【初稿版】特オタ~特撮ヒーローズオルタネイト~
第十五話 怪物 ①忌むべき発想
「ここか。……確かに近くで見ると何か変だな」
住宅街の一角。その上空から一帯を見下ろし、違和感に首を傾げながら呟く。
雄也の視線の先には、どこか作りものめいたとでも言えばいいのか、他と地続きになっているにもかかわらず画面越しに風景を見ているように感じる部分があった。
丁度そこに建つ家屋こそメルとクリアの生家であり、今正にメルが囚われている場所だ。
ラディアから借りた魔動器も位置は正しいと保証してくれている。
だと言うのに、どうしてか何ら関係のない場所だと認識している自分がいた。
(探知の妨害とは別に、精神干渉系の魔法か魔動器も機能してるみたいだな)
オルタネイトとしての極めて高い魔力がなければ、あるいは目的地を目にしているにもかかわらず、ここに問題はないと踵を返してしまっていたかもしれない。
実際、弱いながらも、メルは他の場所にいるのではないか、という疑念も生じつつある。
「……〈ローカルエアリアルサーチ〉」
そうした己の意思を歪ませる気持ちの悪い感覚を振り払うように、雄也は意図的に低く重々しくした声で魔法の発動を宣言した。
懐に忍ばせた小型の魔動器にメルの魔力パターンを再現させ、同時に効果範囲を絞って再度探知と照合を実行する。
広域に拡散させず、ただ一ヶ所だけに集中させた魔力は、広域探知では感知すらできなかった偽装を容易く突破し――。
(間違いない。メルの魔力の気配がある)
これを以って、彼女がそこにいる確証を得ることができた。
(けど、これは……)
しかし、それだけでなく、メルを囲むように過剰進化したかのような膨大な魔力がいくつも存在していることにも気づく。
当然、彼女以外の魔力が誰のものかまでは分からないが、まず間違いなく行方不明事件の被害者だろう。
彼らもまたここに囚われているのだ。
それだけに救出後のことを考えてしまうと陰鬱な気持ちが一瞬脳裏を過ぎる。が、それは無益な皮算用でしかない。
今第一に考えるべきはそれではなく、できる限り早くメル達の元へと至ることだ。
そう己に言い聞かせる。
……とは言え、闇雲に突っ込む訳にもいかないが。
(いずれにせよ、ここから先も精神干渉系の罠があることを想定しておくべきかもしれないな。となると、選択すべき属性は限られてくるか)
そういう類の魔法の属性は闇。即ち、最も耐性が強いのは魔人形態。
勿論、万が一光属性魔法を用いた罠があれば、リスクは一気に跳ね上がる。が、認識を狂わされ、そもそも目的地へ辿り着けなくなるよりは余程マシだ。
加えて、高い自然治癒力で少しでも回復しておきたい、という考えもある。
多少は楽になったが、未だ調子は万全とは言いがたい状態にあるのは事実なのだから。
(手段は決めた。後は……)
これ以上の思考は時間の浪費でしかない。
そう心の中で断じ、雄也は上空からメルの気配目がけて一気に降下を始めた。
己を鼓舞するように大きく構えを取りながら。
「アルターアサルト」
《Change Satananthrope》《Gauntlet Assault》
十分な速度が乗った段階で魔人形態へと変じ、攻防一体のミトンガントレットを両腕に装備する。とほぼ同時に屋敷の屋根に至り――。
(一気に、突っ込む!)
