【初稿版】特オタ~特撮ヒーローズオルタネイト~

青空顎門

第六話 予兆 ③転校生は王女様

「では、プルトナさんの席は……」
「先生。できれば旧知の友人であるアイリスの傍の席がいいのですけれど」

 こちらの方に視線を向けながら希望を口にするプルトナ。
 案の定と言うべきか、面倒ごとに巻き込まれそうな予感をヒシヒシと感じる。

「そうですね。では――」

 プルトナの意見を加味し、担任の指示で軽く席替えが行われる。
 増えていた席は廊下側の一番後ろ。ポツンと一席だけ飛び出ている。そこにイクティナの隣の席の女子生徒が移動し、アイリスの席にプルトナが来て雄也達は一つずつずれる。

「お久し振りですわね、アイリス」
【久し振り】

 素っ気なくプルトナに無表情を向けながら文字を雑に作るアイリス。それを見て、プルトナは痛ましいものを見るように悲しげな表情を浮かべた。

「……お昼休みに少しお話をしましょう」

 そして、彼女はそうとだけ告げると席に着いて前を向いた。アイリスが呪いを受けて今の状態にあることを既に知っているかのような態度だ。

(王女なら、それぐらい掴んでて当然か? いや、さすがに王女が知ってるのは微妙だな。アイリスに執着する余程の理由があるのか……あるいは、もっと別の目的がありそうだ)

 どちらにしても面倒ごとフラグがさらに強固になるような推測が脳裏に浮かび、雄也は二人の姿を横目で見ながら小さく溜息をついた。
 そうして時は進んで昼休み。
 あれだけ興味を持っていた風だったクラスメイト達は、しかし、相手が王女であることに物怖じしてか今に至るまで遠巻きにプルトナを見ているだけだった。

「アイリス、場所を変えましょうか」

 プルトナは周りの視線を気にするように、少し声を抑えながらアイリスに言った。
 対するアイリスは面倒臭そうに、助けを求めるようにこちらを見詰めてくる。

【ユウヤ、ついてきて】
「あ、ああ、うん」

 雄也は僅かに逡巡しながらも了解した。あからさまな面倒ごとフラグではあっても、さすがにそれを回避するためにアイリスを見捨てることはできない。

「アイリス。これは内密な話なのですけれど」
【ユウヤと一緒じゃないなら行かない】

 プイッと顔を背けるアイリス。鬱陶しそうにしながらも遠慮がない態度を見る限り、プルトナとは意外と近しい関係にあるようだ。

「……ユウヤ・ロクマ。確か異世界人でしたわね。失礼ですが、アナタ、アイリスとはどのような関係ですの?」

 と、プルトナからアイリス越しに訝しげな視線を向けられる。

(この言い方、アイリスが今どこに住んでるかまでは知らないっぽいな。ってことは、アイリスの呪いに関する情報は、あくまでも本命から副次的に得たものか?)

 雄也は彼女の問いに引っかかりを覚え、心の中で首を傾げた。そのせいで返答が僅かに遅れてしまう。
 すると、代わりにアイリスが何故か微かに頬を赤らめつつ、プルトナの目線の前に文字を浮かべ始めた。

【つがい?】
「なっ!?」

 その内容にプルトナが絶句する。

「こらこらこらこら、まだそうじゃないだろ!」

 考察を強制的に中断させられ、思わず強めに突っ込む。

「まだ!? つまり、その前の段階にはあるということですの!?」

 と、雄也の言葉に大きく反応して睨みつけてくるプルトナ。その大声にクラスメイト達の注目が尚のこと集まってしまった。

「くっ、分かりましたわ。ユウヤさんも行きましょう」

 教室全体からの視線に軽く怯んだ様子のプルトナは、渋々という感じで了承した。

【イーナも一緒】
「ふえ!? わ、私もですか?」

 珍妙な声を出すと共に、小動物のように身を縮こまらせるイクティナ。まさか自分まで巻き込まれるとは思っていなかったのだろう。
 早く食堂に逃げればよかったのに。

「イーナ? ……イクティナ・ハプハサード・ハーレキン?」
「ひゃい!? しょ、しょうでしゅけど」

 王女にフルネームで呼ばれ、噛み噛みになるイクティナ。
 そんな彼女を見据えながら、プルトナは何ごとか考え込む仕草をした。

「……まあ、いいでしょう。では、行きますわよ」

 プルトナが立ち上がり、仕方なくという感じでアイリスも席を離れる。

(イーナはいいのかよ。ってか、何故イーナの名前まで知ってる)

