【初稿版】特オタ~特撮ヒーローズオルタネイト~
第十九話 帰郷 ①勝利条件
「と言う訳で、イーナにも腕輪の担い手として一緒に戦って欲しいんだ」
ラディア宅の談話室にて。
雄也はそこに呼び出したイクティナに対して昨日の戦いまでの仔細を伝えると、そう頭を下げて頼み込んだ。
「状況は分かりました。正直余りいい思い出のない故郷ですけど、それでも故郷は故郷ですから、私もできる限りのことはしたいです。けど、私で役に立てるかどうか……」
対してイクティナは自信なさげに視線を下げる。
そんな彼女にフォーティアが「大丈夫だよ」と告げて、さらに言葉を続けた。
「イーナには才能がある。訓練も真面目にしてる。後は奴らと戦うことができるレベルに体を持っていくだけさ。まあ、イーナの場合は力に慣れる必要があるかもだけどね」
そして最後に「今のアタシなんかより余程役に立つはずだよ」と自嘲気味につけ加える。
どうやら龍星王国のこともあって、戦力になれない現状を深く気にしているようだ。
しかし、この場で慰めの言葉をかけるのも逆効果だろう。
フォーティアを心配そうに見ていたラディアもそう考えているようで、彼女はそうした同情を振り切るように視線をイクティナに戻して口を開いた。
「ただ、敵はどこまでも強大だ。命の危険もある。それを理解した上で、踏み込むかどうかは自分で決めることだ」
相手が相手だけに、力を得ようとも苦痛は免れない。
それを受け入れるだけの強い意思がなければならない。
その有無を問い質すように、ラディアは厳しい目をイクティナに向けた。
「痛いのは、怖いです」
対してイクティナは、その視線に気圧されたように俯き加減になりながら答える。
そんな彼女の姿に、それも仕方がないと言いたげにラディアは小さく息を吐いた。
「そうか。なら――」
「ですけどっ」
しかし、恐らく話を打ち切ろうとしたものと思われるラディアの言葉を強い口調で遮って、イクティナは顔を上げた。
「何もできずに大事な人達が傷ついていく方がもっと怖いです。だから、やらせて下さい」
そして彼女は、ラディアの目を真っ直ぐに見据えながらそう口にした。
そこには、純粋に雄也達の力になりたいという意思が確かに感じられる。
【前に超越人にやられそうになった時、自分の命も顧みず私を助けようとしてくれたイーナなら大丈夫。誰かのために戦い抜ける強さがきっとある】
イクティナを後押しするように作られた文字に、雄也は同意を込めて頷いた。
震えながらも、傷ついたアイリスを庇って超越人の前に立ちはだかっていた姿は、ハッキリと覚えている。
彼女にはそうした勇気と優しさがあると信じられる。
「……そうか。であれば、ユウヤ」
ラディアは、少しの間だけ目を瞑ってから名前を呼んで促してきた。
それに応じて腕輪をイクティナに差し出す。
「イーナが五人目だ」
雄也を含め、戦力としてはこれで五人分。
ドクター・ワイルドを含めた敵と、数の上では再び五分に戻すことができる。
「はい! ユウヤさんのために頑張ります!」
あからさまな好意と共に、グッと意気込むように言うイクティナ。
彼女は腕輪を受け取ると、この時を待っていたとばかりに躊躇わずに腕に嵌めた。
《Now Activating……Error. Start Adding a Factor of Evolution》
と同時に、女性的な電子音が鳴り響き――。
「あ、く……」
進化の因子を与えられた影響によって、イクティナが苦悶の表情を浮かべ始める。
己が変質していく違和感、それに伴う苦しみを前に、彼女は自身の体を両手で強く抱き締めるようにしながら耐えていた。
居た堪れない姿だが、代わってやれることでもない。
そうして見守ること数十秒。
《Current Value of Wind Over 100%》
再びの電子音と共にイクティナは表情を和らげ、ハッとしたように視線を下げて自分の体を確かめ始めた。
どうやら準備が整ったようだ。以前ラディアが言った通り、新たに魔力吸石を吸収させる必要もなく。
(MPリングが求める基準を満たす程の魔力、か。そりゃ普通には扱えないよな)