鋼の籠手を叩き込んで穴を開けて屋敷に侵入し、勢いそのままに床をぶち抜いていく。
そして雄也はメルの気配を感じる階層で体勢を変え、うまく膝を使って着地した。
そこで眼前に広がったのは、仄暗い地下の広大な空間。
足の裏に感じる土の感触からして最下層と思われる。
今正に開けてきた穴からの光しか光源がないせいで、非常に視界が悪い。
その明かりにしても、魔法によってか魔動器によってか見る見る内に天井の穴が塞がれていき、大広間は完全な闇に包まれてしまった。
かと思えば、〈レギュレートヴィジョン〉で視覚を調整すべきかどうか迷う間もなく一気に照明が点き、部屋全体が余すところなく照らされる。
(ここは……)
視界にハッキリ映ったそこは、何一つ余計なものがない広大な地下グラウンドだった。
天井は非常に高く、並の屋内運動場の倍はあるだろう。
間違っても普通の住居の地下にある類の施設ではない。
今も尚強大な魔力を肌に感じているが故に、そうした構造を取らなければならない意味を、その高さを必要とする何かの存在を強く意識させられる。
『……オルタネイトというのは存外乱暴なのね』
そうして周囲を警戒していると、頭の中にそんな言葉が響いてきた。
初めて聞く声。しかし、どことなく双子に声質が似ている気がする。
つまり――。
「お前がカエナ・ストレイト・ブルークか」
『あら、ドクター・ワイルドの傑作に名前を覚えて貰っているだなんて光栄だわ』
雄也がそう問うと、彼女は愉快そうにそう言葉を返してきた。
その声にはドクター・ワイルドに似通った何かが感じられる。
まるで、自分以外の全てを己の願望を叶えるための道具としか見ていないかのような。
正直、彼の歪んだ言動を思い出してしまって癇に障る。
「茶化すな。メルはどこだ」
それでも今は、そうした苛立ちを抑えるために努めて抑揚をなくしながら、厳しく問い詰めるにとどめた。
せめて、メルの安否を確認するまでは平静でいなければならない。
『へえ。メルと知り合いなの。と言うことは、もしかしてクリアが言っていた兄さんと言うのは貴方のことかしら?』
しかし、彼女はそうした雄也の態度など欠片も意に介さず、ただただ楽しげに質問を返してくるばかりだった。
マイペースと呼ぶには、いくら何でも身勝手過ぎる。
一々神経を逆撫でしてくるような言動がもし意図的なものでないなら、もはや一種の才能とでもしか言いようがない。
「御宅はいい。メルを解放し、然るべき機関に出頭しろ」
『嫌よ。折角オルタネイトが、人間の次のステージに入りつつある存在が来てくれたのだもの。捕らえて解剖して、隅々まで調べ尽くさない手はないわ』
「……できるつもりか」
『ええ、勿論。……私の成果の一つ。刮目することね』
彼女がそう告げた瞬間、すぐ傍の何もない空間を中心に強大な魔力が突然励起した。
何者かが転移してくる予兆。しかも、人間サイズの転移体ではない。
その範囲には雄也が立つ位置も含まれていた。
「っ!」
この場に留まっていれば、オルタネイトとて転移の影響で下手をすれば体を引き千切られてしまいかねない。
だから、雄也はすぐにその場から全力で後ろに飛んで退避した。
間一髪。正にその直後に転移は完了し、その存在はすぐ目の前に現れる。
「なっ!?」
そして最初に認識したものの歪さに、雄也は思わず驚愕の声を上げてしまった。
先程まで感知していた幾人分もの魔力が、複雑に絡み合って目の前にある。
過剰進化によって生じたと思われる膨大な力が相互に干渉し合い、噴き上がっている。
その中心部分からは、メルの魔力が僅かながら感じられていた。
「何だ……」
そして、どの感覚よりもタイムラグの小さい魔力感知に遅れること数瞬。
「何だ、これはっ!!」
次いで視界に映った光景を脳が認識すると同時に、雄也は胸に湧き起こった感情を全て吐き出すように叫んだ。
視線の先に佇むのは、巨大な異形の姿。
上半分は並の人間の数十倍もある女性の上半身。半透明かつゲル状でクラゲを人の型に押し込めたかのようだ。胸部中央には核の如き球体が見受けられる。
