【初稿版】特オタ~特撮ヒーローズオルタネイト~

青空顎門

第二話 闘争 ③日常の影に狂人は暗躍する

 真っ当な青少年(?)として、アイリスのような美少女(しかもケモ耳)と一つ屋根の下で暮らせるのが嬉しくない訳ではない。が、嬉しくない。
 字面的には明らかに矛盾しているが、それが同居開始から一週間経った今も尚思う雄也の正直な気持ちだった。

(家って、気を休められる場所のはずですよねえ?)

 ここ一週間、朝起きて最初に見るものはアイリスの顔だった。しかも、下手に体を起こすとキスしかねない程の至近距離からの無表情。正直怖い。

「あのー、アイリスさん? 何をしてらっしゃるんですか?」

 初日にその状況で、必死に平静を装いながらしたその質問に対する答えは次の通りだ。

「…………観察」

 意味が分からない。
 まさかアサガオとかカブトムシと同一視している訳ではあるまいし。……ないよな?
 何にせよ、ただでさえ居候として少々肩身の狭い思いをしているのに、美少女との同棲プラス彼女の妙な行動のコンボでは気が休まらない。
 そんなこんなで冒頭の感想になる訳だった。

「……ユウヤ、学校」

 今日も朝のイベントを経て、通学の準備を整えたところでアイリスが促す。
 当然、今の彼女は王立魔法学院の制服姿。今は六月なので夏服だ。
 半袖のブラウスに真紅のリボン。下は灰色のプリーツスカートと見た感じは元の世界の制服とそう変わらない。
 もっとも目の前のモデルが美少女なので、段違いに眩しく感じるが。
 制服の着用は三年コースのみで、学院から支給される。何でも学院の創業者が頑なに制服を推し、三年コースのみなら、と周囲が妥協した結果だそうだ。
 ちなみに雄也は半袖のワイシャツに灰色のスラックスという出で立ちだ。地味だ。

「行ってらっしゃいませ。ユウヤ様、アイリス様」
「行ってきます」「……行ってきます」

 メイドのメルティナに慇懃に見送られ、今日もまたアイリスと共に家を出る。
 時間帯は登校初日よりも大分早い。
 理由の一つは、現在ラディアの〈テレポート〉を頼ることができないからだ。
 彼女はドクター・ワイルドの襲撃以来忙しく動き回っており、今日も既に家にはいない。
 また、〈テレポート〉は最低でもBクラスの魔力が必要なため、今のアイリスでは使えないそうだ。加えて、Bクラスになったとしても免許を取らないと使用が許されないとか。
 そういう訳でこの一週間、二人並んで徒歩で通学しているのだ。
 態々隣を見ずとも視界の端に彼女の姿が映る近さ。揃った歩調。
 誰が見ても、一緒に歩いていると言って差し支えない状態だろう。偶然同じ方向に向かっているとか、どちらかがストーキングしているとかではなく。
 即ち、伝説に謳われる青春イベントの一つ。制服姿の女の子と一緒に通学が、今正に現実のものになっているということだ。しかも夏服。夏服だ。半袖だ。

(恋人も幼馴染もいなかった俺には全く縁のなかった世界。正に異世界だな)

 男なら多くが一度は見る夢。大学生のオタクでは既に実現不可能な夢。
 期間限定でしか達成できないイベントであるが故に、正直同棲よりも遥かに青春ポイントが高いと思う。と言うか、同棲は青春イベントではないだろう。常識的に考えて。
 ともかく、まさか異世界でこの夢が叶うとは思わなかった。ちょっと感動だ。
 欲を言えば、もう少し表情が柔らかければシチュエーション的には完璧なのだが、アイリスならばデフォルトの表情がむしろ正しいとも思う。そう思う程度には彼女の無表情に慣れてきたようだ。最初は少しばかり威圧されたが――。

(常時ジト目。むしろアリだな。うん)

 馬鹿なことを考えている間に、王立魔法学院の立派な門が見えてきた。
 一昔前の西欧風な石畳の通学路よりも隣を歩くアイリスに多く意識が配分されているためか、実際の通学時間よりも早く着いたように体感される。

