イレンディア・オデッセイ

サイキハヤト

第27話 カラスが運んだ手紙

オンテミオンとの手紙のやり取りがなくなって半年が過ぎた。ジャシードは怪物との戦いにも慣れてきて、コボルドなら一度に数体を相手しても滅多に怪我をしないようになってきた。そう言うわけでジャシードは、次の段階へ進みたいと思っていた。

まさにそんな時だった。ジャシードの状態を見透かしたように、次の手紙がカラスによって運ばれてきたのだ。

ジャシードは、カラスの脚に結ばれた手紙を解き、カラスを木製の止まり木へ誘った。ピックと名付けられているそのカラスは、そんな扱いにも慣れたもので、止まり木に大人しく止まってカァカァと鳴いて餌を要求した。

「ちゃんとあげるから、鳴くなよ」
ジャシードが指を近づけると、ピックは甘噛みしてくちばしを開いたままアァと鳴いた。

ピックはトウモロコシが大好きだ。ジャシードがトウモロコシの粒を見せると、口を開けてアァと鳴く。トウモロコシを口に入れてやると、すぐ飲み込んでまた口を開けてアァと鳴く。

「かわいい奴だな、お前」
ジャシードは、ピックが腹いっぱいになるまで、その単純作業を楽しんだ。

「さてと、今度の課題は何かな」
大人しくなったピックをひとなでして手紙を開きつつ、ジャシードは独り言ちた。


親愛なるジャシードへ

そろそろ、新しい刺激が欲しい頃だろう。わしの所で訓練をするつもりはないか?

今、こちらには二人の訓練生がいる。ここに君が来れば、より楽しくなる。三人で次の段階へ上ることができる。次の段階に興味もあるのだろう。

もし君が来るのなら、使いの者を寄越す。実は、セグムとソルンには、二年前に君をわしに預ける気はないかと言ってある。あの時は八歳だったが、今なら基礎修練を積んでいるだろう。

二人と話して君の心が決まったら、ピックに返事を託せ。

オンテミオンより


ジャシードは飛び上がりそうになるほど嬉しかった。だが一つだけ問題があった。セグムとソルン以外の問題が。ジャシードは少し考えたあと、リビングから子供部屋へと移動していった。

「ねえ、マーシャ」
「なに?」
マーシャは書物を読みながら、目を離さずに返事をした。彼女は最近、難しい魔法理論の勉強に精を出している。

「僕はしばらく家を出ることになりそうなんだ」
「ええっ!?」
驚きすぎたマーシャは、大声を上げながら椅子をはね除けて立ち上がった。ひと呼吸置いて、ジャシードの方を見た。

「ど、どこにいくの!?」
「オンテミオンさんの所。ドゴールかな」
頭をポリポリ搔きながら、ジャシードは答えた。詳しいところなんて分からない。とにかくオンテミオンさんがいるところに行くだけだ。

「なんで? ねぇなんで? 私が爆発の魔法を使えるようになるまで待てないの? 今じゃなきゃダメなの? 私を置いていくの? セグムおじさんとか、ソルンおばさんは許してくれたの? ちゃんと話したの? レムリスが嫌になったの? もう少し待てないの? 大人になってからじゃダメなの? そんなにこの家が嫌なの? なんで? ねぇなんで? なんで今なの?」
マーシャはジャシードに迫りつつ、凄まじい勢いで捲し立てた。奇麗な青い目が、白い肌が、短く切り揃えた少し波打つ栗色の髪が、幾つもの質問を発しながら迫ってくる。

「ち、ちょっと。一つずつ話してくれるかな……」
ジャシードは気圧されてたじろいだ。それに、じっと見つめられると何故だか恥ずかしくなってくる。

「なんで?」
「そ、そこから?」
「な、ん、で?」
「近い、近いよ」
マーシャが凄く近くまで迫ってきたため、ジャシードはマーシャの両肩に手を当て、ゆっくりと押し返した。

「僕は今のうちに、できるだけ沢山のことを学びたいんだ。冒険者になったときに困らないように、オンテミオンさんに教えてもらいたいんだ」
「冒険者なら、八歳の時になったんでしょ」
マーシャは口を尖らせている。

