イレンディア・オデッセイ

サイキハヤト

第112話 ザンリイク

次なる罠をも突破したヒートヘイズたちは、更に先へと進んでいった。何度か道を間違っては、行き止まりにぶち当たった。行き止まりの一つには、落とし穴の下に針の山が仕掛けられている場所もあり、一行は多少肝を冷やす経験をした。
もちろんそれらの場所は、漏れなくスネイルによって罠が暴かれていたため、誰も罠に掛かることはなかった。

「これ、スネイルがいなかったら……僕たち、ここまで来られなかったかも」
ガンドは目の前にある、下の階層へと下がっていく階段を見て言った。彼らは今、階段を目の前にして小休止しているところだ。

「まだ終わりと決まったわけじゃあないぞ」
ジャシードは、魔法の光によって照らされている階段の奥を、しゃがんで覗きこむようにしている。

「もう終わって欲しいわ」
小さな溜息をつきながら、マーシャが言う。

「アネキ疲れたか?」
「ちょっとね」
「魔法使いすぎ?」
「そっちは平気。歩き疲れちゃった」
「ごめん、おいらが道を間違いすぎたせいだ……」
スネイルは少しだけシュンとした。

「ごめんなさい。スネイルを責めるつもりはなかったの。スネイルは頑張ってるわ」
マーシャはスネイルの頭に手を置いて言う。

「うん、もっと頑張るぞ!」
頭の上に置かれた手の温もりは、スネイルにもよく分からない、どこからともなく湧いてくるチカラを与えた。

「わはは。スネイルはそうでなくっちゃ!」
「だな! アニキ!」
ジャシードとスネイルは、親指を立てた両手を前に突きだした。

ガンドは、マーシャの足に再生の魔法を掛けてやり、マーシャは魔法の効果で元気を取り戻した。再生の魔法は、傷を治すだけでなく、疲労回復にも使える便利なものだ。

「さあ、休憩は終わりだ。時間のとこも考えんと。眠くなる前に終わらせねばならん」
「そうだね。行こうか!」
バラルに呼応し、ジャシードが立ち上がった。

◆◆

その頃、燃えるような赤い目の人物は、ウェルドに近づきつつあった。守衛所の衛兵たちが警告したため、ウェルドは厳戒態勢を取っている。

「来たぞ! 門を閉じろ!」
衛兵がかの者の姿を認め、警戒の鐘を打ち鳴らした。滅多に打ち鳴らされることのない警戒の鐘の音は、ウェルドの街全体にただならぬ空気感をもたらすと共に、対岸にあるエルウィンにもその危機を伝えた。

「射撃部隊、構え!」
ウェルドの防護壁上に設置されている、巨大な矢を射出する装置バリスタが、かの者に向けられた。バリスタは本来、ワイバーンなどの飛行型怪物の襲来に備えた武器で、基本的に歩行する相手に向けることはない。しかし今は緊急事態であると言うことで、その照準は燃えるような目を持つ者に向けられていた。
更に、クロスボウを装備した兵士たちも、かの者に照準を定めた。その後方には魔術師部隊が、それぞれいつでも魔法を撃ち込めるように、杖に魔力を集めている。

かの者はその様子を見て立ち止まり、ウェルドの守りをゆっくりと左右に眺めた。

向かって左側には、ゲートが二つ並んでいる。片方はエルウィン行き、もう片方はメルナー行きだ。
ゲートは、それぞれの街に二つずつ、街の門の外側に造られている。目的の街へ行くには、離れていればいるほど、ゲートを幾つも通り抜けなければならない。

かの者は、ウェルドの厳戒態勢を意に介することもなく、真っ直ぐ進み始めた。

「撃てェッ!!」
衛兵長の号令に合わせ、全ての衛兵たちはかの者に攻撃を開始した。幾多の矢とバリスタから射出された大型の矢、そして様々な種類の攻撃魔法の数々、魔法で召喚された鎧や剣の形をしている召喚生物たちが襲い掛かった。

