イレンディア・オデッセイ

サイキハヤト

第65話 グランナイト

順調に広場を進んでいたヒートヘイズの一行は、一回り大きな広場に差し掛かろうとしていた。

「次の広場が、ヴァーランで一番大きな広場で、目的のグランナイトがいるはずの場所だ」
バラルは広場からかなり離れた場所で、皆を止めて言った。

「まずは、掃除だ!」
スネイルは石ころを拾い上げている。スネイルが怪物たちを誘導するために使うのは石ころだけだ。どこにでもあって、大小様々、選び放題だ。こと、廃坑とあればいくらでも落ちている。

「掃除か……確かにそうかも。もうひとがんばり!」
ガンドは長棒を強く握り治した。

スネイルは熟れた様子で、広場から怪物たちを引き連れて戻ってくる。もはやプロフェッショナルと言える安定感だ。狙ったもの以外を連れてくることは滅多にない。

フレッシュゴーレムは、最初にいたもの以外に苦労することはなかったが、マナの欠片が見つかることもまた無かった。

「おでまし」
スネイルが戻ってくると、ジャシードを皮切りに全員が一斉に動き出す。
ボーンゴーレムとフレッシュゴーレムとファントムが一気に来ても、もう誰も慌てたりしたい。

ジャシードはボーンゴーレムの骨射出攻撃をされても、来ると分かっているため、いくらか回避できるようになってきた。更に、工夫をしながら顔の周りだけ短時間の力場を展開する方法を身につけた。

「ジャシードお前、ホントに器用だな。瞬間的に力場を展開する奴すら見たことがないのに、顔だけに力場とは……オンテミオンに見せてやりたい」
怪物たちを退治した後、バラルが感心していた。

「こんなことができたらいいのに、って思ってたんだけど、やってみたらできたんだ。何でもやってみないと、自分にできるかどうか、分からないから」
ジャシードにとっては、そうするのが当たり前のように言っている。

「ジャッシュはいつもそうなのよね。他の人は『ダメだろう』って思うところを、『できるかも』にして、やってしまうの」
「わしも近いものがあるが……いやはや、毎度いいものを見られて、刺激を受ける」
「あら、バラルさんにもそんな事があるのね」
「そうでなければ、ヒートヘイズに所属はしておらんよ」

二度三度四度と、スネイルが怪物たちを連れてくる。その度に全員で倒し、あとに残った骨などは、バラルやマーシャが焼き払って踏みつけた。
バラルによると、骨を積み重ねて残しておくと、そこにまた新たな怪物が定着することがあるらしい。

「あとは、たぶんグランナイトと近くの奴だけ。どうする?」
スネイルが確認してきた。

「さて、どうする、リーダー」
バラルが茶化して確認してくる。

「もちろん、やるよ。あと何体ぐらいいる?」
「五か六ぐらい」
「よし、突撃しよう。用意はいいかい?」
ジャシードは決断した。ジャシードが決断する前から、全員の準備は整っている。確認したのは、気持ちの問題だ。これから、オークジャイアントのような強い怪物と戦うんだ、そう言う心構えが必要なのだ。

「よし、いこう!」
全員の心の準備が整ったのを確認した後、ジャシードは先陣切って広場へと突撃していった。突撃しながらウォークライを放ち、怪物たちに自分を注目させる。

グランナイトは、まさに骨の騎士だった。上半身は骨でできた半身に、ボロボロになった金属鎧を着けている。左手には、上半身を完全に防御できる大きさのカイトシールド、そして右手には鋭利な先端で長細い三角錐の形に広がっている、ランスと呼ばれている武器を持っていた。
頭は鎧からやや浮いたところに存在し、これもまたボロボロになった金属の兜を被り、頭蓋骨の目の奥には鈍く赤い光を湛えている。そして下半身は骨と骨が集まりあって、後ろへ伸びる胴体、そして六本の足がたくさんの骨によって形作られている。
グランナイトの近くには、ボロボロの金属鎧を着て、剣と盾で武装しているスケルトンが二体、脇を固めている。その後ろには、大きな鎌を持って黒いローブを纏った、宙に浮く足のないスケルトン、更にボーンゴーレムとフレッシュゴーレムが一体ずついる。

