イレンディア・オデッセイ

サイキハヤト

第110話 仕掛け

衛兵四人と召喚された鎧の戦士は、燃えるような赤い目の人物に次々と襲いかかった。剣が、槍が、斧が、ハルバードが、息つく暇も無く襲いかかる。そしてその外側では、魔法使いが次の召喚生物を呼び出そうとしている。

この魔法使いは召喚術師で、あらゆる種類の召喚をこなす。仲間にいれば心強く、敵にいれば厄介な存在だ。
召喚術師は、自分の能力の範囲内で、何体もの召喚生物を扱う事もできる。上級召喚術師ともなれば、魔法を駆使して戦う召喚生物をも呼び出す事ができる。つまり自らの生命力を使わずとも、召喚生物がその負担を肩代わりしてくれるのだ。召喚生物は『無茶がきく』ため、通常使用を躊躇うような魔法の行使も可能だ。無論、召喚する側にそれだけの能力があれば、の話だ。

──だが、かの者は全く気にも止めていなかった。

次々と襲いかかる武器の攻撃を、腰から抜いた赤黒い短剣で受け止めつつ回避していく。回避不能と思われた衛兵たちの太刀筋は、鎧の戦士を盾にして回避した。
そして鎧の戦士を衛兵たちにぶつけながら包囲陣を抜け出すと、背中に背負っていた大剣に手を掛けた。

「気をつけろ!」
衛兵の一人が動きを警戒して距離を開けたが、かの者は凄まじい速度でその衛兵に迫り、まるで短剣でも振るような速度で大剣の一撃を放った。

衛兵はかの者の攻撃を避けようと、身体を捻った。間一髪の距離を通過していく大剣が引き起こす強風が、生命の危機を否が応でも感じさせる。

バランスを崩して尻をついてしまった衛兵に、更なる追撃が襲いかかる。その一撃は、地面を切り裂きながら、倒れた衛兵の胴体を狙っていた。

召喚術士は、衛兵とかの者の間に鋼鉄の壁を作り出す。かの者の大剣は鋼鉄の壁に当たり、大きな音を立てた。
倒れていた衛兵は転がってから起き上がり、助けた仲間に礼を言う。

しかし、礼を言われた召喚術士は、目を大きく見開いたまま仰向けに倒れた。その顔には、赤黒い短剣が突き刺さっている。鋼鉄の壁が造り上げられる直前に、右手で大剣を振りながら、左手で腰にあった短剣を投げつけていた。
その短剣は、仲間が掛けた防護壁の魔法を軽々と貫き、致命傷を与えた。その実力はつまり、かの者の生命力が衛兵たちを優に上回っている事を意味する。

仲間に駆け寄ったもう一人の魔法使いは、震える手で倒れた仲間に触れるが、生きている仲間に送った視線ではなかった。

「クソがあ!」
衛兵たちは、諦めることも怯むこともなく、次々とかの者に攻撃を仕掛ける。鎧の戦士が召喚術士の死亡により消滅し、再び四人となった衛兵たちは、仲間の死を切っ掛けに怒濤の攻撃に変化した。

遂に衛兵の一人が振るった、フェイント剣撃からの短剣での刺突攻撃が、ようやくかの者の腕を捉えた。一旦刺さった短剣を、衛兵は全力で引き下ろす。

「ぐ……」
かの者は低く唸り声を上げた。深々と切り裂かれ、裂かれた肉から鮮血が迸る。

「死ね、化け物め!」
衛兵たちは容赦なく武器を振るった。

しかし、かの者は怯むことも、斬られた腕の動作が遅くなることもなかった。
次々と襲いかかる攻撃を巧みに躱し、大剣を振るう。燃えるような赤い目の者の攻撃は、殆ど予備動作のないもので、攻撃想定のない者に与えられるのは速やかなる死だ。

「なんでこんなに大剣を振れるんだ! 腕の肉を削いだってのに……なっ!?」
衛兵はかの者の攻撃を、大きく後ろに飛び退き回避する。その最中、視界にかの者の腕が目に入った。肉が剥がれ血まみれになっていたはずの腕が、ぶくぶくと泡を立てながら、見る間に再生していく。

「傷が再生してやがる!!」
「何だと……!?」
「凄まじい早さだ!」
「クソッ! これじゃあ、いくらやっても……」
衛兵たちに焦りが見え始めた。傷が再生する怪物は、トロールなど稀にいるが、彼らの知る限りあまり厄介な相手ではない。
ただ、今目の前にいる相手は別格だ。剣術に長け、怪物並みのチカラと生命力を持ち、更に凄まじい再生能力を持っている。尚且つ、底知れない強さを感じさせる。

「くそ……撤退だ!」
「な……バカを言うな! コイツを野放しにするつもりか!?」
「全員死んで驚異を未知のものにするか、それとも生き延びて更なる被害を出さぬようにするか、選択肢は二つと無い!」
「くそ……分かった!」
「ワランキ、先に行け!」
衛兵の一人が、魔法使いに向かって叫ぶ。