その規格外さを改めて実感しつつ、雄也は口を開いた。
「変身できるか?」
「……やってみます」
ラディアの問いに、イクティナは明らかに雄也を真似た構えを取る。
「アサルトオン!」
そして、彼女は高らかに声を上げた。
《Evolve High- Phtheranthrope》
次いで三度目の電子音が鳴り、それを合図に新緑色の光が放たれ、鷲の特徴を持つ姿へと変じた。直後、その全身を輝きが収束したかのような装甲が覆う。
それはアイリス達と同じく女性的な意匠を持っていた。
「これでユウヤさん達と同じに……」
両手を目の前に掲げ、それを眺めながら感慨深げにイクティナは言う。
「イーナ……」
それを傍で見詰めていたフォーティアが、少し複雑そうに呟いた。
戦力になれない己を恥じ、引け目を感じてしまっているのだろう。
しかし、彼女は自分の中のそうした感情を恥じて押し殺すように首を横に振った。
「同じとは言っても、スタートラインに立っただけだってこと忘れちゃ駄目だよ。その力に見合った戦い方ってのを身につけないとさ」
それから彼女は真剣な様子でイクティナに忠告をする。
「まあ、スタートラインにすら立てないアタシが言うのも何だけど」
最後に心の底に隠そうとした引け目を垣間見せる言葉をつけ加えながら。
「はい! 分かってます!」
対するイクティナは変身した高揚感からかフォーティアの機微に気づいていないようで、朗らかな声と共に頷いた。
《Return to Phtheranthrope》《Armor Release》
それから装甲を排除し、元の普通の翼人に戻る。
再び顕になった彼女の素顔には、声色に見合った笑顔が浮かんでいた。
現状を顧みると少々不謹慎な感もあるが、それだけ強く雄也達の力になりたいと思っていたのかもしれない。とは言え、状況が状況だ。
「喜んでいるイクティナには悪いが、事態は芳しくない」
硬い声色でラディアが話を切り出すと、イクティナもはしゃいでいられる場面ではないと思い直してか表情を引き締めた。
その様子を見てラディアは一つ頷き、少し間を置いてから話を続ける。
「これで数の上では均衡した訳だが、まだ大き過ぎる問題が残っている。まずは、それをどうにかせねばならん」
「……はい」
雄也は彼女の言葉に応じながら頭の中で問題点を整理し、再び口を開いた。
「とにかく、敵との戦力差が大き過ぎます」
雄也とアイリスならば、短時間に限って彼らの領域に指を引っかけることぐらいはできるが、それだけだ。総合的に見れば、大人と子供程の差があった。
【相手も同じMPリングの力を得ているとは言え、あそこまで簡単にあしらわれるとは思わなかった。六大英雄の名は伊達じゃない】
「少しは差も縮まったと思ったんですが」
難しい顔で文字を作ったアイリスに同意を示しながらラディアに言い、さらに続ける。
「結局あの戦いの中でダメージをまともに与えることができたのは、メルとクリアが改造したアサルトレイダーの力だけでした」
「……と言いますか、よくそれ程の力を生み出すことができましたわね」
実際に六大英雄と対峙し、その脅威を十二分に知っている身として、プルトナがメルとクリアに対して感嘆の意を表す。
「あの魔動器、かなり拡張性が高いみたいなの」
『だから、前に作った兄さん用の黄金の腕輪……ややこしいからRCリングと呼ぶことにするわ。それの応用と、発生させた魔力を圧縮して撃ち出す機構を加えてみたのよ』
「調整不足でまだ圧縮率が甘いけどね。それに圧縮には結構な時間がかかるし」
『正直、一対一の状況だと使えないわ』
クリアの言う通り、今回のように誰かのサポートがあればともかくとして、数が均衡してしまった状態ではそれを使用する隙は作り出せないだろう。
この魔動器に頼り切り、というのは現実味がない。
「いずれにせよ、こうした状態で防衛戦に臨むのは現実的じゃありません」
ただでさえ守る側は不利なものだ。
にもかかわらず、あれ程までに個々の戦力差があってはどうしようもない。
根本的に作戦自体が間違っているとしか言いようがない。
