イレンディア・オデッセイ
第114話 正義
「何処に消えた!?」
「わからん!」
ジャシードとスネイルは、背中合わせになり、辺りを警戒する。
「この技、どこかで……」
ジャシードは、微かな記憶を呼び起こそうとする。
「タンネッタ池だ!」
スネイルとバラルが同時に言う。
「タンネッタ池……そうか!」
ジャシードとスネイルは、あのとき感じた『冷たい感覚』を探り始める。
「何か、感じるか?」
「わかんないよ、アニキ……」
二人は真剣にやっているが、ザンリイクを発見できずにいた。
「アァ!」
「ちょっとピック、静かにして」
マーシャは、何故かばたつくピックを抑えようとする。しかしピックはその手を抜け、羽ばたき、辺りを飛び回る。
「もう、ちょっと……」
「マーシャ、集中しろ。ピックに構っておる場合ではない!」
「分かってるわよ!」
マーシャとバラルも、ザンリイクの次の行動を見計らおうとしていた。突然、目の前に現れるかも知れない。警戒はしすぎても良いほどだ。
周囲には、ピックが羽ばたく音以外、何の音も変化もない。
『ふん……我はフグードと同じように見つかりはせぬ。まずは、忌々しい治療術師を殺す』
ザンリイクは、業火の魔法をガンド目掛けて発動させようと、魔法を練り始めた。
「アァ!」
突然、バタバタと飛んでいたピックが急降下し、何もない場所に突撃した。その嘴が、何かに突き刺さる。
『あがっ! 目が……!』
ザンリイクは、ピックを杖で強打する。
「ア゛ァ……」
ピックは杖で強打されたため羽根が折れた様子で、弱々しい鳴き声を上げながら地面に叩きつけられた。
「ピック!? あそこか!」
ジャシードはディバイダーを一本に纏めると、ピックが突撃した場所に飛び込み、斬り上げの一閃を放った。
「手応えあり!」
剣を振り終わると同時に、ジャシードはピックを拾い上げて飛び退く。
『あが……あが……腹が……あああ!』
腹を深々とジャシードの剣に斬られたザンリイクは、どす黒い体液を噴き出しながら姿を現した。裂かれた腹を、必死で掴んでいる。
「ガンド、ピックを頼む!」
「任せて!」
ジャシードは、ピックをガンドに預けると、再びザンリイクの方へと走り出した。
「この機を逃してなるものか! マーシャ、奴に再生の時間を与えるな! ジャシード、スネイル、巻き添えを食らうなよ!」
「はい先生!」
二人の魔法使いたちは、すぐさま魔法を放つ。バラルは業火の魔法を、マーシャは氷の刃を連続して放つ。
『ああがぎゃぎゃぎゃぎゃ!』
一瞬にしてザンリイクは業火に包まれ、業火が消えた場所には、次々と氷の刃が襲いかかった。次の魔法までの間に、ジャシードの剣が突き刺さり、スネイルが背後から霧氷剣と炎熱剣を突き立てた。
そして更に、爆裂の魔法、雷撃の魔法、ジャシードの斬撃、スネイルによる急所への突きと怒濤の攻撃が続いた。もはや、ザンリイクは攻撃を躱す事も、避ける事もできない。魔法主体での戦闘しかできないザンリイクは、完全に為す術が無かった。
『な……んと……いう……こ……ことだ……』
ザンリイクは氷の刃でボロボロになった膝を付き、前のめりに倒れる。もう押さえきれない、ボロボロになった肉体から、内臓がはみ出している。
『こ……これは……!』
だが、ザンリイクには見えた。赤き開放の目を付けた、ザンリイクの最後の僕が、『命の宝珠』に溜め込んだチカラを飲み込んでいく様が……。
ザンリイクが、最後の切り札にしようとしていた仕掛けが、レグラントの手によって発動した。最強の僕の、完成した瞬間だった。
「クハ……ハ……ハハ!」
ボロボロのザンリイクが、突然掠れた笑い声を上げる。
「何笑ってるんだ、あいつ。頭おかしくなったのかな」
ガンドは思わず言う。
「我の……シモ……ベが……完成し……た……! お……お前たち……人間を……ぜ……全滅……させ……るだろう……我が……せ……正義が……達成……される」
ザンリイクは、人間の言葉を使って呟いた。
「シモベ!? って誰だ?」
ガンドは気になって声を上げた。
「お前が正義とか言うな!」
スネイルは、倒れているザンリイクに、だめ押しの一撃を突き刺す。
「か……」
ザンリイクは、もはや言葉を紡ぐ事ができず、気を失った。
「どうする?」
「アァ!」
