イレンディア・オデッセイ

サイキハヤト

第26話 コボルドハンター

翌日、オーリスはジャシードと共に門の前に立った。オーリスは、尊敬するセグムの戦いに、そしてジャシードの戦いにも強い興味を抱いていた。セグムに鍛えられた子、オンテミオンに教えを請うた子は、一体どんな戦いをするのか、オーリスは考えるだけでもワクワクして仕方がなかった。

ジャシードもオーリスと共に門の前に立てるのが楽しみだった。彼のレイピアでの戦い方にも興味があったし、風の噂では、オーリスはなかなか見所があるという話しだった。ジャシードは友人であるオーリスがそうして持て囃されているのを、自分のことのように喜んでいた。

「やあ、ジャッシュ。元気かい?」
「うん。オーリスも元気そうだね」
「絶好調さ!」
オーリスは、自慢のレイピアを抜き、ヒュンヒュンと素振りをして見せた。『レイピア』は細身の剣で、敵を刺し貫くのに適している。鍛えられて柔軟性を持った刀身は、必要なときにはその粘りを活かしてぐにゃりと曲がるが、いざ刺し貫こうとした時の貫通力は、革の鎧が役に立たないほどだ。

「レイピアもカッコいいね」
ジャシードはオーリスのレイピア捌きに惚れ惚れした。

「武器は一長一短さ。ジャッシュの剣も、いかにも戦士って感じで、僕は好きだよ」
「ありがとう」
大好きな剣をオーリスに褒められて、ジャシードはにっこりした。お気に入りの剣を抜いて空へかざし、一頻り眺める。今日が曇りでなかったら、もっと輝いて素敵な剣なのに、とジャシードは思っていた。

「こらお前たち、街中で剣を抜くんじゃあない。誰かに当たったらどうするつもりだ」
二人の後ろからヨシュアが声を掛けた。左手は腰に、右手は真っ直ぐ伸ばして二人を指さしている。

「はい、ごめんなさい!」
二人はサッと剣を鞘に収めると、先輩衛兵ヨシュアに敬礼した。ヨシュアは素直な二人を見て満足そうに頷くと、同じように敬礼を返した。
同じ敬礼だが、大人の敬礼はビシッとしていて、見ている側も気が引き締まるし、いい気分になる。新米衛兵二人は、この敬礼を目標にするべきだと感じた。

早朝組から申し送りを受けると、昼組のリーダーであるヨシュアは、予め用意した配置表を読み上げた。セグムとジャシードとオーリスは西門らしい。

「やった。セグムさんとジャッシュと一緒だなんて運がいい!」
オーリスは満足そうだったし、ジャシードも友達の戦いを見られるのは嬉しかった。

「なんだ、いつの間に友達になったんだ?」
セグムが二人の肩に腕を回して間に入ってきた。

「お披露目の後です。その、僕はセグムさんのように強い剣士になりたいんです」
オーリスは少し緊張しつつ、接近した憧れの存在を意識した。

「おうおう、照れるじゃねえか」
そう言いながらも、セグムは満更でもなさそうだった。

「オーリスも、冒険者になりたいんだって」
ジャシードは、何気なくセグムに言った。冒険者になりたい仲間がいるというのが嬉しかったからだ。

「ち、ちょっと。ジャッシュ。それはまだ父にも母にも、君以外誰にも言っていないんだ」
「あ……。そうだったんだ。ごめん」
オーリスを見ると、うっすら冷や汗をかいていた。

「なあに、おれはそんなの聞いてねえよ」
セグムは二人の間を通り抜けつつ、二人の肩を叩いて西門へと向かっていった。

「ジャッシュ。僕はセグムさんを今までよりも好きになったよ。あんな父を持つ君が羨ましい」
セグムの背中を眺めるオーリスの目は輝いていた。

「あはは、そうかな……。でも、自慢の父さんだよ」
「君は控えめだな。僕が逆の立場だったらもっと自慢するよ」
ジャシードは、オーリスといるととても楽しい。こんなに気が合う友人ができて、幸せだなと思っていた。

