【初稿版】特オタ~特撮ヒーローズオルタネイト~

青空顎門

第十六話 転換 ②世界の片隅で発展の枷は静かに外れていた

 さわさわと頭を軽く撫でられる感覚に、雄也はゆっくりと目を開いた。
 そうして視界に映ったのは【おはよう】の文字とアイリスの微笑。
 見慣れた朝の光景だ。ここまでは。

「おはよう、アイリス」

 雄也が挨拶を返すと彼女は笑みを重ね、それから視線を隣に移す。すると――。

「うにゅ……」

 雄也の声で起きたのか、メルクリアが眠そうに目を擦りながら起き上がった。

「……おはよー、お兄ちゃん。アイリスお姉ちゃんも」

 そのまま彼女は自然な動きで雄也の腕を取ってくる。
 そうするのが当たり前という感じだ。

「おはよう、メル」
【メルも、おはよう】

 今日も表に出ているのはメルの人格のようなので、アイリス共々彼女に言葉を返す。
 基本的に朝はメルが主人格だ。これまで百%の確率でそうなっている。
 クリアは朝が微妙に弱いらしいので、そのせいだろう。

『……おはよう、兄さん。アイリス姉さん』

 それから少し遅れて、メルがベッドから降りた辺りで眠たそうに〈テレパス〉で朝の挨拶をしてくるクリア。その微妙にぼんやりした声は実に愛らしい。

「おはよう、クリア」
【ん。おはよう】

 だから、メルも含めて雄也達は彼女の様子に微笑みを浮かべた。
 こうした朝の光景は、強く自分の居場所を感じさせてくれる。心が安らぐ瞬間だ。
 それ以上でもそれ以下でもなく、殊更言及すべき事柄(ラッキースケベ的な展開など)は一つも発生していない。
 実際、彼女やメルクリアと一緒に寝るようになったとは言っても、文字通り同じ場所で寝ているだけだ。
 今のところ、一斉にベッドに入って睦言を交わしながら眠りにつく、というような機会もない。
 何故なら、訓練を始めるようになってからこっち雄也は寝つきがよくなったため、ベッドに入って数分とせずに眠ってしまうし、家事のほぼ全てを担っているアイリスは雄也が寝た後に部屋に来るからだ。
 加えて、メルとクリアも今は何やら魔動器作製に勤しんでいたりする。
 この部屋で視覚的に最も印象的な変化はと言えば、彼女達の私物が少し増えたことだろうか。
 特に、以前双子にあげたシャチに似た謎の生物のぬいぐるみ二つが目立っていた。

「お兄ちゃん、おはようのギューして!」

 彼女達の行動の変化としては、むしろ起きてからの方が大きいかもしれない。

「はいはい」

 せがむように両手を伸ばしてピョンピョン飛び跳ねるメルに、微妙に困った風を装って苦笑しながら彼女を抱き締めてやる。
 母親に拉致されたあの事件以降、二人は頻繁に接触を求めるようになっていた。
 自分に残された繋がりを必死に繋ぎ止めようとするかのように。
 あれ以来、このイベントも今のところ毎日だ。

「えへへ、お兄ちゃーん」

 そして、メルは抱き着いたまま胸元に頬擦りをしてくる。
 クリアと一体化した際に微妙に成長してしまっているだけに、少し恥ずかしい。
 心は年齢相応に無邪気なままで、酷く無防備だから尚のことだ。

『……姉さん、そろそろ交代してよ』

 割と長いこと彼女のされるがままになっていると、クリアが不満そうに口を挟む。
 表に出てきていれば、まず間違いなく唇を尖らせていると思わせるような声色だ。

「えー、もう少し」
『朝の時間は限られてるのに、ずるいわ! 私だって兄さんにして貰いたいのに!』
「もー、だったら、早く起きないとだよ。クリアちゃん」

 そうやってお姉さん風を吹かせながら、しかし、メルは一旦雄也から体を離した。
 それとほぼ同時に表情が明らかに変化し、クリアが表に出てきたことが分かる。
 何だかんだと言って妹には甘い、というところか。