「後ろから、ついて行っただけだってば……。それに、マーシャが冒険者になる前に、僕が強くならないと、一緒に冒険したときにマーシャを守れないから」
「私と一緒に冒険する?」
マーシャは、子供の約束なんて忘れられているのではないかと思っていた。もちろん今も子供だが、女の子が実年齢より高い精神年齢になるのは、特に珍しいことではない。それはマーシャも同じだった。

「うん、マーシャも冒険者になるんだよね」
「なる。だから魔法の勉強をしているの」
「期待してる。マーシャの魔法はきっと凄いんだ」
ジャシードの期待を受けて、マーシャの顔が少し明るくなった。

「でも、私がジャッシュをま……。もう、いいわ。ちゃんと、私を守れるように強くなってね」
「もちろん、そうなるつもりだよ」
マーシャはぶっきらぼうに言いながら、ようやく身を引いた。何か含むところがありそうだが、ジャシードは敢えて触れなかった。

「いつから行くの?」
「まだ、決まってない。父さんと母さんにも話していないんだ。最初にマーシャに言わないといけないと思って」
マーシャは何も言わずニッコリした。内容は喜ばしいものではないが、自分を一番にしてくれたことに、素直に喜んだ。

「……でも、反対されるかも知れないね」
マーシャは、本当は反対されてしまえばいいのに、と思っていたが、それを口に出すのはやめた。自分が本当に願っていたことは何だったのか。八歳の時に何を思って紙を書いたのか……。それはジャシードの成長を、進歩を邪魔をすることではなかったはずだ。
最近、マーシャは気持ちを抑えきれなくなることが増えていた。それは何故か、自分自身がよく分かっている。魔法の進歩が遅いからだ。
彼女は焦っていた。このままでは、ジャシードを助けるどころか、冒険者になることも危うい。その事が心に引っかかっていて、色々なことで気が立つようになってしまっていた。

「何とかするよ。きっと大丈夫」
ジャシードは素っ気なく言った。セグムとソルンには伝えているという話だ。説得できないはずはないとジャシードは思っていた。

「何とかしちゃうんだ」
マーシャはつい言ってしまった。言ってはだめだと思っているのに、つい言ってしまう。ジャシードに残って欲しくて、つい言ってしまう。ジャシードの傍にいたくて、つい言ってしまう。
マーシャは今の自分が大嫌いだった。こんな自分がどんどん前に進もうとしているジャシードに、気に入られるはずは無いと、彼女には分かっていた。どんどん嫌いな自分になるのが、彼女には分かっていた。

「マーシャ……。僕はもっと強くなりたいんだ。父さんや、母さんや、オンテミオンさんを間近に見て思ったんだ。もっと、もっともっと僕が知っている『強い』の上がある気がする。手が届かない世界もきっとある。僕はもっと強くなって、この世界の果てまで冒険して、世界のたくさんのことを知りたいって思ったんだ。そして、もっとみんなの役に立ちたいんだ。みんながもっと幸せに暮らせるような何か……それはまだ分からないけれど、僕はそれを見つけ出したい」
ジャシードは、いつの間にかマーシャの両肩に手を置いて、マーシャの目をじっと見て話していた。マーシャは目を逸らしたまま、黙って聞いている。

「僕はその冒険に、マーシャを連れて行きたいんだ」
ジャシードは一呼吸置いてそう言うと、マーシャの視線が自分に合ったのが分かった。

「そのためにマーシャは魔法の勉強を頑張っているって知ってるから……。僕は父さんと母さんに話をして、オンテミオンさんの所に行く。しばらく家は離れてしまうけれど、同じ所を目指して頑張ろう。マーシャはきっとすごい魔法を使えるようになるよ。僕はそう信じてる」
マーシャは、何だか胸が一杯になった。自分のことばかり考えていて、いつか遠くに行ってしまいそうなジャシードと、何でもいいから思い出を残そうとしていた。上手く行かなくてツンツンしたり、不機嫌になったりしたことがたくさんあった。
それでもジャシードは、ずっと自分の手を引きながら前を見ていたんだと分かった。手を引かれているのに気づかなかったのは、自分だけだったんだとマーシャは気づいた。