下半身には足の代わりに無数の触手が生えており、一見して類似するものとして脳裏に浮かんだのは神話の怪物たるスキュラだった。
しかし、改めて全体を見渡せば、神話に謳われるそれとも現代ファンタジーで描写されるそれとも似ても似つかない異様な外見だと認識が改まる。
何故なら、その下半身から伸びる触手の先端には、クラゲ染みた本体とは明らかに趣の違う別種の過剰進化した超越人が繋がっていたからだ。
蜘蛛、蝙蝠、豹、飛蝗、蜂、烏賊、蜥蜴、蛇、狼。統一感のない種の選択から生じた光景は実に冒涜的で、一体何人の人間を利用したのかと思うと怒りを覚えざるを得ない。
「カエナ・ストレイト・ブルーク! 貴様、何をした!?」
だから、雄也は糾弾するように叫んだが――。
『そこまで驚いて貰えると作った甲斐があるというものね。科学者冥利に尽きるわ』
カエナは欠片も堪えた様子は見せない。雄也の反応が楽しくて仕方がないと言わんばかりに、歌うように言葉を返してくるばかりだった。
「質問に答えろ!」
その様子に苛立ちを強め、さらに厳しく問い質す。
『そうがならずとも教えて上げるわよ。新技術の説明は科学者の晴れ舞台だもの』
すると彼女は嘆息気味に言い、勿体つけるように一拍置いてから言葉を続けた。
『これこそ私の研究の成果。過剰進化の活用法。結合超越人よ』
「結合、超越人?」
『ええ。見えるかしら? この子が』
カエナがそう告げると半透明な上半身に包まれた球体が開く。
その中から現れたのは、ゲル状の外側と同じように薄く透けたメルと、そんな彼女を縛りつけるように後ろから抱き締める生身の女性だった。
「メル!?」
咄嗟に呼びかけるが、メルはピクリとも反応しない。
何かしらの精神干渉でも受けているかのように虚空を見詰め続けるばかりだった。
ほぼ一糸纏わぬ姿ながら首輪を着けており、如何にも怪しい。
間違いなく、それが原因だろう。
「メル!!」
もう一度繰り返しても結果は同じ無反応。
そんな虚ろな様子の彼女とは対照的に、どこか双子の面影を持つ見知らぬ女は雄也の叫びを嘲弄するようにニタリと笑ってメルの頬に手を触れる。
そして、その歪んだ表情そのままに口を開いた。
『過剰進化とは、強大な力を得ることができる代わりに肉体が崩壊する諸刃の剣。まかり間違っても自分自身では使いたくない力よね。けれど、その力の強さは魅力的だわ』
その唇の動きに合わせて〈テレパス〉の言葉が届き、この女がカエナだと確信する。
『そこで私は考えたの。過剰進化した超越人を操ることができれば、自分自身は過剰進化の代償に怯えることなく力を享受することができるはず、とね』
自分に酔ったように大仰な口調で告げる彼女を雄也は厳しく見据えながら、しかし、今はその言葉を少しでも咀嚼しようと耳を傾け続けた。
少しでもメルの現状を把握するために。
『そのための概念実証として生み出したのが、この寄生能力を持った超越人よ』
「寄生能力……」
『そう。過剰進化した別個体に寄生して操ることで、己の肉体の崩壊を全く恐れることなく過剰進化の力を思うがままにできるの。寄生した超越人次第では、さらに複数を操作することも可能よ。まあ、メルの処理能力では今のところこの辺が関の山だけど』
「…………そして、寿命が来た寄生先は使い捨てる訳か」
恍惚とした様子で言うカエナに対し、雄也は低く押し殺すように問うた。
正直口にするのも忌々しい。
『ええ。実に素晴らしい発想でしょう?』
しかし、彼女は相変わらずの平然とした口調で肯定し、自画自賛をする。
「そう思うなら、どうしてお前自身がそうならない」
『私は化物になんてなりたくないもの。この手法は革新的ではあるけど、所詮さらなる発展の礎に過ぎないわ。私自身に適用するとすれば、それは人間が人間のまま進化できる術を得た時の話。それまではモルモットで試す。当たり前のことでしょう?』
「……自分に使えない、使いたくないものをよくも他人に試せたもんだな」
