イレンディア・オデッセイ

サイキハヤト

第122話 一つとなりて

「よし、おれたちも戻ろうか」
バラルのゲートが消えたのを確認して、ジャシードが言った。

「報酬貰う! 宝物庫! 宝物庫!」
スネイルは会話の途中は大人しくしていたが、すっかり元気な様子で走って行く。

「どこにあるか、知ってるの?」
「えーと……どこ?」
スネイルは、ガンドの声を聞いて、再び走って戻ってきた。

「頭を打っても、何にも変わらないわね」
「変わって貰っても困るよ」
「ま、確かにそうね……。ジャッシュは、どんどん変わっているみたいだけど」
マーシャは、ジャシードの顔を覗き込んだ。

「はは。中身は同じさ」
「変わって貰っても困るわ」
「だよね」
ジャシードとマーシャは、クスクス笑い合った。

ヒートヘイズたちは、館を彷徨った末に宝物庫を見つけた。オンテミオンとレグラントが、当面困らないであろう生活費を取り出し、残りから控えめに自分たちの報酬とアントベア商会の取り分を確保した。
アーマナクルは、これから再びリーダーを立て、新しい道程を歩まなければならない。これからの街のために、資金は多いに越したことはない。

「やっと、終わったね……。はあ、今回の冒険は、何だかとても長かった気がするなあ」
館から出て、ガンドは後ろを振り返った。石造りの館は、外見としては以前のままだ。だが、そこに宿っていた『強い思い』は除去され、いずれ新しい主を迎えることだろう。

「ガンドはどうせ、飯をあんまり食べられなかったからだろ?」
スネイルがからかい気味に、ガンドの腹をつついた。

「そうじゃないぞ、スネイル。僕がただの大食らいだと思って貰っては困る!」
ガンドはそう言って腹にチカラを込めた。腹にはそれなりに脂肪が付いてはいるが、以前のそれとは明らかに質が異なる。しっかりとした筋肉があり、その上に脂肪が程よくついているだけだ。

「すんごい大食らい」
「違ぁぁぁう!」
「おおこわ! おおこわ!」
スネイルは巧みに、ガンドが捉えようとする手を逃れた。

「ふふ。でも、確かに長かった気がするわね」
二人がじゃれている姿を見ながら、マーシャは旅の記憶を辿っていた。

「そうだね。色々、あったからかなあ」
ジャシードも、今回の冒険を振り返っていた。

「本当に……。何だか、考えさせられた気がするなあ」
ジャシードが思いに耽っている顔を見て、ガンドは思い出したように言う。

「ガンドなのに珍しい!」
「スネイルに言われたくないよ」
「なにぃ!」
「生意気なスネイルめ! こうしてやる!」
「いでで! やめお!」
ガンドがスネイルの両ほっぺたを、ぐいと掴んで引っ張り、スネイルの顔が横に広がった。

「もう、二人ともやめなさいよ……。ガンドは、どんなところで考えさせられたの?」
マーシャが、ガンドの腕をペチンとやると、ガンドはその手を離した。

「うーん、正義って何なんだろう、と思ってさ。レグラントさんも、ザンリイクも、正義って言ってたけど……。僕はどっちも正義だと思わなかった。でも、どっちも『正義だ』と思っていたんだよね」
ガンドは館の上の空を見上げた。陽は既に落ち、濃紺から漆黒へと変化しているのが見える。星々がその存在を主張し始め、空を一面の闇に染めまいと煌めいていた。

「そうね。ザンリイクは、レグラントさんの要求を断ったら、殺されていたはずよね」
頬に手を当てながら、マーシャが言う。

「結局、正しいとか悪いとか、正義とか邪悪とか……そう言うのは、自分の中にしかないんだと思う。その価値観が同じ人たちが集まると、それが大きくなって、正しいとか間違いとか正義とか邪悪の基準ができる。ただ、それだけなんじゃないかな」
「基準、かあ……。『普通』って言うのも、同じ事だよね」とガンド。

「そうだね。すごく極端なことを言えば……例えば、人を殺すことが自由な街があったとする。気に入らない奴は死んで当然、殺されて当然、それが普通。だとすると、その街の正義はどうなるか……」
「最悪ね……その街。住みたくないわ」
「僕はすぐ殺されそうだ」
「おいらはガンドに殺されるぅ〜!」
「ぐへへへ……ほっぺたを引きちぎってヤル!」
「助けてアニキ!」
スネイルは、わざとらしくジャシードの後ろに隠れた。

