イレンディア・オデッセイ

サイキハヤト

第49話 陽炎

レムランド開拓記念日がやってきた。街はやや慌ただしくなって、人があちこちと移動している。

いつぞやと同じように、新米の衛兵たちが整列して皆の歓迎を受けている。よく見ると、新人を歓迎しているのは、ジャシードが見習いだった頃にいた、魔法使いのティラエだった。すっかりお姉さんになっている。

その一方で街の役場では、成人したことを示す金属プレートの発行で慌ただしい。新米衛兵たちには衛兵たちが渡すことになっているが、そうでない者たちは、街の役場で受け取ることになっているのだ。

ジャシードとマーシャは、街の役場でプレートを受け取った。それぞれの名前が金属プレートに打ち込んであるだけの、とてもシンプルなものだ。

「昨日までは子供、今日から大人って、なんだか変な気分だわ」
「確かに。僕らは昨日と今日で、大した変わりは無いのに、今日からいきなり大人扱いだもんな」
ジャシードとマーシャは、そんな事を話しながら、そこかしこに旗のはためくレムリスの大通りを歩いていた。

「ジャッシュ!」
ジャシードが声のする方を見ると、オーリスが手を振って近づいてきた。

「オーリス! 久しぶり!」
ジャシードはオーリスとがっしり握手した。

「ずいぶん成長したね、ジャッシュ」
「オーリスだって、更に立派になってるよ」
「年上の貫禄ってやつさ」
「まだ若いじゃないか」
「ところで、お邪魔だったかな?」
オーリスは、ジャシードとマーシャを見て言った。

「気にしないわ、オーリス」
マーシャは微笑みながら言った。マーシャとオーリスも、いつの間にか知った仲になっているようだ。

「ありがとうマーシャ。どうだった、オンテミオンさんの所は?」
「本当にたくさんのことを学んだよ――」

近くの店で紅茶を飲むことにした三人は、これまでの出来事を報告し合った。
オーリスは衛兵を今日付けで退役して、冒険者になることを決意したそうだ。彼曰く、レムリスは親の目もあるし、窮屈で退屈なんだそうだ。その価値観は昔と変わらない。

「オーリスはどこに行くつもり?」
ジャシードは紅茶を一口飲んでから言った。

「まだ決めてない。これから決めるさ。どこまで行けるかも分からないし」
「なら、僕らと一緒にエルウィンに行かない?」
「エルウィン! 君たちはエルウィンに行くのか?」
オーリスはテーブルに両手をついて、少し前のめりになった。

「まだ他のみんなと話してないから、これから決めるけど、僕らはエルウィンに行きたいと思ってる」
「ジャッシュ、僕も仲間に入れて欲しい。行くよ、エルウィンに! 出発はいつだい?」
「まだ決まってないんだ。明日、宿屋に集まろう」
「わかった!」
オーリスは目標ができ、やる気が漲るのを感じた。

「これで六人ね」
マーシャも、賑わってきたパーティーにワクワクしているようだ。

「他の三人にも、明日宿に集まることを伝えに行かないと。じゃあオーリス、また明日」
「また明日、楽しみだよ!」



ジャシードとマーシャが家に帰ると、セグムとフォリスが、仕事を終えた後の一杯をやっているところだった。

「おう、オトナのジャシード。おれたちに付き合えよ」
「え?」
「オトナになったんだから、酒ぐらい飲めるだろうがよ」
「そう言えばそうか。よし、付き合うよ!」
ジャシードは、どっかと椅子に座って、少し心配そうにソルンが持ってきたジョッキを手に取った。

「ジャッシュ、平気なの?」
「飲んでみなけりゃ、分からない!」
「マーシャは飲まねえのか?」
「わ、私はまだ、いいかな……」
マーシャは、こう言うときはかなり慎重だ。

「まあ少しだけ、乾杯だけ付き合ったらどうだ。記念日だからな」
フォリスがマーシャの背中を押した。

「わ、分かった……」
「これくらいならきっと平気よ。少しだけだから」
尻込みするマーシャに、ソルンはブドウジュースと、ほんの少しだけワインを混ぜたものを持ってきた。
セグムとフォリス、ジャシードはエール、ソルンとマーシャはワインだ。

「ようし、ジャッシュとマーシャの成人を祝って、乾杯!」
セグムが大きな声で言って、木のジョッキとワイングラスが音を立てた。

「おいフォリス、息子娘と飲む酒は……うんまいなあ!」
「違いない! 元気に育ってくれて、本当に嬉しい……嬉しいぞ……!」
フォリスは早くも感極まって泣き出した。一時は死んでしまうかと思った娘が、立派に成長したのだ。まさに感無量だろう。
しかしそんな娘は、ジャシードについて行ってしまう。ジャシードならいいかという思いもあるし、それでも寂しいという思いもある。様々な感情がフォリスの心をくしゃくしゃにした。