「だが、それでも六大英雄を揃えさせる訳にはいかん。何が始まるか分かったものではない」
「ええ。ですから、考え方を変える必要があるかもしれません」
「考え方を変える?」
「はい」
訝しげに問うラディアに首肯し、少しだけ間を取る。
「……こうなったら復活を防ぐのは諦めましょう」
そうして雄也が出した結論を前に、一瞬その場が静寂に包まれた。
「本気で言っているのか?」
それからラディアが眉を寄せながら低い声で問う。
「はい。優先すべきは勝利条件を満たすことです」
「勝利条件? それは六大英雄を揃えないことだろう」
「現時点では恐らく」
これまでの流れからすると、それは彼らの目的の一つと見て間違いない。
「であれば、封印を死守するしか――」
「いえ。それは無理でしょう。敵が総出で来るとは限りません。実際、前回はドクター・ワイルドのみ別行動で封印を解かれてしまってます」
冷静に考えれば、あの戦いは完全なる判断ミスだった。
味方側の戦力が増えたことで、敵戦力を侮ってしまったのだろう。
表向き注意していたつもりでも無意識の内で。
「ならば、奴らの好きにさせるとでも言うつもりか?」
「そうは言ってません」
声に苛立ちを僅かに滲ませて問い質すラディアに、即座にそう返す。
勿論、彼らの蛮行を許すつもりはない。
一体何人の命を奪い、その自由を穢したか分からないのだから。
「では、どうするのだ」
「それは――」
【六大英雄の誰かを倒す。そうでしょ? ユウヤ】
勿体ぶっていた雄也の代わりに、アイリスが文字を作って答えた。
「あ、ああ。うん」
それに対し、微妙に気まずく感じながら首肯する。
「馬鹿な。自分で戦力差が大き過ぎると言ったばかりではないか」
「それでも、です。それでも防衛戦よりは遥かに可能性があると思います」
たとえ彼らの内の唯一人だけだったとしても、倒すことができれば恐らくドクター・ワイルドの目的の大きな妨げとなるはずだ。
「……まあ、そもそも敵を倒さないと、延々と防衛し続けることになるしねえ」
と、状況を顧みてかフォーティアが雄也の意見を補強する論を出し――。
「それこそ現実的ではありませんわ」
プルトナが嘆くように首を横に振りながら、彼女の言葉の含意に同意を示した。
【間違いなく、いずれ限界が来て全ての封印が解かれる。そうしたら、結局は直接倒さなければいけなくなる】
続いて作られたアイリスの文字を受けて、雄也は再びラディアに対して口を開いた。
「その時はまず間違いなく、今みたいに力試しのようなスタンスでは来ないでしょう。それこそ本気で殺しにかかってくるか、何かしらの実験材料にしようとしてくるのか。いずれにせよ、その段階での敗北は致命的です」
まだこちらを思い通りになる駒と舐めてかかっている今こそ、彼らの想定を上回って計画を潰す好機と言うことができる。とは言え――。
「……お前達の言いたいことは分かった。だが、現実問題、歴然として存在している戦力差をどう埋める。今のままでは妄言の域を出んぞ」
ラディアの言う通り、この方針には欠陥がある。
実行に移すには乗り越えなければならない高い壁があるのだ。
どうやって六大英雄を倒すか。その問題を解消しなければならない。
「解決策はあるのか?」
「……考えてることはあります」
雄也はラディアの質問にそう答えながら、メルクリアに目を向けた。
「メル、クリア。あのアサルトレイダーの力は誰でも使えるのか?」
「え? うん。少し調整すれば」
「今日、明日で更に威力を上げることは?」
『不可能じゃない……けど、六大英雄を倒し切るまでにはいかないと思うわ』
期待を過度に受け取ってか、少々申し訳なさそうに言うクリア。
「少なくとも牽制に使えればいいさ」
そんな彼女が気にしないように、雄也は軽く笑みを浮かべながら返した。
実際、言葉の通り、それを決め手にするつもりは毛頭ない。
「アイリスが使った身体強化魔法は、どれぐらい維持できる?」
それから今度はアイリスに視線を向けて問う。と、彼女は雄也の考えを咀嚼しようとするように少し間を置いて、納得したように僅かに首を縦に振ってから文字を作り始めた。
