イレンディア・オデッセイ

サイキハヤト

第116話 覚悟

レグラントの広間では、ヒートヘイズたちとオンテミオンが対峙していた。オンテミオンは燃えるような赤い目を輝かせ、ジャシード、スネイル、バラル、そして後ろから加わったマーシャを眺めている。

「我があるじに危害を加えたお前たちは、万死に値する」
オンテミオンは憎しみを籠めた声色で、四人へ向けてそう言い放った。

「主って、ザンリイクの事……なの?」
「おっちゃんに、主なんかいねーぞ!」
マーシャの言葉に、すぐさまスネイルが反応する。

「目を覚まして! オンテミオンさん!」
ジャシードは、一歩前に出る。

「ダメだよ、ジャッシュ! レグラントさんが探していた、赤いレンズは、オンテミオンさんに付いているって! 赤いレンズは、着けた者を強化して支配するって、レグラントさんが言ってた!」
ガンドは、レグラントの治療の手を休めずに叫んだ。レグラントは生死の境を彷徨っており、一瞬も手を抜けない状態だった。

「レグラントが言っていた……だと? ええい、とにかく、そう言う事だ……ジャシード。覚悟を決めろ!」
「どう決めろって言うんです!? おれたちの恩師なんだ! おれたち三人が、ヒートヘイズがあるのは、オンテミオンさんのおかげなんだ! あの時、マーシャが死なずに済んだのも、レムリスが無事に済んだのも、オンテミオンさんが助けてくれたおかげなのに! 覚悟って、何の覚悟なんですか!」
バラルの言葉を、ジャシードはどうしても飲み込めなかった。

「ねえ、オンテミオンさん……おれたちが……ぼくたちが分かるでしょう? ザンリイクはもう死んだんだ。誰に従うっていうんです?」
ジャシードは、また一歩、オンテミオンに近づいた。

――ジャシードには見えていた。オンテミオンがその大剣を握りしめ、振りかぶるのが……。しかし、オンテミオンなら当てるわけ無いと、ジャシードはそう思い込んでいた。

「ボヤッとするな! 演習じゃあないんだぞ!」
バラルは飛んでジャシードに体当たりし、振り下ろされるオンテミオンの大剣からジャシードを救った。オンテミオンの剣は、床の石に当たって衝突音を上げる。

「オ……オンテミオンさんが、おれたちを攻撃するはずなんか、ないんだ。そんなわけ無い!」
ジャシードがそう言った途端に、ジャシードの胸倉を掴んだバラルの拳が、ジャシードの顔面を捉えた。

「っつ……!」
「わしだって……何十年の付き合いをしておる此奴が、ザンリイクなんぞに支配されたとは信じられん! だが、現実を見てみろ! 奴は、わしらを認識すらしておらん!」
バラルは、今し方ジャシードを殴った右手を、オンテミオンの方へと向ける。

「やらねば、わしらだけではなく、人間全体の存続が危ぶまれるのだぞ! 人間全体で、此奴に敵う者がどれだけいるのか考えろ! 目を覚ませ! 今わしらが背負っているのは、イレンディアの殆ど全ての、生きとし生けるものだ!」
バラルは、ジャシードを乱暴に揺さぶりながら、珍しく大声を上げた。

ジャシードは、バラルに揺さぶられながら、オンテミオンとの過去を思い起こしていた。

セグムとソルン、そしてオンテミオンとの旅で、ジャシードは大人たちから沢山のことを学んだ。ことオンテミオンは、ジャシードが戦士として、人間として追いかけたい背中の一つだ。その瞳は常にジャシードの成長を見守り、セグムを通して達成できるように手助けを忘れなかった。
セグムの仲間でもあり剣の師でもあるオンテミオンは、ジャシードが冒険者になりたい思いをやり強くさせた、憧れの人物だ。その姿は、常に心の中にあったし、今も目標だと言える。どちらが強いか、そんな事は関係なかった。

しかし今、目の前にいる存在は、オンテミオンであってオンテミオンではない。しかしそれは、ザンリイクの仕業だった。

ラグリフの支配下にあったスノウブリーズたちは、ラグリフを倒すことによって、その呪縛から解放することができた。彼らは仕方なく、やらなければならないことをしていたに過ぎない。

しかしザンリイクを倒してもなお、支配されたままのオンテミオンは、どうすれば解放することができるのだろうか……。

「ごめん、バラルさん……目が覚めたよ。でも、どうやったら、オンテミオンさんを解放できるんだろう?」
バラルに殴られて我に返ったジャシードは、立ち上がりながら、迫り来るオンテミオンを眺めて呟いた。

「わからん……。レグラントはどうやら、この件に関して一枚噛んでいるようだが、あの状態では聞き出せん。わしらで何とかするしかなかろう」
「何とか……か。やれるだけ、やってみるよ」
「やれるのか、ジャシード!」
「やれるだけ……やるよ……」
ジャシードは、尻すぼみに返事をする。

「いいか、ジャシード! 恐らくお前が倒れたら、ここにはオンテミオンに敵う者はいない。最悪の場合、全員殺される。マーシャも、スネイルも、ガンドも、わしとて例外ではない。そして、選りすぐりの兵士があの人数でかかっても、あの怪我だ。この街は今住民を避難させているが、他の街に行かれては、街の民まで巻き添えになる! 次の街も、その次の街もだ! きっちり、お前の使命を、心に刻み込め!」
バラルは、ジャシードの背中をバンと叩いた。

「分かった……ごめん、ありがとう、バラルさん!」
ようやく、ジャシードの表情が変わった。ディバイダーを手に取り立ち上がると、しっかり構えてオンテミオンに向き直る。