『他人だからこそ試せるんじゃないの。それに、そこらに掃いて捨てる程いる有象無象如きとこの私とでは存在の価値が全く違うわ。もし今の私自身に試して研究を続けられなくなったら、人類にどれだけの損失が出ると思うの?』
臆面もない声色に一瞬言葉に詰まってしまう。
心の底からそう考えていることが雄也にもハッキリと分かった。だから――。
「……知ったことか! そんなもの、人間を使い捨てにしていい理由にはならない!」
苛立ちと共に吐き捨てて鋭く睨みつける。が、カエナはそんな雄也の様子に対して失望したと言わんばかりに肩を竦めるだけだった。
『そう……貴方も結局大局的なものの見方ができない愚民の一人でしかないのね』
そして、深く嘆息しながら首を横に振って言うカエナ。
「その見下した態度。いよいよ以て、あの男と同じだな」
そんな彼女の態度に雄也は口の中で忌々しく独り言ち、それから改めて口を開いた。
「そもそも何故、こんな真似をする? 一体何の必要性がある?」
『知れたこと。進化を、進歩を求める探究心こそ人間を人間たらしめるものだからよ。それを失った者は人間ではなく人形に過ぎないわ。……と言っても、貴方達のような劣等には分からないでしょうけど。真に理解してくれるのは、それこそ彼ぐらいのものだわ』
心酔するように彼と口にするカエナ。
考え方もまた同じ。
彼とは間違いなくドクター・ワイルドのことだ。
完全なる彼の信奉者というところか。
「そのためなら誰かの命を、自由を犠牲にしてもいいってのか」
『科学の進歩にはつきものでしょう? そんなものは』
確かに、そうした側面が全くないとは言えない。
歴史上、人体実験などそこかしこに事例がある。
しかし、最初からそれを前提に計画を立てることと、不可避的に実行されることは全く違う。いずれにせよ、今正に誰かの自由を奪って行われるそれを見逃す訳にはいかない。
たとえ、そのために科学技術が停滞して未来の誰かが泣くことになろうとも。
人間自らの手で人間の自由を奪うことだけは絶対に許さない。
それこそ雄也が自らに定めた特撮ヒーローもどきとしての道。故に――。
「……いいだろう。その言動を以って、貴様を人類の自由の敵と認識する」
雄也は彼女に人差し指を真っ直ぐに向けながら言い、それから静かに構えを取った。
『やはり愚か者には何を言っても無駄なのね。多少なり知恵を持つのなら賛同してくれるかと思ったのだけど。でも、いいわ』
カエナは雄也の宣言を嘲笑い、虚ろなメルの首輪に触れながら続ける。
『そんな貴方も人類の進歩の礎として上げる。感謝することね』
そして押しつけがましい言葉と共に、科学者によく見られる自己顕示欲を満たすための時間は終わりだとでも告げるように、僅かな魔力の揺らぎが発生した。
『解剖する前に、まずは戦闘データから取るとしましょうか。さあ、メル』
『あ……うああああああああっ!!』
さらにカエナが名前を呼んだ瞬間、メルが突然大きく目を見開いて叫び声を上げた。
明らかにまともな精神状態とは見えないのに〈テレパス〉を使用しているのは、あるいは首輪にそうした機能があるからなのかもしれない。
『う、うう、あ……』
絶叫を終えた彼女は酷く怯えた表情をしながらも、同時にそれを遥かに上回る強い怒りを瞳に湛えてこちらを睨みつけてきていた。
『よくも、よくもクリアちゃんを。どうして……わたし達は人間なのに!!』
「『メル、何を言ってるんだ!?』」
脈絡のない言葉を発する彼女に〈テレパス〉を重ねて問いかける。
『許さない! 許さない許さない許さないっ!』
しかし、彼女は熱に浮かされたように、雄也には見えない敵を憎むように顔を歪める。
「これは……精神干渉か」
そんなメルの様子に胸を痛めながら眉をひそめて自問気味に呟くと、耳に届いたのかカエナは正解だと言わんばかりに歪んだ笑みを浮かべた。
メルの言葉から推測するに、雄也が駆けつける直前のような状況にあるクリアを幻として見せつけ、それによって抱いた感情に縛りつけているのだろう。
「本当に、どこまでもっ!」