 首を傾げながらイクティナに視線を向ける。と、丁度彼女と目が合った。思わず互いに溜息をつく。それから、雄也達はプルトナ達の後に続いて教室を出たのだった。
 そして場所は移って王立魔法学院の空き教室。予備の机や椅子などが詰め込まれた物置のような部屋なので、昼休みに態々ここを訪れる者はいないだろう。
 先頭を切って中に入ったプルトナが、堂々とした態度で振り返って口を開く。が――。

「さて、アイリス……って、何をしているんですの!?」

 彼女はアイリスの行動を見て、凛とした顔を崩して叫んだ。

【昼休みにすることは一つ】

 当のアイリスは適当に文字を出して机を移動させている。そして、二つの机を横にくっつけて、こちらを向いて文字を差し出してきた。

【ユウヤ、〈アトラクト〉でお弁当を】
「ア、アナタねえ!! いい加減にしなさいな!! いつもいつもワタクシの話を適当に聞き流して!!」

 マイペース過ぎるアイリスにプルトナが目を吊り上げる。

【からかって遊ばないとプルトナの相手はしてられない】
「ムッキーッ!! 妹分の分際で何を言ってるんですの!!」

(お、おおっ!? す、凄いな。ムッキーとか言って怒りだしたぞ!? まさかリアルにそんな反応をする人がいるとは……まあ、翻訳魔法のせいだろうけど)

 何と言うか、翻訳魔法の精度が心配になってくる。そもそも無駄にお嬢様ですわ口調だし。
 翻訳に王女様補正でもかかっているのだろうか。

【すぐに姉風を吹かせる。同い年なのに。昔からそこがウザい】
「ワタクシの方が早く生まれたのですから問題ないでしょう!? 体つきだってワタクシの方が遥かに大人ですわ!」

 その巨乳を強調するように胸を張るプルトナ。確かにアイリスと同じ十五歳とは思えない体つきなのは分かるが、もはや自己紹介の時に見せた威厳はどこにもない。

【下品な贅肉を自慢しても仕方がない】

 対するアイリスは親の敵を前にしたようにプルトナを厳しく睨みつけた。

「オーッホッホッホッホ! 貧乳の僻みは見苦しいですわね!」

(今度はお嬢様笑いかよ。ってか、こっちが素のキャラか?)

 最初に感じた如何にも王女様な印象は完全に崩れ去ってしまった。
 正直お嬢様《ですわ》口調だとネタキャラにしか見えない偏見。とても残念な気持ちになる。

「ユウヤさぁん……」

 そんな二人の脇で、イクティナがか細い声と共に助けを求めるように上目遣いを向けてきた。気持ちはよく分かる。これでは単に二人で旧交を温めているだけだ。
 雄也は居心地が悪そうな彼女に一つ頷き、争う二人に一歩近づいて口を開いた。

「あのお。プルトナさん? その、本題を、ですね……」
「へ? あ、ああ、そ、そうでしたわね」

 プルトナはコホンと色々と誤魔化すように咳払いをした。が、みっともない姿を晒したことへの羞恥によってか顔が仄かに赤い。意外と可愛らしいところもあるようだ。

「話を始める前に一つ魔法を使わせて下さいな」

 そうして仕切り直すように告げる彼女。

「は、はい? えっと、どんな魔法です?」

 話の繋がりが理解できず、雄也はそう問いかけた。

「〈ディテクトマインド〉という闇属性の魔法ですわ」

 アイリスでは話が進まないと思ってか、プルトナはこちらを向いて答えた。

「〈ディテクトマインド〉?」
「えっと、確か、精神干渉系の魔法がかけられてるかどうか判別する魔法ですよね?」

 イクティナの確認にプルトナは首を縦に振る。

「ええ。害はありませんわ」

 その言葉の真偽を確認するようにアイリスを見る。と、彼女は静かに頷いた。

(大丈夫そうか)

「じゃあ……どうぞ」
「……随分とアイリスのことを信頼してらっしゃるようですわね」

 そんな雄也達の様子を見ていたプルトナは、静かに呟いて訝るようなジト目を向けてきた。それから表情を引き締め直してこちらに近づいてくる。

「では、失礼して。〈ディテクトマインド〉」

 彼女が雄也の手に触れた瞬間、魔法が発動した。直後、闇属性の魔力が一瞬だけ全身を駆け抜けていく。魔力の放出の仕方をアイリスから教わった時のような感覚だ。
 続けてアイリス達にも同様に魔法をかけたプルトナは、満足したように頷いた。

