【初稿版】特オタ~特撮ヒーローズオルタネイト~

青空顎門

第十九話 帰郷 ③守護聖獣と守り人

「あの、お父さ――」
「ゼフュレクスの守り人として相応しい人間になれなければ、この家には帰ってくるな。そう言ったのを忘れたのか? イクティナ」
「う……」

 実家の玄関先で父親から冷たく厳しい声をぶつけられた彼女は、傷ついたように唇を固く結んで俯いて押し黙ってしまった。

(イーナ……)

 恐らくは以前に何度か耳にしたのだろう言葉。
 かつての彼女の状態を思えば、それは事実上の絶縁宣言と見なすことができる内容だ。
 少なくとも、この父親は今もその意図で口にしたと考えて間違いない。
 それだけに、たとえ既に守り人程度の枠に収まらない程の力を得ていたとしても、実の父親からそんなことを言われては平気でいられるはずもない。
 特に、イクティナのように性格的には極普通の女の子であれば。

(にしても、いくら由緒ある家柄だからって王族じゃあるまいし、厳し過ぎやしないか?)

 いや、むしろ田舎の土着的な因習だからこそ極端なのか。

「お父さん! 折角久し振りにお姉ちゃんに会えたのに!」

 再会の挨拶もなしに、いきなり抑圧的な言葉をぶつけた父親に、妹のアエタは怒ったように大きな声を上げた。

「守り人としての使命は何よりも優先される。お母さんの兄弟達もそうやって家を出ていったのだ。イクティナだけが例外ではない」

 娘の意見に対し、父親は冷淡に返す。
 完全に一つの考えに凝り固まっているようだ。
 だが、その口振りから察するに当代の守り人は母親の方で、彼は入り婿なのだろう。
 この家に育った訳でもないのにこれとは、元から偏狭的な人間なのかもしれない。
 少々イラッと来る。

「別にイーナはこの家に帰ってきた訳じゃない。けどな。今のイーナをアンタの知ってるイーナと一緒にするなよ」
「そうですわ! 守り人こそイーナの力に相応しくありません!」

 プルトナもまた同じように苛立ちを抱いていたのか、低い声で言った雄也に追従する。
 腕輪の力を引き出せるようになった今となっては、確かにその役割は彼女に見合った重さなどない。正しい意味での役不足だ。

「と言うか、守り人なんて言うけど、実質は世話役でしょ? この平和な千年の間だと」

 と、そこへさらにクリアが辛辣な口調で続く。

「今となっては、昔に禁止された奴隷みたいなものじゃないの」

 彼女は彼女でかなり腹が立っているようで、唇は尖り気味で眉も逆八の字になってしまっている。折角の愛らしい顔つきが台なしだ。
 自分自身の母親のこともあり、大分イクティナに感情移入しているのかもしれない。

「何だ、お前達は。初対面で失礼な。礼儀がなっていないにも程があるぞ」

 そんな雄也達をムッとしたように睨むイクティナの父親。
 確かに冷静に顧みれば礼に失していたとは思う。しかし――。

【実の娘にそんな仕打ちをする人間が敬われるとでも?】

 アイリスが作った文字の通り、敬意を払うに足る人間とは感じられない。

「……それは私達の問題だ」

 言葉ではなく文字を突きつけられ、一瞬面を食らったようにワンテンポ遅れて返答した彼は、尚のこと不機嫌そうに続ける。

「娘をどう扱おうと親の自由だろう」
【なら、友達のために文句を言うのも私達の自由】

 イクティナの父親の言動が余程腹に据えかねたのか、あからさまに不快げな表情を顔に浮かべて睨みつけるアイリス。
 見ず知らずの少女にそんな態度を取られた彼もまた苛立った様子を見せるが、自由を主張するならば非難されることも覚悟の上でなければ単なる身勝手に過ぎない。
 勿論、そうされて怒りを抱くな、ということでもないが。

(超然としてるのが一番だけど、それはそれで人間味がないしな)

 アイリス達と同じ感情を抱きながら、それを抑え込むように頭の中で呟く。

「もう、いいです。用件を伝えて行きましょう」

 と、居た堪れなくなったのか、イクティナが申し訳なさそうに言った。

「……そう、だな」

 諦め気味に声を出す彼女に、矢面に立たせたことを申し訳なく思いながら頷く。
 そうして雄也は、ニュートラルな表情を装って彼に視線を戻した。

「これから俺達はゼフュレクスのところに向かいます。悪の組織を名乗るエクセリクシスによる襲撃が予告されていますので、近づかないで下さい」
「何を言っている?」
「この件は翼星プテラステリ王国国王にも通っている話です。邪魔をしないようにお願いします」