「ありがと、姉さん」

 メルに伝えるように、クリアは自分のささやかな胸に手を当て――。

「さ、兄さん。次は私の番よ」

 そう言うと雄也が返事をするのを待たずに、体当たりするように抱き着いてきた。

「おっと」

 勢いがつき過ぎて後ろに倒れてしまいそうになるのを踏ん張って耐え、雄也はしっかりと彼女を抱き留めた。
 その際に丁度彼女の頭も後ろから軽く押さえる形になり、ついでに群青の髪を撫でながら抱き締める形になる。

「兄さん……」

 クリアはそう呟きながら、メルとは対照的にしがみつくようにして力一杯雄也の背中に手を回した。

『あー、ずるい! わたしもギュッてされながら撫で撫でされたい!』
「姉さんはタップリ抱き締めて貰ったでしょ? 私は時間的に……」

 雄也の胸元でモゴモゴとクリアが言う途中で、横合いからアイリスに肩を叩かれる。
 互いに体を離して彼女に視線を向けると【そろそろ朝御飯】という文字が目に入った。

『クリアちゃん』
「……分かったわ」

 メルにも〈テレパス〉を介して促され、少し名残惜しそうにしながらもクリアは部屋を出ていく。
 さすがに彼女達も着替えなどは雄也と同じ部屋ではできないようだ。
 そうしてアイリスと二人きりになると、彼女はすぐに朝御飯の準備をしには行かず――。

【ユウヤ。私にも】

 両手を広げながら、そう文字を作る。
 これもまた、ここ数日欠かさず起きているイベントだ。
 どうも彼女、双子の朝の行動を見て羨ましく思ったらしい。
 結果、メルクリアが身嗜みを整えに部屋を出た後、こういう行動に出るようになっていた。
 とは言え、さすがに初日は双子とは違った洒落で済まない感じの羞恥心があって、一応断ろうと試みはした。……のだが、あからさまに首元を示して【首輪、くれたのに】という文字を見せつけられては弱かった。
 そんなこんなで今日もまた彼女に求められるがままに傍に寄って、その華奢な体を抱き締める。
 何と言うか、既に尻に敷かれてしまっているかもしれない。

【足りない】

 起伏に乏しいためにほぼ密着した状態から上目遣いでこちらをジッと見詰めながら、頭の上にそんな文字を作るアイリス。
 何が足りないのか分からず、一瞬反応できずにいると彼女は少し背伸びをして頭を差し出してきた。クリアにしたように頭を撫でて欲しかったらしい。
 そんなアイリスの望み通り、琥珀色の髪の流れに手を沿わせてみる。
 途中、犬耳のつけ根をくすぐると、彼女は体をビクリと震わせながら小さく息を乱した。
 その姿は扇情的でドキリとさせられ、雄也は熱くなった顔を見せないように、抱き締める力を少し強めながら彼女の頭の上に顎を乗せた。
 すると、ふわりとアイリスの匂いが鼻孔をくすぐり、尚のこと恥ずかしさが募ってしまう。が、顔を見合わせるよりは遥かにマシだ。
 それは彼女も同じようで、胸元へ顔を押しつける圧力が若干強まっていた。

【ん。満足した】

 それから少しして、アイリスは上気したように肌という肌を赤くしながら体を離した。

【じゃあ、朝御飯の準備をするから。ユウヤも早く用意して来て】

 彼女は慌て気味に微妙に乱れた文字を並べ、足早に部屋を出ていく。
 可愛らしい反応だが、それを愛でる余裕は雄也にはなかった。
 こっちはこっちで正直恥ずかしくてそれどころではない。
 身嗜みを整えに行く前に、速く脈打つ心臓を落ち着かせる必要がある程だ。

「ふう」

 一息ついて平静を取り戻してから雄也もまた部屋を出て、顔を洗ったりしてから食堂へ向かう。そうして中に入ると――。

「あれ?」

 既に朝食の準備は整っていて、アイリス達も席に着いていた。が、何故かラディアの姿だけがなかった。真正面の席が空いているだけに目立つ。

「ラディアさんは?」
「ん? ああ、何か急に仕事が入ったっぽいよ」

 そうフォーティアは軽く言うが、余り軽々しく受け止めてはいけない状況に思える。
 基本彼女が忙しいのは何かしら問題が起きている時だ。
 しかも朝っぱらからともなれば、緊急事態である可能性は少なくない。

