【初稿版】特オタ~特撮ヒーローズオルタネイト~

青空顎門

第十一話 姉妹 ③双子のいる夏の朝

 一日の最初に見るものは自室の天井などではなく、アイリスの愛らしい顔。それは夏休みに入っても変わることはない。
 何度か寝惚けて急に体を起こしたことがあったが、そこは彼女の素晴らしい反射神経で衝突することは免れていた。
 その辺は分別があると見るべきか、そういう形での色々は本意でないと見るべきか。

(まさか、もう済ませた後ってことはないと思うけど…………ないよな?)

 そこは今一信用できないが、信用するしかない。
 もっとも、相手がアイリスならある程度のことは容認できるが。

【おはよう、ユウヤ】
「おはよう、アイリス」

 いつも通り挨拶を交わし合い、起き上がる。

【ティアとプルトナをお願い】

 一つ柔らかく微笑んでからアイリスはそう文字を作り、部屋を出ていく。
 フォーティアを起こすのは、既に完全に雄也の役割となっていた。のだが、三日前からさらに一名追加されていた。
 一緒に暮らすことになったプルトナだ。
 前回の事件で大きな被害を受け、復興の最中にある魔星サタナステリ王国。その第二王女として育ったが故か、彼女も中々に朝が弱いのだ。
 とは言え、フォーティアに比べれば全然問題ないレベルだが。

「ティア、入るぞ」

 無意味だと理解しつつも一応ノックをしてから、まずは難敵フォーティアの部屋に入る。

「〈ヒート〉〈ヒュミディファイ〉」

 そして、雄也は即座に最強の目覚まし技を使用した。
 ちょっと揺らしたぐらいでは起きないことは、経験則で重々承知している。
 なので、最近では初手からこうしているのだ。
 慣れのせいで、少々対応が雑になってしまっているかもしれない。

「う、んん」

 魔法の効果で高まった気温と湿度。
 その中で彼女は不快そうにしながら寝返りを打つ。
 かけ布団は部屋に入った段階で既に床に落ちていたため、その動きでキャミソールワンピースのスカートがはだけ、素足とスパッツが顕になった。
 スパッツだからと言う訳ではないが、目に毒だ。スパッツだからと言う訳ではないが。

「っ、だああああっ! もう!」

 その直後、耐え切れなくなったのか叫びを上げて体を一気に起こすフォーティア。

「毎度毎度――」
「〈デヒュミファイ〉〈クールブリーズ〉」

 文句を言おうとする彼女の言葉を遮るように、湿気を取り払って体を少し冷やしてやる。

「あ、う、だから、卑怯だって。もう」

 頭をガリガリとかきながら唇を尖らせるフォーティア。
 結局文句を言われているが、勢いは完全になくなっている。
 そういった感覚の落差を体験して尚、当初の意思を保ち続けるのは存外難しいものだ。

「ちゃんと起きろよ?」
「はいはい。分かってるって」

 そうして不満顔なフォーティアの部屋を後にして、今度はプルトナの部屋へ。
 元は雄也達の部屋と同じ形だったはずだが、彼女の私物で随分とファンシーな感じに様変わりしている。王女だからなのか、単なる彼女の趣味なのかは分からないが。
 王族の寝室という雰囲気だけは出ている。それにしては狭いが。
 そんな中でプルトナは、王族にあるまじき緩々の顔で眠っていた。
 長い抱き枕を抱え込み、かけ布団の上で横になっている。

(どういう寝相だよ)