 質問を許さず反応を黙殺し、事務的に言い捨てて背中を向ける。

「行こうか」

 そしてイクティナを視線で促すと、彼女は「はい」と答えて歩き出した。

「ま、待て! お前達のような者をゼフュレクス様に会わせる訳にはいかん!」
「お父さん。私が一緒に行って見張るから大丈夫だよ。上にはお母さんもいるし」

 雄也達の後を追おうとした父親の行く手を遮ってアエタが言う。

「王様に話が行ってるならしょうがないでしょ?」

 彼女は宥めるように続けると、クルリとこちらを向いた。

「ならば、私が行って監視する」
「お父さんは私より弱いでしょ? 足手纏いだから家で大人しくしてて」

 食い下がろうとする父親に対し、背中を向けたまま淡々と言い放つアエタ。イクティナに似て優しそうな顔をしている割に、意外と率直な物言いをする子のようだ。
 とは言え、勝手に話を進めて貰っては困る。
 どれ程の強さを持っていようとも、相手は常識から逸脱した存在なのだから。

「待て待て。敵が来るんだぞ。危険過ぎる」

 若干慌て気味にそう忠告すると、重々理解しているとでも言いたげにアエタはこちらへと少々悪戯っぽい笑みを向けてきた。

「私やお母さんなら、生半可な相手には負けませんから」
『お母さんを〈テレポート〉で連れ戻す役が必要じゃないですか?』

 父親に聞かせる用の文言と雄也達を納得させる理屈。
 アエタはそれぞれを肉声と〈クローズテレパス〉で発した。
 確かにゼフュレクスのところにイクティナ達の母親がいると言うのであれば、何とかしてその場から遠ざける必要があるが……。

『お母さんもお父さん並に頭が固いですし。まず間違いなく、自分から〈テレポート〉を使ってはくれないと思います』
『…………仕方ない。すぐに転移してくれよ』

 つけ加えられたアエタからの情報を受けて、渋々ながら容認の意を同じく〈クローズテレパス〉で伝える。
 実際、ゼフュレクスの元にイクティナ達の母親がいるのであれば、連れて離れる人間が必要不可欠なのだ。認めざるを得ない。

(にしても、この年で〈テレポート〉を使えるとはな)

 妹は優秀と言っていたイクティナの評価の片鱗が見て取れる。
 それだけでなく、頭の回転もかなり速そうだ。

「じゃあ、行きましょう! お姉ちゃん! 皆さん!」

 そしてアエタは姉の隣に並び、彼女の腕を取りながら言った。
 父親とは対照的に、この妹は大分イクティナを慕っているようだ。
 何はともあれ、こうしてアエタを加えて再びゼフュレクスのいる場所を目指す。
 家の裏手に回り、そこから伸びる申し訳程度に舗装された道を行けばいいらしい。

「お姉ちゃん、お父さんがごめんなさいでした」

 道なりに進む途中、彼女は口を開いて姉に対して父親の態度を謝る。慕っているだけに気にしていたのだろう。

「見る目がないんですから。全く」

 さらに不満を表すようにプクーッと頬を膨らませるアエタ。
 その辺の感情表現は年齢相応という感じか。

「イーナには丁寧語なんだな」
「はい! お姉ちゃんが凄い人だって私は知ってますから!」
「そんな、私はアエタにそう行って貰えるような人間じゃ――」
「またまたあ。お父さんやお母さんよりも遥かに強い私に輪をかけて大きな魔力を持ってるのに、謙遜は駄目ですよー」

 イクティナの言葉を遮って楽しそうに言うアエタ。
 丁寧語は丁寧語だが、雄也達へのそれとは明らかに違って確かな親愛が滲み出ている辺り、姉妹としての近さが感じられる。

「それに、私の目は誤魔化せません! 魔力はさらに大きくなってますし、制御もできるようになったんですよね?」
「それは、そうですけど……」
「やっぱり私のお姉ちゃんは凄いです!」

 戸惑い気味のイクティナの肯定に、笑顔を浮かべてアエタははしゃぐ。
 父親は欠片も見抜けなかった変化だが、強者は強者を知るとでも言うべきか、彼女は感じ取ることができたようだ。