「ほらお前達、とっとと移動する!」
もう一人の西門担当ヨシュアは、若い二人の尻を叩いた。

◆◆

西門は、少し遠くにサイザル湖を望む平原に面している。この日は曇り空のため余り見栄えがしないが、晴れていたらキラキラと輝く水面を見ることができる。

「さあて、ノンビリやろうかね」
セグムは、投げナイフを四本、ヒョイヒョイと投げ上げては掴み、掴んでは投げ上げて遊んでいる。

「父さん、ちゃんと手本にならないと」
「何言ってんだジャッシュ。よく見ろ。手本になるだろ。ほれ五本目追加!」

「六本目は難しいな」
ヨシュアは楽しく投げナイフを観察していた。
「凄いな」
オーリスもセグムに釘付けで、感心しきりだ。

「オーリス、あれは真似しなくてもいいと思う」
「そ、それもそうだね」
オーリスは我に返って苦笑いした。

「おい、若いの。コボルドが一体来たぞ。オーリスやれ」
セグムは投げナイフで遊びながら言った。

「えっ? はっ、はい!」
オーリスはまだ怪物を捉えておらず、キョロキョロと敵を探った。

「右からだ。森を見ろ……。うあっ、しまった」
セグムは六本目の投げナイフを追加しようとして、一本掴み損ねて地面に落としてしまった。

オーリスが森を見ると、コボルドが一体、ひょっこり森から顔を出したところだった。

音もなく走り出したオーリスは、コボルドが気がつく前に、レイピアをコボルドの首に刺し込んだ。コボルドはひと突きで、悲鳴を上げる暇も無く、白目を剥いて死んでいた。

ジャシードは、既視感のあるオーリスの素晴らしい剣裁きを見て、オーリスがレンジャーであることを知った。それ故にセグムに憧れを抱いているし、恐らく敢えて弓ではなくレイピアを持っているのだ。

「あのぐらい、察知しないとな。って上手くいかねえな、くそっ」
セグムは六本目にチャレンジして、既に三本も地面に落としている。

「はい!」
オーリスは、セグムのナイフ遊びを見るのを止め、周囲の気配を探るのに専念した。

◆◆

この日は曇り空のまま、一度も空が顔を出さないまま、暗くなってきた。もうそろそろ、夜組との入れ替え時間だ。

「セグムさん、怪物の気配が」
唐突にオーリスが声を上げた。

「今日は出番無しかと思っていたんだがなあ。ヨシュアも頼むぜ」
セグムは、門に立てかけてあった剣を取り、鞘から抜いた。ヨシュアは槍を両手に持ち、臨戦態勢となった。

「ジャッシュ。コボルドが四体、ゴブリンが二体、オークが一体来ている」
オーリスがジャシードに現状を説明してやった。

「僕がコボルドを全部やっつけようか。どうせコボルドしか戦えないし」
「四体も? 無理してはいけないよ」
ジャシードの提案に、オーリスは驚いて制止した。

「お前たちでコボルドをやってくれよ。おれはゴブリンで、ヨシュアはオークな」
セグムのひと声で、各人の担当が決まった。

西門から少し離れたサイザル湖の北西にある森から、怪物たちが平原に出てくるのが見えた。怪物たちはこちらを見つけると、ギャアギャア言いながら突撃してきた。

セグムはゴブリンを二体、牽制したり攻撃したりで引きつけ、ヨシュアはオークに槍を向けた。

「おい、ゴブリン一体追加が来たぞ」
セグムが新たな気配に気づき、周囲に警告した。

オーリスは、コボルドに向かって走っていた。しかしその途中にゴブリンが出てきたため、コボルドへ向かうのが困難になった。
結果として、コボルド四体は全てジャシードの近くに集まった。きっと、コボルドから見れば、美味しそうな飯を見つけたと思ったに違いない。

「ジャッシュ! 一旦下がるんだ!」
オーリスはゴブリンとの間合いを確保するために、レイピアで牽制した。

「何とかするよ」
ジャシードは、あちこちから来るコボルドの短剣突きを剣で捌き始めていた。捌きながら動き、コボルドの攻撃を防御し易いように、位置を調整していった。

◆◆

オーリスは、ゴブリンと対決するのは初めてだった。コボルドより体格が良く、破壊力のあるメイスを持っている。レイピアではメイスの攻撃を受け止める事はできないため、メイスの攻撃範囲に居続けないように、上手く立ち回らなければならない。

体格の良いゴブリンは、メイスを軽々と扱う。ブンブン振り回されると、なかなか近寄れないため、オーリスは攻撃のタイミングを掴めずにいた。

視界に入る場所でまだ子供のジャシードが、コボルドたちの攻撃に晒されているのが見え、早く助けに行かねばと言う思いがこみ上げてきたが、そう思えば思うほど、レイピアの攻撃は精度を欠いていった。