「その街で育った人たちは、人を殺すのを悪いと思うだろうか……? きっと、そんなふうに思ったりはしない。それが当たり前だし、普通だし、正義だからだ。そう言う人たちを、おれたちが邪悪だと思うのと同じで……価値観が違う人から見れば、さっきおれがあの二人を生かしたいと言ったのは、間違いであり邪悪かも知れない」
ひと呼吸置いて、ジャシードは続けた。

「バラルさんは、本当は怒っているかも知れないし、お前はバカだとか言うかも知れない。バラルさんの正義に従って……でも仮にバラルさんにそう言われたとしても、おれたちは、バラルさんを敵視したりはしないよね。人殺しの街の例は極端だけど、少し価値観が違うだけで、全部敵と見なすべきではないと思う。だからおれは、レグラントさんを殺す必要は無いと思った」

「そう言うことだったのね。理由は分からなかったけど、私はあの判断、ジャッシュらしいと思ったわ」

「もちろん、レグラントさんは良くないとみんなに思われることをしたし、もっと他の人たちのことも考えるべきだった。けれど、レグラントさんがそう言う行動に出るようになったのも、誰もレグラントさんの言うことに耳を貸さなかったからじゃないかと思うんだ。ゲートもできたことだし、みんなはもっともっと、近づいて言葉を交わすべきだと思う。今まで街は別々だったけど、イレンディアとして、一つになる時が来たんだ」
「そうね。個別の街ごとの時代は、ゲートで終わったのよね。私たちは、みんなで結束して怪物たちや……もしかしたらあるのかも知れない、イレンディア以外の場所からの来訪に備えるべきかを、真面目に議論する必要があるのかも知れないわ。誰かが、誰かだけが一人で思い悩むことのないように」
「街ごとの時代は終わりか……。よく考えたら、僕たちはすごい時代の、歴史の転換点に生きているんだね。イレンディアの新しい出発点なのかも知れない」
「全部の街がくっついたイレンディアの、一番えらい人は誰なんだ?」
スネイルは、マーシャとガンドの言うことを聞いて、疑問に思ったことをそのまま口に出した。

「偉い人?……必要なのかな?」
ガンドは光の玉を作りながら言った。

「街々の長たちを取り纏める人は、誰か必要だと思うわ」
マーシャが光の玉に目を細める。

「バラルさんが戻ってきたら、意見を聞いてみると良いかも知れないな。さて、アーマナクルの人たちを呼びに行こうか。もう夜だし、みんなが不安になってきた頃だ」
ヒートヘイズたちは、館を背にして歩き出す。人のいない街中を、ガンドが作り出した光の玉だけが照らしていた。

◆◆

ヒートヘイズたちは、オフィリアに避難していた兵士たちに事情を説明した。ジャシードは事前に決めたように『レグラントは、オンテミオンとの激戦の末、壮絶なる死を遂げた』と伝えた。それを聞いて兵士たちは非常に悲しんだが、すぐに気持ちを切り替え、明日からのアーマナクルについて考えると言うことだった。

アーマナクル兵士たちの誘導で、民は街へと帰った。幸いな事に、今回の戦いで破壊されたのは館の一部のみで、街には影響が無かった事もあり、アーマナクルは急速に普段の生活を取り戻していった。

一方、ロウメリスに送り込まれたレグラントとオンテミオンは、それぞれクレイグとフォクスターとに名を変え、共にロウメリスの発展のためにその能力を使い始めた。
初めのうちはロウメリスの民からの抵抗もあったが、次第に二人の能力を認め始め、二人を中心に街づくりを進め始めた。

アーマナクル、そしてロウメリスは、ヒートヘイズたちの活躍によって、新たなる一歩を踏み出す事となる。

◆◆


――そして、数ヶ月の時が経った。


イレンディアの全て街はそれぞれ独自に発展していたが、複合体として協力しいくことが決定された。この決定に至るまでに、各街の長と様々な調整をしたのは、エルウィンを治めるイヴリーンだった。

街の代表同士の定期会議が発足し、それぞれの街の問題や課題、今後の運営について話し合う場が持たれた。これにより、グランメリスとロウメリスの食料問題や資源問題が完全に解決され、より良い街へ変化していく土台ができた。

氷の土地メリザスと、渇きの土地ドゴール・オフィリアがゲートで繋がったことから、ドゴール・オフィリアの食料は、より長く保存することが可能となり、食生活にも変化が起こり始めた。