「三人共精神干渉を受けてないようですわね。思った通りですわ」
「いや、そんなもの、受けてないのが普通でしょうに」
「いいえ。実は何人かのクラスメイトに気取られないように〈ディテクトマインド〉をかけてみたのですが、全員精神干渉を受けていましたの。にもかかわらず、この場にいる貴方達にはそれがないのですわ」

 プルトナはそこで一旦言葉を切り、さらに続ける。

「勿論、クラスメイト全員に魔法を使用した訳ではないので断言はできませんが、さすがに無視できない偏りでしょう」

 その話を聞き、雄也の脳裏にはほくそ笑むドクター・ワイルドの姿が浮かんだ。
 争いの中で進化を導き出す。そんな彼の目的を果たすための駒たる超越人イヴォルヴァー
 ドクター・ワイルドは彼らの素体となる人間を拉致する中で、ことが発覚しないように精神干渉を行っていたと聞く。
 あるいはクラスメイト達も、彼にとって都合のいい行動を取るように無意識の部分で選択にバイアスがかけられているのかもしれない。

(……なら、アイリスやイクティナは俺と同じ特殊な駒扱いってことか?)

 あくまでも憶測だ。しかし、その程度のことは簡単にやりかねない相手が敵であることだけは、肝に銘じておくべきだろう。
 今は流れに乗らざるを得ないにしても、いつか全てを覆すために爪を研ぐ必要がある。
 そう雄也が思考を逸らしている間にも、プルトナの話は続いていた。

「何にせよ、貴方達が他の生徒よりもオルタネイトに近い位置にいることは確かですわ」
「……ん? ……えっと……何に近い位置にいるって?」

 上の空でもハッキリと聞こえてはいた。が、悪足掻き気味に問い返す。

「ですから、オルタネイトですわ」

 きっぱりと繰り返され、雄也は思わず閉口してしまった。
 その代わりにイクティナが口を開く。

「ええっと、確かに私達は何度か助けられましたけど、その、何も知りませんよ?」

 プルトナはイクティナの言葉に、我が意を得たりとばかりに頷いた。

「やはり覚えているようですわね。クラスメイトの方々は、オルタネイトに助けられた事実そのものを忘れ去っていたようでしたのに」
「なっ!? そんな、嘘だろ?」

 告げられた事実に驚愕し、思わず丁寧語も忘れて問い返す。
 超越人イヴォルヴァーによる学院襲撃の翌日、確かにラディアから顛末を説明されたはずだが……。

「いいえ、本当のことですわ。と言うか、気づきませんでしたの?」
「う、いや、そ、それは……」

 アイリス達と顔を見合わせて口を噤む。少々きまりが悪い。
 異世界に召喚されて以来、余りにも色々なことがあり過ぎて、積極的に同級生達と会話する機会を作ってこなかった。
 話をしても連絡事項の伝達程度で、殊更オルタネイトの話題を出す必然性もなかった。
 友達のいなかったアイリス達も似たようなものだ。
 なので、三人共今の今まで全く気がつかなかったようだ。

「クラスメイトだけではありませんわよ? 街の人達も直接の被害者は強く、無関係な人であっても僅かながら精神干渉を受けているそうですわ。彼らの場合は一種の精神安定も含まれているようですが」

 つけ加えられた言葉に尚のこと絶句する。
 元の世界で言うなら殺人鬼が数日置きに現れるような状況にもかかわらず、平静を保っている姿には確かに違和感があった。この世界の人は随分呑気だなと思ったりもした。
 しかし、ここまで大規模にマインドコントロール染みたことが行われているとは思いもしなかった。その事実に気づいたからと言って何ができる訳でもないが、正直気持ちが悪い。まあ、もっとも――。

(……元の世界でも大衆は色々と扇動されてた気がするけどな。メディアに)

 よくよく考えてみれば、構造的には然したる違いはないのかもしれない。そこに思い至ってしまい、何とも微妙な気持ちになる。
 軽く気持ちを沈ませた雄也を余所に、プルトナは声に無駄な力を込めて再び口を開いた。

「これは恐らく、オルタネイトの存在を他国から隠すために七星ヘプタステリ王国が行っていることに違いありませんわ!!」
「…………は、はい?」

(どうしてそうなった?)

