イレンディア・オデッセイ

サイキハヤト

第30話 三人の訓練生

建物の中は、入り口付近は吹き抜け、左右に伸びた壁にはドアが幾つか並んでいる。正面には扉があり、その左右にそれぞれ二階への階段があった。

「僕は籠を置いてくるので、二人は先にどうぞ」
ガンドはそう言って、右側の部屋に入っていった。

バラルは正面の扉を開き、中へ入っていった。ジャシードも後に続く。部屋はかなり広い造りになっていて、奥の方に小さい少年が一人、そしてそれを見守るようにオンテミオンがいた。

「オンテミオン、ジャシードを連れてきたぞ」
「ありがとうバラル。手間を掛けた」
「ああ掛かったとも。途中でワイバーンに食われるところだった」
「んん……。それは苦労を掛けたな。食われなくて何よりだ」
「まあ、こんなジジイの肉なんか美味くないだろうがな」
「いや、ジャシードの話だ」
「憎たらしいハンフォードの犬め!」
バラルとオンテミオンは、お互いに笑みを浮かべながら、そんな会話を楽しんでいるようだった。

「ジャシード、また会えて嬉しいぞ。背も伸びてきたようだし、体つきも立派になってきたな」
オンテミオンは進み出て、ジャシードの頭をポンポン叩いた。

「お久しぶりです。オンテミオンさん。レムリスでは、衛兵見習いをやってたんだ。コボルドしか相手をさせてくれなかったけど」
「ケッ、コボルドかよ」
ジャシードの言葉を聞いて、近くにいた少年が吐き捨てるように言った。ジャシードは少し驚いて、少年の方を見た。
背の小さい少年は、ジャシードより年下に見えた。ボサボサの黒髪に、不健康そうな肌、眼光鋭くジャシードを睨み付けている。その目は深い黒、飲み込まれそうな黒だ。

「んん。スネイル、変なことを言うんじゃない……。彼は、スネイル。ネクテイルにいたのを、わしが引き受けてきた子だ。今年八歳になったばかりだ」
「そうなんだ。よろしく、スネイル君」
ジャシードは握手をしようと手を伸ばしたが、スネイルはジャシードを一瞥したのみで、手を伸ばしもしなかった。

「すまんな、ジャシード。スネイルは……」
「うっせーな! 何説明しようとしてんだよ! こいつに関係ないだろ!」
スネイルは急に叫びだして、部屋を出て行ってしまった。

ジャシードはポカンとして、オンテミオンを見上げた。

「んん……。いやあ、すまんな。スネイルは、なかなか人に馴染めなくてな」
オンテミオンはガリガリと頭を掻いた。

「何だか、スネイルが走って行ったけど、何かあったのかな」
ガンドが後ろの方を見ながら、大広間に入ってきた。

「んん……またへそを曲げたのだ」
「また……? 来てすぐは大人しかったのに」
「どうしてやるべきなのか、まだわしも掴めておらんでな」
「難しいなあ」
オンテミオンとガンドは同時に溜息をついた。

「いつかきっと分かってくれるよ」
ジャシードは何気なく言った。彼は非常に前向きな子供だった。家族の愛に恵まれ、何不自由なく暮らしてきた。彼は頑張ったことが完全に無駄になったと思ったことはなかった。
もちろん、一つ一つ『だけ』を見ていけば、その時は無駄に思えたかも知れない。
しかし必ずその後、あの時は役に立たなかったと思ったが、意味があったのだと知ることができた。彼はこの経験に裏打ちされているからこそ、様々なことへ前向きに、大胆に突き進むことができる。

「ジャッシュは、何でそう思うの?」
「よくわかんないけど、きっといつか、分かってくれる気がするんだ」
ジャシードは根拠の無い自信を見せた。

「何がそんな事を言わすのやら、だな。じゃ、わしは戻るぞ。またな、お前たち」
バラルは肩を竦め、大広間から出て行った。

「バラルさん、ありがとう!」
ジャシードは、去りゆくバラルに礼を言った。バラルは片手を上げて応えた。ジャシードは、いつしかのオンテミオンとバラルが重なって見えた。彼らは心が通じ合っている仲間なのだと思った。