「泣くの早いわね……」
そんな父親の気持ちも知らず、マーシャは呆れ顔だ。

「何か苦いなあ。これ、そのうち美味しくなるの?」
ジャシードは在り来たりな反応を示した。

「そのうち、なるんだよ。そんでな、いくらでも腹に納まるようになっちまう」
「ちょっとセグム、ダメな大人の代表みたいな事を言わないでよ」
さすがにソルンは苦笑しながら止めた。

「ジャッシュよお、お前これからどうすんだ」
「僕はエルウィンに行こうと思ってる。明日みんなで相談するんだけどね」
「おお、おお、エルウィンか。いいじゃねえか、遠いじゃねえか」
「エルウィンまでは、どれぐらいかかる?」
「そうだなあ、だいたい五日ってところだな。戦闘しまくってると時間が掛かるぞ」
「うん、それは分かってるよ」
ジャシードは少しずつエールを飲んだ。これが本当に美味しくなるのか、今でもまだ半信半疑だ。

「街道沿いにフーリア平原を進んで、レック湖を越えた辺りに山があるから、その辺で一泊、二泊目はレムランド砦、三泊目は……十字路まで行けるか? もし行ければ四日でエルウィンだ。行けなかったらもう一日かかるだろうな」
セグムは目を瞑って過去の記憶を思い出しながら、頭の中で計算しているようだ。

「明日地図を見ながら考えるよ。みんなの意見が合えば、近いうちに出発するよ」
「あら、ジャッシュ。もっと居てもいいのに」
ソルンは寂しそうだ。

「ちゃんとまた帰ってくるよ。何ならピックを連れて行って、エルウィンから手紙を出すよ」
「そうね……近くにいないと、何か報せがないと心配しちゃうわ」
「分かった。ピックは連れて行くことにしよう」
「上手く飛んでくれるかしら……」
「うーん、どうだろうね……」
ソルンの心配はもっともだと思い、ジャシードは止まり木のピックを見てみた。ピックは止まり木でお休み中だ。ドゴールからレムリスは経験があるだろうが、エルウィンからレムリス、またその逆ができるのだろうか。

セグムはフォリスと今年の新人衛兵について話し出した。二人とも結構酔いが回ってきているようで、今年の新人は骨のある奴が少なそうだとか、そんな文句も混じり始めた。

「エルウィンって、どのぐらい大きいのかなあ」
マーシャは想像を膨らませている様子だ。少し頬が紅く染まっているのが分かる。

「一回りするのに、丸一日はかかるわよ」とソルン。
「丸一日! 凄いなあ、想像できない」
「端っこに住んでいる人が、もう片方の端っこに行くのは大変そうだね……。それだけで凄いお出かけだ」
マーシャの言葉を受けて、ジャシードも想像を巡らせた。

セグムはいつも通りだが、その日はフォリスまで酔いつぶれた。巣立っていきそうな一人娘を持つ父親の気分とは、まるで少女の如く繊細で、揺れやすいのかも知れない。



翌日、レムリスの宿屋『岩石亭』に六人が集まった。石材豊富なレムリスに相応しい名を持つ宿屋だ。宿の扉を入ってすぐ右側には、バーカウンター付きのレストランがある。

「ごめん、遅れた!」
オーリスが乱暴に扉を開けて、岩石亭に入ってきた。いつも行動に気品が漂うオーリスだけに、

「大丈夫だよ。まだバラルさんが下りてきてないから」
ジャシードがそう言った瞬間にバラルが二階から階段を降りてきた。

「よし、これでみんな揃った。初めての人がいるから紹介するよ」
ジャシードは全員を漏れなく紹介した。

「なかなか、面白い人材が揃ったな」
バラルはそれぞれの顔を眺めながら言った。

「僕もそう思っていたところなんだ。僕が的の注意を引いて、スネイルは後ろに回り込み、オーリスは状況に応じて動いて……マーシャとバラルさんは魔法で攻撃、ガンドは治療と補助かな。偶然なのが信じられないぐらい、いいパーティーだ」
ジャシードも満足そうに言った。マーシャはまだ未知数だが、他の面々は全員実力者揃いだとジャシードは評価している。
マーシャの魔法の威力は確かだから、少し経験を積めば問題無いだろう。恐らく一番大切なのは、緊急時にどう動けるかだ。マーシャの経験不足は、そう言うときに出てくるに違いない。