「承知!」
ワランキと呼ばれた魔法使いは、間髪入れずに走り出した。残った衛兵たちも、燃えるような赤い目の者に攻撃を加えつつ、ウェルドの方角へと退いていく。

意外な事に、燃えるような赤い目の者は、衛兵たちを追撃しなかった。倒れている魔法使いから、赤黒い短剣を引き抜くと、血を振り落とし腰の鞘に収めた。

かの者は少しの間、倒れている魔法使いを眺めていた。片膝をつき、死んでいる魔法使いに手を差し伸べようとした。

「ぐ……ぐああ……!」
かの者は目を押さえつつ苦しみ出した。すぐに立ち上がり、魔法使いから離れる。頭の中の声が、無駄なことをするなと警告していた。

かの者は目の奥の激痛に耐えながら、再び南へ向けて歩き出した。

◆◆

「また、行き止まり」
ヒートヘイズ一行は、サファールを進んでいた。何度も行き止まりに遭遇したり、同じ場所を回っていたりしている。

「ちっとも進めている気がしないわね」
「何だろう……既に何かの罠にかかっているのかな?」
「うーん。おいらは何も感じなかったけど」
「魔法的な罠の可能性も、あるかも知れんな……」
「とりあえずお腹すかない?」
皆が一斉にガンドを見る。

「あは……あー……い、いやぁ、空いていなければ良いんだけどさ……」
ガンドは慌てて両手を振った。そして腹がグゥと音を立てる。

「アァ!」
ピックがはガンドのお腹が鳴る音を聞き逃さなかったようだ。羽をばたつかせて、まるで笑っているような仕草を見せた。

「ふふ。いいんじゃないかしら?」
「うむ……気分転換は必要かも知れんな」
「そうね、なんか戦う度に、いい匂いがすると……ねぇ?」
「めしめし!」
「アァ!」
「じゃあ、食事にしよう。おれが見張ってるから」
ジャシードは、行き止まりに背を向け歩き出した。

「それにしても、どこに罠があるんだろうねぇ?」
ガンドはそう言って、マーシャが切った干し肉を噛みちぎった。

「罠はない、と思う」
スネイルは言いながら、マーシャから干し肉を受け取る。

「壁まで詳しく見ないといかんか……隠し扉があるかも知れん」
バラルはマーシャが干し肉を切るのを眺めつつ言った。

「隠し扉! すげー!」
スネイルが小さな肉片を飛ばしながら声を上げた。

「ちょっとスネイル。ちゃんと食べてから話してよね」
「ごめんアネキ。もう一回探す。隠し扉!」

「でも、探し回ったお陰で、この界隈のミノタウロスはみんな倒したかもね。隠し扉があるなら、見つかるのは時間の問題よね」
マーシャは、バラルに干し肉を渡してから、リンゴを切り始めた。

「んじゃ、次の見張りはおいら!」
マーシャからリンゴを受け取ると、スネイルはすっと立ち上がって、ジャシードがいる方へ向かっていった。

◆◆

食事を終えた一行は、再びサファールの探索を始めた。最初は罠だけに気を配っていたが、この付近には罠がないことが分かったため、今度は隠し扉に絞って探索を進めた。

洞窟を歩き回っていたとき、突然ピックがバタバタと羽ばたきだした。

「ん? どうした、ピック」
ジャシードは、肩の上でバタバタしているピックを落ち着かせようと手を伸ばした。

「ん……スネイル、この辺りを調べてみて。何処かからか、風が来ている気がする」
ジャシードは手の先に、ピックの羽ばたきではない、僅かな風を感じた気がしていた。

「がってん!」
スネイルは髪を一本引っこ抜いて、辺りの風向きを調べだした。すると、一箇所だけ、風向きが変化する場所を見つけた。

壁に手を当て耳を当て、色々と調べているうちに、たまたま手を置いた場所が押し込まれた。

「うわっ」
スネイルは不意を突かれ、小さな声を上げて驚く。と同時に、隣にあった壁が消滅した。

「むむ……それを押し込むと、魔法が消えるのか」
バラルは目の前で起こった出来事から、からくりを分析する。

「どうやら、サファールの仕掛けは、魔法と仕掛けの合わせ技のようだな。これは気を付けておらんと分からんわけだ」
バラルが話している間に、消滅したはずの壁は元通りになった。

「これか」
スネイルが同じ場所を押すと、再び壁が消滅する。

「ようやく分かったわね」
「これで進める。よし行こう」
ジャシードは先陣切って、通路の奥へと進んでいった。

「合わせ技だと分かれば、今後仕掛けを見つけるのも、少しは楽になりそうだな」
バラルが消滅した壁の辺りを調べると、壁に小さく文様が刻まれているのを見つけた。

「サファールの主は、かなり魔法に精通しているようだ。気を付けて進まねばならんな」
「大丈夫かなあ……」
「なあに、ガンド。心配はいらん。ここにもっと精通している仲間がおるからな!」
バラルが自らの胸を叩いて主張する。

「先生、頼りにしているわ!」
「良かろう。無事に終えたら、チューぐらいしてくれるんだろうな?」
「何言ってるのよ。ジャッシュにみじん切りにされたいの?」
「なっ……」
「代わりにおいらがチューしてやろう!」
「いらんわい! 早く行け!」
「ぎゃはは! チュッチュチュッチュチュゥ!」
バラルに追い立てられて、スネイルが走って行く。

「バラルさんって、たまに変になる時あるよね」
「そうよねぇ。やぁねぇ」
ガンドとマーシャは、バラルを置いて先に進んでいった。

「ったく……冗談に決まっておろうが。イチイチ真に受けおって」
「えぇ……ホントはちょっと期待してるんでしょ、おっちゃん!」
暗がりから、突然スネイルが姿を現しつつ言った。

「ぬおぉっ! イチイチ戻ってくるな! 早く行け!」
「ぎゃはは! アネキはアニキのカノジョだから、ダメだぞ!」
スネイルは再び、先へと走っていった。

「全く、油断も隙も無い」
バラルは、背後の壁が元通りになるのを見届けてから、仲間の後を追っていった。

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