【初稿版】特オタ~特撮ヒーローズオルタネイト~

青空顎門

第三話 呪詛 ③魔物狩り(準備・移動編)

 魔物。それは世界に満ちる魔力が寄り集まり、形作られた人類の敵だ。
 通常拡散し易く入れ替わり易いはずの魔力が淀んだ地域、いわゆる魔力淀みにおいて発生し易く、魔力が濃い程に強大な魔物となる。
 形、特性は千差万別なれど、人間に対して強烈な敵意を持つことだけは例外がない。
 体の全てが魔力で構成されているが故に普通の生物のように寿命はなく、滅ぼすには体に大きな綻びを生じさせる(生物なら死に至るような傷を負わせる)しかない。
 構成を維持できない程のダメージを受けた魔物は世界に溶け込むように消滅するが、Bクラス以上の魔物であれば、たとえ発生直後討伐されたとしても必ず魔力吸石を残す。
 その理由は、魔力から魔物が生み出されるメカニズムが魔法を使用する際のプロセスと似ているからだ。魔力が収束し、変質し、それが現象を生む。構造は同じだ。
 故に魔物が発生する際にも魔力損失が生じ、それが一定以上あれば即座に魔力吸石が生成されるのだ。その品質は同クラスの生物がゼロから十年程度蓄積した分と同等と聞く。
 ちなみに魔力結石に関してはランダムで、発生から時間が経過する程に確率が上昇する。
 賞金稼ぎバウンティハンターの仕事の一部は、そうした人類に仇なす存在を積極的に討伐して人的被害を防ぎ、生活に必要な魔力結石や魔力吸石を手に入れることだ。
 専守防衛寄りの騎士団とは対照的に、賞金稼ぎバウンティハンターは先制攻撃の要素が強い。
 つまり魔物の生息地に直接向かう訳で、そんな賞金稼ぎバウンティハンターにとって〈テレポート〉は必要不可欠な魔法だ。が、上位クラスの賞金稼ぎバウンティハンターであっても必ずしも使える訳ではない。
 生命力だけが異常に高い脳筋的ファイターも結構な割合で存在するのだから。
 そんな偏った能力の賞金稼ぎ《バウンティハンター》や、〈テレポート〉は使えるが初めて訪れる場所を目指す者行ったことのない場所に飛ぶことも不可能ではないが、失敗のリスクが極めて高くなるそうだを目的地に連れていくのがガイドの役目だ。
 さすがに純粋な賞金稼ぎバウンティハンター程の稼ぎではないが、安全かつ安定的に収入を得られるため、ガイドを志望する者は意外に多いらしい。

「えーっと……とりあえず、これがいいかな。うん」

 そう言って、正にそのガイドとしてサポートをしてくれることになったフォーティアが受付近くの掲示板から一枚の手配書を取り外して差し出してくる。
 ランドとの面会の後、実力を見る、ということで一先ずAクラスを相手取って戦うことになったのだ。これがラディアの言っていた軽い試験とやらの内容のようだ。

「……魔獣モルキオラ? 魔物とは違うんですか?」
「うん。魔獣ってのは、いわゆる害獣の飛び切りな奴さ。獣の癖に魔法を使ってきたりするから魔獣って呼ばれてるんだ。まあ、魔獣とか言いながら、そいつは虫だけどね」

 そこまで説明をしてくれたフォーティアは、何故か不満げな表情を作った。

「それはともかく、もっと普通に話してよ。同い年なんだからさ」
「いや、そうは言いますけど――」
「駄目駄目! 仲間に遠慮なんかしてたら賞金稼ぎバウンティハンターとしてやってけないよ? ほら、アタシのことはティアでいいからさ。つき合い長くなりそうだし」
「うーん、じゃあ、そうさせて貰うよ」

 正直こちらとしても気を張らなくていいのは助かる。

「改めてよろしく、ティア」
「そうそう。いいね。相棒って感じで」

 楽しげに八重歯を見せるフォーティアに笑みを返しながら、ふと疑問を抱いて首を捻る。

「そう言えば、ティアはSクラスの賞金稼ぎバウンティハンターで、別にガイドって訳じゃなかったんだよな? 何で態々俺のガイドを引き受けたんだ?」
「んー? んー……っとね、最近ちょっと伸び悩んでてさ。じーちゃんが切っかけになるかもしれないからってね」