「ジャッシュ、ごめんね……私、自分のことばっかり気にして……ジャッシュをいつも応援してるよ」
「うん、ありがとう。マーシャ」
ジャシードは、自分が良くやられていた事を真似して、俯いているマーシャの頭をポンポンと叩いた。マーシャの細い髪の感触が手に残った。

「父さんと母さんと、話してくるよ」
ジャシードはマーシャの感触が残っている手を見つめながら、子供部屋を出て行った。

「寂しくなっちゃうな……でも頑張れば、頑張れば追いつけるよね……もっと、上手くなろう。なりたいものには、なろうとしなきゃ、なれないんだもんね」
マーシャは気を取り直して、先ほど読んでいた書物に目を落とした。

◆◆

「父さん、母さん。話があるんだ」
ジャシードは、リビングでのんびりしているセグムに、キッチンに向けて、声を掛けた。

「なんだ、コボルドハンター。話って」
「せめて名前で呼んでよ……」
「わっはは。すまん。おれは気に入ってるんだよ。あの呼び名」
セグムはジャシードの肩をバンバン叩いた。

「話って何かしら」
ソルンがキッチンから手を拭きながら出てきた。

「オンテミオンさんから手紙が来たんだ」
ジャシードは、リビングの止まり木に止まっているピックを指さした。すると、セグムとソルンは顔を見合わせた。

「オンテミオンさんの所で訓練をしないかって、書いてあったよ。父さんと母さんには、二年前に言ってあるって書いてあるんだけど」
ジャシードは、手紙を広げて二人に向けて見せた。

「ああ、聞いた。あの時は何言ってんだジジイって思ったけどな」
「ホントよね。まだ子供なのにって思ったわ」
「ジジイの世迷い言なんかに、おれたちの息子を取られてたまるかってな」
「いくらオンテミオンでも、ねぇ……」

「それは僕が聞きたいことの半分だよ」
夫婦揃って苦笑いしている。そう、結局セグムはオンテミオンからの誘いのことを言わなかったのだ。

「すまん、ジャッシュ。おれは、前回言われたとき、お前にはまだ早いと親として判断した。が、今までお前の助けになることはしてやったつもりだ……この日に備えてな……」
セグムはそう言って、自室の奥へと引っ込んでいったが、すぐに剣を手に戻ってきた。

「これはお前の剣だ。お前の身長に合わせて刀鍛冶に作ってもらったものだ。身長が伸びたらただの剣になってしまうが、今のお前には長剣扱いにできる」
セグムは少し長い、ジャシードにとっては長い剣を手渡した。

「……ありがとう……。ずっと、準備していてくれたんだね……」
「ああ。我が子の成長を願わない親はいない。正直に言うと、まだ家にいて欲しいが、お前が望む未来をお前が勝ち取るために、お前が選択した道だ。お前が目指している目標を叶えてこい」
ジャシードは、剣を見つめながら大きく頷いた。

「ジャッシュは一度決めたらずっとそっちを向いているものね」
ソルンは困った様子で言った。

「僕は、父さんと母さんを見て育ったんだよ」
「ヘッ、生意気言うようになりやがって」
セグムは、息子にデコピンを喰らわせた。

ジャシードは、オンテミオンに手紙を書いた。


オンテミオンさんへ

父さんと母さんは、僕がオンテミオンさんの所に行く準備をしてくれていました。新しい長剣ももらって、行く準備ができました。

どうやって行くのか分からないですが、使いの人を待っています。

ジャシード


ピックは、トウモロコシをたらふく食べたあと、手紙を足につけてオンテミオンの元へと飛び立っていった。

「行っちゃったね、ピック」
マーシャがジャシードの後ろから声を掛けた。

「うん。行っちゃったね」
「ジャッシュ。私、すぐ追いつくから」
「うん。それは出発の日に言ってよ」
「あ、そうだった……」
「じゃあ、今日は二人で特訓しようか」
「うん!」
ジャシードはマーシャの手を引いて、街の南側にある広場へと向かっていった。

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