【初稿版】特オタ~特撮ヒーローズオルタネイト~

青空顎門

第十話 復活 ③闘争の後に

 眼前に迫る漆黒の魔力弾。
 真魔人ハイサタナントロープスケレトスが放ったその一撃の威力は間違いなく雄也を屠り、それだけでなく後ろに控えるアイリスやプルトナの命までもを奪い尽くすだろう。
 そのような暴威を前にしてなす術もなく拳を握り締めた瞬間、雄也は自分自身がその手に何を持っているのか思い出した。

(これは……)

 そして、それが持つ可能性に思い至り――。

(っ! すまん、プルトナ)

 咄嗟に心の中で彼女に謝りつつ、それを腹部に押しつける。

《Now Absorbing……Complete. Current Value of Darkness 124.5581%》
《Change Satananthrope》《Twinshield Assault》

 電子音を待たずに身体を再構築し、そして、雄也は両手に備えた盾を眼前に構えて自ら闇色の魔力球へと突っ込んだ。二人の盾となるように。

「くっ、ぐ、あああああああああああっ!!」

 両手に装備した盾は一瞬にして砕け散り、全身がバラバラになりそうな程の強烈な痛みが体を駆け巡る。それを僅かばかりでも緩和させようと絶叫する。

「あああああ、がああああああああっ!!」

 魔力が肉体の内側を蹂躙し、筋肉や臓器を傷つけていくのをはっきりと体感しながらも全ての苦痛を無理矢理抑え込む。
 敵の攻撃の前からは逃げ出さない。

「あああ、う、ああああああっ!!」

 膝をつきそうになるのを必死に堪え、スケレトスの魔力に対抗するように自身の生命力と魔力を全力で循環させ続ける。
 客観的な時間にすれば恐らく数秒程度。しかし、主観的には果てしない責め苦に思える。
 それでも自分が何のために、誰のために体を張っているかを考え、雄也は踏み止まった。
 やがて体にかかる負荷は消え去り――。

「ほう。耐えたか」

 どこか称賛を含んだスケレトスの言葉が耳に届く。

「あ、く……」

 しかし、そこで雄也は限界を迎え、片膝と右手を床についてしまった。その僅かな動きだけで装甲が脆くもはがれ落ちていき、内部の肉体が露出する。

真魔人ハイサタナントロープ、だと?」

 それを見たスケレトスが声に驚愕を滲ませる。
 その言葉通り、雄也の視界に映る己の姿は魔人サタナントロープの進化形、真魔人ハイサタナントロープたるスケレトスに似たもの。闇を纏ったが如き異形となっていた。

《Change Anthrope》《Armor Release》

 一瞬遅れて電子音が鳴ると共に装甲が完全に消滅し、通常の姿に戻る。

「単なる基人アントロープから真魔人ハイサタナントロープに変化していたのか?」
『これぞ吾輩の研究の成果である』

 さらに驚きを重ねるスケレトスに、ドクター・ワイルドが自慢げな顔を作る。

『可逆的な進化を可能とし、その者が持てる可能性を含んだ全ての力を引き出すことができる装置。MaximizePotentialシステム』

 彼は視線をこちらに向けると満足気に嗤った。

『咄嗟にスケレトスと同じ魔人サタナントロープとなることで、闇属性魔力に対する耐性を高めた訳であるな。…………魔人王テュシウスの魔力吸石を用いて』

 そして口角を上げ、最後の部分をわざとらしくつけ加えるドクター・ワイルド。

『よくぞ気づいた。その力は第二ステージクリアの報酬である』
「き……さ、ま」

 闘争ゲームの犠牲など何もなかったかの如く軽く告げる怨敵を睨み、絞り出すように声を発する。それは掠れに掠れ、己の中に力が残されていないことを示しているかのようだった。
 しかし、敵前で弱った姿を見せるのは全くの愚行だ。

「ぐ、く、う」

 だから、雄也は歯を食い縛り、限界を超えて全身の力を振り絞った。そして、もう一度何とか立ち上がって二人の敵対者と対峙する。

『おおっと、今日はもうお開きである。吾輩も十分楽しんだ。そこな小娘の醜態など特になあ! フゥウーハハハハハッ!!』

 馬鹿にするような言葉と共に哄笑するドクター・ワイルド。
 そんな態度を取る彼の姿に、スケレトスが顔だけを彼へと向けた。仕草と闇色の靄の揺れから、どことなく苛立ちのような感情が感じられる。
 スケレトスはそれを抑えるように一つ息を吐くと、再びこちらを見た。