「それに引き換え、お父さんとお母さんは本当に盆暗です!」

 丁寧な口調とは裏腹に、やはり口にする内容は厳しい。
 全く以て両親を尊敬していないようだ。
 この年で既に実力で上回り、さらには自分が慕っている姉を軽んじる姿を目の当たりにし続けていては、然もありなんというところか。

「にしても、ご両親は守り人に並々ならない拘りがあるみたいだな。翼人プテラントロープって割かし自由な気質だったんじゃないのか?」

 ふと疑問に思ってイクティナとアエタに問いかける。
 正直、よくもまあガチガチの因習に従っていられるものだと思う。
 外界から完全に隔離されているというのならともかく。

(一応〈テレポート〉で行き来できる訳だしなあ)

 少なくとも世間知らずは理由にならない。

「私も疑問なんですよね。そもそもゼフュレクス……様より弱い私達が守るも何もないですし、世話なんかしなくても一体で勝手に生きてけますよ。あれ」
「アエタ、さすがに口が過ぎます」

 曲がりなりにも仕える対象である守護聖獣をあれ呼ばわりする妹に、困ったように注意するイクティナ。とは言え、内心は同じ気持ちのようだ。微苦笑に表れている。

「何か呪われるんじゃないかって思うこともありますよ」

 冗談めかして言うアエタだが、正直その方がいいかもしれない。
 イクティナの両親が性根からしてあんな感じでは、この姉妹が可哀相だ。
 勿論、何らかの要因で心を捻じ曲げられているのなら、それは許されざることだが。

「あ、間もなくです」

 そうこうしている内に、目的地に間もなくというところまで来たようだ。
 アエタが人差し指を斜め上の行く手に向けて言う。
 その先を辿ると山頂と思しき場所が目に映った。

(何か違和感があるな)

 定義として山の頂きであるのに間違いはない。
 しかし、そこにあったのは広く平らな台地のような空間だった。
 大きさとしてはサッカーコートぐらいか。

(山の高度を越えなかったから飛んできた時は分からなかったけど……)

 まず間違いなく人工的に削り落とされている。
 よくよく考えてみれば、富士山山頂並の高度があるにもかかわらず余り寒さを意識せずに済むというのもおかしな話だ。感覚としては聖都テューエラと変わっていない。
 守護聖獣の住処だけあって特別な仕様のようだ。

「あ、そろそろならアサルトレイダー呼んでおくわね」

 表に出たままのクリアが言って〈アトラクト〉でそれを転移させる。
 超越人イヴォルヴァー探知機能がなければ、空が飛べるからと言って速度が遅過ぎるため、荷物にしかならない。なので、目的地に到着する直前で転移させる運びとなっていた。
 戦闘が始まる間際では、何が起きるか分からない。
 そうして無駄にでかい装甲に覆われた魔動器の馬を引き連れ、頂上に辿り着く。

「お母さん」

 と、その人工的な平地の真ん中辺りに佇んでいた女性に対し、アエタが呼びかけた。
 どうやら彼女がイクティナやアエタの母親のようだ。
 確かに立ち姿と横顔そっくりだ。

「アエタ、何をしに――」

 娘の声に振り返った彼女は、イクティナの姿を認めると眉をひそめた。
 あの父親と似たような反応を見せる辺り、アエタの言う通り彼と同じ考えを持っているのだろう。そうした表情を浮かべると、この姉妹とは似ても似つかない。

「あ、あの……」

 疎ましげな視線に怯みながらも、それでも母親に話しかけようとするイクティナ。
 しかし、次の瞬間それを遮るように影がかかり、奥にある一段高い円形の座に何かが降り立った。

「イクティナ。魔力多き娘よ。久方振りだな」

 そして、その存在は彼女に対して静かに告げる。
 人間には決して出すことのできない不可思議な響きと共に。

「ゼフュレクス、様」

(これが、守護聖獣)

 その威容に思わず息を呑む。
 上半身は鷲、下半身は獅子の如きその姿は、元の世界における伝説上の生物グリフォンそのもの。だが、その大きさはフィクションでは乗り物として扱われることもあるそれにあるまじきもので、大型車を前にしているかのようだ。
 とは言え、雄也とて単に大きいだけで威圧されるようなレベルには今はない。
 大層な肩書きに相応しい強大な力がヒシヒシと感じられる。
 さすがに六大英雄には及ばないが、変身した雄也達の通常状態並ではありそうだ。