「まさかドクター・ワイルドの仕業か?」
「いやいや、気持ちは分かるけど早計じゃないかい?」

 シリアスモードに入って呟いた雄也に、フォーティアが微妙に呆れ気味に苦笑する。
 実際、雄也としてもそこまで真面目に彼の関与を想定している訳ではなかった。
 フォーティアの言う通り、さすがに根拠が何一つない現状でそう判断するのは妄執に近い。
 一種のネタとして言ってみただけだ。

(昭和特撮の世界なら違和感即敵の作戦だけどな)

 何にせよ、全く情報のない現時点では取り越し苦労にも程がある。

「ユウヤ、それより朝御飯にしましょう」
「ああ、そうだな」

 プルトナに言われ、眉間から力を抜いていつもの席に着く。直後――。

「って、あれ?」

 雄也が椅子に座るのとほぼ同時に、フォーティアが首を傾げて立ち上がる。

「先生から通信だ」

 彼女はそう言うと、雄也達に背を向けて通信に集中した。

「はい、はい……分かりました」

 自然と全員が聞き耳を立てる中、フォーティアは首を捻りながら振り返った。

「何か先生に呼ばれたから行ってくる」
「呼ばれたって、何で?」
「さあ、分かんないよ」

 彼女は雄也の問いに、尚のこと戸惑ったような表情を浮かべた。

「とにかく行かないと」
【ティア、朝御飯は?】
「ああ、えっと……食べてく」

 フォーティアは素早く自分の席に戻ると、フードファイターのように恐ろしいスピードで自分の分を平らげていった。ほとんど丸呑みだ。
 そして、食べ終えると速やかに〈テレポート〉で転移していった。

「全く……慌ただしいですわね」

 呆れたようにその様子を見届けてから言ったプルトナは、しかし、少しの間考え込むように視線を下げてから自分もまた勢いよく食事を始めた。
 とは言え、腐っても王族とでも言うべきか、フォーティアに比べれば上品だが。

「ごちそうさまでした」
「プルトナまで、どうしたんだ?」
「少し思うところがありまして。実家に帰らせて頂きますわ」
【ユウヤを諦めたの?】

 別居宣言のような言い回しに、アイリスが首を傾げながら問いかける。

「違いますわ! どうしてそうなるんですの!」

 対してプルトナは憤慨したように声を大きくした。

【だって、実家に帰るって言うから】
「ほんの! 少し! 帰るだけですわ! 用事を済ませたら戻ってきます!」

 そこまで聞くと、アイリスは興味をなくしたように【そう】と文字を作って正面に向き直る。そんな彼女の冷たい反応にプルトナは「ぐぬぬ」と唸っていた。
 幼馴染故の雑さという感じだが、少し不憫にも思う。

(まあ、キャラクター的にも仕方がない感はあるけど)

 そんな風に思って生温かい視線を向けていると、彼女は一つコホンと咳払いをしてからグルンとこちらを振り向いた。

「全てはユウヤの力になるためですわ!」
「お、おう」

 そのまま微妙に身を乗り出して強い口調で言われると、少々面食らってしまう。

「ええと、結局何をするつもりなんだ?」
「それは後のお楽しみですわ」

 雄也の質問には、勿体ぶって人差し指を立てながらそう答え――。

「では……〈テレポート〉」

 プルトナもまた転移していってしまった。
 実家に帰ると言ったのだから、転移先は魔星サタナステリ王国だろう。
 しかし、やはり目的は分からない。自然と首が傾いてしまう。

「お姉ちゃん達、どうしたのかな?」

 小さな口でゆっくり食事を続けながら成り行きを見守っていたメルも可愛らしく小首を傾げるが、雄也には「さあ」と答えることしかできなかった。

【ユウヤ、御飯が冷めちゃう】
「あ、ああ」

 結局のところドタバタな展開の意味は理解できず、今は朝食を優先せざるを得ない。
 そうして珍しく人数の少ない朝の時間は過ぎていったのだった。

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