 フォーティアはそう言うと、どこか気恥ずかしそうに頬をかいた。

「向上心が強いんだな」
「人生これ挑戦。昨日の自分より強くなれってね。ウチの家訓なんだよ」

 運動に全く支障なさそうな小さな胸を張るフォーティアに「へえ」と感嘆する。その姿を何となく眩しく思う。下や横を見て満足せず、上だけを見続ける人は格好がいい。

(俺は漫然と大学生してたからなあ……)

 それで通用したのは親の庇護の下にあったからだ。しかし、異世界に来た今、これからは自立する必要がある。彼女のようなあり方は見習うべきだろう。

「ま、一番の理由はユウヤが面白そうだからさ」

 朗らかに笑うフォーティア。そういう気のいい表情は好印象だ。

「おいおい。基人アントロープ嫌いのフォーティア嬢ちゃんが基人アントロープと談笑してるなんて珍しいことがあるもんだな。明日は槍でも降るんじゃないか?」

 そこへ男の野太い声がかけられ、フォーティア共々振り返る。

「あん? って、何だ。オヤッさんかよ」

 そこにいたのは眼光の鋭い壮年の獣人テリオントロープだった。半端なくガタイがいい。協会長であるランドに準ずるような威圧感を見る限り、この仮称オヤッさんは只者ではない。

「別にアタシは基人アントロープそのものが嫌いな訳じゃないって、いつも言ってるだろ?」

 鬱陶しげに言ったフォーティアに対し、仮称オヤッさんは横目でこちらを見ながらニヤリと笑った。

賞金稼ぎバウンティハンターになろうとする身の程知らずの基人アントロープが嫌い、だろ? にしては差別してるのかと思うぐらいに辛辣な罵声を浴びせてるのをよく見るけどな」
「差別じゃなくて区別だよ。それに、実力も才能も気概もないのに賞金稼ぎバウンティハンターになろうとする馬鹿は基人アントロープじゃなくたって嫌いさ。ただ、そういう奴らに基人アントロープが多いってだけで」
「だが、挑戦ぐらいさせてやってもいいんじゃないか?」
「したいならすりゃいいさ。誰かの足を引っ張らなければね。でも、ま、そもそもアタシの言葉ぐらいで折れる奴にそんな資格はないよ」

(……まあ、そうだな)

 内心で彼女の論に同意する。本気でやりたいことなら、何を犠牲にしてもやればいい。
 犠牲にするもの次第で、激しい妨害を受ける可能性があることを理解しているのなら。

「ってか、いつから身の程知らずな人間を擁護するようになったんだよ、オヤッさんは」

 フォーティアは不機嫌そうに眉をひそめた。
 その様子を見て再び不敵に笑った仮称オヤッさんは、体全体をこちらに向けた。

「とまあ、フォーティア嬢ちゃんはこういう奴だ。幻滅したかい? 基人アントロープの兄ちゃん」
「ちょ、オヤッさん、それが目的かよ!?」
「半端に猫被りしてるように見えたからな。だが、夢見がちな餓鬼みたいな賞金稼ぎバウンティハンター志望の基人アントロープがいたら、嬢ちゃんは確実にキレるだろ? その前に嬢ちゃんのスタンスを教えといた方がいいかと思ってよ」
「余計なお世話だよ。ったく」

 不満げに言うフォーティアと目が合うと、彼女は気まずそうに視線を逸らした。

「あー、ユウヤ? その、な」
基人アントロープって、やっぱり戦力の面では劣るのか?」
「え? う、うん。そりゃそうだよ」

 ばつの悪そうなフォーティアに特段気にしていない風に尋ねると、彼女はどこか安堵したように視線を戻して頷いた。

「生命力も魔力も平均二クラス以上は下だね。勿論、中には突然変異みたいに強い基人アントロープもいたりするけど。くだんのワイルド・エクステンドなんかもSクラスだしね」
「……あの変態、そんなに強いのか」

 言動を思うと俄かには信じられないが、あの時ドクター・ワイルドに決め技を片手で受け止められたことを鑑みると、それは事実なのだろう。それはともかく――。

(生命力や魔力の強さで決まる仕事には不向きっぽいな、基人アントロープ。強みと言えば、複数属性を持つ可能性があることぐらいだけど……)

 それにしたって、ある程度魔力が強くなければ単なる器用貧乏に終わりそうだし、どちらにせよ、賞金稼ぎバウンティハンターには向かない種族のようだ。

(そんな中でアレスは賞金稼ぎバウンティハンターをしてるのか)

