イレンディア・オデッセイ

サイキハヤト

第32話 三人の初戦

「それでは、今回の冒険の説明をする」
翌日の早朝、オンテミオンは大広間に三人を並ばせ、大仰に説明し始めた。

「今回の目的地は、ここ、ウーリスー半島だ」
三人の冒険者は、オンテミオンが指さす地図を見た。そこは、ドゴールから真っ直ぐ南へと進んで行ったところにある、それほど大きくない半島だ。

「目的は何だろう? 散歩?」
ジャシードが素朴な疑問を投げかけると、オンテミオンは、話を最後まで聞くようにと言った。

「んん。今回の目的は、ウーリスー半島のどこかに生息している、サンドワスプと呼ばれている大きな蜂を協力して倒し、その部品を持ち帰ることだ」

「その蜂は、毒はないの?」
「んん、刺されると痛いが、毒はない」
ジャシードの質問に、オンテミオンは答えた。

「そっか、良かった」
「あんまり良くないよ。僕は刺されたくないよ、ジャッシュ」
「僕が引きつけるよ」
「よ、よろしくね」
ガンドは苦笑いしていた。もしかすると彼は、虫が嫌いなのかも知れない。

「部品って言うのは何?」
ジャシードがまた質問した。

「部品とは、牙、羽、針の三点だ。これらを持ち帰ることができたら、それら素材を使って、お前たちにそれぞれ武具を作ってやろう」
「え……。ちょっとヤダな……」
ガンドはあからさまに嫌がった。やはり虫が嫌いなのかも知れない。

「んん……。何でそんな事を言うのだ」
「だって、虫の羽が生えてる武器って、なんかカッコ悪い……」
ガンドの言葉に、ジャシードも想像して頷いた。スネイルは我関せずと爪を噛んでいる。

「お前たちは何も分かっておらん。とにかく取ってこい。これは『依頼』だ。お前たちが冒険者として依頼をこなすこともあるだろう。これはその一つだと思って、本気でやってこい。そして武具を手に取ったとき、お前たちはわしに、ハンフォードに感謝することになるだろう」
オンテミオンが余りにも自信満々に言うので、ジャシードもガンドも、まあやってみようという気になった。

もしその武具が期待未満のものでも、冒険できるならそれでいいと思えた。それに、今回の冒険は『三人で』行動すると言うことが大切だ。その報酬は期待外れでもいいと割り切れる。

「ウーリスー半島の往復には、大人なら四時間掛からない程度だが、お前たちは八時間ぐらい見込んでおいた方が良いだろう。何もなくても昼は過ぎるし、たくさんの怪物と戦えば更に時間が掛かる。戦うべき時、そうでない時をしっかりと見極めて行動することが大切だ。傷を負ったら、無理をせずガンドを頼れ。いいな。それから、水はたくさん持っていけ。水の魔法を使える者がおらんからな」
オンテミオンは一頻り話すと、三人をドゴールの門まで送っていった。

「んん、それでは無事に帰ってくるのだぞ」
「本当に、オンテミオンさんは来ないんだね……」
ガンドはちょっと残念そうに言った。

「ウーリスー半島は大丈夫だ。お前たちでも何とかなる」
オンテミオンは言い切ったが、彼らの保護者として、しっかり手は打ってある。

三人よりも三時間早く起きたオンテミオンは、ある程度の距離まで、怪物どもの『間引き』をして回った。つまり、彼らの旅の前半は、あまり怪物どもに遭遇する事も無いはずだ。

「行ってきます!」
ジャシードとガンドは元気に挨拶をし、ドゴールを後にした。スネイルは何も言わず、二人の後をついて行っているのが見えた。

「んん。では、頼んだぞ」
オンテミオンは少し上の方に向かって言った。

「任せておけ。基本的には手出し無用だろう?」
風の魔法で空中に浮いているバラルは、オンテミオンに応じた。

「何もなければな。くれぐれも、大怪我はさせないように気をつけてくれ」
オンテミオンは、離れていこうとしていたバラルに念を押した。

◆◆

三人は、ドゴールの高い城壁を時折振り返りながら、南を目指した。

ドゴール周辺の気温は、レムリスに比べて高い。街で生活するだけならば余り気にならないが、いざ街を出て陽の光に当たると、まだ朝方だと言うのにかなり暑いのがわかる。
この城壁は、怪物どもの攻撃から街を守っているだけでなく、街に日陰を作る役割もあったのだと分かった。