【維持時間は生命力に依ると思う。多分、〈五重強襲強化〉中は維持できるはず。その代わり、限界が来たら全く戦えなくなる】
「十分だ」
正確に意図を理解した返答は、手っ取り早くてとても助かる。
「成程。そういうことか」
アイリスの文字を受けて、その場の全員に考えが伝わったようだ。
つまり、体への負荷を一切無視して〈五重強襲強化〉と〈エクセスアクセラレート〉を同時使用することによって敵の力を一時的に上回り、それを以ってとにかく一人を倒すのだ。
勿論、余裕があれば他の六大英雄の排除も狙っていく。
「だが、やれるのか?」
「はい。やれます」
実際に彼らと戦った時の感覚と、あの時のアイリスの動きを考えれば、この方法で敵を凌駕することは十二分に可能だと思う。
たとえ相手にまだ隠し玉があろうと、それを出す前に倒し切ればいい。アサルトレイダーの一撃でダメージを負ったことを鑑みても、攻撃は確実に通るはずなのだから。
唯一反動が心配の種だが、戦いの後で動けなくなる分には全く構わない。
まず敵の思惑を叩き潰すことを優先すべきだ。
「……当面の勝利条件は六大英雄を揃えさせないこと。だが、倒すに越したことはない」
様々な可能性を検討するようにラディアは瞑目しながら言い、少ししてから目を開けて再び口も開いた。
「確かに、現状ではその方針が妥当かもしれんな」
そして雄也の案を肯定し、さらに続ける。
「であれば、この二日はユウヤのサポートを念頭に置いた準備をするのがいいだろう」
「はい」【分かった】「了解です」「分かりましたわ」「『はい、先生』」
ラディアの言葉に雄也を含めた全員が頷いて、一先ず方向性が決まった。
「じゃあ、魔動器の調整があるメルとクリア以外は、少し互いの連携も考えながら特訓しようか。イーナも含めて」
次いでフォーティアが、訓練ならば力になれると張り切るように立ち上がって言う。
「はい!」
対してイクティナもまた気合いを入れるように返事をし、そうして雄也達は予告された襲撃に備えるために賞金稼ぎ協会の訓練所へと向かったのだった。
ラディア宅の談話室にて。
雄也はそこに呼び出したイクティナに対して昨日の戦いまでの仔細を伝えると、そう頭を下げて頼み込んだ。
「状況は分かりました。正直余りいい思い出のない故郷ですけど、それでも故郷は故郷ですから、私もできる限りのことはしたいです。けど、私で役に立てるかどうか……」
対してイクティナは自信なさげに視線を下げる。
そんな彼女にフォーティアが「大丈夫だよ」と告げて、さらに言葉を続けた。
「イーナには才能がある。訓練も真面目にしてる。後は奴らと戦うことができるレベルに体を持っていくだけさ。まあ、イーナの場合は力に慣れる必要があるかもだけどね」
そして最後に「今のアタシなんかより余程役に立つはずだよ」と自嘲気味につけ加える。
どうやら龍星王国のこともあって、戦力になれない現状を深く気にしているようだ。
しかし、この場で慰めの言葉をかけるのも逆効果だろう。
フォーティアを心配そうに見ていたラディアもそう考えているようで、彼女はそうした同情を振り切るように視線をイクティナに戻して口を開いた。
「ただ、敵はどこまでも強大だ。命の危険もある。それを理解した上で、踏み込むかどうかは自分で決めることだ」
相手が相手だけに、力を得ようとも苦痛は免れない。
それを受け入れるだけの強い意思がなければならない。
その有無を問い質すように、ラディアは厳しい目をイクティナに向けた。
「痛いのは、怖いです」
対してイクティナは、その視線に気圧されたように俯き加減になりながら答える。
そんな彼女の姿に、それも仕方がないと言いたげにラディアは小さく息を吐いた。
「そうか。なら――」
「ですけどっ」
しかし、恐らく話を打ち切ろうとしたものと思われるラディアの言葉を強い口調で遮って、イクティナは顔を上げた。
「何もできずに大事な人達が傷ついていく方がもっと怖いです。だから、やらせて下さい」
そして彼女は、ラディアの目を真っ直ぐに見据えながらそう口にした。
そこには、純粋に雄也達の力になりたいという意思が確かに感じられる。