「こいつは運が悪い……スケレタルウォリアーに、スペクターまでいる。まずはスペクター……あの宙に浮いているスケルトンだ。それとフレッシュゴーレムを叩くぞ。奴らを残しておくと厄介だ!」
バラルが声を上げた。既にスペクターとフレッシュゴーレムは魔法を使う体勢になっている。

「わかった!」
ジャシードは走り込みながら、剣を右側後方に構えると、剣から紅い靄が立ち上る。迫り来るスケレタルウォリアーの剣撃を躱し、勢いをつけて跳び上がると、スケレタルウォリアーの背中を踏み台として二度目のジャンプをする。

「おっりゃあああ!」
ジャシードは紅いオーラを纏ったファングを、スペクターに向かって振り下ろした。ファングから放たれる紅いオーラは紅い光の刃となり、スペクター目掛けて凄まじい速度で飛んでいった。

スペクターが魔法を放とうとした瞬間、紅い光の刃が到達し、スペクターは斜めに切り裂かれて半分になった。そのまま地面に骨の残骸が積み重なる。

「おお、一撃!」
「さすがジャッシュ!」
スネイルとオーリスは興奮している。

「な、なに……一撃だと!?」
一番驚いたのはバラルだった。説明する時間は無かったが、スペクターはレイスやファントムなんかよりも一段二段上位に位置する怪物で、それ単体でも苦戦する可能性のある怪物だった。

ジャシードは着地してフレッシュゴーレムが放った石ころ複数を躱すと、ファングを後方へ横薙ぎに振り、迫り来るスケレタルウォリアーたちを攻撃した。スケレタルウォリアーは盾で剣撃を受け止めようとしたが、ファングは易々と盾そのものを破壊した。

ガンドはボーンゴーレムを背後から捉え、長棒の連続攻撃で滅多打ちにしていた。骨は次々と砕け、ボーンゴーレムの大きさが少し小さくなる。さすがにボーンゴーレムはガンドに目標を変え、攻撃し始める。それはガンドが狙っていたところだ。

ガンドは、ボーンゴーレムが骨を射出するのを待ち構えていた。元々、攻撃されてからの反撃が得意なガンドは、骨を射出する瞬間を見切っていた。ボーンゴーレムの周囲を回り、射出される骨を避けながら、長棒を振り回した。

「ほう。意外に速く動けるんだな」
バラルは魔法を練りつつ、ニヤリとしながらガンドの活躍を観察していた。

オーリスはフレッシュゴーレムに取り付いた。骨でできている怪物にはレイピアが使いにくい。そのため、活躍できる相手を選んでいた。オーリスはお得意の連続突きを繰り出し、ただれている肌を切り裂く。

スネイルは、オーリスの援護についていた。フレッシュゴーレムの背後を突いて、ワスプダガーの一撃を食らわした。

バラルは、ボーンゴーレムとフレッシュゴーレムへ、小さな炎の球を放った。炎の球が怪物どもに到達すると、まるで紙を燃やすように延焼し始めた。

マーシャはジャシードのサポートに専念していた。ジャシードを狙っているのは、ボーンナイトとスケレタルウォリアー二体だ。

スケレタルウォリアーたちは、ジャシードの攻撃で盾を失い、ボロボロに刃こぼれした剣を振り回している。しかしジャシードにはそんな攻撃は当たらない。ジャシードは、スペクターを一撃で倒した後、有利に戦いを進めていた。

マーシャは火球を作り出し、ジャシードの邪魔をしないよう、スケレタルウォリアーの足元を狙って放った。

スケレタルウォリアーの足が一瞬強く光るように燃え、その足を一本使えなくした。
しかし、スケルトンは足を失った程度で、その動きを止めることはない。
マーシャは同じ作業を繰り返し、徐々にスケレタルウォリアーを無力化しようとしていた。

グランナイトは少しの間、成り行きを観察するように止まっていた。
ジャシードたちが、手下に夢中になっているうちに、一歩二歩と後退りを始めていた。その細かな変化に気付いていなかった。
誰よりも敵を知っていたはずのバラルも、ガンドを冷やかしていて、その変化に気付いていなかった。