その瞬間、辺りに地鳴りのような低い音が聞こえ、かの者は紅いオーラに包まれた。
召喚生物たちは、紅いオーラに包まれたかの者に、襲い掛かろうと走り込んでいく。

バリスタの巨大な矢と通常の矢、魔法の数々は全て、紅いオーラに止められ打ち消された。矢は互いに当たって音を立てながら、地面に転がり落ちていく。

「な……力場フォースフィールドだと! 気にするな! 撃ち込み続けろ!」
衛兵長の上げた声が、辺りにこだまする。

力場は、生命力を消耗する代わりに鉄壁の鎧を作り出す技だ。つまり、一つ一つの攻撃を受ける度に、生命力が消耗していくはずだ。今のまま全ての攻撃を受け続ければ、いずれ死に至る事になる。

かの者は、攻撃を力場で受け続けたまま大剣に手を掛け、片手で握ったまま一旦剣を後ろへと引いた。その動きは一瞬止まり、大剣が燃えるような輝きを放ち始めた。

「あの状態から、技を出すつもりか!? なんて奴だ……全員、衝撃に備えろ!」
衛兵長は、これから何が起きるかを予測して声を張り上げる。

衛兵長が声を上げた次の瞬間、轟音と共に振り抜かれる大剣から発せられたものは、巨大な紅い刃であった。それは召喚生物たちに襲いかかり、紅い刃で真っ二つにされた召喚生物たちは、あっという間に全滅させられてしまった。
召喚生物たちを全滅させてなお真っ直ぐに進み続ける紅い刃は、ウェルドの防護壁に炸裂し、凄まじい破壊音を響かせる。

「うおぁ!」
「ぬあ!」
「なんて攻撃だ!!」
足元の防護壁が、衝撃で大きく揺れた。防護壁には、崩れないように強化の魔法が掛かっているが、それでもなお一部が破壊された。

かの者は、それでも怯まずに攻撃を続ける弓兵や魔術師たちを嘲笑うのように、紅いオーラを纏ったままゆったりと前進している。

「くそ! これだけ撃ち込んでも、力場を抜けられないのか? 奴の生命力は無限なのか!?」
衛兵の一人が言う。

「このままでは、街に被害が……! 衛兵長!」
「分かっている! ……くそ、奴に直接攻撃で勝てるのか……!? あの力場を破れるかどうかも定かでない……だが、このまま街に入れるわけにも行かない……仕方が無い」
衛兵長は直接攻撃を実行する覚悟を決めた。

しかし、燃えるような赤い目の者は、メルナー行きのゲートに入っていった。

「な、なにぃ!?」
衛兵たちは、かの者の行動にあっけにとられた。

「街に攻めてきたわけではないのか!?」
「いや待て、他の街が危ない!」
「後を追うぞ!」
衛兵たちは、続々とゲートへ入っていった。

しかし、メルナーは平和そのもの、アーマナクルも特に混乱した様子は無く、オフィリアもいつも通りだった。衛兵たちは、念のためにエルウィンへも行ってみたが、エルウィンも特に変わった様子は無かった。

かくしてウェルドの衛兵たちは、かの者を見失った。守衛所の衛兵一名が命を落としたが、それ以外は防護壁が多少破壊されたのみで、それ以上の実害はない。暫くの間、警戒態勢を取ってはいたものの、かの者が戻ってくることもなく、ウェルドとしての事件は収束した。

◆◆

「……どちらさんで?」
全身金属製の鎧に身を包み、ハルバードを手に持つ門番が近づいてきた。兜までしっかり被っているため、表情を窺うことができない。

「おい待て。顔を見たら分かるだろ! 失礼しました。コイツはまだ新人でして。申し訳ございません。さあ、どうぞお通りください」
門番は恭しく礼をして、その人物を屋敷の中へと招き入れた。

「問題ない」
静かにそう言い残し、慣れた様子で中へと入っていく背中を、衛兵たちは見送る。

「良いんですか?」
「お前は新人だから分からんか。あの方は特別な御方よ。まあ、お前もすぐに分かるようになる。剣の道を目指していれば、必ずな」
「ヒートヘイズよりも、凄いんですかね?」
「もちろん、そうだ。ヒートヘイズも凄いが、あの御方は、もっと凄い」
「へぇーっ! もっと顔をよく見ておけば良かったなあ!」
若い門番は、特別な御方が進んでいった先を見やった。もうそこには誰も居ないが、何と無しに存在感を感じられる気がする。