【前に超越人にやられそうになった時、自分の命も顧みず私を助けようとしてくれたイーナなら大丈夫。誰かのために戦い抜ける強さがきっとある】
イクティナを後押しするように作られた文字に、雄也は同意を込めて頷いた。
震えながらも、傷ついたアイリスを庇って超越人の前に立ちはだかっていた姿は、ハッキリと覚えている。
彼女にはそうした勇気と優しさがあると信じられる。
「……そうか。であれば、ユウヤ」
ラディアは、少しの間だけ目を瞑ってから名前を呼んで促してきた。
それに応じて腕輪をイクティナに差し出す。
「イーナが五人目だ」
雄也を含め、戦力としてはこれで五人分。
ドクター・ワイルドを含めた敵と、数の上では再び五分に戻すことができる。
「はい! ユウヤさんのために頑張ります!」
あからさまな好意と共に、グッと意気込むように言うイクティナ。
彼女は腕輪を受け取ると、この時を待っていたとばかりに躊躇わずに腕に嵌めた。
《Now Activating……Error. Start Adding a Factor of Evolution》
と同時に、女性的な電子音が鳴り響き――。
「あ、く……」
進化の因子を与えられた影響によって、イクティナが苦悶の表情を浮かべ始める。
己が変質していく違和感、それに伴う苦しみを前に、彼女は自身の体を両手で強く抱き締めるようにしながら耐えていた。
居た堪れない姿だが、代わってやれることでもない。
そうして見守ること数十秒。
《Current Value of Wind Over 100%》
再びの電子音と共にイクティナは表情を和らげ、ハッとしたように視線を下げて自分の体を確かめ始めた。
どうやら準備が整ったようだ。以前ラディアが言った通り、新たに魔力吸石を吸収させる必要もなく。
(MPリングが求める基準を満たす程の魔力、か。そりゃ普通には扱えないよな)
その規格外さを改めて実感しつつ、雄也は口を開いた。
「変身できるか?」
「……やってみます」
ラディアの問いに、イクティナは明らかに雄也を真似た構えを取る。
「アサルトオン!」
そして、彼女は高らかに声を上げた。
《Evolve High- Phtheranthrope》
次いで三度目の電子音が鳴り、それを合図に新緑色の光が放たれ、鷲の特徴を持つ姿へと変じた。直後、その全身を輝きが収束したかのような装甲が覆う。
それはアイリス達と同じく女性的な意匠を持っていた。
「これでユウヤさん達と同じに……」
両手を目の前に掲げ、それを眺めながら感慨深げにイクティナは言う。
「イーナ……」
それを傍で見詰めていたフォーティアが、少し複雑そうに呟いた。
戦力になれない己を恥じ、引け目を感じてしまっているのだろう。
しかし、彼女は自分の中のそうした感情を恥じて押し殺すように首を横に振った。
「同じとは言っても、スタートラインに立っただけだってこと忘れちゃ駄目だよ。その力に見合った戦い方ってのを身につけないとさ」
それから彼女は真剣な様子でイクティナに忠告をする。
「まあ、スタートラインにすら立てないアタシが言うのも何だけど」
最後に心の底に隠そうとした引け目を垣間見せる言葉をつけ加えながら。
「はい! 分かってます!」
対するイクティナは変身した高揚感からかフォーティアの機微に気づいていないようで、朗らかな声と共に頷いた。
《Return to Phtheranthrope》《Armor Release》
それから装甲を排除し、元の普通の翼人に戻る。
再び顕になった彼女の素顔には、声色に見合った笑顔が浮かんでいた。
現状を顧みると少々不謹慎な感もあるが、それだけ強く雄也達の力になりたいと思っていたのかもしれない。とは言え、状況が状況だ。
「喜んでいるイクティナには悪いが、事態は芳しくない」
硬い声色でラディアが話を切り出すと、イクティナもはしゃいでいられる場面ではないと思い直してか表情を引き締めた。
その様子を見てラディアは一つ頷き、少し間を置いてから話を続ける。