ピックが治療されて元気になったのを確認したガンドは、耳をピックに甘噛みされつつ、倒れているザンリイクの方を見た。
「どうするもこうするも、止めを刺す。シモベの事は気になるが、コイツも生かしておいてはマズい。放っておけば傷もそのうち癒えてしまうし、フグードやシャシャ……何とかのような者を、今後も量産されてはたまらん!」
バラルは、ザンリイクに杖を向けた。
「確かにそうだね。誰がシモベなのかは分からないけれど、これ以上シモベが増えないように、止めを刺そう」
ジャシードは、バラルに同意した。
「再生する怪物は、首を切り離すんだ。終わったら焼き尽くす!」
「分かった!」
セグムとマーシャに、そしてレムリスやエルウィンの人たちに辛い思いをさせた『諸悪の根源』であるザンリイクの首に、ジャシードは躊躇無くディバイダーを振り下ろした。既に業火の魔法で焼け焦げたザンリイクの首が、ごろりと転がる。
「正義……か」
「何か気になった? ガンド」
ガンドが呟いたのを聞いて、ジャシードは振り向いた。
「あ、いやね。あんな諸悪の根源みたいな奴でも、正義とか言うんだなって思ってさ」
「正義は、立場によって違うからね」
ジャシードは、何気なく言う。
「立場によって……かぁ」
ガンドは、首を切り落とされたザンリイクを眺めた。
「ジャシードの言う通りだな」
会話を聞いていたバラルが割って入る。
「人間とエルフでも違うし、人間同士でも違う。もしかすると、わしとガンドの正義は、違うかも知れん。ましてや、人間と怪物では言うまでもなく、大きく違うだろう」
バラルは何故か、いつかレンドール付近で襲ってきた、ノフォスのダリアーと言う名を思い出していた。
「そう言われれば、そうかあ」
ガンドは中空を見上げて考えた。
「さて、コイツを燃えかすになるまで、完全に焼き尽くすぞ」
「もう、首も切り落とされているのに……。追い打ちをかけるみたいで、なんだか、かわいそうね……」
「放っておけば、ここからでも再生する可能性がある。意味の無い情けを掛けるな」
「わかったわ……」
マーシャとバラルは、自身にできうる限りの強い炎を作り出し、ザンリイクを焼いた。
「しっかり、踏んどこ」
炭化したザンリイクを、スネイルが踏み潰す。ジャリジャリと音がし、骨が割れて乾いた音を立てた。スネイルは、そうやってしっかりと焼けたことを確認していた。
「シモベの事は気になるが、まずはレグラントに勝利の報告をするか。それで良いな、ジャシード」
「うん、そうしよう」
「アァ!」
ピックはそこいらを飛び回ったり、ザンリイクが研究に使っていたであろう器具に止まったりしている。
器具の付近に置いてあった、小さい透明な円盤状の物が気になったピックは、何気なく嘴に咥えて首を傾げている。
「ちょっとピック。変なもの食べないでよ!?」
マーシャは、ピックが何かを咥えたのを見て注意した。
「ではゲートを開こう。そのうるさい鳥、なんとかせい!」
バラルは、バタバタと飛び回るピックを煩そうに眺めつつ、アーマナクルへ繋がるゲートを開いた。
「ほら、ピック! 行くぞ!」
ジャシードが呼ぶと、ピックはジャシードの肩を目掛けてフワリと飛んできた。
◆◆
レグラントと赤目の者の戦いは、『赤き開放の目』が『命の宝珠』のチカラを得て『完成』してから、完全に形勢逆転していた。
「く……!」
レグラントは、赤目の者の大剣を際どく躱した。目の前を、赤目の者の大剣が強烈な風切り音を立てつつ通り過ぎていく。
命の宝珠を破壊してから、赤目の者の雰囲気はガラリと変化し、レグラントは防戦一方になっていた。
通常両手で扱う大剣を、まるで片手剣のように扱うようになった赤目の者は、剣術のみならず体術も織り交ぜレグラントを責め立てる。
レグラントが力場を使っても、もはや赤目の者には通用しなかった。赤目の者の攻撃は、レグラントの力場を貫通し、傷を付ける事ができるようになっていた。レグラントの左腕には、既に避けきれなかった攻撃でついた傷があり、動く度に疼く。
さらにレグラントの攻撃も、一切通用しなくなっていた。赤目の者は、レグラントの攻撃を避けることもせず、強力な力場で受け止めている。
「どうした。力場は役に立たぬのではなかったか」
赤目の者は、力場の具合を確かめるかのように、オーラで止められている剣の切っ先を眺めた。