「おはよーす」

 石造りのため土足のまま昇降口を素通りし、一年A組の教室に挨拶をしながら入る。

「…………おはよう」

 しかし、挨拶を返してくれたのは一緒に教室に入ったアイリス一人だった。
 勿論ハブられている訳ではない。……とは自信を持って言えないが、少なくとも今はそれが理由ではない。単に他のクラスメイト達がまだ登校してきていないからだ。

「……時は金なり。……グラウンド」

 鞄を置いて教室を出るアイリスについていく。
 要点の足りない言葉にも大分慣れた。どうやら自発的に話す時は言葉が足りなくなる傾向があるらしい。こちらから質問する時は特に問題ない。
 そんなこんなで他に誰もいないグラウンドに出て、彼女と真正面から対峙する。
 早く通学した理由のもう一つ。それは魔法を交えた戦闘訓練を行うためだ。
 広大なラディア宅とは言え、さすがに攻撃魔法を自由に使える程の広さはない。なので、家では魔法なしの訓練だけ。魔法を使用する訓練は早朝と放課後に学校で行う。となったそうだ。勿論、許可は取ってある。
 ちなみに魔力の放出方法は既にアイリスから教わっている。
 学習方法は簡単だった。彼女が流し込んでくれた魔力を知覚して操作する。それだけ。
 実際、ある程度魔法を扱えるつ者さえ傍にいれば、誰でも一時間もせずに魔力を放出できるようになるそうだ。
 それはさて置き、訓練開始だ。

「よし。行くぞ、アイリス」
「……ん」

 アイリスが頷くのを確認してから、雄也は右手を前に出した。と同時に叫ぶ。

「〈エクスプロード〉!」

 瞬間、アイリスの真下で爆発が起こる。
 直撃していたら致命傷になりかねない威力を有していたが、彼女は一瞬早く前に駆けることで回避し、そのまま突っ込んできた。

「〈ゼロフリクション〉!」

 そんな彼女を前に雄也は眼前の地面に魔法をかけた。
 摩擦係数を〇にする土属性の規定魔法。その効果を受けた場所をこの勢いのままに通過しようとすれば、確実に滑って転ぶだろう。

「……甘い」

 だが、アイリスは直前に跳躍し、勢いを殺さずに真っ直ぐに向かってきた。

「〈チェインエクスプロード〉!」
「……〈スツール〉!」

 普通なら動けない空中。そこを狙い澄まして放った魔法は、しかし、空中に足場を作ってさらに高く跳躍したアイリスによって発動する前に呆気なく避けられてしまった。

「まだだ!」

 一歩遅れて既に彼女のいない空間場所で生じた爆発は、それだけでは終わらずに連鎖するようにアイリスを追って爆発を続けていく。

「……〈スツール〉」

 新たな足場を作り出し、その上に乗ったアイリスは、近づいてくる爆発を見下ろして呆れたように一つ小さく嘆息した。

「……〈チェインスツール〉〈アクセラレート〉」

 そしてアイリスは、足場の角度を大きく変えて地面に平行に跳躍し、爆発の横を翔け抜けた……ようだ。曖昧な言い方をしたのは、その速さが先程までの比ではなく、もはや雄也の目で追えるレベルではなかったからだ。

(あ、終わった)

 直後、アイリスが新たに設置した無数の足場が何かに蹴られたかのように吹っ飛び、かと思えば眼前に彼女が姿を現す。

「……私の勝ち」

 その時には既に、雄也の首筋に彼女の爪先が突きつけられていた。
 身長差は最後の足場で埋められていた。

「アイリス、スカートでハイキックはどうかと思うぞ?」
「……戦いの場でそんなことは言ってられない。それにスパッツだから大丈夫」

 足を下ろしてから、態々スカートをたくし上げてスパッツアピールをするアイリス。
 いくらスパッツだからと言って、美少女のそんな体勢は目に毒だ。しかし、目を背けられない。太腿のナイフホルダーよりもスパッツに視線が吸い寄せられる。抗えない。
 美少女+スカートたくし上げ+スパッツ。魔性の魅力と呼ぶに相応しい。素晴らしい。