どこまでも人間の自由を、意思を穢してくれるものだ。己の欲望、願望などのために。
あまつさえ自分の娘にさえこの仕打ち。
これまでの言動から既に重々理解していたが、悪い意味で、いくら言葉を尽くしても彼女がぶれるということは決してないに違いない。
ならば、こちらも己の信念に従って、なすべきことをなす以外にない。
『さあ、思う存分戦い合いなさい』
そして、カエナの言葉を合図に結合超越人が動き出す。
『う、ああああああああ! よくも、よくもよくも!!』
その核たる役目を持つメルは未だ幻想の中の敵と雄也とを混同し、敵意を撒き散らしているままだ。彼女のそうした姿は余りに痛々しい。
(必ず、助けてやるからな)
だから、雄也はそんなメルを救い出す術を頭の中で必死に組み立てながら構えに力を込め、迫り来る巨大な異形と相対したのだった。
住宅街の一角。その上空から一帯を見下ろし、違和感に首を傾げながら呟く。
雄也の視線の先には、どこか作りものめいたとでも言えばいいのか、他と地続きになっているにもかかわらず画面越しに風景を見ているように感じる部分があった。
丁度そこに建つ家屋こそメルとクリアの生家であり、今正にメルが囚われている場所だ。
ラディアから借りた魔動器も位置は正しいと保証してくれている。
だと言うのに、どうしてか何ら関係のない場所だと認識している自分がいた。
(探知の妨害とは別に、精神干渉系の魔法か魔動器も機能してるみたいだな)
オルタネイトとしての極めて高い魔力がなければ、あるいは目的地を目にしているにもかかわらず、ここに問題はないと踵を返してしまっていたかもしれない。
実際、弱いながらも、メルは他の場所にいるのではないか、という疑念も生じつつある。
「……〈ローカルエアリアルサーチ〉」
そうした己の意思を歪ませる気持ちの悪い感覚を振り払うように、雄也は意図的に低く重々しくした声で魔法の発動を宣言した。
懐に忍ばせた小型の魔動器にメルの魔力パターンを再現させ、同時に効果範囲を絞って再度探知と照合を実行する。
広域に拡散させず、ただ一ヶ所だけに集中させた魔力は、広域探知では感知すらできなかった偽装を容易く突破し――。
(間違いない。メルの魔力の気配がある)
これを以って、彼女がそこにいる確証を得ることができた。
(けど、これは……)
しかし、それだけでなく、メルを囲むように過剰進化したかのような膨大な魔力がいくつも存在していることにも気づく。
当然、彼女以外の魔力が誰のものかまでは分からないが、まず間違いなく行方不明事件の被害者だろう。
彼らもまたここに囚われているのだ。
それだけに救出後のことを考えてしまうと陰鬱な気持ちが一瞬脳裏を過ぎる。が、それは無益な皮算用でしかない。
今第一に考えるべきはそれではなく、できる限り早くメル達の元へと至ることだ。
そう己に言い聞かせる。
……とは言え、闇雲に突っ込む訳にもいかないが。
(いずれにせよ、ここから先も精神干渉系の罠があることを想定しておくべきかもしれないな。となると、選択すべき属性は限られてくるか)
そういう類の魔法の属性は闇。即ち、最も耐性が強いのは魔人形態。
勿論、万が一光属性魔法を用いた罠があれば、リスクは一気に跳ね上がる。が、認識を狂わされ、そもそも目的地へ辿り着けなくなるよりは余程マシだ。
加えて、高い自然治癒力で少しでも回復しておきたい、という考えもある。
多少は楽になったが、未だ調子は万全とは言いがたい状態にあるのは事実なのだから。
(手段は決めた。後は……)
これ以上の思考は時間の浪費でしかない。
そう心の中で断じ、雄也は上空からメルの気配目がけて一気に降下を始めた。
己を鼓舞するように大きく構えを取りながら。
「アルターアサルト」
《Change Satananthrope》《Gauntlet Assault》
十分な速度が乗った段階で魔人形態へと変じ、攻防一体のミトンガントレットを両腕に装備する。とほぼ同時に屋敷の屋根に至り――。
(一気に、突っ込む!)