 突然展開された謎の陰謀論に、シリアスな気持ちが一気に薄れる。
 とは言え、よくよく考えてみれば彼女の理屈も分からなくはない。
 超越人イヴォルヴァーの事件に関しては周知の事実にもかかわらず、その事件を解決したとされているのは超越人イヴォルヴァー対策班。実際、そうした多少の情報操作は行われているのだから、精神干渉の犯人も同じだと思っても不思議ではない。
 だが、それはそれとして何故「他国から隠す」になるのかが分からない。

七星ヘプタステリ王国がそんなことをする意味がどこに?」
 そう尋ねると、彼女はその質問を待っていたと言わんばかりの得意顔で口を開いた。
「きっとオルタネイトの子種を七星ヘプタステリ王国で独占しようとしているのですわ!!」
「は、はあ!?」「ふえ!? は、はわわ、こ、子種……」

 雄也は口をあんぐり開け、イクティナは顔を真っ赤にして泡を食っ
ている。
 シリアスな空気どこ行った。帰ってこい。
 思わず頭を抱える。

【プルトナはやっぱりプルトナだった】

 そんな中、腕を組んでうんうんと二度頷くアイリス。
 このどこか抜けている感じが彼女の平常運転だとでも言うのか。

「な、何でそうなる!?」

 つい強めに突っ込む。不敬もいいところだが、彼女は気にしていないようだ。

「強き者の血を残すことは生物として当然のことでしょう? 人口が一定である以上、弱者にパイを分ける意味はありませんし。国としても強者を確保しておきたいはずですわ」

(……そう言えば、この世界アリュシーダは女神の祝福とやらで人口と種族比がほぼ固定なんだっけ)

 人口は一億。種族比は基人《アントロープ》が一、その他が三六種族は均等。誤差は一%以内。
 この影響によってか、プルトナが告げた考え方は一般的だ。
 加えて一夫多妻が可能だったり、王族が結婚した際には該当種族の子作りがしばらく禁止される布告が出たりもする。ちなみに今は妖精人テオトロープがその期間にあるそうだ。
 余談だが、子供は親の種族のどちらかになり、いわゆるハーフは存在しないらしい。

「ま、まあ、その辺は分かりましたけど……」

 意識的に丁寧語に戻して平静を装う。

「それだと俺達が精神干渉を受けてないのはおかしいと思うんですけど?」
「いいえ。どこもおかしくはありませんわ。まず――」

 プルトナは推理を披露する探偵の如く、勿体ぶるように間を取ってから続けた。
 少しイラッとくる。

「イクティナさんは純粋に魔力が高過ぎて精神干渉に失敗したのでしょう」

 基本的に物理的な攻撃に対する防御力は生命力に比例するが、精神攻撃に対するそれは生命力と魔力の両方(主に魔力)に依存するのだそうだ。〈ディテクトマインド〉のように相手に魔力を流し込んだ上で、さらに相手の生命力と魔力を直接弄る必要があるからだとか。
 成程、馬鹿魔力のイクティナに魔力を通して精神を操作するのは極めて困難だろう。

「喜んでいいのか分かりません……」

 傍でイクティナが複雑そうに呟くが、一先ずこれは黙殺される。

「アイリスの場合は、序列的には下位も下位とは言え獣星テリアステリ王国の姫ですから、精神干渉などすれば国家間の問題に発展してしまいますわ」

 プルトナの言動から薄々想像できていたが、アイリスは他国の要人、と言うか姫君だったらしい。確認するようにアイリスを見ると、彼女は少々気まずげに見上げてきた。

【妾の子だから気にしないで】

 どこか不安げなアイリス。
 雄也はそんな彼女に頷き、その犬耳のつけ根に手を伸ばしてくすぐった。
 すると、アイリスは頬を朱に染めながら安心したように目を細める。

「……で、俺は?」
「貴方はまだ精神干渉を受けていないだけではなくて?」

 何故か冷ややかな目をこちらに向けながら、投げやりな感じで言うプルトナ。
 アイリス達の理由はそれなりに説得力があったのに、これは酷い。

(何だろう。これはまさか、百合百合しい嫉妬的な何かなのか?)