オーリスは確かに出来のいい、キレのある素晴らしい新米だったが、まだ新米に変わりは無かった。少しの焦りから攻撃しようとして踏み込みすぎてしまい、ゴブリンのメイス攻撃を避けられない距離に入ってしまった。

ゴブリンはそれを見逃さずにメイスを振り下ろしてきた。オーリスが、まずい、と思った時にはもう遅かった。迫り来るメイス攻撃を致命傷にしないためには、腕を持って行かれる覚悟が必要に思え、利き手でない左手を上げた。

「ゴギャア!」
急にゴブリンが顔を押さえて悲鳴を上げた。オーリスは驚いてゴブリンを見てみると、その目には投げナイフが突き刺さっていた。

「油断するんじゃねえぞ!」
投げナイフを放ったのはセグムだった。彼は弓こそ使わないが、その代わりとして投げナイフに習熟しているのだ。セグムはゴブリン二体を相手にしながら、凄まじい精度で投げナイフを放つことができる。

「助かりました!」
オーリスは、隙だらけになったゴブリンの右腕をレイピアで貫いた。ゴブリンの悲痛な叫びが辺りに広がった。

◆◆

ジャシードは、コボルドたちの攻撃を捌きつつ、全員が自分の正面方向になるように位置を調整した。最近覚えた『全体をぼんやり見る』やり方で一ヶ所だけを注視しないようにし、全体を見つつ、コボルドたちの攻撃を受け流しながら最高のタイミングを待った。

――今だ!

ジャシードは、コボルドの攻撃タイミングが合う一瞬を見つけ出し、コボルドたちが次の攻撃に移ろうとする間隙を縫って、その集団の懐に飛び込んだ。

ジャシードの抜刀からの切り上げ一閃。先頭にいたコボルドの首から緑色が派手に吹き出た。勢いに身体を乗せたまま、身体を回転させて次のコボルドの太股を大きく横に切り裂くと、噴き出た緑色が身体に付いたのを感じる。

間髪入れず地面を蹴り、進行方向を次のコボルドへと変えつつ、腰の鞘に収まっていた短剣を左手で引き抜き、今斬った二体のコボルドの間を抜けた。そのまま目の前のコボルドの胸に短剣を突き立てると、コボルドは身体をビクリと震わせて倒れた。

軽く呼吸を整えつつ四体目のコボルドを見遣ると、これまでの攻撃で距離が離れてしまっていた。ジャシードは少し間合いを広げて立ち、再び剣を構えた。

その時視界に、太股を切り裂かれたコボルドが、這々の体で森へ向かうのが見えた。まだ距離はあるが、追いかけて倒さなければならない。

――逃げられれば、仲間を連れて戻ってくる。

逃がすわけには行かなかったが、目の前にいるコボルドは短剣を振って邪魔をしてくる。どうやらあのコボルドを逃がしたいようだ。ならば強引にコボルドを倒して進むのみだ。ジャシードが方針を決めた瞬間、後ろから接近する気配を感じた。

顎を引いて視界を少し後方へ取ると、ゴブリンを倒したオーリスが、風のような速度で走ってくるのを捉えた。オーリスの意図を理解したジャシードは、目の前にいるコボルドに集中することにした。

「あれは任せてくれ」
すれ違いざまにオーリスは言うと、ジャシードの相手でいっぱいいっぱいになっているコボルドを越え、地を這って逃げているコボルドを追いかけていった。

ジャシードはオーリスの動向を視界に捉えつつ、安心して目の前にいるコボルドに剣を振るい、オーリスと殆ど同時に、目の前にいるコボルドを始末した。

「ありがとう、オーリス。助かったよ」
「チームだから、協力するのは当たり前さ。それにしても、よく四体も捌けたもんだね。ホント、びっくりしたよ」
ジャシードは戻ってくるオーリスに声をかけると、オーリスは握り拳を前に出してきた。ジャシードも同じように、握り拳を作って、オーリスのそれに合わせた。

◆◆

ジャシードはこうして、出撃の度にコボルドを倒して倒して、倒しまくった。小賢しいコボルドを安心して任せられる衛兵見習いの彼は、あっという間に衛兵たちの間で『コボルドハンター』と呼ばれるようになった。

コボルドハンターは半年ほどその職務を果たし、周囲からの揺らがぬ信頼を得るに至った。

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