鋼の籠手を叩き込んで穴を開けて屋敷に侵入し、勢いそのままに床をぶち抜いていく。
そして雄也はメルの気配を感じる階層で体勢を変え、うまく膝を使って着地した。
そこで眼前に広がったのは、仄暗い地下の広大な空間。
足の裏に感じる土の感触からして最下層と思われる。
今正に開けてきた穴からの光しか光源がないせいで、非常に視界が悪い。
その明かりにしても、魔法によってか魔動器によってか見る見る内に天井の穴が塞がれていき、大広間は完全な闇に包まれてしまった。
かと思えば、〈レギュレートヴィジョン〉で視覚を調整すべきかどうか迷う間もなく一気に照明が点き、部屋全体が余すところなく照らされる。
(ここは……)
視界にハッキリ映ったそこは、何一つ余計なものがない広大な地下グラウンドだった。
天井は非常に高く、並の屋内運動場の倍はあるだろう。
間違っても普通の住居の地下にある類の施設ではない。
今も尚強大な魔力を肌に感じているが故に、そうした構造を取らなければならない意味を、その高さを必要とする何かの存在を強く意識させられる。
『……オルタネイトというのは存外乱暴なのね』
そうして周囲を警戒していると、頭の中にそんな言葉が響いてきた。
初めて聞く声。しかし、どことなく双子に声質が似ている気がする。
つまり――。
「お前がカエナ・ストレイト・ブルークか」
『あら、ドクター・ワイルドの傑作に名前を覚えて貰っているだなんて光栄だわ』
雄也がそう問うと、彼女は愉快そうにそう言葉を返してきた。
その声にはドクター・ワイルドに似通った何かが感じられる。
まるで、自分以外の全てを己の願望を叶えるための道具としか見ていないかのような。
正直、彼の歪んだ言動を思い出してしまって癇に障る。
「茶化すな。メルはどこだ」
それでも今は、そうした苛立ちを抑えるために努めて抑揚をなくしながら、厳しく問い詰めるにとどめた。
せめて、メルの安否を確認するまでは平静でいなければならない。
『へえ。メルと知り合いなの。と言うことは、もしかしてクリアが言っていた兄さんと言うのは貴方のことかしら?』
しかし、彼女はそうした雄也の態度など欠片も意に介さず、ただただ楽しげに質問を返してくるばかりだった。
マイペースと呼ぶには、いくら何でも身勝手過ぎる。
一々神経を逆撫でしてくるような言動がもし意図的なものでないなら、もはや一種の才能とでもしか言いようがない。
「御宅はいい。メルを解放し、然るべき機関に出頭しろ」
『嫌よ。折角オルタネイトが、人間の次のステージに入りつつある存在が来てくれたのだもの。捕らえて解剖して、隅々まで調べ尽くさない手はないわ』
「……できるつもりか」
『ええ、勿論。……私の成果の一つ。刮目することね』
彼女がそう告げた瞬間、すぐ傍の何もない空間を中心に強大な魔力が突然励起した。
何者かが転移してくる予兆。しかも、人間サイズの転移体ではない。
その範囲には雄也が立つ位置も含まれていた。
「っ!」
この場に留まっていれば、オルタネイトとて転移の影響で下手をすれば体を引き千切られてしまいかねない。
だから、雄也はすぐにその場から全力で後ろに飛んで退避した。
間一髪。正にその直後に転移は完了し、その存在はすぐ目の前に現れる。
「なっ!?」
そして最初に認識したものの歪さに、雄也は思わず驚愕の声を上げてしまった。
先程まで感知していた幾人分もの魔力が、複雑に絡み合って目の前にある。
過剰進化によって生じたと思われる膨大な力が相互に干渉し合い、噴き上がっている。
その中心部分からは、メルの魔力が僅かながら感じられていた。
「何だ……」
そして、どの感覚よりもタイムラグの小さい魔力感知に遅れること数瞬。
「何だ、これはっ!!」
次いで視界に映った光景を脳が認識すると同時に、雄也は胸に湧き起こった感情を全て吐き出すように叫んだ。
視線の先に佇むのは、巨大な異形の姿。
上半分は並の人間の数十倍もある女性の上半身。半透明かつゲル状でクラゲを人の型に押し込めたかのようだ。胸部中央には核の如き球体が見受けられる。
下半身には足の代わりに無数の触手が生えており、一見して類似するものとして脳裏に浮かんだのは神話の怪物たるスキュラだった。
しかし、改めて全体を見渡せば、神話に謳われるそれとも現代ファンタジーで描写されるそれとも似ても似つかない異様な外見だと認識が改まる。