 馬鹿馬鹿しい想像をしながら一先ずアイリスから手を離す。すると、多少プルトナの視線が和らいだ。百合疑惑が増してしまった。

「……あー、ま、まあ、いいや。で、今までの話とプルトナさんに何の関係が?」
「言いましたでしょう? 国は強者を確保したい、と」

(確かに言ったな。うん。嫌な予感がしてきたな)

「いいですか? 一般の方々にとって、強者であることは異性を選ぶ第一の要素ではあっても絶対ではありませんが、王族にとってそれは義務なのです! 特に魔人サタナントロープにとっては命を懸けて果たすべき掟なのですわ!!」
「お、おう……」

 勢い込んで告げるプルトナにたじろいで、雄也は思わず一歩後ろに下がった。

「ええっと結局、プルトナさんは何故ここに?」

 そう尋ねると彼女は「鈍い人ですわね」とでも言いたげなジト目を向けてきた。
 いや、流れからして何となく察しはついている。単に認めたくないだけだ。

「勿論オルタネイトをワタクシの婿とするためですわ!」

 鼻息荒く拳を握って言うプルトナ。
 十五歳なのに行き遅れ感を出していて正直怖い。

【結局、プルトナ……魔星サタナステリ王国もオルタネイトを独占するため?】
「いいえ。ワタクシ達は別に占有したい訳ではありませんわ。何でしたらアイリスも娶って頂けばいいのではなくて?」
【私にはユウヤがいる】

 アイリスは微妙に嘘を回避したような言い回しをしつつ、プルトナに見せつけるようにピッタリとくっついて腕を絡めてきた。互いに半袖なので肌が直接触れ合う。
 いつもより近い上にギャラリーがいるせいで顔が酷く熱い。
 心なしかアイリスの体温も少しずつ上がっている気がする。

「あ、あわわ」

 その様子をすぐ隣で見ていたイクティナがあわあわしながら頬を赤くしていた。

「た、確かユウヤさんは現在Cクラス程度でしたわね」

 口元をひくつかせながら硬い口調で言うプルトナ。

「潜在能力を買ったというところですか。まあ、それもありと言えばありでしょうが、多くの異世界人が大成する前に死んでいますし、不確定要素が多過ぎる気もしますわ」

 そんな彼女の品評に、雄也は何とも微妙な気持ちになった。種馬にでもなった気分だ。
 と言うか、情報が古い。現在の生命力と魔力は両方Aクラスだ。
 二週間前の戦いとその後の訓練のおかげで、さらに成長したのだ。
 もっとも、魔法の規模が大きくなったぐらいしか今のところ実感はないが。

【それはいいけれど、そんな話をするために私達をここに連れてきたの? お昼休みに】

 アイリスが冷たい視線をプルトナに向ける。お腹が空いてきたのか、不機嫌度が上がってきているようだ。人殺しの目みたいになっている。

「い、いえ、その……」

 アイリスの鋭い眼光を前にして、さすがの王女様もしどろもどろになってしまった。

【何?】
「オ、オルタネイトの正体を突き止める手伝いを……して頂きたいのですわ」

 ちゃんと言い切った辺りは彼女の意思の強さを称賛すべきだろう。とは言え――。

【何で?】
「え、ええっと、気になりませんの? オルタネイトの正体」

 アイリスの冷淡な返しにプルトナは驚きと共に戸惑いの色を声に滲ませた。彼女の知るアイリスならば、これまでの話で釣れると踏んでいたのだろう。

【別に】

 だが、残念なことにアイリスは既にオルタネイトの正体を知っている。なので、彼女は全く興味なさげに追い打ちをかけるように簡素な文字を作った。

「うぐ。ア、アイリスが、ぐれた?」

 愕然としながら、ギギギと錆びた機械のように首を回してこちらを向くプルトナ。

「これは、やはりユウヤさんのせい?」

 自問するように呟きながら、徐々に視線が鋭くなっていく。何だか最初のフラグの代わりに、ろくでもない別のフラグが立ちそうな気配がする。

「あ、あああの、あの! そ、その、私は興味、あるかなあ……なんて」

 そんな不穏な空気を何とかしようとしてか、フォローするように言いながらイクティナが恐る恐るという感じで手を上げる。

「手伝って下さいますの!?」

 絶望の闇の中で一筋の光を見つけ出したかのように途端に破顔したプルトナは、イクティナに駆け寄ってその手を握った。何だかプルトナからもボッチ臭を感じる。

「ひゃ、ひゃい。て、手伝います手伝います」

 イクティナはプルトナの勢いに押されたように、コクコクと頷いてしまった。

(やっちまったな、イーナ……)