「用が済んだら、当然ここを通って帰られる。その時に見ればいいだろう」
「それもそうですね。わはは!」
門番たちは、また元の配置につき、警備を再開した。

◆◆

一方ヒートヘイズたちは、サファールの罠をスネイルの活躍で何とかやり過ごし、更に奥へと踏み込んでいた。

「ここは罠がないね」
スネイルは警戒しつつも、今までの場所との違いを感じ取っていた。

「それに、ミノタウロスじゃない奴がいるぞ」
「だな。何か違う気がしてた」
スネイルが感じている事に、ジャシードも気がついて言う。

「今までと違う場所、今までと違う誰か……いよいよね」
「そのようだ。気を付けていこう」
バラルは杖に手を掛けて言った。

次第に狭くなっていく通路は、これまでの場所とは異なる。二人横に並べば、通り抜けにくくなるほどの幅しかない。
左にしか曲がらない通路を進んでいくと、一つの部屋に辿り着いた。

「罠を抜けてここまで来ることができたのは、賞賛に値するぞ。ヒートヘイズ」
部屋の奥にある、くすんだ水晶を見つめていた者は、水晶から目を離してヒートヘイズたちに向き直った。四つの赤い目が、ゆっくりと開かれる。

「お前、何者だ。何故、人間我々の言葉を解する! 何故わしらのことを知っている!?」
バラルは杖を向けた。

「我をそこらの低脳と一緒にするな……我が名は、ザンリイク。いずれ、人間どもを討ち滅ぼす存在だ」
ザンリイクはその手を横に払った。

「討ち滅ぼす、だと!?」
バラルが少し苛ついたのが、その声色で分かる。

「そうだ……今に分かる。クハハハ!」
ザンリイクは、四つの目を細めた。

「ふん、お前なんぞには、できそうに無いがな」
バラルはそう言いながら周囲を見渡し、ザンリイクがどの程度の技量であるかを測ろうとしていた。

「お前らのことは、よく知っているとも。特にそこのジャシード。お前は我が作品を、二度も殺した」
ジャシードを指さしつつ、ザンリイクは言った。

「……作品? 二度?」
「そうだ。一つ目は、フグード。奴は惜しいところまで頑張ったが、レムリスを落とし損ねた上に、タンネッタ池で殺された。クハハハ」
「あの、コボルドだかゴブリンだか、分かんないやつか」
ガンドは、タンネッタ池の、戦いを思い出していた。

「レムリスを!? お前が命令したのか!」
ジャシードが声を上げる。

「そうだ。我が同胞たちは、団体行動が苦手だったからな。どうにかして、軍隊を作れないものかと工夫をして、成功したのだ。生憎、レムリスを落とす事はできなかったがな……だが、纏め方は分かった。次はもっと上手くやる。クハハ」
ザンリイクは灰色のローブから、四つの赤い目と頭と同じ太さの首を覗かせた。肌は紫がかったくすんだ色をしており、所々に黒い斑点が見える。

「二つ目は、スィシスシャス。だが奴も下手を打って、お前たちに焼かれてしまった……だが、赤き開放の目は、二度の敗北を経て、完成するのだ。最強の使い手を得てな! クハハハ!」

「もう終わり? おっさん」
ザンリイクの目の前に、ヌッとスネイルが現れた。その両手には、揺らめく剣が握り締められている。

「ぬあ!」
ザンリイクは横っ跳びでスネイルから逃れた。

……と思われたが、スネイルはまだ、ザンリイクの目の前にいた。

「お見通し」
スネイルは、揺らめく剣を躊躇なく振り抜く。

「ぬうっ!」
ザンリイクは、身体を捩って、スネイルの突きをギリギリ躱した。

「まだぁ!」
スネイルは突きが躱されたと見るや、霧氷剣を横一文字に振り抜き、ザンリイクを捉えた。赤黒い液体がローブに付いた切り口から滲み出てきた。

「ンギギギ!」
ザンリイクは、素早く発動できる炎の魔法を繰り出そうとしたが、スネイルはザンリイクの視界から消えてしまう。

「遅い、遅い! わはは!」
スネイルはあっという間に、仲間たちの元へと帰ってきた。

「おのれ……ちょこまかと!」
ザンリイクは苦々しい声を上げた。

「なんか色々言ってたけどさ……今後のことを考える意味は、ないと思うよ」
ジャシードは、ディバイダーを引き抜きながら言う。

「何だと!?」

「おれたちが、あんたを倒すからさ!」
ジャシードはディバイダーを二振りの剣に分けると、ザンリイク目がけて突撃していった。

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