 軽く首を捻りながらプルトナに近づき、雄也はその体に手を伸ばした。

「プルトナ、プルトナ、朝だぞ。起きろ」

 そして強めに揺すること数度。
 一瞬目が開きかけ、しかし、プルトナは目を閉じて澄まし顔を作った。
 これはどう見ても目覚めている。

「こらこら、寝たふりするなって」
「キスしてくれたら起きますわ」
「馬鹿なこと言ってないで、ほら、起きる」

 背中に手を差し入れて、無理矢理体を起こさせる。

「もう、乱暴ですわね」

 恥じらうように頬に手を当てながら、プルトナ自身も上半身を起こす。
 それから脇に抱き枕を置き、彼女は一つ大きく伸びをした。
 かなり緩ふわな感じの寝間着だが、両手を目一杯に上げたことで胸元の起伏が強調されている。チラチラとこちらを見ているところからして、完全にわざとだ。
 そんな彼女の姿に、雄也は呆れ気味に嘆息した。
 内心では結構意識させられているものの、戸惑いを表に出すことはない。
 酷い男女比のおかげ(せい?)で女性に対する経験値が急激に増え、正直そうしたスルースキルが上がり過ぎている感がある。

「早く着替えて食堂に来いよ?」
「もう。いけずですわ」

 不機嫌を装いながらもプルトナの口調は軽い。
 全てはアイリスにかけられたドクター・ワイルドの呪いを解いてから。
 彼女も雄也の意思を十分理解してくれている訳だ。尊重しているかは怪しいが。
 とにもかくにも、二人が起きた段階で朝の役目は終わり。
 雄也はプルトナの部屋を出て、食堂へと向かった。

「あ、おはようございます。ユウヤさん」

 その途中、クリアと遭遇して先に挨拶される。しっかりした子だ。

「おはよう、クリアちゃん」

 丁寧に頭を下げる彼女を微笑ましく思いながら、雄也は笑顔でそう返した。

「メルちゃんは今日も?」
「……はい。少し向きになってるみたいです」

 困ったように小さく息を吐くクリア。
 MPリングが配達されてきてから三日。その調査はうまく進んでいないようだ。
 そのせいか、メルは寝る間も惜しんで腕輪を調べているらしい。
 そんな頑なな様子は子供っぽい負けず嫌いと見ることもできるが、少し過剰な気がして違和感が大きい。何となく気になって内心で首を傾げる。
 クリアの方は一応休憩を取っているようだが……。

「ああなると私の言うことも聞いてくれないんです」

 姉をよく知る妹故の諦め、という感じにクリアは嘆息を重ねる。しかし、その表情には焦燥感のようなものが見え隠れしていた。
 ただ、それはメルの行動に関して、という感じではない。

(……もしかすると――)

 腕輪の分析が思うようにいかないことに、彼女も内心では焦っているのかもしれない。
 それでも表向き落ち着いた様子を見せようと努めている辺り、クリアはメルより精神的に大人と言える。いや、あるいは、彼女以上に性質の悪い頑固者のどちらかか。

(メルが意地になってるのも、負けず嫌いじゃなくてクリアと同じ理由なのかもな)

「全く困った姉さんです」

 クリアはやれやれと呆れたように首を横に振った。

「けど、さすがに食べないとまずいだろ? 呼んでこないと」
「はい」

 頷くクリアと一緒に、彼女達にあてがわれた部屋に向かう。
 中に入るとメルが眉間にしわを寄せ、唇を尖らせながら腕輪を弄っていた。
 彼女の周囲にはよく分からない装置がいくつも置かれている。分析機器だろうか。

「メルちゃん。朝御飯だよ」

 そう声をかけるが、反応はない。
 凄まじい集中力だ。

「クリアちゃん、今してる作業って邪魔すると危なかったりする?」
「えっ? えっと、大丈夫です、けど」
「じゃあ、ちょっと失礼して」

 クリアに保証されたので、雄也はメルの背後に立って彼女の両脇に手を差し入れた。

「ふええ!?」

 そのまま持ち上げると、メルは慌てたように声を上げて両手足をバタバタ動かした。

(元の世界なら完全に事案だな……)