「で、僕はエルウィンに向かおうと思ってるんだけど、みんなどうかな」
ジャシードは全員の顔を眺めた。

「僕はどこにでも行くよ」
「おいらも、アニキとアネキについていく!」
ガンドとスネイルは、どこに行こうと意に介さない、と言った様子で言った。勿論そうだろう。

「僕は元々エルウィンに行きたいし、問題無いよ」
オーリスは既に意思を確認済みだ。

「なんだ、お前。リーダーなんだろう。どうかなとか言っていないで、行くぞ! って言え」
バラルはジャシードの背中を思いっきり叩いた。

「いってて……。だってバラルさんや、オーリスだっているのに……」
「お前は細かいな。わしは自分の意思で、お前のパーティに『所属』する事に決めたのだ。ゆえにリーダーはお前だ」
ジャシードはバラルに言われてハッとした。余り自覚していなかったが、自分がリーダーだと言うことをようやく理解した。年上が二人いようと、彼らが『所属』する事を選んだのだから、それ以上の事実は必要ないのだ。

「そうだよ。ジャッシュ。君がリーダーだ」
オーリスもバラルの言葉を補強した。

「……よし、分かった! 僕がリーダーになるよ」
ジャシードは立ち上がって宣言した。

「ところで、このパーティーは何という名だ?」
バラルは素朴な質問をした。パーティーには、名前が付いていることが多いからだ。

「名前? なんにも考えてなかったなあ」
ジャシードは考え込んでしまった。

「ほれ、サッと決めろ」
バラルが急かす。

「うーん……」
ジャシードは一旦座り、目を伏せ、記憶を色々と掘り出し始めた。

八歳の記憶、十歳の記憶、それから四年間の日々の記憶――今ここにパーティーができたのは、まずガンドやスネイルがいたからだ。
ガンドやスネイルとの日々は、ドゴールでの日々。思えばずいぶん暑い所で過ごしてきたものだ。陽炎が出るほどの暑さが日常だった。

「……よし、決めた」
ジャシードはまっすぐ前を向いた。

「このパーティは、ガンドやスネイルと僕が過ごしてきた四年間の結果だ。だから、僕たちの記憶にある名前にする事にした」
ジャシードは再び立ち上がった。

「僕たちの名前は、陽炎ヒートヘイズだ」

「ヒートヘイズ! なんかカッコいい!」
「ドゴールの日々を思い出すね」
スネイルとガンドは、大きく頷いた。

「いいと思うわ!」
マーシャは微笑んだまま言った。マーシャにとっては、どんな名前であろうとも、ジャシードが決めればそれが正解だ。

「わしらに異論は無いな。即興にしては、いい出来だ」
バラルがオーリスに目配せすると、オーリスは大きく頷いた。

「よし、じゃあ出発は明日、早朝にしよう。四日でエルウィンまで行くぞ! みんな寝坊しないようにね!」

ジャシードの気合いが移ったか、その場の全員が、元気に返事をした。



そして翌朝――天気は曇り、霧が立ちこめる朝だった。天気はイマイチだが、ヒートヘイズのメンバーは気迫に満ちていた。

「また、元気に戻ってこいよ!」
「手紙ちょうだいね」
ジャシードは、父と母それぞれと抱き合った。

「ジャシード、マーシャを頼む」
「フォリスおじさんを悲しませるようなことにしない。約束するよ」
フォリスはジャシードと、男の約束とばかりにがっしりと握手を交わした。フォリスは、じっとジャシードを見つめていたが、やがて無言で頷いた。

「大袈裟なのよね、うちのパパは。ちゃんと洗濯とかやるのよ」
マーシャがそう言うと、フォリスは苦い顔をした。

「ところで、オーリスはお見送りなしなの?」
マーシャは気になって訊いてみた。

「僕の親は、僕が冒険者になるのを歓迎していないんだ」
オーリスは、困ったような微笑みを浮かべながら言った。

「そうなんだあ、いいのかしら……」
「いいさ。僕が決めたことだ。反対したって無駄だよ」
オーリスは言い切った。

「ご馳走に感謝するぞ、セグム、ソルン。フォリスも達者でな」
バラルは二人と握手した。

「息子のお守りを頼むよ」
「バカを言うでない。わしらのリーダーは、ジャシードだ」
「へえ! なんて奴だ! わははは!」
セグムは何だか嬉しそうに笑っていた。

「それじゃ、行ってきます!」

ヒートヘイズの一行は、レムリスの西門から、エルウィンへ向けて出発した。

新たなる冒険の始まりであった。

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