「何か気になることでもあるのかい?」
「ああ、いや、俺の友達の基人アントロープ賞金稼ぎバウンティハンターをしてるみたいだからさ。心配になって」
「へえ、名前は?」
「アレス……確かスタバーン・カレッジ」
「ああ。アレスか。あいつなら問題ないよ。基人アントロープにしては相当高いBクラスだけど、だからって調子に乗らずに分を弁えてる。名誉欲より克己心で行動するタイプだ。実際、相当鍛錬を積んでるみたいで技量だけはアタシに匹敵するぐらい高いよ」

 フォーティアは「ただ」とつけ加えて区切り、改めて言葉を続けた。

「残念ながら生命力が低くて、それを十分発揮できないんだよね。勿体ない。まあ、何にせよ、仕事は堅実だし、ユウヤが心配する必要はないさ」

 賞金稼ぎバウンティハンター最高峰のSクラスたる彼女が言うのであれば、実際大丈夫に違いない。雄也はそう考えて「そっか」と頷きながら、若干空気になっていたオヤッさんに視線を向けた。

「で、ティア。この人は?」
「オヤッさんはアタシやじーちゃんと同じSクラスの賞金稼ぎバウンティハンターさ。名前は……名前……名前は、えっと、オヤッさん、名前なんだっけ?」
「おおおい! 名前ぐらい覚えておいてくれよ!」
「いや、だって、いつもオヤッさんって呼んでるからさ。忘れちゃったよ」
「あのなあ……はあ、まあいいけどな。俺の名前はオヤングレン・ウィスタリア・テリオンだ。基人アントロープの兄ちゃんも俺のことはオヤッさんと呼びな」
「は、はあ……よろしくお願いします。俺はユウヤ・ロクマと言います」
「おう。よろしくな、ユウヤ」

 雄也が軽く頭を下げるとオヤングレンは気安い笑みを見せた。歴戦の勇士という感じの鋭い視線を和らげてくれれば、いい感じに年齢を重ねたナイスミドルという印象だ。

「で、嬢ちゃん、どういうことだ?」
「どうって?」
「嬢ちゃんが一緒にいる時点で、どう考えても普通の基人アントロープじゃねえだろ。まさか、突然宗旨替えした訳じゃあるまいし」
「まあ、ね。……ここだけの話。ユウヤは異世界人なんだよ。つまり、鍛えれば鍛えるだけ強くなれる素質を持ってるのさ」
「異世界人……成程な。それなら嬢ちゃんが興味を持つのも理解できるな。で、ある程度鍛えたら手合わせして貰おうって魂胆か?」

 オヤングレンの言葉に、フォーティアは誤魔化すような笑みを浮かべた。どうやら図星のようだ。まあ、訓練になるだろうから別に構わないが。

「しかし、異世界人となると――」

 オヤングレンは掲示板から一枚の手配書を外し、こちらに差し出してきた。

「ユウヤ、こいつらが接触してくるかもしれん。一応頭に入れておけ」
「秘密結社ストイケイオ? オヤッさん、これって?」
「身の程知らずの基人アントロープ達がルサンチマン拗らせて作った基人アントロープ至上主義の組織さ。ただし、幹部が半端に実力者だからたちが悪い。BからAクラス相当の基人アントロープって話だ」
「人間の手配書……ってことは――」

 聞いてはいたことだが、賞金稼ぎバウンティハンターの仕事は魔物や魔獣の討伐だけではないらしい。

「罪状は主に強盗。後は他の種族に対する傷害。拉致。まあ、いわゆる犯罪組織だな。ここ五年程で急激に名前を聞くようになった。組織としては長い歴史を持つらしいが……」
「ふん。自分より弱い人々を狙って自尊心を満たしてる下らない連中さ」

 込められた侮蔑がありありと分かるフォーティアの言葉に頷く。
 どんな主義主張があろうがなかろうが、犯罪者は所詮犯罪者だ。

「そんな馬鹿な奴らの話はもういいよ」

 うんざりしたようにフォーティアは深く溜息をついた。

「それよりオヤッさん、アタシ達はそろそろ行くからさ」
「ん? おお、悪い悪い。これから魔獣討伐に行くんだったか。気ぃつけて行けよ」
「分かってるって」

 背中越しに手をひらひらさせながら賞金稼ぎバウンティハンター協会から出ていくオヤングレンを、フォーティアと並んで見送る。それから彼女はこちらに向き直った。

「さあて、と……じゃあ、行こっか」

 そして、自然に雄也の手を取るフォーティア。勿論、あくまでも〈テレポート〉のための接触であって他意があろうはずがない。勘違いなどしないで冷静に魔法の発動を待つ。
 相手がラディアなら未だにドギマギするのだが、フォーティアの場合は何故か恥ずかしさを感じない。あるいは、その気安い言動のおかげで、会って間もないが既に友達感覚にあるのかもしれない。