「オンテミオンさん……おれは、今決めたよ。オンテミオンさんをこれ以上悪者にさせないために、おれたちがここで、オンテミオンさんを倒します……!」
ジャシードは、ディバイダーの向こうに迫るオンテミオンを見つめた。

「お前たちは、我が主に楯突く者たち。全員ここで死ぬがよい」
オンテミオンは、右手の大剣を左側へ振って構えた。

「本気で……本気で全員殺すつもりなのか! ザンリイク……お前の罪は深いぞ!!」
ジャシードは、オンテミオンから少し離れた正面に立ち、オンテミオンと鏡映しにディバイダーを構えた。

「いかん! 間に合うか!?」
バラルもこれから何が起こるかを把握し、杖を床に着け、魔法を紡ぎ始める。

「なに!? どうなるの?」
「マーシャ、わしの前に出るなよ! それから、オンテミオンを攻撃するように、魔法を用意しておけ!」
「うう……私もやらないといけないの……?」
「お前、ジャシードにわしが言ったこと、ジャシードの覚悟を聞いておらんかったのか!? やらねば、やられるぞ!」
「うう……分かった……」
マーシャは、右手に炎、左手に雷撃の魔法を練り始めた。

「みんな! なるべく弾くけど、多分全員は守り切れない! 移動できる人は、おれの後ろの方へ!」
ジャシードは、オンテミオンの動向を睨みつつ、自らも剣にチカラを込めた。

「んん……!」
オンテミオンが動き出す。それはレムリスで見せた、フォーススラッシュの範囲攻撃だ。

「させる、かあ!」
ジャシードはオンテミオンに合わせて、力場を展開し、チカラを解放する。

「今か!」
バラルが床から杖をグイと上げると、石造りの床が盛り上がり、広間を分断する壁のように立ち上がる。

「ふんっ!」
オンテミオンは大剣を真横に振り抜き、チカラを解放した。強烈なチカラの波が、円弧状に広がろうとしている。

「っらあっ!」
ジャシードも同じように、円弧状のチカラを解放した。

二人の円弧状のチカラが激しくぶつかり合い、まるで雷鳴のような激しい音が広間に響き渡る。

ジャシードの前方は、ジャシードのチカラが勝り、オンテミオンに襲い掛かった。しかしオンテミオンは、力場を前方に集中させてこれを防ぐ。

余ったオンテミオンのチカラは、放射状に広がっていき、バラルが作り出した壁を激しく破壊しながら土煙を上げた。

「ふぉぉ、危ない所だった。皆、怪我はないか!?」
バラルは土煙の中、左右を見渡した。あちこちから、平気とか、助かったとか、そう言った声が聞こえる。

「お前たち、できれば撤退してくれ。悪いが、この戦いにはお主らの出番はない」
「わ、わかりました……しかし、レグラント様が……」
バラルの言葉に、レグラントの兵士の一人が口籠もった。

「今は動かせないよ! 生死の境目だから、今動かしたら死んでしまう! 僕に任せて、皆さんは撤退して」
ガンドは、有無を言わせない口調だ。

兵士たちは少し迷ったが、撤退することを選んだ。守りながら戦うことの難しさは、彼らがよく知っている。そんな荷物になるくらいなら、いない方が幾許かマシというものだ。

「いただき! ペネトレイト・ショット! って奴だ!」
ジャシードが密かに出していたハンドサイン通り、オンテミオンの背後を取っていたスネイルは、ラグリフの技の見よう見まねで、ペネトレイト・ショットを放った。黒い渦が、炎熱剣と霧氷剣それぞれに現れ、オンテミオンの背を襲う。

オンテミオンは、ジャシードのフォーススラッシュを受けるために、前方へ力場を展開していた。そのため、スネイルのペネトレイト・ショットを受けきれず、無防備な背中へまともに食らった。

「ごばぁっ!」
オンテミオンの腹に、背後から二つの大穴が開き、鮮血が迸る。

「いやっほ……ぶっ!」
スネイルの悪い癖で無駄な動きが出たところを、オンテミオンの裏拳がスネイルの顔面を捉え、スネイルは壁までぶっ飛ばされた。壁に激突して、鈍い音を立てたスネイルは、そのまま気を失った。

「スネイル! ちょっと今動けないのに!」
ガンドは治療を続けながら、ややイライラしている様子だ。

しかしそれでも、オンテミオンの怪我は深い。オンテミオンは右膝をつき、左手を床に付いた。

「ごめん、オンテミオンさん!」
マーシャはその機を逃さず、両の手に集めた魔法を併せて放った。

雷と業火の合わせ技を、何気なく使える魔法使いもそうそういない。マーシャは、その創造性と器用さを最大限に発揮して、一般人が見たこともないような魔法を放つ事ができる。今放たれた魔法には、名前など付いていないのだ。

「があぁっ!」
名も無い、しかし強力な魔法は、オンテミオンに着弾し、雷鳴を轟かせながらオンテミオンを炎上させた。

「悪く思うなよ、オンテミオン!」
バラルは炎と風の魔法を合わせ、オンテミオンに放つ。この魔法には、フレイムストームと名前が付いている。名付けたのはもちろん、バラルだ。

バラルの放ったフレイムストームも、オンテミオンに到達し、更に激しく魔法の炎が燃え上がる。

オンテミオンは、二人の魔法使いによる凄まじいまでの魔法に包まれ、くぐもった苦しむ声を上げながら床を転がった。

普通の炎ならば、床を転がればある程度消すこともできるだろうが、魔法の炎はそうはいかない。

オンテミオンは、マーシャとバラルの魔法で、激しく燃えていた。

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