イレンディア・オデッセイ

サイキハヤト

第104話 新しい旅のカタチ

ゲートを通り抜け、ウェルドに到達したヒートヘイズ一行は、北へ向けて出発しようとしていた。

「ちょっと待て。今回の旅は、冒険者向けの旅行業へ向けた、実験と準備もしたいと思っていてな。少し付き合ってくれ」
バラルが馬を下りながら言った。

「協力? 勿論良いけど、何をすればいい?」
「そう大したことでは無いぞ、ジャシード。お前たちは、少しウェルドで飯でも食べて待っていてくれれば良い」
「それでいいの……? まあバラルさんがそう言うなら、おれたちは待ってるよ」
「うむ、そうしてくれ。ただ、酒には酔うなよ」
バラルが悪戯っぽくニヤリとした。

「飲まん、飲まん! おっちゃんこそ酒飲みに行くんじゃないの」
「何を言うかスネイル。準備だ! では後でな!」
バラルはそう言うと、杖を振ってふわりと空へ舞い上がった。

「何をするのかしらね?」
「何だか分かんないけど、折角だから美味しいものでも食べに行こう」
「ジャッシュに賛成!」
「おいらも賛成!」
四人はうまやに馬を預け、ウェルドの酒場『月あかり亭』へと足を向けた。

◆◆

バラルは空中から地面を眺めつつ、サファールがある方向へと進んでいた。西レンドールには、フォラーグルと呼ばれる超特大の怪鳥やらワイバーンが生息しているため、比較的に低い高度を維持しつつ進んでいた。

「ぬおっ!?」
ふと、下の方から伸びてくるものを見つけ、バラルは身をよじった。バラルの近くを、緑色の物が伸びていき、空を切って戻っていった。それは地面から伸びてきたもので、よく見ると怪物が伸ばしているものだった。

「あれは近寄ってはまずいヤツだな……気付いておらんかった。こんな所に『ワルドガイスト』がおるとは……」
バラルは、蔓を伸ばしてきた怪物から素早く遠ざかった。

暫く進むと、セーリュ湖が見え、切り立ったネヴィエル山脈が立ち上がる。
バラルはネヴィエル山脈の東側を抜け、ネヴィエル滝に迫った。

「ちと、甘かったか……」
ネヴィエル滝の付近には、多くの怪物が彷徨うろついているのが見える。バラルは山脈を迂回しようと、進む方向を変えた。

次の瞬間、視界の端に見えたものに、バラルは瞬時に反応して山脈の岩場に隠れた。切り立った崖に何とか足を付け、水の魔法で自分の姿を見えにくくする。

バラルが見つけたものは、この辺りに生息するフォラーグルだった。

フォラーグルは、両翼広げてゆうに五十メートルはあろうかという超特大の怪鳥だ。幅のある平べったい巨大なくちばしが特徴で、深い茶色の羽根で覆われている。この超特大の怪鳥とは、ワイバーンですら交戦を避ける。フォラーグルは、急降下して地面の怪物たちに襲い掛かった。
怪鳥は眼下にたくさんいた怪物たちを、水に浮いた木の葉でも掬い取るように幅広の嘴に取り込むと、上昇しながら削り取った地面ごと丸呑みにしていった。

「いつもながら、何という危険な場所か……なるべく近くへと思ったが、これは難しいな」
バラルはフォラーグルが遠ざかったのを確認すると、素早くその場を離れ、山脈の西側から北方向へと飛び進んだ。

「お……あの辺りが適当か」
バラルは大きく開けた平原を見つけると、高度を下げていった。

◆◆

「こちら、イノシシ肉の柔らか赤ワイン煮です」
月あかり亭の主人、メークルが料理を運んできた。

「うまっそう!」
スネイルは肉にフォークを突き立て、大きな固まりのまま持ち上げた。

「ちょっとスネイル、ちゃんと切りなさいよ」
「ごめんアネキ。つい興奮して!」
スネイルは肉を皿に置いて、いそいそとナイフで切り始めた。驚くべき事に、イノシシの肉にもかかわらず、滑るようにナイフが進んでいく。