「街の外がこんなに暑いとは思わなかったよ」
ガンドは、手で陽の光を遮りながら言った。暑さもそうだが、眩しさも相当なものだ。

「しかも眩しいね。レムリスで見た陽の光とは大違い。同じ光だと思えないよ」
ジャシードは、暑い、眩しい、と思いつつも、今の状況を楽しんでいた。
新しい世界とは、なんと好奇心をかき立ててくれることか。それは街の中に閉じ籠もって暮らすより、何倍も充実した時間を過ごしていると感じさせてくれる。

「はぁ……」
ひっそり、スネイルがため息をついた。年上の二人が割と厳しいなと感じているこの気候が、彼に相当な負荷をかけているであろう事は容易に想像がつく。だが状況こそあれ、実際に文句を口にはしなかった。

「スネイル君は我慢強いね」
ジャシードは何気なくスネイルを褒めた。それは、彼が人を見るにつけ、自分より優れているところがあれば、すぐにそれを認めるが故の事だった。

「な、何言ってんだよ! お、お前たちみたいに弱くねえよ!」
スネイルは意外にも、照れたような反応を見せた。

「それに……」
スネイルはそこまで言って、言葉を止め、下を向いた。

「それに?」
ジャシードは、なるべく優しく発言した。

「君……とか、君とか気持ち悪いんだよ!」
スネイルは力一杯叫んで、先頭を歩き始めた。

スネイルの小さな背中を眺めながら、呆気にとられていたジャシードとガンドだったが、スネイルが何を要求しているのかを理解して吹き出してしまった。

「何笑ってんだよ! くそ、ムカつく!」
スネイルはずんずんと先へ進んでいった。

「悪かったよ、スネイル! 今度から『君』はつけないから、許してよ!」
少し離れたスネイルに向けて、ジャシードは声を張り上げた。

「なんだ、意外とかわいい所があるんだなあ」
「何てったって、僕たちはみんな、子供だからね」
ジャシードはガンドに向かってニッコリした。ジャシードは割としっかりしているが、見た目はまだあどけない少年だ。
ガンドは、大人と子供の違いは一体何なのか、よく分からなくなった。

「待ってよスネイル、一緒に行こう!」
二人は少し走って、小さい背中を追いかけた。

◆◆

三人は、東から照りつける陽の光にジリジリと焼かれながら南を目指した。

「この辺りからが、ウーリスー半島らしい」
ガンドは地図と周りの風景を比較している。

「街の外って、もっと怪物がいるのかと思ったけど、ドゴールの近くにはあんまりいないのかな」
ジャシードは少し物足りなさすら感じていた。レムリスの近くでは街の入り口で待っているだけで、怪物が何体も来ることがあったのに、今は平和そのものだ。

「そんな事は無いはずなんだけどなあ。ちゃんと衛兵さんたちは戦ってるよ」
「なんだろうね。よく分からないけど」
「楽でいいじゃん」
ジャシードとガンドは、ハッとしてスネイルを見た。彼は自分たちの部屋でも話すことがなかったのに、今初めて、会話に参加してきたのだ。

「そうだけど、なんか冒険っぽく無いって言うか、散歩してるみたい」
ジャシードはなるべく平静を装って、スネイルの言葉に反応した。スネイルは無言だったが、小さく鼻をふん、と鳴らした。

歩いているうちに、だんだん砂が深くなってきた。足がいちいち砂に深く食い込み、熱せられた砂が、その下にある冷たい砂と入れ替わる。

実はこの辺りまでは、オンテミオンが『間引き』を行っていた。一旦いなくなった怪物どもは、おおよそ一日後には元の場所に戻ってくるが、暫くはこのままだ。

「ねえ、なんかいるよ!」
早速ジャシードが見つけたものは、どでかいアリだった。そのアリは、彼らが騒いだからか、速度を上げて向かってきた。身長よりも高さのあるアリが、シャカシャカと迫ってくるのは、ある意味恐怖でもある。

