イレンディア・オデッセイ

サイキハヤト

第20話 迫り来る巨人

「何をしている! 出撃しろ!」
赤い目をした者は街の方を指差しながら、たむろしてボーッと突っ立っている怪物たちに叫んだ。

「ウガァ?」
怪物たちは、街へ向かってゆっくりと進み始めた。

「早く、行け! っっ痛ぇ!」
オーガの足に蹴りを放った赤い目をした者は、オーガの踵を蹴ってしまい、痛みに悶絶した。

◆◆

レムリスの東門は、怪物たちの死骸で酷い有様になっていた。

「これどうすんだ、動く場所がなくなっちまったよ!」
死骸を指差しながら、セグムはオークの粗末な斧を躱し、ゴブリンの刃こぼれした剣を受け止めた。

「どうって言われても、戦っている最中に掃除なんかできるか! お前が作ったのもあるだろ!」
ヨシュアが槍でコボルドを突き刺しながら答えた。

コボルドたちの死骸は、低い壁のように積み上がり、戦いの邪魔になっていた。残り少なくなったコボルドは、死骸の山を軽々乗り越えて来るし、ゴブリンは死骸の隙間から剣を突いてくる。死骸の山は非常に厄介だ。

◆◆

こちらは西門。死骸で酷い有様になのは東門と同じだが、西門の周囲には、敷き詰めたように死骸が並んでいた。オンテミオンは、衛兵を一旦前進させ、後退しながら戦うように指示していた。

西門のコボルドは全滅し、現在はゴブリンやオークと交戦中だった。

ジャシードは、街の中から衛兵たちの戦いを見ていた。

衛兵たちは、セグムやオンテミオンと比べれば少し見劣りするものの高い練度を誇っており、少年にとっては手本の宝庫だった。少年は、いい動きや技を見つけると、すぐにその場で真似をした。

◆◆

「おい、怪物を発見したぞ! 鐘を鳴らせ!」
南側の城壁の上で警戒に当たっていた衛兵は、森の中を進行してる怪物たちの姿を望遠鏡で捉えた。

オーガやエティンなど巨人の怪物だったが、数はそれほど多くないと思われた。巨人たちは、派手に森の木々を破壊しながら前進してきているようだ。

◆◆

打ち鳴らされる鐘の音が、門の付近に聞こえてきた。怪物が少なければゆっくり、多ければ早く、と言う取り決めになっていた。

鐘の鳴る速度から、怪物の数は多すぎも少なすぎもしない、と言うことがわかった。

「なんだ、本当に南側から来たってのか。南側行きの人数を割けるか?」
「セグムお前、この状況を見て言っているのか? 何処に余裕があると言うんだ!」
セグムの言い草に、死骸の上でゴブリン二体とやり合っているヨシュアが怒鳴った。

「す、すまねえ……。おれとソルンで行く。城壁の衛兵もいるしな。こちらの門は頼むぞ」
「おう、頼むぜ遊撃隊!」
ヨシュアは、また新たな怪物に取り付かれていたが、奮戦していた。

◆◆

同じ頃、西門では鐘の音を聞いたオンテミオンが動き出していた。

「んん、本当に安直な攻撃が来たようだな……。わしは、南側へ向かうが、後は任せても平気だな?」
「はい、何とかします。ありがとうございました!」
衛兵は、オンテミオンに威勢良く返事をした。

オンテミオンが南側へ向かおうとして、鉄格子にある出入り口を通ったとき、門の反対側に隠れている少年がいることに気づいた。見たことのある短剣がはみ出ていた。

「んん……。何故隠れているんだ、ジャシード」
オンテミオンは、隠れるのが下手くそな少年に近づいていった。

「い、家にいないと怒られると思って……」
少年は小さくなって言った。

「戦いの勉強をしていたのだろう。何故怒らねばならんのだ」
「前に、マーシャがあんなことになる前、ぼくは戦いを城壁の上から見てたんだ。それで大変なことになって……」
ジャシードはオンテミオンを見上げた。