「あー、その。一部界隈では、むしろそれがいいって人達もいるから……」
「…………ユウヤ、えっち」

 雄也の言葉で急に羞恥心が出てきたのか、アイリスは慌てたようにスカートを元に戻して隠すように上から手で押さえた。珍しく頬がほんのり赤く染まっている。

「い、いや、べべ、別に俺のことだって言ってる訳じゃ――」

 必死な弁明の途中で鋭さの増した視線を向けられ、思わず口を噤む。余り普段と変わっていないようにも見えるが、威圧感が半端なかった。
 これを体験すれば普段の無表情が笑顔に感じられるかもしれない。
 少しして羞恥が治まったのかフッと圧力が消え、相変わらずのニュートラルな表情でアイリスが口を開く。残念だが、無表情は所詮無表情だった。

「……それより、最後の魔法。あの魔法は非合理的過ぎる。使うのはやめた方がいい」
「あ、やっぱり?」

 視覚的には面白そうだったので使ってみたが、すぐに欠陥魔法だと実感した。
 爆発が追いかける速度を上回られてしまえば全く意味がないし、追いつかれるような愚鈍なら一発目で決まるだろう。どちらにせよ、あれならば一発ずつ狙った方が合理的だ。

「……訓練だからいいけれど、本番で変な魔法は使っちゃ駄目」
「分かってるって」

 しかし、アイリスや蝙蝠人バットロープのような動きが変則的かつ素早い相手には、彼女の言うところの変な魔法も使わざるを得なくなるかもしれない。勿論、今回のような単純な用法ではなく他の魔法と組み合わせた上で、だが。
 何にせよ、使用感を確かめておくのは悪いことではないはずだ。現時点の雄也程度の魔力では限られた魔法しか使用できないのだから。手札の把握は必要不可欠だ。

「せめて、広範囲に攻撃できる魔法が使えれば話は早いんだけどなあ」

 いくら魔法が使用者のイメージに強く依存するとは言え、当然威力や範囲、効果は魔力量によって大きく変動する。大それた現象を引き起こそうとすれば、それこそ馬鹿げた魔力量が必要となるのも必然だ。
 そんな訳で、いわゆる全体攻撃のような魔法も、魔力不足で発動できなかった。アイリスの話では、これも〈テレポート〉と同じくBクラスは必要とのことだ。

「……でも、四属性使えるだけで十分選択肢がある。後は使い方次第」
「それはそうかもしれないけど、なあ」
「…………土属性しか使えない私から見れば、羨ましい」
「うーん。棚ボタみたいなものだから、そこはちょっと申し訳ないな」

 初日に〈アナライズ〉された限りでは土属性のみという結果だったが、何故か今では土属性に加えて火、水、風の属性の魔法が使えるようになっていた。生命力や魔力が急激に増加したことも含め、改造手術が原因であることはタイミング的に明らかだ。
 もっとも、基人アントロープ以外の種族は特化した属性の魔法しか使えないそうだが、基人アントロープならば複数属性持ちはそう珍しくないらしい。ただし、実用に耐え得るのは稀だそうだが。

「……変身した姿なら、もっと大規模な魔法が使えるかもしれないけれど」
「ああ。あの状態なら〈テレポート〉の気配も感じ取れたしな」

 蜘蛛人スパイドロープや魔動機馬が現れた時のことだ。確かに前兆を感じた。
 どうやら変身すると生命力、魔力共に増大するらしい。その状態なら先程のアイリスを上回る動きも可能だと思う。勿論、それは十全に力を使いこなせてこその話だが。

「……そろそろ時間。訓練終了」
「了解。今日もありがとう、アイリス」
「……ん。どういたしまして」

 そろそろ校門の方に人影が見えてきたので、アイリスと共にまだ人の気配のない教室に戻る。それから少しするとチラホラとクラスメイトが登校してくるようになった。

「あ、ユウヤさん、アイリスさん、おはようございます」

 その中にはイクティナの姿もあり、彼女は挨拶と共に和みオーラを伴う笑顔を浮かべた。

「おはよう、イーナ。今日は早いな」

 いつもは最後から数えた方が早いぐらいなのだが。

「はい! いい風が吹いていたので!」

 よく分からない理屈に「中二病か?」と思いつつ、目線でアイリスに問いかける。

「……イクティナは翼人プテラントロープだから」
「え? イクティナは基人アントロープじゃないのか?」
「あれ? 言ってませんでしたっけ?」
「初耳だけど……」
「あ、はは、ウッカリしてました。ええと、改めて翼人《プテラントロープ》のイクティナです」