「多少は力を持つようだが、まだ弱いな。しかし、道具としての価値は認めよう」

 彼はそう告げると、雄也達に背中を晒して肩越しに振り向いた。

「精々励め。人形共」

 その言葉を最後に、スケレトスは「テレポート」を発動させて姿を消す。

『では、次の闘争ゲームまで、さらばである』

 次いでドクター・ワイルドの虚像もまた消滅し、謁見の間に完全な静寂が訪れた。
 直後、空気が軽くなったような感覚を抱く。錯覚ではない。

(これは……結界が消えた、のか? 本当に終わったみたいだな)

 今度こそ全身から力が抜け、雄也は両膝をつき、そのまま顔面から床に倒れ込みそうになった。が、後ろから誰かに抱き止められ、床に転がることは免れる。

「わ、悪い……アイリス」

 視界に映った手と、触れた面積の小ささから彼女だとすぐに分かる。
 無詠唱で回復魔法をかけてくれているのか、多少体が楽になった。

【構わない。それより】

 自分がそうするのは当たり前のことだと示すように簡潔に文字を作りながら、アイリスは促すように蹲るプルトナへと目線を向けた。
 己の根幹を揺るがされた彼女は、先程の攻防に気づいてもいなかったようだ。

「お父様……ワタクシ……」

 頼りなく呟くプルトナ。
 どれだけ精神的に追い詰められているかが、その姿から見て取れる。

「……プルトナ」

 アイリスに肩を借りて彼女の前に立ち、その名を呼ぶ。
 しかし、プルトナは反応を見せない。耳を塞いでいるのだから当然だ。

「アイリス」

 雄也は視線で意思を伝え、彼女の助けを借りてプルトナの前に跪いた。そして、彼女の肩に左手をかけて体を起させる。

「プルトナ」

 もう一度言葉を投げかけても、やはり反応がない。
 意識が内側に向かい、閉じ込められてしまっているせいで言葉が届かないのだ。
 雄也は目を閉じて一つ深く息を吐いた。

(こういう場合の対処法は……)

 オタク知識を参照し、目を開いて右の掌を見る。
 それから奥歯を噛み締めて躊躇を呑み込み、雄也はプルトナの頬を張った。
 外的な痛みによって意識を外に向けさせるために。

「ユ……ユウ、ヤ?」

 果たして彼女は顔をこちらに向けた。虚ろだったその目の焦点が合う。

「プルトナは何も悪くない。プルトナが魔人王テュシウスを殺した訳じゃない」
「何、を……」
「魔人王を殺したのは俺の力だ。自分を責めるな。俺を恨め」

 そもそも最初から彼の運命は決まっていた。真超越人ハイイヴォルヴァーに選ばれた瞬間から。

「魔人王の死にプルトナの選択は影響しない」

 敢えて冷たく言い放ち、プルトナの目を真っ直ぐに見据える。
 彼女は気圧されたように俯いた。少しの間、思考を巡らすように視線を揺らし、それから首を左右に振って怯まずに見詰め返してきた。
 どうやら多少なり自分を取り戻すことができたようだ。

「たとえ……たとえそうだとしても、あの選択は……ワタクシのものですわ」
「そうまでして自分を追い詰める必要は――」
「それを言うなら、ユウヤもそうでしょうに。俺を恨めだなんて」