 ゆっくりと床に下ろして立たせてやる。と、彼女はパッとこちらを振り返った。

「ユ、ユウヤさん!? もう! 何するんですかあ!?」

 プクーッと頬を膨らませて文句を言うメル。
 言動は割と無邪気な風の彼女だけに、少し遠慮がなくなってしまっているかもしれない。

「ユウヤさん、エッチです」

 隣のクリアからはジト目を向けられる。
 その反応はどこぞの界隈ではご褒美だが、だからと言って、さすがに彼女の方に直接こういう真似をするのは無理だ。

「ごめんごめん。それより、朝御飯だぞ」

 二人を宥めつつ、食堂の方へと視線をやる。

「でも……」

 それに対し、メルは未練がましく机の上に置かれた腕輪を見た。

「ほとんど寝てないんだろ? 徹夜は体に悪いぞ?」

 科学的根拠以上に元大学生として経験則からも言える。
 大学の無駄に長い夏休み。特撮ヒーロー番組アサルトブレイブの数シリーズ全話をぶっ通しで見ようとして、途中で力尽きて意識を失ってしまったのはいい(?)思い出だ。

(そう言えば新シリーズ、今どうなってんだろうなあ)

 ふと心の内に郷愁が湧き起こるが、それを表には出さないように表情を保つ。
 そうしながら、雄也は「ほら」とメルの背中を軽く押して彼女達の部屋を出た。
 そして三人で食堂に入ると、既にラディアは席に着いていた。

「おはよう、お前達」

 部屋着や寝間着ではなく理事長としての正装だ。

「「「おはようございます」」」

 挨拶のタイミングがピッタリ合い、メル達と声が重なる。
 それにラディアが頷くのを確認してから、それぞれ自分の席に座った。
 しばらくしてフォーティア達も食堂に集まり、アイリス以外全員が揃う。
 最後に彼女が台所から出てきて、手早く朝食を並べ始めた。

「手伝うよ、アイリス」
【大丈夫。座ってて】

 文字で制止され、浮かしかけた腰を下ろして待つことにする。

「それにしても……アイリスのメイド服姿、どうにも見慣れませんわ」

 料理を運ぶ彼女の姿を見て、プルトナが呆れ気味に息を吐く。

【ここで生活するなら慣れて】
「やめるという選択肢はないんですのね」
【ない】

 簡潔な文字を浮かべるアイリスに、フォーティアは諦めたように苦笑する。
 そんな彼女の反応を余所にアイリスはテキパキと動き、そして食卓に料理が出揃った。

「お、今日は白米に焼き魚。それに味噌汁か。龍星ドラカステリ王国風の朝御飯だね」

 目の前のそれを見て、フォーティアが機嫌よさそうに言う。
 今日の朝食は龍星ドラカステリ王国風と言うか、いわゆる和朝食だ。
 アイリスにお願いして、説明して、作って貰ったのだ。
 彼女の料理スキルは相当向上しており、今では亡きメルティナが残したレシピだけでなく色々な料理を作れるようになっていた。

【ユウヤ、どう?】

 食べ始めてしばらくしてから、アイリスが心配そうに問うてくる。

「うん。さすがアイリスだ。おいしいよ」

 雄也がそう言って笑いかけると、彼女は【よかった】と文字を作って安堵したように微笑み返してきた。愛らしい顔立ちが引き立つ、いい表情だ。
 そんな顔をされると、こちらも嬉しくなってくる。
 だから、雄也は少しの間、温かな気持ちと共に彼女と笑顔を交わし合った。

「何だか、夫婦みたいです」

 と、その様子を見ていたメルが当てられたとでも言いたげに、恥ずかしそうに笑う。

(いや、そんな風に言われると、むしろ俺の方が恥ずかしくなるんだけどな)