何故なら、その下半身から伸びる触手の先端には、クラゲ染みた本体とは明らかに趣の違う別種の過剰進化した超越人が繋がっていたからだ。
蜘蛛、蝙蝠、豹、飛蝗、蜂、烏賊、蜥蜴、蛇、狼。統一感のない種の選択から生じた光景は実に冒涜的で、一体何人の人間を利用したのかと思うと怒りを覚えざるを得ない。
「カエナ・ストレイト・ブルーク! 貴様、何をした!?」
だから、雄也は糾弾するように叫んだが――。
『そこまで驚いて貰えると作った甲斐があるというものね。科学者冥利に尽きるわ』
カエナは欠片も堪えた様子は見せない。雄也の反応が楽しくて仕方がないと言わんばかりに、歌うように言葉を返してくるばかりだった。
「質問に答えろ!」
その様子に苛立ちを強め、さらに厳しく問い質す。
『そうがならずとも教えて上げるわよ。新技術の説明は科学者の晴れ舞台だもの』
すると彼女は嘆息気味に言い、勿体つけるように一拍置いてから言葉を続けた。
『これこそ私の研究の成果。過剰進化の活用法。結合超越人よ』
「結合、超越人?」
『ええ。見えるかしら? この子が』
カエナがそう告げると半透明な上半身に包まれた球体が開く。
その中から現れたのは、ゲル状の外側と同じように薄く透けたメルと、そんな彼女を縛りつけるように後ろから抱き締める生身の女性だった。
「メル!?」
咄嗟に呼びかけるが、メルはピクリとも反応しない。
何かしらの精神干渉でも受けているかのように虚空を見詰め続けるばかりだった。
ほぼ一糸纏わぬ姿ながら首輪を着けており、如何にも怪しい。
間違いなく、それが原因だろう。
「メル!!」
もう一度繰り返しても結果は同じ無反応。
そんな虚ろな様子の彼女とは対照的に、どこか双子の面影を持つ見知らぬ女は雄也の叫びを嘲弄するようにニタリと笑ってメルの頬に手を触れる。
そして、その歪んだ表情そのままに口を開いた。
『過剰進化とは、強大な力を得ることができる代わりに肉体が崩壊する諸刃の剣。まかり間違っても自分自身では使いたくない力よね。けれど、その力の強さは魅力的だわ』
その唇の動きに合わせて〈テレパス〉の言葉が届き、この女がカエナだと確信する。
『そこで私は考えたの。過剰進化した超越人を操ることができれば、自分自身は過剰進化の代償に怯えることなく力を享受することができるはず、とね』
自分に酔ったように大仰な口調で告げる彼女を雄也は厳しく見据えながら、しかし、今はその言葉を少しでも咀嚼しようと耳を傾け続けた。
少しでもメルの現状を把握するために。
『そのための概念実証として生み出したのが、この寄生能力を持った超越人よ』
「寄生能力……」
『そう。過剰進化した別個体に寄生して操ることで、己の肉体の崩壊を全く恐れることなく過剰進化の力を思うがままにできるの。寄生した超越人次第では、さらに複数を操作することも可能よ。まあ、メルの処理能力では今のところこの辺が関の山だけど』
「…………そして、寿命が来た寄生先は使い捨てる訳か」
恍惚とした様子で言うカエナに対し、雄也は低く押し殺すように問うた。
正直口にするのも忌々しい。
『ええ。実に素晴らしい発想でしょう?』
しかし、彼女は相変わらずの平然とした口調で肯定し、自画自賛をする。
「そう思うなら、どうしてお前自身がそうならない」
『私は化物になんてなりたくないもの。この手法は革新的ではあるけど、所詮さらなる発展の礎に過ぎないわ。私自身に適用するとすれば、それは人間が人間のまま進化できる術を得た時の話。それまではモルモットで試す。当たり前のことでしょう?』
「……自分に使えない、使いたくないものをよくも他人に試せたもんだな」
『他人だからこそ試せるんじゃないの。それに、そこらに掃いて捨てる程いる有象無象如きとこの私とでは存在の価値が全く違うわ。もし今の私自身に試して研究を続けられなくなったら、人類にどれだけの損失が出ると思うの?』
臆面もない声色に一瞬言葉に詰まってしまう。
心の底からそう考えていることが雄也にもハッキリと分かった。だから――。
「……知ったことか! そんなもの、人間を使い捨てにしていい理由にはならない!」
苛立ちと共に吐き捨てて鋭く睨みつける。が、カエナはそんな雄也の様子に対して失望したと言わんばかりに肩を竦めるだけだった。
『そう……貴方も結局大局的なものの見方ができない愚民の一人でしかないのね』