「うわあああ! ジャッシュ! た、頼むよ!」
ガンドは模擬戦の落ち着きの欠片もないほど、慌ててジャシードの後ろに退避した。

「ガンド……虫嫌いなんだね」
「男のくせに」
ジャシードとスネイルに言われているのも聞こえないほど、ガンドは慌てていたし、暑さからではない汗をかいていた。

「ガンドは見てて良いよ」
「弱虫」
二人は巨大アリに向かって剣を構えた。

「む、虫って言うな!」
ガンドは虫が鳴くような小さな声で言った。

巨大アリはジャシードに向かって、その大きな、牙のような顎を開き、挟み込もうとしてきた。顎は鋭く尖っていて、まともに食らったらひとたまりも無さそうだ。

ジャシードは顎を引きつけてから後ろへ跳んで回避し、砂に足を取られながらも、巨大アリの顎に長剣を振るった。

ガキンと音がして、長剣は弾かれてしまった。その勢いで腕が上がったジャシードも、少し後ろへ下がる。

だがスネイルはその隙に後ろへ回り込むと、柔らかそうな腹へ短剣を振りかぶり、思い切り刺し込んで抜いた。黄色い液体が飛び出てくる。

巨大アリは、スネイルを攻撃しようと、身体の向きを回転させようとした。ジャシードの前から大きな顎が無くなり、代わりに細身の脚が現れた。

「僕が相手なのを忘れちゃダメだよ!」
ジャシードは、巨大アリの脚関節へ、大きく振りかぶった長剣の一撃を叩き込んだ。巨大アリの脚はそこでポッキリと折れ、大きな身体が傾いた。

スネイルは、腹への攻撃を続け、何箇所も短剣で腹に穴を開けた。
だがその刹那、苦しんでいるように見える巨大アリのもがく脚が、偶然スネイルの脇腹を捉え、スネイルは派手に吹っ飛ばされた。

「スネイル!」
ジャシードは叫んだが、運が良いことにスネイルは砂まみれになったのみで、一つも傷を負っているようには見えなかった。

「余裕だ! こんなもの!」
スネイルは強がりつつも、少し腰が引けているようだった。

ジャシードは、巨大アリの周囲を見渡し、腹と胸の繋ぎ目が細いことを発見し、そこを切り離してやろうと決めた。

必死にもがく脚をかいくぐり、腹の下に潜り込んだジャシードは、力一杯、下段からの切り上げを放つ。

巨大アリの腹は胸から切り離され、黄色い液体をまき散らしながら、巨大アリは更に暴れたが、これは単に苦しみもがいているだけであった。

やがて、巨大アリは脚を絡ませながらひっくり返った。

「やったね、僕たちパーティーの初勝利だ! スネイル、頑張ったね。ガンドはスネイルを診てあげて。もし怪我してたら大変だから」

「何もなってねえよ!」
「骨折だったら、最初より後の方が痛いぞ」
スネイルは抵抗したが、ガンドの言葉に恐れを成したか大人しくなった。

「よし、問題なし」
「あ、あったり前だろ! あんなもんで!」
ガンドが問題なしの判定を下した瞬間、スネイルは喚きだした。

「そうだよね。スネイルはもっとやれる。次も頼むよ」
ジャシードは、噴き出しそうになるのを堪えつつ言った。

三人は、更に南を目指したが、ウーリスー半島は、途中から三つ叉に分岐していた。

「んん……。どっちにいくかな」
ガンドは、オンテミオンの口癖を真似して言った。

「下手くそ」
スネイルは即座に酷評する。

「なら、スネイルやってみろよ」
「じいさんの真似なんかしないね!」
「できないんだろ」
「やらないんだよ! 下手くそ!」
「くそとは何だ!」
「下手虫!」
「む、虫って言うな!」
二人は意味不明なやり取りでヒートアップしてきた。

「ほらほら二人とも、やめやめ。ガンドも何やってるの。さあ、どっちに行くか決めようよ」
ジャシードは二人の間に入った。不毛な争いで足並みを乱されるのは真っ平だ。

「てきとうでいいだろ」
スネイルは吐き捨てるように言った。

「僕たちはパーティーだから、みんなで決めるんだよ」
「めんどうくせえよ!」
「スネイルはどっちかな」
「てきとうで左でいい!」
「ガンドは?」
「うーん、地図を見ると……。そうだね、細くてすぐ終わりそうな左にしようかな」
「じゃあ、決まりだね」

三人は左、つまり東側に続いている、細い岬へと進んでいった。

三人が去った所からほど近い場所にある砂が、サラサラと細かく動き出していたが、誰も気づいていなかった。

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