「んん、そうか。それなら怒らねばなるまい」
オンテミオンは、げんこつを軽く少年の頭に食らわした。

「いたた……」
「罰として、わしに付いてこい」
「……は、はい……」
ジャシードはオンテミオンの向かう先へ、ちょこちょこと後ろからついて行った。

◆◆

セグムとソルンは、街の東側を回り込んで南側へと急いでいた。既に巨人が三体、南側付近まで到達しかけており、城壁の上から弓での攻撃が行われていた。

巨人はエティンと呼ばれている怪物で、小さいものでも身長十メートルはあり、その巨躯の上に二つの頭が乗っかっている。頭が二つあるにもかかわらず知能は低く、普段はうっかりエティンの目前で遭遇しない限り、自発的に襲ってくることは少ない。

衛兵たちの矢がエティンに突き刺さった。巨躯かつ低知能のため、ちっとも避けることなどはできない。しかし矢は刺さっても焦げ茶色の皮膚が厚いため、とりあえず刺さってはいるが、全く痛みを感じていない様子だ。

エティンは、遂に城壁に近づくと、城壁の上にいる衛兵たちへ、拳を叩き付けて攻撃し始めた。このエティンは、城壁よりも少し高い身長で、城壁の上にいる衛兵たちを攻撃し易いようだった。

その巨大な拳が城壁に当たる度に、ドガン、ドガンと大きな音が鳴り響いた。しかし、叩く場所をよく見ていなかったようで、衛兵が床に置いていた鐘に拳が命中した。鐘のゴギュアアンと言う謎の音が鳴り、二つの頭が同時に叫び声を上げた。さすがにちょっと痛かったようだ。

「急がないと、本当に城壁を壊されそうね」
「全くだ」
二人は走って戦場へと向かった。



一方オンテミオンは、東門から外へ出ようかと言うところで、ドガンという音と、ゴギュアアンと言う音を聞いた。

「んん、なんだ?」
「変な音……ねえ、オンテミオンさん、見て!」
ジャシードは、街の南側に上がる砂煙を指差した。どうやら、壁の上を叩きまくられていて、衛兵たちはあちこち避けていた。

「んん、エティンが暴れておるようだな。城壁の上で戦いを見て勉強しろ、と言おうと思っておったが、仕方ない。君は留守番だ」
「うう、やっぱり……」
ジャシードはがっくりと肩を落とした。

「エティンを始末したら、城壁の上に来い。なに、セグムたちも向かっているだろうから、すぐに片付くだろう」
「うん、分かった。ありがとう、オンテミオンさん」
ジャシードは、南側の城壁にほど近い階段へと向かって走って行った。

「んん、元気いっぱいだな」
オンテミオンは、東門の出入り口を抜け、南へと向かった。

その頃セグムたちは、エティンの足下を目がけて突撃していた。セグムの剣は、エティンの足の爪と指の間にぐいと刺し込まれた。

エティンは、叫び声を上げながら悶絶した。この巨人は、頭は二つあるが首が短いため、真下を見ることができない。故に、今起きている出来事を確認することもできない。

激しい痛みに耐えかねて、エティンの一体は仰向けに倒れた。その様子を見たエティンは、右の顔と左の顔が向き合って何やらウゴウゴと言い合いを始める。更にもう一体のエティンは恐れを成して逃げ出そうとしたが、小さな木に引っかかり、木々を倒して凄い音を立てながら盛大にずっこけた。

ようやっと城壁の上が落ち着き、衛兵たちは弓での攻撃を再開した。倒れている、あるいは自分と言い合いをしているようなエティンは、確実に単なる的だ。衛兵たちは、騒動の間に追加された武器、ヘビークロスボウを使ってエティンを撃ちまくった。
ヘビークロスボウは、普通のクロスボウの二倍ほどの大きさがある、長い胴体に取り付けられた弦で、より強力な矢を放つことができる。まさにエティンのような、皮の厚い怪物を攻撃するのにうってつけだ。