「これで数の上では均衡した訳だが、まだ大き過ぎる問題が残っている。まずは、それをどうにかせねばならん」
「……はい」
雄也は彼女の言葉に応じながら頭の中で問題点を整理し、再び口を開いた。
「とにかく、敵との戦力差が大き過ぎます」
雄也とアイリスならば、短時間に限って彼らの領域に指を引っかけることぐらいはできるが、それだけだ。総合的に見れば、大人と子供程の差があった。
【相手も同じMPリングの力を得ているとは言え、あそこまで簡単にあしらわれるとは思わなかった。六大英雄の名は伊達じゃない】
「少しは差も縮まったと思ったんですが」
難しい顔で文字を作ったアイリスに同意を示しながらラディアに言い、さらに続ける。
「結局あの戦いの中でダメージをまともに与えることができたのは、メルとクリアが改造したアサルトレイダーの力だけでした」
「……と言いますか、よくそれ程の力を生み出すことができましたわね」
実際に六大英雄と対峙し、その脅威を十二分に知っている身として、プルトナがメルとクリアに対して感嘆の意を表す。
「あの魔動器、かなり拡張性が高いみたいなの」
『だから、前に作った兄さん用の黄金の腕輪……ややこしいからRCリングと呼ぶことにするわ。それの応用と、発生させた魔力を圧縮して撃ち出す機構を加えてみたのよ』
「調整不足でまだ圧縮率が甘いけどね。それに圧縮には結構な時間がかかるし」
『正直、一対一の状況だと使えないわ』
クリアの言う通り、今回のように誰かのサポートがあればともかくとして、数が均衡してしまった状態ではそれを使用する隙は作り出せないだろう。
この魔動器に頼り切り、というのは現実味がない。
「いずれにせよ、こうした状態で防衛戦に臨むのは現実的じゃありません」
ただでさえ守る側は不利なものだ。
にもかかわらず、あれ程までに個々の戦力差があってはどうしようもない。
根本的に作戦自体が間違っているとしか言いようがない。
「だが、それでも六大英雄を揃えさせる訳にはいかん。何が始まるか分かったものではない」
「ええ。ですから、考え方を変える必要があるかもしれません」
「考え方を変える?」
「はい」
訝しげに問うラディアに首肯し、少しだけ間を取る。
「……こうなったら復活を防ぐのは諦めましょう」
そうして雄也が出した結論を前に、一瞬その場が静寂に包まれた。
「本気で言っているのか?」
それからラディアが眉を寄せながら低い声で問う。
「はい。優先すべきは勝利条件を満たすことです」
「勝利条件? それは六大英雄を揃えないことだろう」
「現時点では恐らく」
これまでの流れからすると、それは彼らの目的の一つと見て間違いない。
「であれば、封印を死守するしか――」
「いえ。それは無理でしょう。敵が総出で来るとは限りません。実際、前回はドクター・ワイルドのみ別行動で封印を解かれてしまってます」
冷静に考えれば、あの戦いは完全なる判断ミスだった。
味方側の戦力が増えたことで、敵戦力を侮ってしまったのだろう。
表向き注意していたつもりでも無意識の内で。
「ならば、奴らの好きにさせるとでも言うつもりか?」
「そうは言ってません」
声に苛立ちを僅かに滲ませて問い質すラディアに、即座にそう返す。
勿論、彼らの蛮行を許すつもりはない。
一体何人の命を奪い、その自由を穢したか分からないのだから。
「では、どうするのだ」
「それは――」
【六大英雄の誰かを倒す。そうでしょ? ユウヤ】
勿体ぶっていた雄也の代わりに、アイリスが文字を作って答えた。
「あ、ああ。うん」
それに対し、微妙に気まずく感じながら首肯する。
「馬鹿な。自分で戦力差が大き過ぎると言ったばかりではないか」
「それでも、です。それでも防衛戦よりは遥かに可能性があると思います」
たとえ彼らの内の唯一人だけだったとしても、倒すことができれば恐らくドクター・ワイルドの目的の大きな妨げとなるはずだ。
「……まあ、そもそも敵を倒さないと、延々と防衛し続けることになるしねえ」
と、状況を顧みてかフォーティアが雄也の意見を補強する論を出し――。
「それこそ現実的ではありませんわ」
プルトナが嘆くように首を横に振りながら、彼女の言葉の含意に同意を示した。