 ばつが悪そうに笑いながら再び自己紹介をするイクティナ。しかし、どこからどう見ても同じ基人アントロープにしか見えないが……。

「……翼人プテラントロープは服を着てると隠れるぐらいの小さな羽しか外見的特徴がない。魔力を込めて展開すれば別だけれど」
翼人プテラントロープの羽は風の魔力を集めて空を飛ぶための魔動器みたいなものなんですよ」

 アイリスの補足をするイクティナ。
 と言うことは、空を飛ぶ時には天使のような姿になるのだろうか。

「へえ、見てみたいな」
「あぅ、そ、それは、その…………すみません。私、魔力の放出が下手くそで飛べないんです。だから、羽もちゃんと展開できなくて……」

(魔力の放出に上手い下手があるのか?)

 そう疑問に思いながらも、申し訳なさそうに、落ち込んだように視線を下げたイクティナの前で問いを口にすることは躊躇われた。
 それについては後でアイリスに聞くとして、一先ず話を変えようと別の話題を探す。

「えっと、あ、そうだ。結局、何で早く来た理由が、いい風が吹いたから、なんだ?」
「……翼人プテラントロープは風属性特化。風が強い日は風属性の魔力が多くて翼人プテラントロープは元気になる」
「爽やかに起きられるんですよ~」

 アイリスの説明が終わる頃にはイクティナも気を取り直したようで、彼女は両手を合わせながら間延びした声を出す。立ち直りが早いのも「いい風」のおかげだろうか。

「ところで、お二人も随分早かったみたいですけど、何かあったんですか?」
「ああ、いや、アイリスに体術とか魔法の訓練をして貰ってるんだ」

 そう答えるとイクティナは「ええ!?」とビックリしたようにアイリスを見た。自分の中の彼女のイメージと食い違っている、とでも言いたげだ。

「……何?」
「あ、いえ、その、あの……何でもありませんです。はい」

 アイリスの鋭過ぎる眼光に、イクティナはしどろもどろになって俯いてしまった。

「訓練……訓練かあ。落ちこぼれの私じゃ無理ですよね……」

 彼女は下を向いたまま再び意気消沈したようにブツブツと呟き、それから意を決したように顔を上げて強い瞳をこちらに向けた。

「あの! ユウヤさん!!」
「は、はい!?」

 その勢いに思わず背筋を伸ばしてしまう。

「私に何かできることはありませんか!?」
「と、突然どうした?」
「私もユウヤさんのお世話役を任されたのに何もできてません! 私もユウヤさんのお役に立ちたいです! 私のせいでユウヤさんはこの世界に来てしまったんですから!」

 必死な様子でイクティナが詰め寄ってくる。珍しく垂れ目が吊り上がっているので(それでようやく普通ぐらいだが)意気込み具合が分かるが――。

「ちょ、近い近い!」
「はわ、す、すみません、すみません」

 慌てて離れるイクティナ。何となしにアイリスを見ると、その瞳はいつもより冷たい気がする。これは雄也自身の変な後ろめたさのせいか。

「えと、それで何かありませんか? 私、何でもしますから!」

 そろそろ教室にも人が増えてきているのに声が大きい。視線が集まっている。

「何でも……?」「手が早い」「弱みにつけ込んで……」

 何だか不穏な言葉まで聞こえてくる。
 これはちょっと落ち着かせないとまずい。誤解を受けかねない。

「何でも言って下さい!!」
「わ、分かった分かった。えっと、じゃあ、とりあえず街の案内をしてくれないか?」
「はい! 頑張ります!!」

 お茶を濁すような提案に、グッと握り拳を作って気合いの入った声を出すイクティナ。
 案内でそこまで張り切る必要もないだろうに、と少し引く。

「ま、まあ、程々によろしく」
「はい!」

 眩い笑顔を見せるイクティナに心の中で溜息をついていると、背後から肩を指でトントンと叩かれる。振り返るとアイリスのジト目と視線が重なった。

「……訓練」
「う、ごめん。アイリス」
「……いいけれど。……私もついてくから」

 その言葉にイクティナが焦ったように何かを言いかけるが、丁度そのタイミングで担任であるファリスが教室に入ってきた。いつの間にか始業時間になっていたらしい。
 渋々口を噤むイクティナと澄ました顔で前を向くアイリス。とにもかくにも、こうして今日の放課後は両手に花の街歩きと決まったのだった。