「まさか、ここまでとは……」
剣にチカラを込めるレグラントの腕が、小刻みに震えている。
「お前の望んだ強者との戦いは、良き海への土産となろう」
赤目の者は、レグラントの剣を弾き返した。
イレンディアでは、使者の弔いは海へ流すことによって為される。海への土産とは、死後に持っていく記憶のことだ。
かの者は、完全に勝利を確信しているのが、その発言でよく分かる。それはレグラントにとって、非常に屈辱的だった。
レグラントは、ほぼ右に出るものはいない強者と見なされている。それは一人の戦士としても、指揮官としても、支配者としてもそうであった。
そのため、それほど大きい街ではないアーマナクルだが、対怪物でも安定的な強さを誇り、エルウィンと比べても遜色ない安全な街と言われている。絶対的な指導者の下、兵士の練度も高く、士気も高く保たれていた。もし、レムリスにあった怪物たちの襲撃がアーマナクルにあったとしても、大した混乱もなく撃退したであろう。
そのレグラントが、圧倒されている――これはまさに、異常事態だった。
「支配されていながら、随分と喋る!」
レグラントは、剣にチカラを注ぎ始めた。
力場を破るには、幾つかの方法がある。
一つは、力場を支えているチカラ、つまり生命力を使い切らせることだ。これを防ぐために、力場を使用している最中でも、通常は敢えて攻撃を避ける。力場を使って攻撃を防ぐことは、余計なチカラを使うことになるからだ。それでも避けきれない攻撃に備えるために、力場という技が存在し、力場の存在が戦士をより戦士たらしめている。
もう一つは、生命力を集中させ、一点突破することだ。かつてジャシードがアズルギースに放ったように、一点に収束させたチカラは、力場をも突破する破壊力を持つことができる。ただし、このような技は、生命力が強い者にしか使いこなすことができない。然もなくば、命を賭けることになる。
レグラントは、一点突破の可能性に賭けた。それしか、赤目の者に勝てる見込みが無かった。レグラントは、それほどに追い込まれていた。
「わからん!」
ジャシードとスネイルは、背中合わせになり、辺りを警戒する。
「この技、どこかで……」
ジャシードは、微かな記憶を呼び起こそうとする。
「タンネッタ池だ!」
スネイルとバラルが同時に言う。
「タンネッタ池……そうか!」
ジャシードとスネイルは、あのとき感じた『冷たい感覚』を探り始める。
「何か、感じるか?」
「わかんないよ、アニキ……」
二人は真剣にやっているが、ザンリイクを発見できずにいた。
「アァ!」
「ちょっとピック、静かにして」
マーシャは、何故かばたつくピックを抑えようとする。しかしピックはその手を抜け、羽ばたき、辺りを飛び回る。
「もう、ちょっと……」
「マーシャ、集中しろ。ピックに構っておる場合ではない!」
「分かってるわよ!」
マーシャとバラルも、ザンリイクの次の行動を見計らおうとしていた。突然、目の前に現れるかも知れない。警戒はしすぎても良いほどだ。
周囲には、ピックが羽ばたく音以外、何の音も変化もない。
『ふん……我はフグードと同じように見つかりはせぬ。まずは、忌々しい治療術師を殺す』
ザンリイクは、業火の魔法をガンド目掛けて発動させようと、魔法を練り始めた。
「アァ!」
突然、バタバタと飛んでいたピックが急降下し、何もない場所に突撃した。その嘴が、何かに突き刺さる。
『あがっ! 目が……!』
ザンリイクは、ピックを杖で強打する。
「ア゛ァ……」
ピックは杖で強打されたため羽根が折れた様子で、弱々しい鳴き声を上げながら地面に叩きつけられた。
「ピック!? あそこか!」
ジャシードはディバイダーを一本に纏めると、ピックが突撃した場所に飛び込み、斬り上げの一閃を放った。
「手応えあり!」
剣を振り終わると同時に、ジャシードはピックを拾い上げて飛び退く。
『あが……あが……腹が……あああ!』
腹を深々とジャシードの剣に斬られたザンリイクは、どす黒い体液を噴き出しながら姿を現した。裂かれた腹を、必死で掴んでいる。
「ガンド、ピックを頼む!」
「任せて!」
ジャシードは、ピックをガンドに預けると、再びザンリイクの方へと走り出した。