「さて、ジャシード。こちらはガンド……既にジャッシュと呼んでいたから、もう自己紹介は終わったんだな」
「うん、街でたまたま会ったんだ。治療魔法と光魔法が得意なガンド」
ガンドの方に手をやって、ジャシードは言った。

「んん。よろしい。では、ここでの生活について説明しよう。部屋については、三人とも同じ部屋だ。この広間に向かって左側の階段を二階へ。掃除洗濯は自分たちでやること。やり方は任せる。自分の分だけをやってもよし、当番で全員分をやってもよし。スネイルはあんな調子だが、上手くやること」
ジャシードが頷くのを確認して、オンテミオンは続けた。

「んん。お前たちには、『パーティ』になってもらう。つまり、三人ひと纏まりで行動してもらう。ジャシードは戦士で、ガンドは治療術師、スネイルはアサシンだ。なかなかいいバランスだと思っておるのだがな」
「アサシン……?」
「んん……。暗殺に長けた能力を持った者達につけられる名だ。レンジャーよりも更に隠密行動に長けていて、どこからともなく忍び寄り、致命的な一撃を与えることもできる。偵察なんかにも向いているな」
「スネイル君は、凄いんだなぁ」
ジャシードは素直に感心した。自分にできないことをする人は、彼にとっては尊敬に値するのだ。

「んん、訓練は、三人纏めてここで行う。わしが教えるのは武器の取り扱いだ。ジャシードには、剣全般の取り扱いを教える。長剣、片手剣、短剣、刺突剣。要領が良ければ二刀流も教えよう」
「オンテミオンさん」
「んん……。なんだ」
「僕は……頑張るよ……オンテミオンさん」
ジャシードが余りにも目を輝かせていたので、オンテミオンは笑ってしまった。自分の目に狂いは無かったと確信した。

「んん、では今日は自由な時間としよう。ジャシードは荷物を部屋に置いてこい。ガンド、案内してやれ」
「行こう、ジャッシュ」
ガンドは、ジャシードを従えて大広間を出ると、右側の階段を上っていった。

階段を上りきると、ドアが半開きになっている部屋があった。
「あれ、スネイルはもう帰ってきてるのか。早いなあ」
「凄い勢いで出て行ったのにね」
「ジャッシュ、それはスネイルに言っちゃだめだよ」
「うん、分かってる」

二人は何気なく、何の意識もしないように部屋へ入っていった。部屋はそこそこの広さで、平沖の簡素なベッドが四つ置いてある。そのうちの一番奥で、ドアに背を向けて寝ている、髪がボサボサの子がいる。とても分かりやすい。背を向けて寝ている少年は、ガンドとジャシードが部屋に入ってきた事を気にもかけず、同じ姿勢を維持していた。

「こっちと、こっち。どっちがいいかな」
ガンドは、今空いているベッドを二ヶ所、指さした。片方はガンドの隣で、スネイルと対角。もう片方はスネイルの隣だ。

「こっちがいいかな」
ジャシードは、敢えてスネイルの隣を選択した。スネイルが少しぴくっとした気がしたが、気づいていないフリをした。

ジャシードは荷物をベッドの上に広げると、隣にある棚に整理し始めた。小さな棚だったが、服を持ってくる数を最小限にとどめたため、特に問題無く収まった。

「それじゃあ、ここの案内をするよ」
ガンドは立ち上がって、ドアの方へ向かった。

「僕たちの部屋の反対側は、オンテミオンさんの部屋だよ」
ガンドは、今出てきた部屋から、入口の上を通って反対側の部屋へ続く通路を指差した。

二人は階段を降りていき、大広間の前を通り過ぎる。大広間の奥では、オンテミオンが一人で剣の基礎訓練をしている様子だった。剣聖と呼ばれても、基礎は忘れないものなのだ。