 雄也は微妙に目線を逸らした。
 冷静に考えると、少し気障ったらしかったかもしれない。

「選択には、責任が伴うものです。今は……今はまだ受け止め切れませんが、結果を、その罪を背負わなければ、それこそお父様に顔向けできませんわ」

 精一杯の虚勢を張るように目を潤ませながら告げるプルトナ。その口調は湿り、内心の乱れに乱れた感情が滲み出ている。

【二人が罪悪感を抱く必要なんてない。それこそ考え過ぎ】

 そこへ雄也の体を支えたままアイリスが文字を割り込ませてきた。

【そもそも一番悪いのはドクター・ワイルドのはず】

 彼女はどこか不満げに雄也達を交互に睨む。

【二人は悪くない】
「アイリス…………それでも、ワタクシは……」

 プルトナは僅かに視線を下げ、それから本当に微かな笑みと共に顔を上げた。

「ですが――」

 そして、彼女は雄也とアイリスを抱き締めてきた。

「感謝しますわ。そうやって慰めて下さるお二人が今、ここにいてくれることに」

 涙声で言い、目元をアイリスの服に埋めるプルトナ。
 雄也はそんな彼女をアイリス共々抱き締め返して口を開いた。

「……帰ろう、七星ヘプタステリ王国に。きっと皆、心配してる」

 プルトナは顔をアイリスの肩に押しつけたまま頷いた。
 しかし、すぐにとは行かず、少しの間そのままの体勢で彼女が落ち着くのを待つ。

「申し訳ありません。では……帰りましょう」

 軽く鼻を啜りながら、体を離すプルトナ。目は赤いが、もう涙はない。

「〈テレポート〉」

 そうして雄也達は彼女の魔法で七星ヘプタステリ王国に戻ったのだった。

    ***

「久し振り、なんだろうな。お前にとっては」

 合流した真魔人ハイサタナントロープスケレトスは苦笑気味に言った。その声色は魔星サタナステリ王国王城謁見の間に現れた時とは打って変わって親しげだった。

「正直、俺にとっては一眠りして起きたみたいな感覚なんだが」
「しかし、お前が封印されてから確かに千年の時が経っている」

 肩を竦める彼に対し、ワイルドは本来の口調で告げた。

「千年か……不思議なもんだ。お前も随分と変わったみたいだな、――」
「今はワイルド・エクステンドと名乗っている。その名では呼ばないでくれ」

 口の形から己の名を呼ぼうとしていることを察知し、先回りして頼む。

「それはウェーラを救えなかった愚か者の名だ」
「……そうか。ウェーラは逝ったか。しかし、お前も難儀な奴だ」

 どこか呆れたようにスケレトスは言い、それから彼は辺りを見回した。

「もう、かつての時代ではないんだな」

 納得したように頷きながらも、どこか寂しげに呟くスケレトス。

「結論は正しいが、認識に誤りがあるな」

 ワイルドは彼の視線を一通り辿ってから首を左右に振った。
 場所は悪の組織として大々的に結成を宣言したエクセリクシスの拠点。
 ワイルドの隠れ家の一つであり、その部屋にはこの世界アリュシーダの世界観にそぐわない無機的な装置が配置されている。正に悪の秘密基地とでも言うべき様相だった。

「どういうことだ?」

 確認するように、それらにもう一度目を向けてからスケレトスが問う。
 やはり彼はそれらを物証として先の結論を導き出したようだが、その全ては物証には適さないものばかりだ。
 どれもこれも、この世界アリュシーダにとっては異物とでも言うべきものなのだから。

「進化の因子を失った人形共は、文明を維持することはできても、発展させることはできない。千年経とうとも技術の進歩など何一つありはしない。まあ、ここ最近は奴の目をかい潜れる程度の発展を俺が施してやったがな」
「……そうか。誰もが変わらず安穏と平和を享受していた訳だな。その正体も知らずに」
「そういうことだ。故に、俺達が正さなければならない。世界を……全てを」

 ワイルドの言葉をスケレトスは神妙に受け止め、深く頷いた。
 それから少し間を置き、彼は表情を曖昧に崩して再び口を開いた。

「ところで、言われるがままに演じてみたが、あんな感じでよかったのか?」
「ああ、問題ない。十分だ。役者の才能があるんじゃないか? スケレトス」
「何、奴らの真似をしただけだ。……全く何の経験が役に立つか分からないな」
「奴ら、か。素直に懐かしめる類の連中ではないが……理念も目的も大いに違えど、まさか似たような真似をすることになるとは思わなかったな」
「違いない」

 スケレトスの微苦笑に釣られ、ワイルドもまた似たような笑みを浮かべた。

「それにしても、随分と綱渡りだったんじゃないか? 言われた通りに攻撃したが、あの魔力吸石に気づかなかったら、奴は確実に死んでいたぞ?」
「その時はその時。やり直すだけのことだ」
「いや、もっと確実性をだな……」