「ゼフュレクス様、このような不出来な娘にお声をかけるなど――」
「貴様がこの私に指図をするつもりか? ペリステラ」

 イクティナの母親、ペリステラという名らしい彼女の不満げな言葉を遮って、音を飲み込むような重く深い声で問いかけるゼフュレクス。

「い、いえ、そのようなことは……」

 如何に守り人という伝統的に一定の強さを求められる職に就いていても、所詮は常識の範疇の強者でしかない彼女がそれに反発できるはずがなかった。
 俯いて小さくなり、一歩二歩と後退りしてしまっている。

「真に不出来なのは、貴様やコラクスの方だろうに」
「何かおっしゃいましたか?」
「いや」

 雄也達よりも近い位置にいたにもかかわらず、呟かれたゼフュレクスの言葉はペリステラに届かなかったようだ。あるいは、彼女の生命力で補正された聴力では聞き取れないように意図して声を抑えたのかもしれない。

「コラクスって誰だ?」
「あ、えと、父です」

 イクティナの返答に「あ、ああ、そうか」と曖昧に頷いてゼフュレクスに目を戻す。
 彼女達には悪いが、正直余り重要な情報ではなかった。

「それより、態々このような場所まで来るとは私に何か用でもあるのか?」
「ひゃ、ひゃい! そ、その――」

 急に問いを向けられ、イクティナは過剰に緊張したように声を裏返しながらゼフュレクスに説明を始める。
 この家に育った名残か、守護聖獣と対峙するのは精神的に負担が大きいらしい。
 しかし、そんなイクティナのかなりたどたどしい言葉が終わるまでの間、母親たるペリステラが彼女を睨んでいたのにはさすがに呆れざるを得なかった。
 アエタも雄也と同じ気持ちのようで、彼女は冷め切った視線を母親に向けていた。

「成程。では、今正に近づいて来ている気配はそれだな」

 と、説明に一段落ついたところで、納得したように首を大きく縦に振りながらゼフュレクスが突然告げて上空を見上げる。

「え? ……っ!?」

 一瞬遅れてその意味を理解して、雄也はそれの視線を辿った。
 どうやら探知能力では、この存在の方が遥かに上のようだ。
 方向を知らされて尚、感じ取ることができない。
 しかし、いずれにせよ今は、非戦闘員を戦場から逃すことが最優先だ。

「アエタ! 逃げろ!」

 だから雄也はそう促したが、次の瞬間ガツンと地面から鋭い音が鳴り響いた。
 見ると、何かが撃ち込まれたかのように拳台の穴が開いている。

「アエタ!」

 突然の現象に嫌な予感を抱き、再度彼女の名を呼んで急かす。

「は、はい!」

 それによって、音に怯んでいたアエタは母親の元へと駆けだしたが――。

「無駄だ。転移妨害の結界が張られてしまった」
「っ! まさか今撃ち込まれたのが?」
「その魔動器だ」

 その事実を前にアエタは立ち止まり、雄也は唇を噛んだ。
 余計な会話などせず、有無を言わさず連れ出させればよかったかもしれない。いや、事情を話さなければ戻ってきかねない以上、最低限の説明はどうあっても必要だったか。
 どちらにせよ、後悔している暇はない。意識を切り替えなければならない。

「二人は私が何とかする。私達に構わず戦え」
「大丈夫なんですか?」
「任せるがいい」

 名目上は防衛対象である存在からの申し出だが、既に勝利条件は変わっている。
 勿論、捨て駒に使って犠牲にしていい訳では決してないが、雄也達と同格の強さを持つのであれば戦力として数えるべきだろう。

「なら、任せます」

 だから、雄也はゼフュレクスの提案に乗って、アエタ達を背中に敵が降り立つだろう位置へと歩み出た。それにイクティナ達も続く。

「行くぞ、皆。アサルトオン!」
《Change Drakthrope》

 そして雄也が変身したのを皮切りに、彼女達も同じ構えを取った。

「「『アサルトオン!』」」【アサルトオン】
《Evolve High- Phtheranthrope》
《Evolve High-Satananthrope》
《Evolve High-Ichthrope》
《Evolve High- Therionthrope》

 甲高い電子音と共に全員の姿が変質し、その全身を装甲が覆い隠す。

「おおーっ!!」
「イ、イクティナ?」

 その光景を前にアエタが歓声を上げ、ペリステラが呆然とした声を出す。
 それに対してイクティナが何か反応をする前に、視界に真っ直ぐ落下してくる人影が映り――。

「来たぞ。戦闘準備!」

 仕切るように告げたゼフュレクスの言葉を合図に、雄也達はそれぞれ武器を生み出しながら敵を待ち構えた。

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