(しかし、オタクの俺が両手に花とか、俺死ぬの? ってぐらい現実味がない話だな……)

    ***

「――以上で報告を終わります。つきましてはワイルド・エクステンド及び超越人イヴォルヴァー専門の対策班を設置すべきと愚考するものであります。また、対策班は騎士のみで構成せずに魔法技師も専任で配置すべきでしょう」

 ラディアは口を閉じると、王城の会議室に集まった面々を一度見回した。
 今期の王たる基人アントロープと相談役六名(七星ヘプタステリ王国では王は十年ごとに各種族が持ち回りで務め、相談役にはその時の王の以外の種族の代表者がなる)に、騎士団長などを加えた総勢十一名。ラディアよりも立場が上の者がほとんどだ。

「学院長殿は、我々騎士団のみでは対応できないと言うのですかな?」

 不快そうに問うたのは騎士団長たる獣人テリオントロープ。その反応からプライドの高さが窺える。
 治安維持を一手に担っている自負がその根底にあるようだが、そんなものは犬にでも食わせた方がいい。余談だが、その活動内容をユウヤに説明したところ、彼は「警察と消防を足したようなもんか。まあ、普通だな」と呟いていた。

「現に対応できていないではないですか。既に数名の、いえ、恐らくそれ以上の国民が拉致されているのですよ? その事実を把握していましたか?」

 もっとも相手が相手なので、この物言いは酷かもしれない。
 あの男のことだ。事態が露見しないように魔法で様々な隠蔽を行っていたに違いない。
 例えば、拉致された者の家族とその周辺の人々の意識をいじり、その人がいないことを不思議に思わせなかったり、その人に関する記憶や記録を認識できなくしたり。
 当然、騎士にも同様のことをしていたはずだ。
 そうした魔法は魔力がAクラスもあれば普通は防げるが、街を巡回する木っ端騎士にそのレベルは求められない。ドクター・ワイルドが自らその事実を明かさなかったら、未だに誰も気づかずにいたに違いない。

(いや――)

 必要な能力を考えずにクラスの高い者を早々に出世させ、小細工が効くような者を現場に配置しているのは騎士団の判断だ。酷だとフォローする必要はないか。

「もう少し責任を感じてもいいのでは?」

 ラディアの冷たい言葉に、騎士団長は眉間にしわを寄せながら視線を逸らした。種族特性の魔法〈シンパシー〉が、ラディアを忌々しく思う彼の気持ちを伝えてくる。

(ふん、忌々しく思っているのは私の方だ)

 内心で吐き捨てる。そも、この場を設けるのに一週間もかかったのだ。緩慢も甚だしい。
 これは偏に超越人イヴォルヴァーに対する危機感の違いが原因だろう。目に見えた被害がなかったがために、現場にいたラディアとの間に決定的な温度差があるのだ。

「……もう少し学院長殿の言葉を真摯に受け止めるべきではないか?」

 そんな中で重々しく発言したのは、とある龍人ドラクトロープの男性だった。
 ランド・イクス・ドラコーン。賞金稼ぎバウンティハンターを統括する組織、賞金稼ぎバウンティハンター協会の会長だ。
 とうに人生の折り返しも過ぎているが、未だ世界でも一、二を争う実力者でもある。
 ちなみに、賞金稼ぎバウンティハンターとは人に仇なす魔物や悪人を討伐し、それらに懸けられた賞金で生計を立てている者のことだ。ユウヤは何故か粗野な人物が多いイメージを持っていたようだが、そんなことはない。いたとしても極々一部。一般の割合以下だ。
 社会的評価の高い職業であり、騎士や魔法技師に並ぶ子供の憧れの職業でもある。