 友達のいなかったイクティナはどうも押しに弱いようだ。彼女の将来が心配になる。変な詐欺に引っかかりそうだ。

(ああ、もう。仕方ないな)

 正直、今までの応対でプルトナに苦手意識ができ始めていたが、迷子になった子供のように心細そうな顔をしているイクティナを見てはいられない。
 何かもう面倒臭いから正体を明かしてしまおう。その上で口止めしてお引き取り願うのが手っ取り早い気がする。
 正体バレは特撮の盛り上がりどころの一つだが、実のところ等身大の特撮ヒーローでは特に拘りがない主人公の方が多いし。

「あー、二人共? オルタネイトの正体だけどさ」

 呆れと諦めを足したような心持ちで彼女達に言葉をかける。しかし――。

「貴方の手は借りませんわ! イクティナさん、いえ、ワタクシもイーナと呼ばせて頂きますわ。イーナとワタクシの二人で彼の正体を突き止めて見せます!!」

 どこをどう勘違いしたのか、プルトナは雄也の発言を遮って、イクティナを隠すように抱き締めながら人差し指を突きつけてきた。

「あ、いや、そうじゃなくて――」
「それとユウヤさん! 貴方がアイリスに相応しいか、いずれ確かめさせて貰いますわ!」
「おいこら、人の話を――」
「さあ、イーナ。行きますわよ!」

 結局プルトナは聞く耳持たず、イクティナを抱え込んで教室を出ていってしまった。

「話、聞けよ……」
【プルトナは一度思い込むと突っ走る性格。その上、押しが強いからウザがられる。真面目に応対すると疲れるだけ】
「あー……」

 既にこの場にいないとは言え、初顔合わせからまだ数時間だ。それでプルトナへの辛辣な評価に即座に同意していいものか迷って、雄也は曖昧な声を出した。

【だから、プルトナには正体を明かさない方がいい。面倒臭いことになる】
「………………そうだな。ちょっと短慮だった」

 イクティナを憐れに思う余り、自棄気味に深く考えず自分がオルタネイトだと告げようとしてしまった。だが、それを知ってしまえば、下手をするとドクター・ワイルドとの戦いに深く巻き込みかねない。
 当然最優先にすべきものではないが、やはり殊更明らかにすべきものでもない。

「……ってか、結局、二人はどういう関係なんだ?」
【一応幼馴染。生まれの序列的には天と地程の差があるけれど、年齢が近い王族が他にいなかったから引き合わされた。もっとも王族の序列は名目上のものに過ぎないけれど】
「名目上?」
【プルトナが言ってた通り、強さが最優先。生まれの序列は、潜在能力が測定できなかった千年以上前の風習の名残】

 つまり、戦闘能力で互角なら多少意味が出てくる程度のものか。

【それより、お昼。お腹空いた】

 アイリスはマイペースにそう文字を作ると、こちらを見上げてきた。

「はいはい。〈アトラクト〉」

 そんな彼女に少し呆れながら魔法を発動させる。
 魔力で印をつけた物体を引き寄せる魔法〈アトラクト〉。要求魔力クラスはB以上だが、家から取り寄せるとなると距離的にAは必要だ。
 実はアイリスも成長して条件だけは満たしている。だが、魔法の名を唱えず使用するのは難易度が高過ぎるため、まだ会得できていない。
 アイリスが並べた机の上に、空間を超えて引き寄せた弁当を広げて席に着く。

【ユウヤ、あーん、する?】

 くっつくぐらいの距離で隣に座りながら小さく首を傾げるアイリス。

「自重しなさい」

 なし崩し的に深みにはまりそうなので、ここは鋼の自制心で耐える。
 そうしながら雄也は昼食に手を伸ばした。弁当の内容は中身が日替わりで変わるサンドイッチが基本だ。以前より味も見栄えもいい。

(しっかし、婿とはな。また妙なフラグが立ったもんだ。その上、変な対抗心まで持たれてるみたいだし。ここにドクター・ワイルドまで絡んだ日にゃ……)

 心の中で深く溜息をつきつつ、アイリスの誘惑を回避しつつ、サンドイッチを頬張る。

「うん。うまい」

 あからさまな騒動の予兆を前にしながらも今はどうしようもない。雄也は現実逃避気味に食事に集中したのだった。

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