「すげぇ! 肉がシュパッて切れる! シュパッて!」
スネイルは、余りの肉の柔らかさに感動している。

「本当だ……どうやったらこんなに柔らかくなるんだろう」
ガンドも肉を切りながら感動している。

「ああ……おい……っしい! 癖がちっとも感じられないわ……。一体どんな下ごしらえをしたら、こんなに美味しく仕上がるのかしら……」
マーシャは切った肉をしげしげと眺めている。

「本当に美味しいね。バラルさんも食べれば良かったのに」
「戻ってきたら食べさせましょ」
「だね」

そんな話をした後、四人は黙々と、ただ黙々と絶品料理を口に運んだ。こんなに美味しい肉料理に、彼らは出会ったことがなかった。

「戻ったぞ」
月あかり亭のドアを開け、バラルが戻ってきた。が、バラルが見たのは、腹をさすりながら恍惚の表情を浮かべている四人だった。

「何を呆けておるのだ……しっかりせい」
バラルは代表としてジャシードの額をペチンと叩くと、ジャシードは腹をさする手を止めて、ゆっくりとバラルの方を見た。

「ああ、バラルさん。おかえり」
ジャシードは、幸せそうに半笑いを浮かべた。

「何を不抜けているのだ……」
「いやあ……ここの、イノシシ肉の柔らぁかワイン煮が、なんて言うか死ぬほど美味しくて」
「半分死んでおったぞ。しっかりせんか」
バラルはジャシードの額を、もう一度強めにペチンと叩いた。

「いたた……いやホントに美味しいんだよ。バラルさんも食べたら?」
「これから危険なところへ出る時に、不抜けた気持ちで出られるか!」
バラルは唾を飛ばしながら、やや大きな声を出す。

「おおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉいしぃぃぃぃぃぃぃぃいっぃぞ!」
スネイルは、出せる全ての息を吐きながら、チカラ強く言った。

「ホントなんだよ! とろぉぉぉぉぉっっっっっっっける美味さ!!」
ガンドが後に続く。

「おいっっっっっしいわよ!」
「マーシャ……せめておぬしは、しっかりして欲しいのだが……」
バラルは溜息をついた。

「いいかお前たち、心して聞け。先ほどサファールの近くまで行ってきたのだが、とんでもない危険地帯だ。空からはフォラーグル……両翼を広げれば五十メートルはあろうかという、超特大の怪鳥が襲ってくるし、陸にはかなりの数の怪物たちが犇めいている。サファールに辿り着く前にも、十分すぎるほど危険が一杯だ。セルナクウォリほどでは無いが、冒険者の手が届いていない、かなり危険な場所であることは強調しておく」
バラルは、呆けているヒートヘイズの若者たちの前を、右へ左へ動きながら捲し立てた。

「でっかい鳥か……もう食べられないよ」
「もう、ガンドったら。まだ食べる気なのね」
「イノシシ肉のやぁわらぁか赤ワイン煮なら、もう一つ行けそう」
ガンドは料理の味を思い出して、再び恍惚の表情になった。

「ええい、真面目に聞かんか!」
バラルは杖を一振りし、四人の額に小さな小さな雷を放った。

「あいたたたた」
「いでっ!」
「ちょっと何すんのよ!」
「いってぇ……」
四人はそれぞれ小さな雷に撃たれて、おでこを押さえている。

「ごめんバラルさん。余りにも美味しかったものだから」
ジャシードは素直に謝った。

「まったく……。何者かの奸計かと訝しんだぞ」
バラルは腕組みして言った。

「旅が終わったら、バラルさんに奢るよ」
「終わってからな。さあ準備をしろ!」
「はーい!」
不抜けていた四人組は、キビキビと準備を始めた。

◆◆

再度準備を終えた一行は、ウェルドから出て南東方面、ウェンデル山地の麓へやってきた。バラルは馬を降り、杖を手にしている。

「なんでこんな所まで来るの?」
スネイルが不思議に思って聞いた。

「それは、今回初めて実行する、『新しい旅のカタチ』のためだ」
バラルが人差し指を立てつつ言った。

「新しい旅のカタチ?」
「うむ。説明よりも、行けば分かる」
バラルは、杖で地面をコンコンと叩いて、杖を高く振り上げた。杖の動きに合わせて、青く輝くゲートが出現する。