「この機を逃してなるものか! マーシャ、奴に再生の時間を与えるな! ジャシード、スネイル、巻き添えを食らうなよ!」
「はい先生!」
二人の魔法使いたちは、すぐさま魔法を放つ。バラルは業火の魔法を、マーシャは氷の刃を連続して放つ。
『ああがぎゃぎゃぎゃぎゃ!』
一瞬にしてザンリイクは業火に包まれ、業火が消えた場所には、次々と氷の刃が襲いかかった。次の魔法までの間に、ジャシードの剣が突き刺さり、スネイルが背後から霧氷剣と炎熱剣を突き立てた。
そして更に、爆裂の魔法、雷撃の魔法、ジャシードの斬撃、スネイルによる急所への突きと怒濤の攻撃が続いた。もはや、ザンリイクは攻撃を躱す事も、避ける事もできない。魔法主体での戦闘しかできないザンリイクは、完全に為す術が無かった。
『な……んと……いう……こ……ことだ……』
ザンリイクは氷の刃でボロボロになった膝を付き、前のめりに倒れる。もう押さえきれない、ボロボロになった肉体から、内臓がはみ出している。
『こ……これは……!』
だが、ザンリイクには見えた。赤き開放の目を付けた、ザンリイクの最後の僕が、『命の宝珠』に溜め込んだチカラを飲み込んでいく様が……。
ザンリイクが、最後の切り札にしようとしていた仕掛けが、レグラントの手によって発動した。最強の僕の、完成した瞬間だった。
「クハ……ハ……ハハ!」
ボロボロのザンリイクが、突然掠れた笑い声を上げる。
「何笑ってるんだ、あいつ。頭おかしくなったのかな」
ガンドは思わず言う。
「我の……シモ……ベが……完成し……た……! お……お前たち……人間を……ぜ……全滅……させ……るだろう……我が……せ……正義が……達成……される」
ザンリイクは、人間の言葉を使って呟いた。
「シモベ!? って誰だ?」
ガンドは気になって声を上げた。
「お前が正義とか言うな!」
スネイルは、倒れているザンリイクに、だめ押しの一撃を突き刺す。
「か……」
ザンリイクは、もはや言葉を紡ぐ事ができず、気を失った。
「どうする?」
「アァ!」
ピックが治療されて元気になったのを確認したガンドは、耳をピックに甘噛みされつつ、倒れているザンリイクの方を見た。
「どうするもこうするも、止めを刺す。シモベの事は気になるが、コイツも生かしておいてはマズい。放っておけば傷もそのうち癒えてしまうし、フグードやシャシャ……何とかのような者を、今後も量産されてはたまらん!」
バラルは、ザンリイクに杖を向けた。
「確かにそうだね。誰がシモベなのかは分からないけれど、これ以上シモベが増えないように、止めを刺そう」
ジャシードは、バラルに同意した。
「再生する怪物は、首を切り離すんだ。終わったら焼き尽くす!」
「分かった!」
セグムとマーシャに、そしてレムリスやエルウィンの人たちに辛い思いをさせた『諸悪の根源』であるザンリイクの首に、ジャシードは躊躇無くディバイダーを振り下ろした。既に業火の魔法で焼け焦げたザンリイクの首が、ごろりと転がる。
「正義……か」
「何か気になった? ガンド」
ガンドが呟いたのを聞いて、ジャシードは振り向いた。
「あ、いやね。あんな諸悪の根源みたいな奴でも、正義とか言うんだなって思ってさ」
「正義は、立場によって違うからね」
ジャシードは、何気なく言う。
「立場によって……かぁ」
ガンドは、首を切り落とされたザンリイクを眺めた。
「ジャシードの言う通りだな」
会話を聞いていたバラルが割って入る。
「人間とエルフでも違うし、人間同士でも違う。もしかすると、わしとガンドの正義は、違うかも知れん。ましてや、人間と怪物では言うまでもなく、大きく違うだろう」
バラルは何故か、いつかレンドール付近で襲ってきた、ノフォスのダリアーと言う名を思い出していた。
「そう言われれば、そうかあ」
ガンドは中空を見上げて考えた。
「さて、コイツを燃えかすになるまで、完全に焼き尽くすぞ」
「もう、首も切り落とされているのに……。追い打ちをかけるみたいで、なんだか、かわいそうね……」
「放っておけば、ここからでも再生する可能性がある。意味の無い情けを掛けるな」
「わかったわ……」
マーシャとバラルは、自身にできうる限りの強い炎を作り出し、ザンリイクを焼いた。
「しっかり、踏んどこ」