【間違いなく、いずれ限界が来て全ての封印が解かれる。そうしたら、結局は直接倒さなければいけなくなる】
続いて作られたアイリスの文字を受けて、雄也は再びラディアに対して口を開いた。
「その時はまず間違いなく、今みたいに力試しのようなスタンスでは来ないでしょう。それこそ本気で殺しにかかってくるか、何かしらの実験材料にしようとしてくるのか。いずれにせよ、その段階での敗北は致命的です」
まだこちらを思い通りになる駒と舐めてかかっている今こそ、彼らの想定を上回って計画を潰す好機と言うことができる。とは言え――。
「……お前達の言いたいことは分かった。だが、現実問題、歴然として存在している戦力差をどう埋める。今のままでは妄言の域を出んぞ」
ラディアの言う通り、この方針には欠陥がある。
実行に移すには乗り越えなければならない高い壁があるのだ。
どうやって六大英雄を倒すか。その問題を解消しなければならない。
「解決策はあるのか?」
「……考えてることはあります」
雄也はラディアの質問にそう答えながら、メルクリアに目を向けた。
「メル、クリア。あのアサルトレイダーの力は誰でも使えるのか?」
「え? うん。少し調整すれば」
「今日、明日で更に威力を上げることは?」
『不可能じゃない……けど、六大英雄を倒し切るまでにはいかないと思うわ』
期待を過度に受け取ってか、少々申し訳なさそうに言うクリア。
「少なくとも牽制に使えればいいさ」
そんな彼女が気にしないように、雄也は軽く笑みを浮かべながら返した。
実際、言葉の通り、それを決め手にするつもりは毛頭ない。
「アイリスが使った身体強化魔法は、どれぐらい維持できる?」
それから今度はアイリスに視線を向けて問う。と、彼女は雄也の考えを咀嚼しようとするように少し間を置いて、納得したように僅かに首を縦に振ってから文字を作り始めた。
【維持時間は生命力に依ると思う。多分、〈五重強襲強化〉中は維持できるはず。その代わり、限界が来たら全く戦えなくなる】
「十分だ」
正確に意図を理解した返答は、手っ取り早くてとても助かる。
「成程。そういうことか」
アイリスの文字を受けて、その場の全員に考えが伝わったようだ。
つまり、体への負荷を一切無視して〈五重強襲強化〉と〈エクセスアクセラレート〉を同時使用することによって敵の力を一時的に上回り、それを以ってとにかく一人を倒すのだ。
勿論、余裕があれば他の六大英雄の排除も狙っていく。
「だが、やれるのか?」
「はい。やれます」
実際に彼らと戦った時の感覚と、あの時のアイリスの動きを考えれば、この方法で敵を凌駕することは十二分に可能だと思う。
たとえ相手にまだ隠し玉があろうと、それを出す前に倒し切ればいい。アサルトレイダーの一撃でダメージを負ったことを鑑みても、攻撃は確実に通るはずなのだから。
唯一反動が心配の種だが、戦いの後で動けなくなる分には全く構わない。
まず敵の思惑を叩き潰すことを優先すべきだ。
「……当面の勝利条件は六大英雄を揃えさせないこと。だが、倒すに越したことはない」
様々な可能性を検討するようにラディアは瞑目しながら言い、少ししてから目を開けて再び口も開いた。
「確かに、現状ではその方針が妥当かもしれんな」
そして雄也の案を肯定し、さらに続ける。
「であれば、この二日はユウヤのサポートを念頭に置いた準備をするのがいいだろう」
「はい」【分かった】「了解です」「分かりましたわ」「『はい、先生』」
ラディアの言葉に雄也を含めた全員が頷いて、一先ず方向性が決まった。
「じゃあ、魔動器の調整があるメルとクリア以外は、少し互いの連携も考えながら特訓しようか。イーナも含めて」
次いでフォーティアが、訓練ならば力になれると張り切るように立ち上がって言う。
「はい!」
対してイクティナもまた気合いを入れるように返事をし、そうして雄也達は予告された襲撃に備えるために賞金稼ぎ協会の訓練所へと向かったのだった。
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