 雄也は誤魔化すように曖昧に苦笑しながら、メルから再度アイリスへと目を向けた。
 彼女ははにかむように頬を赤く染めながらも、どことなく喜んでいるように見える。

【メルちゃんはいい子。お昼は好きなもの作ってあげる】

 それから、そんな文字をメルに示すアイリス。

「あ、ありがとうございます! アイリスさん」

 それに対し、メルは子犬のように目をキラキラさせた。
 完全に餌づけされて、飼い馴らされつつある感じだ。
 微笑ましくも思うが、これまでの食生活が少々心配になる。

「むむむ。台所を制する者は家族を制する、って感じかね」
「成程……料理は重要なのですわね。これはワタクシも真面目に学ぶ必要がありますわ」

 メルの反応を見て、神妙に腕を組むフォーティアと納得するように二度頷くプルトナ。

「馬鹿なことを言っていないで、冷める前にさっさと食べてしまえ」
「はい、先生」「そうしますわ」

 ラディアに注意されると、二人は素直に食事に戻った。
 そんなこんなで全員朝食を終え、しばらく食休みしていると――。

「さて。私は仕事に行かねばならん。家のことはアイリス、任せたぞ」

 ラディアがそうアイリスに言いながら立ち上がる。
 そして、彼女はその場で〈テレポート〉を使用し、恐らく魔法学院へと転移していった。

「やっぱり夏休みでも理事長は忙しいんだな」
【それだけじゃないみたい】
「ん? どういうことだ?」
【何でも、ここ一週間で行方不明になる人が急激に増えてるとか】
「それは……」

 真っ先にドクター・ワイルドの仕業を疑う。
 だが、もし彼であれば、そもそも被害が簡単に明らかになるとも思えない。そう考えると、犯人は彼でないと見るべきだろうか。

「普通の犯罪なら騎士達の仕事だよ」
「……まあ、そうか。けど、ラディアさんに話が来てるのは――」
【魔法学院の生徒の中にも行方不明者が出てるって話だから】

 超越人イヴォルヴァー対策班関連ではなく、純粋な理事長としての仕事という訳か。

「まあ、ユウヤの力が必要なら何かしら連絡が来るでしょ。前までと違って、じーちゃんが相談役になってるから融通も利くだろうし」
「……そう、だな」

 フォーティアの言葉に頷く。今は意識に留めておくだけでいいだろう。
 その話は一先ず終わりにして、雄也はメルとクリアに視線を移した。

「さて、と。俺達は賞金稼ぎバウンティハンター協会に行ってくるけど、二人は今日はどうする?」
「わたしは腕輪の調査に戻ります」

 無邪気な感じで手を上げるメル。
 表面上は無理をしているようには見えない。が、それだけに、体の疲労のサインを完全に無視して突っ走ってしまいそうな危うさも感じる。

「姉さんが無理をしないように手伝います」

 姉の様子に呆れ気味に言うクリア。
 基本的に姉の意思を尊重するようなので、本気で諌めるようなことはギリギリまでしないだろう。
 言動から透けて見える焦りの件も気になる。

(うーん、大丈夫かな。この子ら)

 そんな二人の様子に心配が募る。
 特にあの腕輪はドクター・ワイルドが作り出したもののはず。そうとなれば、如何にラディアに認められた二人とは言え、解析はそう容易いものとは思えない。
 それこそ骨折り損となりかねない。

「ユウヤ、行きますわよ?」
「あ、ああ、うん」

 プルトナに促され、思考を打ち切ってフォーティアの傍に寄る。
 アイリスは午前中は家事優先だ。

「ほら、ユウヤ」

〈テレポート〉のために手を差し出すフォーティアを前に、雄也はもう一度メルとクリアを振り返った。その時には既に、彼女達は部屋に戻ろうとしていた。

「ユウヤ」

 急かすように名前を呼ばれ、視線を切ってフォーティアの手を取る。

「〈テレポート〉」

 そうして雄也は、彼女達と共にラディア宅から賞金稼ぎバウンティハンター協会へと転移したのだった。

(二人が無理しないように、少し何か考えた方がいいかもしれないな)

 そうメルとクリアのことを心配しながら。

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