「彼女とて騎士団長殿に匹敵する強者なのだ。彼女が脅威と言うからには、相手は我々にとっても無視できぬ力を持っているのだろう」

 ランドの言葉に騎士団長が小さく舌打ちをする。
 賞金稼ぎバウンティハンターは街の外の治安維持を担っているとも言え、そのためか騎士団長はライバル視しているらしい。現場レベルでは、そんなわだかまりはないのだが。

(全く……小さい男だ。それに比べて協会長殿は、さすが頼りになる)

 賞金稼ぎバウンティハンターは国の運営においても中々に重要で、そんな彼らのトップであり最強と名高いランドの発言力は強い。また非常に信頼できる人柄でもあるため、今回ラディアは真っ先に彼に相談して会議を開くのに助力して貰っていた。

「所長殿はどうお考えかな?」

 騎士団長の視線など歯牙にもかけず、ランドは隣に座る神経質そうな水棲人イクトロープの女に問う。

「まあ、我々としてはワイルド・エクステンドが隠していた研究を明らかにできるのであれば、否やはありませんがね」

 そのドクター・ワイルドが所属していた王立魔法研究所の所長でありながら、無関係とばかりに彼女は淡々と答える。その様子にラディアは眉をひそめた。
 正直、自負故に否定的な騎士団長よりも腹立たしい相手だ。比較的肯定寄りの意見を出してくれたのは助かるが、その言葉の通り、国民の被害を慮ってのことではないからだ。
 言わば、ドクター・ワイルドの同類の狂人だ。
 もっとも、彼と比較すると実力が大きく劣っているが故にほぼ無害だが。

(魔動器工場の長が偉そうに)

 ユウヤに説明した通り、王立魔法研究所は魔法に関わる研究を行う機関だ。それは嘘ではないが、しかし、その成果は余りに乏しい。
 近年では既存の魔動器のマイナーチェンジが精々で、時折ドクター・ワイルドが新規の魔動器を生み出していた程度だ。故に内情を知る者からは魔動器工場と揶揄されている。
 とりあえず今は、この苛立ちは棚上げしておこう。

「ランド。貴公自身はどう考えておるのだ」

 王から発せられた問いに、ランドが居住まいを正して口を開いた。

「人知を超えた恐るべき魔物と対峙する際に備えが過剰ということはありません。騎士のみならず、魔法技師や我が協会からも優秀な者を選抜し、対処するべきでしょう」
「待て。賞金稼ぎバウンティハンター風情が我らの領分を――」
『フゥウーハハハハハッ!!』

 ランドの言葉に騎士団長が文句をつけようとした正にその瞬間、会議室に聞き覚えのある哄笑が響き渡った。と同時に、ドクター・ワイルドの実体のない姿が現れる。

『平和ボケとは正にこのことであるな。げに恐ろしきは女神の祝福よ』
「き、貴様――」
『人間同士の最後の大規模な戦いから約一〇〇〇年。まさか鼻の利かない犬に騎士団長が務まるようになるとはな。嘆かわしいことだ』
「俺を愚弄するか!! ワイルド・エクステンド!!」

 騎士団長がいきり立つが、相手が虚像では意味がない。
 当然のように叫びは黙殺される。

「ワイルド・エクステンドよ。貴公の望みは何だ? 何をしにこの場に来た?」

 対照的に静かに、しかし、確かな威厳を伴って発せられた王の言葉に、ドクター・ワイルドは少しばかり感心したように「ほう」と口角を吊り上げた。

「貴様、王に対して無礼な振る舞いは許さんぞ!!」

 尚のことがなり立てる騎士団長にドクター・ワイルドは侮蔑の視線を一度向け、それから王へと口を開いた。

『吾輩の望みは唯一つ。人類の進化である。そのために吾輩は世界に争いと混沌をもたらすべく、悪の秘密結社を作ることをここに宣言するのである!!』
「悪の秘密結社、だと?」
『その通おおりっ!! 悪の秘密結社エクセリクシス。この名を覚えておくがいい! いずれ世界に轟く名前だ!!』
「ふざけたことを――!!」

 叫ぶ騎士団長にはもはや目もくれず、彼の言葉を遮ってドクター・ワイルドは続ける。

『……それにしても、この程度の集まりにすら一週間もの時間がかかるとは思わなかったのである。そんな呑気な貴様らには、吾輩が危機感をプレゼントしようではないか』
「何を……するつもりだ?」