「よし。臨戦態勢を整えてから入れ」
「わかった」
バラルの指示で、ヒートヘイズの面々は、言われたとおりに武器を構えて馬ごとゲートへと入っていく。

ゲートを抜けると、一面の草原が広がった。一番最後にゲートを潜ってきたバラルは、杖を振って素早くゲートを閉じる。

「どこ、ここ?」
「ここは、アイメ半島と呼ばれている場所だ。サファールから見れば、北東に離れた場所にある。南にあるアイメ山地を抜けていくと、ネヴィエル山脈があり、回り込んでいくとようやくサファールへ近づける。ここはこの付近で最も安全に見えた場所だ」
バラルはスネイルの質問に答えて、この付近のことについて説明した。

「なるほど。これがアントベア商会がやろうとしている、『ゲートを使った旅行』と言うわけか」
ジャシードは合点がいって呟いた。

「そうだ。街道や街から離れたのは、うっかりゲートに入ってこられるのを防ぐためだ。安全な場所で記録石を付けたつもりだが、いざ来てみたら、そうでも無くなっている可能性があったからな」
「それで、臨戦態勢ね」
マーシャが言うと、バラルは黙って頷いた。

「えー……と、アイメ半島……アイメ半島……あった! 凄いな、ここまで一瞬で来たんだ」
ガンドは地図を広げて指さした。アイメ半島は、西レンドールの北東の外れに位置し、どの街からも非常に遠い場所だ。

「普通に旅したら、多分ここまで何事もなくても、馬で三日はかかっているな。」
ジャシードは、地図を覗き込みながら言った。

「ここから、サファールまでどんくらい?」
「そうだな。馬なら、何とか一日で到達できる距離だと思う」
ジャシードが地図を見ながら、スネイルに言う。

「何も、無ければな。例えば、フォラーグルや、ワイバーンに見つからなければ……。よしんば見つからなかったとしても、陸上にだって、たくさんの怪物がいる。ある程度倒しながら進むにしても、かなり時間が掛かるだろう。馬だからと言って、一日で辿り着こうなどと言うのはムシが良すぎる」
バラルもしゃがみ込んで、地図のネヴィエル山脈を指でなぞった。

「よし、それなら陽が落ちる前に、できるだけ進もう。この辺まで行ければいいかな」
ジャシードが方針を定めた。目指すは、南のアイメ山地を抜けてから東へ進路を取り、ネヴィエル山脈が終わる辺りにある、名も無き半島だ。

「この辺りの怪物は、もしかするとメリザス並みに強いかも知れないから、みんな油断しないようにしよう」
「おう!」
「部分的には、メリザス以上だがな」
ジャシードの号令で、全員が南へ向けて出発した。馬は小走りで進む。

「あーあ。私も、空を飛びたいし、ゲートも使いたいわ」
マーシャは、荷台を引いて殿しんがりをつとめるバラルの方を、羨ましそうに振り返った。

「まだまだ、マーシャは安全に空を飛べん。もっと訓練が必要だ。地道にやることだな」
バラルは振り返った可憐な少女に言う。

「はぁ。一旦魔法が上手く使えるようになってから、トントン拍子だと思ったのになあ」
「焦るな焦るな。魔法は得意不得意がある。わしが治癒魔法や召喚魔法を使えないようにな。もしかすると、ある日コツを掴んで上手く出来るようになるやも知れん」
「はあい、先生」
マーシャは唇を尖らせて、ジャシードの背中へ向き直った。

「マーシャなら、きっとできるさ。おれはそう思う」
ジャシードは久しぶりに、根拠の無い自信が籠もった言葉を、背中にマーシャを感じながら言った。

ヒートヘイズ一行は、アイメ山地に差し掛かろうとしていた。

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