エティンたちは、セグムにソルン、そして城壁の上からの総攻撃を受けて退散していった。その後ろ姿は、たくさんの矢で、さながら巨大なハリネズミのようであった。

「おーい、いくらか下に来て欲しいんだが。これからワーウルフやら、オーガやらが来るぞ」
セグムが城壁の上の衛兵たちに言うと、了解と返答があり、ガシャガシャと鎧を纏って走っていく音が聞こえた。彼らは東門から回り込んでくるため、少し時間が掛かるだろう。

「んん、待たせたな」
オンテミオンが片手を上げながら近づいてきた。セグムも片手を上げて応えた。

「セグムよ。ジャシードが暇そうにしてたんでな、城壁の上で戦いを見せることにしたぞ」
「おいおい、オンテミオン。この前の旅は、城壁の上から始まってんだぞ。止めさせてくれよ」
セグムは、またあんな事があってはたまらないと抗議した。

「良いではないか。最初から見ていると分かっていれば、問題なかろう」
セグムは渋い顔をしたが、すぐ近くにオーガの気配がしたため、それ以上言うのを止めた。

「上の衛兵たち、子供が一人見学に行くから、よろしく頼むぞ」
オンテミオンは、城壁の上に向かって声を張り上げた。掟破りではあるが、そんな事をつべこべ言っている場合でもなかった。

ガサガサと森をかき分け、オーガとワーウルフが出てきた。ワーウルフは遭遇に面食らったようだったが、すぐに攻撃を仕掛けてきた。

オンテミオンは、ワーウルフに斬りかかっていった。ワーウルフは鋭い右爪でオンテミオンの長剣を受け止め、左爪でオンテミオンの首筋を狙った。

素早く後ろに飛んで、爪を躱したオンテミオンは、身体を回転させワーウルフの左腕を切り裂いた。オンテミオンは、そのままの流れで上段から剣を振り下ろした。

しかしワーウルフは、再び右爪で剣を受け止め、今度は右からの蹴りを放つ。

オンテミオンは、左側から迫る蹴りを、右側に躱す。そこから剣を振り上げ、ワーウルフの右脚を切り裂いた。この一撃は深く入って、ワーウルフの脚から体液が迸った。

剣を振り戻しつつ、オンテミオンが今度はワーウルフの左脚をざっくりと切り裂いた。

バランスを崩して揺らめいたワーウルフは、城壁の上から撃ち込まれた矢が立て続けに刺さって倒れ、隙を見逃さぬオンテミオンにとどめを刺された。

セグムは、突撃してきたオーガの脇をすり抜けつつ、そのでっぷりとした脇腹に一太刀浴びせた。

勢いがつきすぎたオーガは、城壁のところまで行ってようやく止まった。オーガが振り返ると、その視線には女が手を振り下ろすのが見え、次の瞬間、魔法の落雷に打たれた。オーガは痺れ、手が勝手に上に上がった。

苦しむオーガにセグムが飛び込み、だらしない腹を斜めに切り裂いた。が、肉厚な所を斬ったようで、少し浅かったようだった。

オーガは、偶々痺れて上がっていた腕を、セグムに振り下ろした。オーガの豪腕が空気を振るわせ、セグムに襲いかかった。

轟音を上げて迫り来る太い拳を、ほんの僅かな距離で躱したセグムは、オーガにもう一度剣を強く刺し込んで斜めに引き裂いた。オーガはたまらず前のめりに倒れ、砂煙が上がった。

「あと二体オーガ、あと四体ワーウルフが来てるよ!」
城壁の上から、ジャシードの声が聞こえてきた。

「ジャッシュ、今日は落ちるなよ!」
「気をつけてね!」
セグムとソルンは念のため息子に警告した。

「わかってるよ!」
上から返事があった。

「怪物どもはそれだけか?」
「いやもっといるはずだ。気配が多い」
オンテミオンの問いかけには、セグムが応じた。

「んん。安直な攻撃だが、ここからが本番と言うところだな」
「そのようだ」
「頑張らないといけないわね」
三人はそれぞれ、これから怪物どもが来るであろう方向を向いて、武器を構えた。

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