「〈テレポート〉」

 彼女がそう告げた瞬間、見慣れた白い部屋に出る。が、魔獣モルキオラの生息地付近に飛んだのだから、ここも間違いなく初めての場所だ。体感でも分かる。

「……何か、ジメジメしてるな」

 ヨーロッパ的な気候の七星ヘプタステリ王国は現在初夏ということもあり、乾燥気味だ。にもかかわらず、ここは比較的湿気が多い。

「お、気づいたかい? この辺りは気候が七星ヘプタステリ王国とは結構違うんだよ。今は雨が多い季節なのさ。まあ、雨季って程じゃないんだけどね」

(……この半端にジメッとした嫌な感じ。何か覚えがあるなあ)

 温度的にも湿度的にも、日本の六月から七月を思い起こさせる慣れた不快感がある。

(間違いない。これは梅雨だ)

 恐らくここは、日本的な気候の地域なのだろう。懐かしい感覚だが、正直七星ヘプタステリ王国の方が過ごし易いのでさっさと帰りたい。

「ああ、そうだ、ユウヤ。〈レギュレートヴィジョン〉は使えるかい? 時差的に今ここ真夜中だから、外に出ると真っ暗なんだけどさ」

 言葉自体は問いかけだが、視線は「当然できるよね」という確認に近いものだった。
 とりあえず、それについてはアイリスから教わっているので問題ない。頷いておく。
 視覚補助効果のある〈レギュレートヴィジョン〉。その効果は、暗闇や眩い光の中でも普段通りの視界を確保できる、というものだ。
 ちなみに、これは魔法ではない。
 体内を巡る生命力に偏りを生じさせ、五感の強弱を操作する技術だ。この応用に、アイリスが蝙蝠人バットロープとの戦いで使用した聴覚遮断を含む感覚遮断があったりする。

「にしても時差って……そんな遠くまで来たのか?」
「うん。龍星ドラカステリ王国近くの森までね」
「……それって、どの辺?」
「ああ、ごめん。えっと、七星ヘプタステリ王国がある大陸の東の海を渡った先の島にある国だよ」
「へえ、東の島、ね」

 とすると、七星ヘプタステリ王国と龍星ドラカステリ王国は西ヨーロッパと日本のような位置関係にあると考えてよさそうだ。勿論、アリュシーダの大陸の形状は地球のそれとは異なるだろうが。

「で、これから魔獣モルキオラの討伐に行く訳だけど、その前に装備の確認。後、ユウヤはオルタネイトになっといた方がいいね」
「ん、了解」

 テレビ番組ではないのだから、お約束破りだろうと余裕がある時に戦闘準備を先に整えておくのは合理的だ。実際、素の状態は弱いのだから。

「アサルトオン」
《Change Drakthrope》

 電子音と共に全身を炎が包み込み、体が変質していく。そして、龍の特徴を持って変化した全身を純白の鎧が覆い、同時に装甲に真紅の紋様が走った。変身完了だ。
 どういう訳か特に意識していないと獣人《テリオントロープ》形態になるようだもしかしたら初期属性の影響かもしれないが、今回はフォーティアが一緒なので何となく龍人ドラクトロープ形態にしておいた。
 属性丸被りだが、問題があれば言うだろう。そう思って彼女を見ると、あり得ないものを見たかのように驚愕で目を大きく見開いている。

