こそぎ狩ってるもんだから苦情が来てんだよ」
心底困ったように嘆息するオヤングレンの言葉に驚く。確かに、魔力吸石集めに専念させて欲しいと告げた時は少しばかり様子がおかしかったが――。
「昨日今日と、いつも通りに見えましたけど」
「まあ、最初はお前達を指導するような立場だったからな。プライドがあるというか、強がってんだろうよ。そういう部分を見せないように」
諭すように言われ、雄也は複雑な気持ちを抱いた。
「……ティアの気持ちも分からないでもないですけど、相談ぐらいして欲しかったです」
「嬢ちゃんも嬢ちゃんだけどよ。そう思うんなら、お前ももう少し踏み込んだ方がよかったんじゃねえか? 心の中でそう思ったところで、言葉にしなかったら相手にゃ伝わんねえよ。言わなくても分かる、なんてそうあるもんじゃねえからな」
オヤングレンはそこで一旦区切ると、微妙に店の方へと目をやりながら続ける。
「特に、関係が長く続けば続く程、甘えが出てくるからな。互いに理解してると思い込んで、実際はボタンをかけ違えてるなんてよくあるこった」
【経験談?】
「ん……ま、まあな」
珍しく意地悪げに小さく笑うアイリスに、頬をかきながら視線を逸らした。
そんな伯父を余所に、アイリスはこちらを向いて新たに文字を作り始める。
【けれど、おじさんの言うことは間違ってない。私の気持ちはユウヤに通じてると思ってるけれど、本当はちゃんと言葉にしたいし】
真っ直ぐに目を見詰めてくる彼女の気持ちはヒシヒシと感じ取れる。
それでも確かに本心を伝え合うのは大切かもしれない。
【個人的な固執で、声で伝えたいから文字にはしないけれど】
だが、今はそんなアイリスの意思を尊重しておく。
少なくとも彼女についてはその方がいいと思うから。
とは言え、人と状況が変われば判断も変わる。
フォーティアの方は余り悠長に構えていていい状態ではなさそうだ。
「ともかくだ。フォーティア嬢ちゃんのことも気にかけてやってくれ。いいな?」
「はい。それは勿論」
だから、雄也はオヤングレンの問いかけに即座に頷いた。
彼はそれを確認して頷き返し、それから部屋を出ていった。
姿が見えなくなるとすぐに魔力の発生が感じられ、空間転移したことが分かる。
【ティアのことはユウヤに任せる。何だかんだで、この中ではつき合いが一番長いから】
考えてみれば確かに、昔からの知り合いであるラディア以外ではそうなる。
それでも二ヶ月と少し前からのつき合いでしかないが。
しかし、もっと昔から知っているような気がするのが不思議だ。
これも彼女の性格故か。
そう内心苦笑していると、アイリスは更に文字を続ける。
【ティアもその方がいいだろうし】
「そうか?」
【そう】
「んー……そう、かもな」
彼女の意図としては、若干下世話な方向かもしれない。
だが、そうでなくとも雄也自身がフォーティアと話すべきなのは間違いない。
彼女の悩みの起点は間違いなく、雄也がこの世界に来たことにあるのだから。
まあ、そういう責任云々があろうとなかろうと、同じ屋根の下で暮らす仲間として最初から話をするつもりではいたが。
そんなこんなで食事を終えて家に帰り、その日の夜。
「ただいまー」
「お帰り、ティア」
夕食を外で済ませ、いつも通りの様子を装って帰ってきたフォーティアを、雄也は玄関で出迎えた。話す機会を逃がさないように。
「っと、珍しいね。わざわざ」
「ああ、ちょっと話がしたくてさ」
視線で談話室の方を示してから、返答を待たずに促すように歩き出す。
と、フォーティアは一瞬躊躇ったようにワンテンポ遅れて続いた。
「で、どうしたのさ。改まって」
「魔力吸石集め。大分無茶なやり方してるってな。オヤッさんから聞いた。他の賞金稼ぎから苦情が来てるみたいだぞ?」
「それは……」