大広間から見て右側の階段の下には、地下へ続く階段があった。

「地下は武器庫だよ。後で見に来よう」
ガンドはそう言って階段を通り過ぎた。

「ここは食堂だよ。ご飯はだいたい、みんなで食べる」
入口に向かって左側のドアを開けた。大きめの部屋には、木でできた長いテーブルがあり、八つの椅子が奇麗に並んでいる。テーブルの上を見ると、ガンドが頭の上で運んでいた籠に、緑色のブドウが溢れんばかりに入っているのが見えた。

「お腹空いてる?」
ガンドが、ブドウ満載の籠を見つめているジャシードに気が付いて尋ねた。

「ううん。あんな量のブドウ、誰が食べるのかなって」
「あのブドウは、後でハンフォードさんに持っていくんだ」
「よほど、ブドウが好きなんだね」
「凄いよ、食べてるのを見ると、うわあ……って思う」
「そ、そうなんだ」
「一緒に行く?」
「ちょっと、見てみたい……かな……」
「後悔するかも」

ガンドはニヤリとしながら食堂の扉を閉め、反対側の部屋へと向かった。

反対側の部屋は、入口に近い方がキッチン、階段の下の部屋は物置だった。物置も整然と物が置いてあり、オンテミオンの性格を物語っている。

「最後は、お楽しみの武器庫だよ」
ガンドは朗らかに言って、途中の壁にある蝋燭に火の魔法で火を点しながら、階段を下り始めた。蝋燭のぼんやりとした光が階段を、壁を照らしていく。

「火の魔法も使えるんだね」
「火を付けるぐらいしかできないよ。魔法は、できないものは、ほんの基礎の基礎ぐらいしか、どんなに頑張ってもできないんだって、バラルさんが言ってた」
「そうなんだ」
「ジャッシュだって、同じ戦士の技でも、できるものとできないものがあるはずだよ」
「まだ、全然技はできないから、これから分かるようになるんだね」
「そういうこと。足元に気をつけて。最後の段は低いから」

二人は武器庫の蝋燭に火を点していった。武器庫は大広間よりも大きく、様々な武器が保管してあった。短剣一つとっても、何種類も存在する。波を打つようにグニャグニャした形の物、レイピアのように細い物、刃渡り五センチほどしか無い、とても短い物もある。

レイピアもあった。オーリスが持っていたレイピアと同じ形をしている。レイピアにも何種類かあるようだ。

剣聖の家だけあってか、剣はかなりの数があった。長さも長短様々、真っ直ぐな物から、反っている物、中には二本分の刃が付いている剣もあった。使いづらそうだが、珍しい。

長剣はジャシードの目を引く物がたくさんあった。ジャシードの身長よりも長いもの、刀身が十五センチもありそうな太い物、宝石のもうな物を埋めてある物、宝石は埋まっていないが、埋められる程度の凹みがある物、非常に細かい装飾が柄に施されたものもある。

この他には、槍があった。ヨシュアが見たら喜びそうな物が幾つもあるし、似たものでは、ハルバードなんかも立てかけられている。
ハルバードは、フォリスが好んで使っている武器だ。槍のような長い柄の先に、斧のような刃先、尚かつ槍のような尖った部分もある刃先が付いている。重いのは難点だが、叩き切ってもよし、刺してもよしの便利な武器だ。

変わった物では、農作業に使いそうな、三本の尖ったフォークのような刃先が付いている長い棒、二本の尖った太い鏃のような物が付いている、片手持ちの武器もあった。

セグムが喜びそうな投げナイフもあるし、弓も壁に飾られている。弓も短い物からジャシードの身長ほどあるものまで様々だ。
これは見ていて飽きない。一度見て、二度見て、三度見て……。ジャシードは武器庫を何往復もして、時には食い入るように眺めていた。

ジャシードがふと気が付くと、ガンドの姿がなかった。キョロキョロしてみたが、隠れているのではないらしい。

「ジャッシュ、ご飯だよ。二時間も見てるなんて、君も飽きないねえ」
ガンドが階段を下りてきた。

「出て行ったことに気づかなかったよ……」
「熱中しすぎだよ」
「あ、ははは……」
照れ隠しに笑うジャシードを見て、ガンドもつられてクスクスと笑った。

二人は協力して蝋燭の火を消し、食堂へと向かった。

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