イレンディア・オデッセイ

サイキハヤト

第101話 虹色に輝く剣

ジャシードは、スネイルとガンドを連れて、ドゴールを訪れていた。アブルスクルの『核』を、他の素材と混ぜて宝石誘導して貰うため、オーリスの元へとやってきた。
マーシャに不評な金属製の鎧をどうにかしてもらう、と言う用事も用事に含めている。そちらに関しては、ワイバーンの革をなめしたものが残っているため、スネイルが良さそうなアントベア商会を頼って仕立屋を探してくることになった。

ガンドはスネイルと共に街中へと行こうと思っていたが、オーリスがジャシードに掛かりきりになっている間、暇を持てあましていたネルニードに捕まってしまった。そこで、半ば強制的に今回の戦いについて話しているところだ。

「……と言う事で、やっとの思いで倒したんですよ」
ガンドは、最近お気に入りの『召喚クッキー』をかじりながら、ネルニードにリーヴでの激戦について説明していた。

「お前たち、本当にアブルスクルを倒したのか!? なんて奴らだ、そんな奴は初めて聞いたぞ!」
ネルニードは、目を丸くして驚いている。

「フュェ!?……ネルニードさん、倒したことありそうな口調だったけど……」
ガンドは、目を丸くしているネルニードよりも驚いて、変な声を上げてしまった。

「戦ったことなら、ある。その時行動を共にしていた奴は、毒ガスを吸って死にかけたんだ。それからは、挑戦していないな……。今はもしかしたら、勝てるかも知れないが……。いやはや、やるなあ、お前たち」

「そう言うのは、最初に言ってくださいよ!」
「言ったら、行くのを止めたのか? そうではないだろう? それなら、体験することも大切だと思ったんだよ。バラルが付いているし、ジャシードもいる。お前たちなら知識があれば、勝てなくても死にはしないと、おれはそう予測した。だからこそ、お前たちにアブルスクルの事を教えてやったのさ。死ぬだろうと思ったら、知識を与えたりはしない。そこまでおれは、無責任じゃあないからな」

「い、いやぁ……ネルニードさんが勝ててないと聞いたら、絶対行きませんでしたよ。……はあ……十二分に、苦しみました。特に、ジャッシュとマーシャがね」
ガンドは、戦いを思い起こしていた。思えば、今回ほどジャシードが厳しい局面に立たされたのは初めてだ。そしてマーシャの『秘めたる本気』も、ガンドは初めて見た。

「それでもアブルスクルに勝ったのだから、お前たちは、おれの予測を遙かに超えた強さだって事だ。結果として、良い経験を積んだわけだ。実に喜ばしい事だな」
ネルニードは、ガンドのクッキーをひとつ摘まんで口に放り込んだ。

◆◆

ジャシードは、オーリスが宝石誘導をする姿をぼんやりと眺めていた。

師匠であるハンフォードは、特に口出しすることもない。時折『フォッ!』などと謎の声を口走りながら、ジャシードが持ってきたブドウを口に放り込み、オーリスの仕事ぶりを見ている。
そのハンフォードは、一線から身を引いたことで、目に見えるほど一気に老け込んだように見えた。本人曰く『もう思い残すことはない』そうだ。挑戦を恐れず、何も諦めないオーリスは、さぞや頼もしく見えることだろう。

宝石誘導は当初、一つのものには一つしか効果を加えられなかった。しかしオーリスは、複数の素材を同時に宝石誘導する方法を、三ヶ月ほどかけてハンフォードと共に編み出していた。
同時に複数の素材を宝石誘導すると、単体よりも多数のマナの欠片と素材を必要とするが、二つの効果を与えることができるらしい。
その三ヶ月の間、ネルニードは様々な素材集めに奔走し、『これまでの人生で一番働いた』『おれをこんなに、こき使う奴に初めて会った』と言わしめた程だった。

二種類の効果を付けられる、と聞いたジャシードは、使い慣れた長剣ファングに効果を追加しようかとも考えた。しかし、長年使ってきた思い出深い剣は、そのまま残しておくことに決めた。
そこでオーリスは、ジャシードに合わせて、新しいひと振りの長剣を打った。父セグムがプレゼントしてくれた長剣も、とても良い長剣であったことは言うまでも無い。それでもオーリスが今のジャシードの為に、ジャシードの戦い方を思い起こしながら打った長剣は、ジャシードにとって最高の長剣となるはずだ。

オーリスは複数のアズルギースの爪や牙や鱗、そしてアブルスクルの核を、二十個ものマナの欠片と共に長剣へと浸透させていった。長剣はマナの欠片を浸透させる毎に、徐々に色を変えていく。
ジャシードはそれがアブルスクルのような、いかにも汚らしい色になるのではないかと、少しだけ心配していた。
しかしそれは杞憂に終わり、最終的にアズルギースの鱗のように、虹色に光を反射する剣になった。光が当たる角度によって、様々な色の輝きを反射する、素晴らしく美しい剣だ。

「ふう……できたぞ、ジャッシュ」
オーリスはジャシードに、美しい長剣を手渡し、椅子に身体を預けた。その表情は疲労困憊そのものだ。
「ありがとう、オーリス。どんなお礼を言ったらいいかも分からないよ」
「いいんだ。その代わり、いつか素材集めに駆り出すから、そのつもりでいて欲しい。僕の素材集めは、過酷だぞ!」
オーリスは疲れた顔のまま、ニヤリとした表情を浮かべた。