そして、深く嘆息しながら首を横に振って言うカエナ。
「その見下した態度。いよいよ以て、あの男と同じだな」
そんな彼女の態度に雄也は口の中で忌々しく独り言ち、それから改めて口を開いた。
「そもそも何故、こんな真似をする? 一体何の必要性がある?」
『知れたこと。進化を、進歩を求める探究心こそ人間を人間たらしめるものだからよ。それを失った者は人間ではなく人形に過ぎないわ。……と言っても、貴方達のような劣等には分からないでしょうけど。真に理解してくれるのは、それこそ彼ぐらいのものだわ』
心酔するように彼と口にするカエナ。
考え方もまた同じ。
彼とは間違いなくドクター・ワイルドのことだ。
完全なる彼の信奉者というところか。
「そのためなら誰かの命を、自由を犠牲にしてもいいってのか」
『科学の進歩にはつきものでしょう? そんなものは』
確かに、そうした側面が全くないとは言えない。
歴史上、人体実験などそこかしこに事例がある。
しかし、最初からそれを前提に計画を立てることと、不可避的に実行されることは全く違う。いずれにせよ、今正に誰かの自由を奪って行われるそれを見逃す訳にはいかない。
たとえ、そのために科学技術が停滞して未来の誰かが泣くことになろうとも。
人間自らの手で人間の自由を奪うことだけは絶対に許さない。
それこそ雄也が自らに定めた特撮ヒーローもどきとしての道。故に――。
「……いいだろう。その言動を以って、貴様を人類の自由の敵と認識する」
雄也は彼女に人差し指を真っ直ぐに向けながら言い、それから静かに構えを取った。
『やはり愚か者には何を言っても無駄なのね。多少なり知恵を持つのなら賛同してくれるかと思ったのだけど。でも、いいわ』
カエナは雄也の宣言を嘲笑い、虚ろなメルの首輪に触れながら続ける。
『そんな貴方も人類の進歩の礎として上げる。感謝することね』
そして押しつけがましい言葉と共に、科学者によく見られる自己顕示欲を満たすための時間は終わりだとでも告げるように、僅かな魔力の揺らぎが発生した。
『解剖する前に、まずは戦闘データから取るとしましょうか。さあ、メル』
『あ……うああああああああっ!!』
さらにカエナが名前を呼んだ瞬間、メルが突然大きく目を見開いて叫び声を上げた。
明らかにまともな精神状態とは見えないのに〈テレパス〉を使用しているのは、あるいは首輪にそうした機能があるからなのかもしれない。
『う、うう、あ……』
絶叫を終えた彼女は酷く怯えた表情をしながらも、同時にそれを遥かに上回る強い怒りを瞳に湛えてこちらを睨みつけてきていた。
『よくも、よくもクリアちゃんを。どうして……わたし達は人間なのに!!』
「『メル、何を言ってるんだ!?』」
脈絡のない言葉を発する彼女に〈テレパス〉を重ねて問いかける。
『許さない! 許さない許さない許さないっ!』
しかし、彼女は熱に浮かされたように、雄也には見えない敵を憎むように顔を歪める。
「これは……精神干渉か」
そんなメルの様子に胸を痛めながら眉をひそめて自問気味に呟くと、耳に届いたのかカエナは正解だと言わんばかりに歪んだ笑みを浮かべた。
メルの言葉から推測するに、雄也が駆けつける直前のような状況にあるクリアを幻として見せつけ、それによって抱いた感情に縛りつけているのだろう。
「本当に、どこまでもっ!」
どこまでも人間の自由を、意思を穢してくれるものだ。己の欲望、願望などのために。
あまつさえ自分の娘にさえこの仕打ち。
これまでの言動から既に重々理解していたが、悪い意味で、いくら言葉を尽くしても彼女がぶれるということは決してないに違いない。
ならば、こちらも己の信念に従って、なすべきことをなす以外にない。
『さあ、思う存分戦い合いなさい』
そして、カエナの言葉を合図に結合超越人が動き出す。
『う、ああああああああ! よくも、よくもよくも!!』
その核たる役目を持つメルは未だ幻想の中の敵と雄也とを混同し、敵意を撒き散らしているままだ。彼女のそうした姿は余りに痛々しい。
(必ず、助けてやるからな)
だから、雄也はそんなメルを救い出す術を頭の中で必死に組み立てながら構えに力を込め、迫り来る巨大な異形と相対したのだった。
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