「ハ、真龍人ハイドラクトロープ……?」

 そして、呆然と呟くフォーティア。その言葉には僅かな畏怖が感じ取れる。

「ティア?」
「え? あ、いや、な、何でもないよ」

 名前を呼ぶとフォーティアは誤魔化すように両手を振った。そんな彼女の姿に、雄也は首を捻りながらも今は追及しないでおくことにした。話を変えよう。

「ええっと、そうだ。ティアの装備は?」
「あ、ああ、アタシのは……ちょっと待って。〈アトラクト〉」

 若干戸惑い気味のままフォーティアがそう告げると、彼女の手の中に陽炎のような赤いオーラを纏った槍、と言うよりも薙刀のような長い得物が突然現れた。
 彼女が使用した〈アトラクト〉は召喚や〈テレポート〉の系統の魔法で、空間を繋げて遠くにあるものを手元に引き寄せる魔法だ。
 悪用できそうな魔法だが、呼び寄せるものに事前に魔力でマーキングしておかないと失敗し易くなるなど制限もある。その上、魔法の発動は魔動器で感知できるため、例えば窃盗などには使えないとのことだ。

「アタシの装備はこれさ。薙刀ってんだ。恰好いいだろ?」

 ようやく気を取り直した様子のフォーティアは、手にしたそれを自慢げに掲げた。
 やはり薙刀だったらしい。

「えっと、武器だけ? 防具は?」
「生命力がSクラスにもなれば防具は邪魔なだけだよ。防御力は生命力依存だからね」

 片手で持った薙刀を肩に担ぎ直しながらフォーティアが言う。
 彼女は今も、常識的に考えれば防御力が全くなさそうな袴姿だった。薙刀と美人寄りの整った外見には似合っているが、見た目は紙装甲、速度・攻撃特化な感じだ。

「……本当に大丈夫なのか?」
「そこを聞くってことは、まだ生命力についてちゃんと理解してないみたいだね」

 フィーティアは不出来な生徒を前にしたように「いいかい?」と人差し指を立てた。

「生物は常に体内で生命力を作り続けてる。止まるのは死ぬ時だけだ。そして、生じた生命力は全身を循環してから放出される。その過程で身体能力が強化されるんだよ」

 雄也は「成程」と相槌を打って続きを促した。

「で、放出された生命力は、その生物の体を覆いながら徐々に散ってくんだけど……体を覆った生命力は武器にもなり、防具にもなる」
「つまり?」
「拳に集中させて殴れば、強化された身体能力で出せる以上の破壊力になるし、攻撃を受ける場所に集中させれば恐ろしい威力の攻撃だって生身で受け止められるのさ」
「じゃあ、武器や防具がある意味は?」

 アイリスは普通に短剣を使っていたし、学院でもそれぞれの武器に対応した授業があったりした。それにこの前、全身鎧の騎士に囲まれたりしたのだが。

「意味は一応あるよ。生命力は接触してるものに流すことができるからね。装備に生命力を流せば強化することができる」

 しかし、メリットしかないのならばフォーティアも防具で全身を固めているはずだ。やはりと言うべきか、彼女は「ただし」とつけ加えた。

「素材によって割合は変わるけど、生命力が高まれば高まる程、強化の度合いは小さくなるのさ。Sクラスの生命力ともなると裸の攻撃力や防御力とほぼ変わらないよ。防具はむしろ重さでスピードが落ちちゃって不利になるだけさ」
「それは武器だって同じじゃないか?」

 そう問うとフォーティアは「ちっちっち」と人差し指を左右に揺らした。

「同じ攻撃力なら間合いが伸びた方がいいでしょ? 勿論、好みやら得手不得手やらあるだろうけどね。そこは素の状態で武器を持つか持たないか悩む程度のものだと思うよ」
「確かに……って、それだと弓、いや、銃最強じゃないか?」
「ところがそうでもないんだよねえ。生命力は体から離れると急速に拡散するんだ。だから、剣程の間合いでも弓や銃だと素の威力まで減衰しちゃうのさ。生命力がCクラスもあれば、生身で受け止められるね」

(ってことは……Cクラスで既に、元の世界的には特撮の怪人レベルに強いと思っていいのか? あいつら基本的に銃弾受けても平然としてるしな)

 特撮怪人に銃が効かない理由は、強さよりも大人の事情の割合の方が多い気もするが。

「しかし、遠距離武器の意義って……」
「いや、ちゃんとあるよ? Gクラスの子供でもDクラスまでなら武器自体の破壊力で傷つけられるからさ。ちょっとした狩りには十分使えるし、ある意味破格の武器だよ」

(それ、銃だけだよな。弓の意義が――)

「普通は三クラスも離れたら掠り傷一つ負わせられないからね」

(って……え? ちょっと待て)