グランナイトは、ランスと盾を構えて走り出した。ジャシードをすり抜け、ガンドに向かって突撃した。

「しまった! 突撃に気をつ……」
バラルの言葉は、混乱の中に、かき消えた。

ガンドは接近に気付き、すんでの所で躱したが、その先に居たのはオーリスだった。グランナイトはオーリスに突撃し、そのランスはオーリスがたまたま突き出していた右腕を捉えた。

――それは、まさに一瞬の出来事だった。

オーリスの右腕に突き刺さったランスは、オーリスの右腕を貫き、引きちぎった。

オーリスの叫び声が広場に響き渡った。悶絶するオーリスは地面に倒れ込んだ。そしてフレッシュゴーレムは、その一瞬を見逃しはしなかった。
フレッシュゴーレムの魔法によって、地面から針が出現し、オーリスの身体を貫いた。叫び声が止まった。

「オーリスーーー!」
ジャシードの視界が紅に染まる。視界が揺れ、意識が遠くなっていった……。

ジャシードは紅のオーラに包まれ、まるで雷光のような速度でグランナイトに突撃していった。その途中にいたボーンゴーレムとフレッシュゴーレムが、紅のオーラに触れて『消え去った』。

グランナイトはオーリスの腕を引きちぎった後、バラルに向かって突進していた。しかしバラルは風の魔法で浮かんで回避した。

マーシャへと方向を変えたグランナイトだったが、そこへ紅のオーラに包まれた、鬼のような形相をしたジャシードが飛び込んできた。

ジャシードの突撃を受けて、グランナイトの胴体は半分吹き飛んだ。押された勢いで土煙を上げながら、グランナイトが倒れ込む。

そこへジャシードが、オーラに包まれたファングを振りかぶって躍り掛かった。

グランナイトは少しだけジャシードのオーラに耐えたが、片手剣のように振り回されるジャシードの剣撃に、マナの欠片を撒き散らしながら消えていった。

「オーリス!」
ガンドはジャシードの変化に驚いていたが、オーリスに駆け寄った。

オーリスは、腹部を貫かれて痙攣していた。ガンドは全力でオーリスの治療に当たった。

「ジャッシュ!」
マーシャは気を失って倒れ込んだジャシードに駆け寄った。ジャシードは生命力を激しく使ったために気を失っているだけで、怪我をしているわけでもなく、その他どうにかなっているわけではなかった。

バラルは立ちすくんだまま、震えが止まらなかった。分かっていたはずなのに、止められなかった。警告すらできていなかった。その結果として、オーリスが重傷を負ってしまった。

「す、すまない……オーリス……」
バラルは無力感を感じていた。警告していれば、止められたはずの、避けられたはずの攻撃だった。バラルは両膝をつき、無力感に打ちひしがれた。

ガンドの懸命な治療によって、何とかオーリスの傷が再生し、一応腕をくっつけることもできた。しかし、オーリスの意識は戻らなかった。

「戻ってこい、オーリス!」
ガンドは治癒魔法を更に強めた。

「うぐ……あぐ……ゴホッガハッ」
オーリスが意識を取り戻し、少し噎せ込む。

「オーリス! 平気か!?」
スネイルが心配して、オーリスの顔を覗き込んでいる。

「あ、ああ……ありがとう、ガンド」
オーリスはチカラなく、ガンドに礼を言った。

「う、腕が……動かない」
オーリスは、右手の感覚が無いのに気が付いた。腕は付いているが、動かすことができなかった。左手でレイピアを取り上げるのが精一杯だ。

ガンドは治癒魔法を使い続けたが、オーリスの右腕は、半分程度の感覚が戻ったのみだった。

「ガンド……もう、いいよ。ありがとう」
オーリスは、チカラなく言った。その声色には諦めの色があった。

「すまない……オーリス」
バラルは深々と頭を下げた。しかし、覆水盆に返らず。オーリスの傷は、もはや元に戻すことはできなかった。

「僕も、油断したんだ……自分を責めるのは、やめて欲しい」
オーリスは、項垂れながら呟いた。

しばらくして、ジャシードがようやく目覚めた。ジャシードはオーリスの名を呼び、駆け寄った。そしてオーリスが生きていることに感謝した。

オーリスが、自分を気にせず目的を達するように言ったため、ジャシードは壁にある黒鉱石を崩し始めた。

ジャシードたちは、規定量の黒鉱石を集め、広場を後にした。誰もが塞ぎ込んでいた。

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