炭化したザンリイクを、スネイルが踏み潰す。ジャリジャリと音がし、骨が割れて乾いた音を立てた。スネイルは、そうやってしっかりと焼けたことを確認していた。
「シモベの事は気になるが、まずはレグラントに勝利の報告をするか。それで良いな、ジャシード」
「うん、そうしよう」
「アァ!」
ピックはそこいらを飛び回ったり、ザンリイクが研究に使っていたであろう器具に止まったりしている。
器具の付近に置いてあった、小さい透明な円盤状の物が気になったピックは、何気なく嘴に咥えて首を傾げている。
「ちょっとピック。変なもの食べないでよ!?」
マーシャは、ピックが何かを咥えたのを見て注意した。
「ではゲートを開こう。そのうるさい鳥、なんとかせい!」
バラルは、バタバタと飛び回るピックを煩そうに眺めつつ、アーマナクルへ繋がるゲートを開いた。
「ほら、ピック! 行くぞ!」
ジャシードが呼ぶと、ピックはジャシードの肩を目掛けてフワリと飛んできた。
◆◆
レグラントと赤目の者の戦いは、『赤き開放の目』が『命の宝珠』のチカラを得て『完成』してから、完全に形勢逆転していた。
「く……!」
レグラントは、赤目の者の大剣を際どく躱した。目の前を、赤目の者の大剣が強烈な風切り音を立てつつ通り過ぎていく。
命の宝珠を破壊してから、赤目の者の雰囲気はガラリと変化し、レグラントは防戦一方になっていた。
通常両手で扱う大剣を、まるで片手剣のように扱うようになった赤目の者は、剣術のみならず体術も織り交ぜレグラントを責め立てる。
レグラントが力場を使っても、もはや赤目の者には通用しなかった。赤目の者の攻撃は、レグラントの力場を貫通し、傷を付ける事ができるようになっていた。レグラントの左腕には、既に避けきれなかった攻撃でついた傷があり、動く度に疼く。
さらにレグラントの攻撃も、一切通用しなくなっていた。赤目の者は、レグラントの攻撃を避けることもせず、強力な力場で受け止めている。
「どうした。力場は役に立たぬのではなかったか」
赤目の者は、力場の具合を確かめるかのように、オーラで止められている剣の切っ先を眺めた。
「まさか、ここまでとは……」
剣にチカラを込めるレグラントの腕が、小刻みに震えている。
「お前の望んだ強者との戦いは、良き海への土産となろう」
赤目の者は、レグラントの剣を弾き返した。
イレンディアでは、使者の弔いは海へ流すことによって為される。海への土産とは、死後に持っていく記憶のことだ。
かの者は、完全に勝利を確信しているのが、その発言でよく分かる。それはレグラントにとって、非常に屈辱的だった。
レグラントは、ほぼ右に出るものはいない強者と見なされている。それは一人の戦士としても、指揮官としても、支配者としてもそうであった。
そのため、それほど大きい街ではないアーマナクルだが、対怪物でも安定的な強さを誇り、エルウィンと比べても遜色ない安全な街と言われている。絶対的な指導者の下、兵士の練度も高く、士気も高く保たれていた。もし、レムリスにあった怪物たちの襲撃がアーマナクルにあったとしても、大した混乱もなく撃退したであろう。
そのレグラントが、圧倒されている――これはまさに、異常事態だった。
「支配されていながら、随分と喋る!」
レグラントは、剣にチカラを注ぎ始めた。
力場を破るには、幾つかの方法がある。
一つは、力場を支えているチカラ、つまり生命力を使い切らせることだ。これを防ぐために、力場を使用している最中でも、通常は敢えて攻撃を避ける。力場を使って攻撃を防ぐことは、余計なチカラを使うことになるからだ。それでも避けきれない攻撃に備えるために、力場という技が存在し、力場の存在が戦士をより戦士たらしめている。
もう一つは、生命力を集中させ、一点突破することだ。かつてジャシードがアズルギースに放ったように、一点に収束させたチカラは、力場をも突破する破壊力を持つことができる。ただし、このような技は、生命力が強い者にしか使いこなすことができない。然もなくば、命を賭けることになる。
レグラントは、一点突破の可能性に賭けた。それしか、赤目の者に勝てる見込みが無かった。レグラントは、それほどに追い込まれていた。
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