 サラッと補足された内容の余りの重大さに衝撃を受ける。
 弓の不遇など完全に思考から消え去ってしまった。

「三クラス離れたら、もうどうしようもないってことか?」
「Cクラス以上の相手なら、そうだね」

 当たり前の事実であるように淡々と頷かれてしまう。
 確かにそれでは、平均して二クラスも他種族に劣る基人アントロープが戦闘面で下に見られてしまうのも無理もないことだ。無論、基人アントロープとしては納得しがたいことだが。

(……けど、まあ、こればかりは俺が文句を言ってもしょうがないか)

 そういうものだと思うしかない。ここは棚上げだ。

「質問はもういいよね? 準備も終わったことだし、そろそろ行くよ」

 気持ちを切り替えて頷き、フォーティアと共に白い部屋の出口に向かう。
 一歩外に出ると、彼女の言葉通り真夜中らしい暗闇が広がっていた。外観は白い小屋のようなポータルルームから漏れる魔動器の光と、空を埋め尽くす星と月だけが光源だ。
 事前の指示に従い、目に意識を集中させて〈レギュレートヴィジョン〉を発動させる。
 すると、たちまち視界から暗黒が取り払われ、ハッキリと風景が目に映る。暗視装置を通して見たような緑がかった光景ではない。色彩は全て把握できる。違和感満載だ。

(……さすがは異世界)

 そうは思いつつも驚きは以前より小さい。順調にこの世界アリュシーダに毒されてきているようだ。

「さ、こっちだよ」

 視界の変化に立ち止った雄也を促すように、フォーティアが一度振り返った。それから再び先導するように彼女は歩き出す。雄也はその後についていった。
 眼前には鬱蒼と茂った森。その方向へと少し進むと、石畳だった足元がむき出しの地面に変わる。舗装されているのはポータルルームの周辺だけのようだ。
 森に入ると一層足場が悪くなり、もはや獣道という感じの様相だった。一応進むべき方向は何となく分かるが――。

「歩きにくいな……」
「これぐらい狩りをするなら普通だよ? 戦いは小奇麗な場所だけで起こる訳じゃないんだから、対応できるようにしとかないと…………っ!?」

 言葉の途中で何かに気づいたようにフォーティアが一方向を見据える。

「どうしたんだ?」

 彼女の視線の先を辿りながら問う。
 確かにその方向から何やら妙な気配を感じるが……。

「魔物の気配だ。けど、大したことはないね。さっさと散らしちゃうから待ってて」

 フォーティアの言葉を証明するように、やがて光沢のある黒一色で塗り固められた蝙蝠の形をしたものが数匹飛んでくるのが見て取れた。
 何やら作り物めいた変に艶のある色が気持ち悪い。

「色が属性を示す単一色だからね。歪に見えるのも当たり前さ」

 雄也の感情を読んだように説明をくれながらフォーティアが一歩前に出る。

「コイツらは黒だから闇属性。クラスは……Cってところかな。魔力吸石は出ないね」

 そう続けた彼女は薙刀を手に、どこか力の抜けた構えを取った。

「さあ、その無駄な魔力、世界に還しな」

 そして、そう冷たく告げた瞬間、フォーティアはその場で幾重にも斬撃を繰り出した。
 その動きは〈アクセラレート〉を使用したアイリスを軽く上回って速く力強く、攻撃の軌跡は紅の衝撃となって蝙蝠らしき魔物を貫き、瞬く間に全てを真っ二つにした。
 そうなれば魔物はもはや体の構成を維持できなくなる。結果、黒い粒子に分解されていき、最後には塵も残さず消え去ってしまった。

「魔力結石もなしか。運が悪かったね」
「…………これが魔物か」
「そう。Cクラスなんてアタシ達には手も足も出ないのに、本能のせいで襲いかかってこざるを得ない。空しい存在さ。……神様は何を思って、そんな設定にしたのかね」

 ポツリと独り言ちたフォーティアは「まあ、いいさ」と続けて再び歩き出した。
 周囲を見回せば、どことなく見覚えのある森の光景が広がっている。
 馬鹿みたいに太い幹。
 地面から飛び出て荒ぶるように捻じれている根っこ。
 苔の生えた岩。

(あ、屋久島っぽいな)

 普通の森とは一線を画す感じが、霊験あらたかな雰囲気を醸し出している。あるいはファンタジーな異世界ならば、本当に神や精霊が隠れ潜んでいるかもしれない。
 今回実際に遭遇したのは人間に仇なす魔物だったが。