 ラディアが問うと、彼は狂気に彩られた歪んだ笑みを見せた。

『なあに、少しばかり城下街で超越人イヴォルヴァーを暴れさせるだけだ』
「な、何だと!?」

 かけ時計を見ると、時刻は午後五時を少し過ぎたところだった。丁度、人々の往来が激しくなる時間帯だ。あるいは、学院の生徒も多くが街をうろついているかもしれない。

(こ、このタイミングで超越人イヴォルヴァーが現れたら――)

 背筋が凍り、ラディアは会議室の出入り口へと駆け寄った。

『おっと、貴様らをこの部屋から出す訳にはいかないのである』

 しかし、扉は開かず、ならばと〈テレポート〉を試みるが、それも不可能だった。通信機も作動しない。どうやら結界の魔法によって外部から遮断されているようだ。

『さあ、闘争ゲームの始まりだ』

 そうドクター・ワイルドが告げると、ラディア達の眼前の空間に街の中央広場を俯瞰したような映像が浮かび上がった。恐らく〈イリュージョンフィギュア〉の応用だろう。

『貴様らはここでなす術もなく見ているがいい!! フゥウーハハハハハッ!!』

 その高笑いを合図に映像の中、広場の人込みの中に明らかに人間とは異なる雰囲気を持つ存在が突如として降り立った。映像が切り替わり、その姿がアップで映し出される。
 それは飛蝗のような特徴を持つ超越人イヴォルヴァーだった。
 蜘蛛人スパイドロープもそうだったが、節足動物と基人の親和性は低いのか、その姿は余りにおぞましい。人間の肌には見られない濃い緑色が嫌悪感を煽る。
 広場にいた誰もがその存在が何なのか理解できず、動きを止めていた。その間に超越人イヴォルヴァーは一人の男性を掴むとその場で跳躍した。

「ま、まさか――」

 その段階になって、ようやく広場が騒がしくなる。そこにいる人々も皆、ラディアと同じ想像をしたのだろう。しかし、それでも目の前の光景が信じられず、すぐ傍に迫る危機を察知できず、驚愕の視線を空に向けたまま動かずにいる。

「や、やめさせろっ!! ドクター・ワイルドッ!!」
『もはや手遅れなのである』

 男性を抱えた超越人イヴォルヴァーは平原を飛ぶ鳥を超える高さに至り、やがて重力に従って落下を始めた。そして、後少しで地面というところで、超越人イヴォルヴァーは男性を突き放す。

「っ!」

 ラディアは思わず目を背けた。
 土属性の魔法によって特別に硬く作られた石畳は、人間が衝突した程度では大きく破損しない。衝撃は全て男性を貫き、そうなれば結果は想像に容易い。
 ラディアが恐る恐る再び映像に視線を向けると、そこにはかつて人間だったものの破片が飛び散って赤く染まり上がった石畳が映されていた。思わず口元を押さえる。

『くくく、運が悪かったな。生命力がCクラスもあれば即死は免れたであろうに』

 その言葉は欺瞞だと見抜き、ラディアはドクター・ワイルドを厳しく睨みつけた。
 間違いなく、彼は最初から助からない者を選んでいた。運など関係ない。
 あれだけの身体能力を持つ超越人イヴォルヴァーであれば、態々こんな非効率な殺し方をする必要はない。にもかかわらず、実行したのはこの無残な光景を作り出すためだ。
 彼の言葉を鵜呑みにするなら、その目的は危機意識と敵愾心を煽るため。ならば、抵抗できる者を選んでしまう可能性を残すはずがない。

『さあ、全てが終わった時、果たして何人死んでいるかな?』

 阿鼻叫喚の巷と化した広場に視線をやりながら、愉快そうに笑うドクター・ワイルド。
 その姿は狂っているとしか言いようがない。

(くそっ、何とか……何とかして止めなければ――)

 結界を突破する方法を考えるが、焦燥感ばかりが胸に渦巻いて思考が空転する。
 そんなラディアを嘲笑うかのように、超越人イヴォルヴァーが再び獲物を求めて動き出す。
 広場の混乱は始まったばかりだった。

    ***

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