各街には、ヘンラーが作り出した、会話を遠隔地に届ける魔法を込めたクリスタルが配置された。このクリスタルは、街同士で行っていた、伝書鳥の代わりとなった。危急の際にはクリスタルで連絡を取り、すぐさま応援を差し向けることも可能となった。
また、怪物たちの研究のため、その調査に報酬が支払われるようになると、冒険者たちはこぞって依頼を請け始めた。冒険者たちは当然の流れとして、アントベア商会の『ゲート旅行』により旅の時間を短縮を図り、アントベア商会は、以前にも増して潤い始めた。
アントベア商会が得た多額の金は、当初の予定通り各街の防衛や発展のために使われ、人間は新たな発展の道を歩み始めた。

斯くして、イレンディアは一つの複合体として動き出した。新たな発展の果てに、どのような未来が待ち受けているのだろうか――

◆◆

気持ちの良い、青空が広がったある日。セグム家に慌ただしく出入りする、ヒートヘイズの男たちの姿があった。

「はい、次はこれね」
「うわ、重い! 何入ってんの?」
マーシャは自分の荷物を詰め込んだ木箱を、風の魔法で浮き上がらせ、ガンドに渡した。

「魔法の勉強に使ってる本よ。大切だから落とさないでね」
マーシャは次の荷物を、また別の木箱に収めながら言う。

「お、おも……全部風の魔法で運べば良いんじゃないの」
ガンドは、愚痴をこぼしつつ、えっちらおっちら部屋を出て行こうとする。

「まだ風の魔法では、長距離運べないから頼んでるのよ。お願いねぇ」
「わかったよう」
マーシャの声が背中から聞こえ、ガンドは何とか返事を返した。

「早く運べっ!」
「スネイルもなんか手伝え!」
「手伝ってるし!」
「手ぶらで言うな!」
「これから取りに行くんだよ!」
「二人とも! ちゃんとやらないと、ご褒美なしよ!」
「やるやるやる、やるから!」
「僕は運んでるのにぃぃ!」
スネイルはマーシャの部屋へ、ガンドは家の前に止めてある馬車へと向かった。この馬車は、ジャシードの荷物を積んで先発したジャシード・バラル組に続き二台目だ。

ジャシードとマーシャは二人で住むことになり、エルウィンへ引っ越しの真っ最中。アントベア商会との繋がりも深くなってきたため、エルウィンで生活していく事にしたのだ。

荷物を運んでいる彼らへのご褒美は、ウェルドの『月あかり亭』でマーシャが習ってきた料理とのことで、ヒートヘイズは全員で引っ越しを手伝っているのだった。

――先発しているジャシードとバラルは、エルウィンの街中を進んでいた。

「この間、ロウメリスを見てきたんだけど、壁の建設は順調そうだったよ。レグ……クレイグさんは、やっぱり才能ある人だね」
バラルが気に入っている『ベル』の横を通過しながら、ジャシードが言う。

「あの時、お前が奴を始末せんと言いだしたときは、気でも狂ったかと思ったが……ここまで予測していたのか?」
「おれはただ、道を誤っただけで殺すのは、やり過ぎだと思っただけだよ。冒険者としての強さも、街を治める才能も、危機を予測する頭脳もあるのに、やり直す機会も与えないなんて」
「全く、お前は甘っちょろいな。いつかまた、奴が牙を剥くかも知れんと言うのに」
「でもその辺りは、フォクスターさんが見ていてくれるよ。賢いピックもいるし、大丈夫さ」
「全く、考えているのか、考えていないのか……分からん奴だ」
「はは、照れるなあ」
「褒めとらん!」
そうこうしているうちに、二人はジャシードの新居に到着した。目立って大きいわけでもなく、豪華なわけでもない、質素な二階家だ。
二人は荷物を手早く家の中に運び込み、整えられるものから整え始めた。

夜には、マーシャの手作り料理『牛肉の柔らかドゴール産赤ワイン煮』が提供され、男たちはその料理にうっとりしたのであった。



少年だったジャシードは、幾多の経験を経て成長した。
今やイレンディアで、その名を知らぬ者は殆どいない。
ヒートヘイズは、冒険者の憧れとなり、目標となった。
人知れず世界を変えた冒険者たちの冒険は、まだ続く。

第五章「正義の在処」 完
第一部「ジャシード少年編」 完

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