「ところで、魔獣モルキオラって、どんな奴なんだ?」
「簡単に言うと、どでかい蛍だよ。属性は光。攻撃方法は腹部から出す光線。そんで、川の近くに生息してる。こんなところかな」
「川の近く……それに光線、か。……なら、こっちの方がいいか。アルターアサルト」
《Change Ichthrope》

 電子音と共に鎧の真紅の部分が群青に変わっていく。雄也の体も鮫の特徴を持ったものに変化しているが、装甲に覆われているため、外から見ても分からないだろう。

「水属性か。まあ、別に光属性や闇属性でなければ、大して変わらないけどね」

 その二つの属性も使えるのであれば、そもそも賞金稼ぎバウンティハンターになる必要もなかったのだが。
 ちなみに水属性を選んだのは対象の生息地が川辺であること、光線に対処し易そうに思ったことに加え、まだ一度も使用したことがなかったからだ。

「さて、そろそろだよ」

 フォーティアの言葉に、耳に意識を集中させると川のせせらぎが聞こえてくる。
 さらにしばらく歩くと木々の合間から小川が見え、浅瀬に平たい楕円形の黒い塊がいくつか落ちているのが視界に映った。何故だか、一部分だけ赤い。
 大きさは幅が一メートル、長さが四メートルというところか。

「お、いたいた」
「…………ん? ま、まさか、あれ?」

 いや、薄々分かっていたが、そうであって欲しくなかった。果てしなくキモい。

「そう。あれ。普通の蛍の幼虫が過剰な魔力を得て、脱皮する時に突然変異したのが魔獣モルキオラさ。成虫は水しか飲まなくて二週間ぐらいで死ぬからいいんだけど、繁殖されて幼虫が生まれると生態系が崩れかねないんだ」

 そう言えば、蛍の多くは成虫になると口が退化するらしい。そのため、幼虫の時に栄養を蓄えておくのだとか。昔、ブレイブアサルトで蛍怪人が出た時に、ホームページに掲載されていた豆知識で学んだ。ちなみに幼虫は肉食だとか。
 脱皮段階で急にこの馬鹿でかい形態になるならともかく、最初から魔獣の幼虫として生まれたりしたら、確かに森の生物を相当食い荒らしそうだ。

「この森は近くの街の貴重な狩り場だからね。……ま、それはともかくとして、そろそろユウヤの実力、見せて貰おっか」

 そう言うとフォーティアは足下から大きめの石を拾い上げ――。

「え、ちょ、まさか」

 彼女はそれを魔獣モルキオラに思い切り投げつけた。
 単なる石。投石では生命力も霧散する。しかし、Sクラスの身体能力から生み出された恐るべき速度は、攻撃を受けたと認識できる程度の威力を持っていたらしい。
 カツンという軽い音が静かな夜の森に染み渡った直後、地面にへばりついていた魔獣モルキオラ達は一斉に飛び上がった。

「う、うわっ、うっさいし、キモッ!」

 あの巨体を浮かす程の羽ばたきは爆音を生み出し、森全体に響かせる。まるでヘリコプターの直近にいるかのようだ。正直不快だ。
 しかし、それよりも威嚇するように腹をこちらに向けながら飛翔する魔獣モルキオラの気持ち悪さが酷い。飛んでいるGに匹敵するレベルかもしれない。
 そもそも明るいところで見れば蛍自体、割とグロテスクな生物だ。そんなものが大きくなって印象がよくなる訳がない。むしろキモさが倍増している。

「よし。行け、ユウヤ!」
「ええぇ……」

 抗議を声色に含ませるが、フォーティアは「つべこべ言わずに倒してきなよ!」と糠に釘だ。彼女は雄也を窘めるように、さらに言葉を続ける。

「Sクラスの魔物や魔獣には、こいつどころじゃなくキモい奴だっているんだよ? そんなんでどうするのさ。ユウヤ、アンタの目的は何なんだい?」

 その問いに雄也は「う」と言葉を詰まらせた。
 魔力吸石を大量に得て、アイリスの呪いを解く。そう約束したのだ。彼女の命が懸かった現状を思えば、この程度の嫌悪感で文句など言っていられない。

「わ、分かったよ」

 そうして雄也は「これもアイリスのためだ」と心の中で自分に言い聞かせながら、魔獣モルキオラの前に歩み出たのだった。

「【初稿版】特オタ~特撮ヒーローズオルタネイト~」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く