 苦言を呈しようとするスケレトスに話を聞き流す体勢に入ると、彼は呆れたように深く嘆息し、一際真剣な表情と共に再び口を開いた。
 そのような顔をされては、さすがに耳を傾けざるを得ない。

「……今更だが、全てを明らかにして協力を求めるべきじゃないか?」
「人形如き足手纏いになるだけだ。それどころか、逆に俺達の致命傷となりかねない。分かっているだろう?」
「それは……そうだがな」

 自らの経験を以って神妙に頷くスケレトス。しかし、彼の表情からは、納得し切るには至っていないような複雑な感情が見て取れる。

「いくら人形に成り果てていたとしても、自分の血族があそこまで追い詰められているのを見るのは、な。気分がいいものじゃない」
「妥協しろ。進化の種を芽吹かせる最も効率的な肥料は激情だ」

 とは言え、これもまたある種の妥協かもしれないが。
 必要に迫られなければ成長を求めないのは怠慢というものだ。

「それに、実った果実は収穫しなければならない。お前自身の手でな。人形相手の詰まらない感傷など偽善にも劣るぞ」
「……分かっている。その時が来れば躊躇わないさ」

 その言葉が偽りでないことは、ワイルドもまた己の経験から分かっていた。
 そうでなければ彼は英雄や魔王などとは呼ばれていない。

「それで? まずはあいつらを復活させるのか?」
「いや、それではバランスが悪い。闘争ゲームの公平性を保つ仕かけをなさねばならない。ある程度拮抗していなければ、成長の余地もなく潰えるだけだからな。一手間違えれば死ぬ程度に調整する必要がある」
「しかし、それで死んだらそれまで、か」
「死線を潜り抜けられる実力も、機転も意思も運もないような者は必要ないからな」

 危難を乗り越えた先にしか、真なる進化は訪れない。
 目の前の男がそうして英雄と呼ばれるに至ったように。

「それに、先にこれの調整を済ませなければならないからな。しばらくの間は」

 ワイルドはつけ加えるように言い、対象を目で示した。

「これ?」

 スケレトスの問いを合図に、彼の視線の先がライトアップされる。
 光の中に浮かび上がったのは、人が入れそうな大きさのカプセルと、透明な液に満たされたその中に揺蕩う存在だった。

「これは……」

 一目で人間の女性だと分かるが、しかし、明らかに体のパーツが足りていない。
 それを見て、スケレトスは不快げに眉をひそめた。

「悪趣味だな」
「少しばかり八つ当たりをしてしまっただけだ」

 その存在の正体は、四肢を切り落とされたルキアだった。
 人格を砕かれたことを示すように虚ろな表情をしており、目の焦点が合っていない。

「いくら人形とは言え、ここまでするとは……。千年。本当に変わってしまったみたいだな、ワイルド・エクステンド」
「生きていれば人は変わる。当たり前のことだ。だが、その当たり前が今の世界にはない」
「同族をこうまでされては間違いなくビブロスが激昂する。言い訳をする前に殺されかねないぞ」
「ああ。だから、奴を復活させる前に済ませておきたいんだ」

 ワイルドの簡潔な言葉に、スケレトスは仇敵と対峙したかのようにワイルドを厳しく睨んだ。殺気の如き威圧感を湛えて。

「必要以上に恨みを買う行為は慎め。でないと、ことがなった後に後悔することになる」
「その果てに自由な世界があるのなら、構わないさ」

 ワイルドは真っ直ぐに彼を見据え返し、さらに言葉を続けた。

「そのためになした行為の代償は、全て受け止める。もっとも、抵抗はするがな」

 そんなワイルドにスケレトスは呆れたように深く溜息をついた。

「……前言撤回だ。根本のとこじゃ変わっていないよ、お前は。それだけに痛ましい」

 それから彼は憐れむように視線を下げる。

「それでも手を貸してくれるか? スケレトス」
「言われるまでもない。奴を滅ぼさなければ、俺達の決着もつけられん」

 そして彼は、心の痛みを振り切るように強い意思を瞳に宿して拳を突き出してくる。
 ワイルドはそんな彼に対し、同じように拳を掲げ――。

「世界に闘争を取り戻すために」
「人類の自由のために」

 二人は互いの拳をぶつけ合ったのだった。

    ***

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