「もちろん! アブルスクルの核だって、また取ってきてやるさ!」
「はっはは。こいつは頼もしいね……ちなみに、その剣は『分かて』と言うと分割し、『合わせ』と言うと元に戻る……はずだ。やってみて」
「おお……。早速やってみよう……。『分かて!』」
ジャシードが剣に言うと、柄が一瞬柔らかくなったように感じた。そしてまるで紙を破るように、一振りの剣が、ふた振りの剣になった。

「こ……これは凄い」
「ああ……上手く行って、感無量だ……」
「フォッ! この剣は高く付くぞ!」
ハンフォードが声を上げる。

「わ、分かってますよ、ハンフォードさん……。そして……『合わせ!』」
ジャシードが剣に命じると、剣は吸い付くように勝手にくっついて、糊付けしたかのように一つになった。その刀身には、割れ目や分け目が少しも見えず、元の美しい剣になっている。一旦くっついてしまえば、剣の硬度は元に戻る。

「……おれは今、凄く感動してるよ。オーリス」
ジャシードは、感動の余り身震いを覚えた。両手剣と双剣での攻撃を戦いに織り交ぜることができ、より戦いの展開に広がりを持たせることができる。

「実は、僕もそうだ……こんなに想定通りにいくなんて、実は思っていなかったんだ」
オーリスはばつが悪そうに言ったが、最高の成果が目の前にあるが故に、途中経過の問題は全て帳消しだ。

「やっぱり、君は凄い人だね、オーリス」
「褒めても、素材集めはやって貰うぞ」
オーリスは満面の笑みで返した。

「素直に言っただけだよ。褒めた程度で逃れるつもりなんかないさ。とにかく、本当にありがとう」
ジャシードとオーリスは、ガッシリとお互いの手を握った。

「アニキィ!」
ドアをバタンと開け、スネイルが入ってきた。

「お帰り、スネイル。いい仕立屋は見つかったかい?」
「見つかったから採寸しに行くのと、仕事の依頼が来たから、商会に行かないと」
スネイルは北の方角をを指さした。

「仕事?」
「アーマナクルの領主かららしい。『詳しいことは、エルウィンで』ってマーシャルおっちゃんが言ってた」
「分かった。みんなを集めて行こう。オーリス、鎧の件は申し訳ないけど、仕上がったらまた、宝石誘導してくれるかい?」
「君の依頼は断らないよ、ジャッシュ」
「ありがとう。じゃあ行ってくるよ」
「行ってらっしゃい。仕事中に素材が手に入ったら、僕に回してくれよ!」
「もちろんだ」
ジャシードが親指を立てて拳を突き出すと、スネイルも両手で真似をした。

◆◆

「久しぶりに来たじゃないか、『大魔法使い』バラルよ」
ヒートヘイズの面々がアントベア商会の館を訪ね、バラルの顔を見るや否や、マーシャルが不機嫌そうに言った。

「ヒートヘイズの仕事だからな」
バラルは素っ気なく答える。

「お主とヘンラーが『仕事』で、全世界にゲートを作るものだから、ゲートを使った旅行業が成り立たなくなってしまった」
マーシャルの恨み節は続く。

「全く、商売商売と煩いなお前は。もう商会には、死ぬほど財産があるだろうに」
バラルは相当何度も言われていたらしく、耳に小指を突っ込んでグリグリしている。

「近視眼的な事を言っているのではない。これは人間が住める場所を、もっと拡大していくための資金になるのだ。いくらあっても足りない」
マーシャルは熱を帯びて、身振り手振りが大きくなった。

「そう言うのは、怪物をどうにかできる目星が付いてからでもいいだろう」
「そこから集めたのでは、いつ集まるか分からないだろう」
「まずは、民の生活が良くなることが先決だろう、マーシャル。商売をするにしても、金を出してくれるのは、誰でもない民衆なのだからな。それに、もう後戻りはできん。
よく考えろ、今や冒険者の憧れであるヒートヘイズが活躍すれば、洞窟や辺境に行こうという者達がじきに現れる。そうすれば、そこへ行くための手段を求められるだろう。そこから先こそが、ゲートでの旅行業をして、誰の反発もなく成り立つときだ。
街と街のゲートが無い状態で、ゲート旅行業なんぞやってみろ、あっという間にアントベア商会は金の亡者と呼ばれるだろうよ。わしは、アントベア商会が悪名高い組織になることを望んでおらん。それはお前とて同じだろう。さあこんな話題はやめて、仕事の話をしようじゃあないか」
バラルは一気にまくし立てた。

「ふん……一理ある。分かった、もうこの話はすまい」
マーシャルは深呼吸して、熱くなった気分を切り替えた。

「では改めて仕事の話だ。今回の依頼者は、アーマナクルの領主、レグラント殿だ」
マーシャルは、話しながら椅子に座った。

「イレンディアの未来にかかる、重要な取り組みの中で、裏切り者が発生したらしい。詳細は現地で伝達するとのことだ」
「イレンディアの未来にかかる、重要な取り組み? なんだろ?」
ガンドは不思議そうに繰り返した。

「その取り組みが何かは、伝わってきていない。元は名うての冒険者であり、世界の多くの場所を渡り歩いたらしいから、その知見から未来を見据えて何かしようとしているのかも知れない。とにかく、聞いてみないことには始まらん。よろしく頼むぞ」
マーシャルは、そう言うと帳簿を取り出し、彼の仕事をし始めた。

「分かりました。とりあえず、行ってみます」
ジャシードは、仲間の方へ振り返った。

「じゃ、行こうか、アーマナクルへ」
ジャシードのかけ声と共に、ヒートヘイズたちはマーシャルの部屋をあとにした。

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