雄也が率直に言うと、彼女は気まずそうに視線を逸らした。
「……やめろって言いたいのかい?」
「そうじゃないさ。余程のことがない限り、ティアがそこまでしてやりたいってことを止めるつもりはない。他の賞金稼ぎの皆さんには少し申し訳ないけど、そこはそれ。競争原理に基づいた結果だからな」
雄也達の力は少々、どころか大分反則気味だが。
「ただ、何か苦しんでるなら理由を聞きたい」
「絶対に言いたくないって言ったら?」
「そういう風に言われると困るんだけどな」
他者の自由な意思も尊重するならば、軽く矛盾しかねない話だが――。
「こればかりは俺の意思で聞き出したいと思ったことだから、まあ、ちょっと粘らせて欲しい。とは言っても、頭を下げるしかない訳だけど」
それでも駄目なら、強行はできない。
「……はあ。何と言うか、難儀だねえ。信念を持つのも」
フォーティアは呆れたように苦笑し、それから一つ息を吐いて再び口を開いた。
「初めて会った時言ったよね? 最近強さが伸び悩んでたって」
諦めたように問う彼女に頷く。
「ま、それは腕輪をつけたことで解消されたんだけど、それなのに戦いにも参加できなくて取り残されてる感じがしてさ。気が逸っちゃってるんだよ」
眉間にしわを寄せて、先程とは質の違う嘆息をするフォーティア。
「まあ、昔からすれば贅沢な悩みだけどね。人ってのは欲張りなもんさ」
「……いや、贅沢な悩みも悩みであることに変わりないって。むしろ、贅沢なだけあって誰にもどうしようもない悩みってこともあるし」
それこそ不老不死になりたいとか、世界の真理を知りたいとか。
そんなことで思い悩むのはアホらしいと思えればいいのだが、万が一それに囚われてしまえば心を押し潰すような悩みになりかねない。
解決の可能性が完全にゼロか、限りなくゼロに近いのだから。
「けど、そういうことなら、やれるところまでやるしかないな」
「何だい。聞くだけ聞いて、解決はしてくれないのかい?」
と、フォーティアは僅かながら眉を開いて、やや悪戯っぽく問う。
「悪い。けど、手伝えることがあったら何でも言ってくれ」
「そうだね。じゃあ、また愚痴につき合って貰おうかな。全く何の解決にもなってないけど、多少は気持ちが軽くなったしね。ほんの少しだけどさ」
彼女は尚のこと嫌味っぽく言うが、実際僅かなりとも気が紛れはしたようだ。
出口の遠い、あるいは全く存在しない悩みであっても、誰か近しい人に話せば一時の安らぎぐらいにはなることもある。
「じゃあ、アタシはまた明日もちょいと無茶な魔力吸石集めをさせて貰うからさ。先に休ませて貰うよ」
「ああ。無茶するにしても程々にな」
「はいはい」
そう軽く返事をすると、フォーティアは談話室を出て行こうとする。
と、丁度そのタイミングで――。
「ここにいたか。ティア」
その出入口の扉が開き、ラディアが入ってきた。
「先生? アタシに用ですか?」
「うむ」
用の内容が思い当たらないのか不審そうに首を傾げるフォーティアに頷き、それからラディアは懐から封筒を取り出して彼女に差し出す。
「これは……龍星王国王家の印璽?」
対してフォーティアは手紙を密封する蝋を見て、驚いたように呟いた。
「そうだ。龍星王国王家からのお前に宛てた手紙だ」
「な、何で? 何が……」
龍星王国の王家に連なる者ながら、そのことに特別な拘りを持っていないようだっただけに、彼女は突然のことに動揺してしまったようだ。
そんな中で発せられた問いに応じ、ラディアが口を開く。
「詳細は分からん。だが、速やかに帰国するように、とのことらしい」
そして告げられたその内容に、フォーティアは絶句してしまったのだった。
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