イレンディア・オデッセイ

サイキハヤト

第6話 守衛所での再会

「傍を離れないで」
セグムが戦闘開始したのを見て、ソルンは自分の後ろにジャシードを隠した。
息子を隠した反対側の手は、パチパチと火花を飛ばしている。ジャシードは母親のか細い腕を感じながら、油断するな、油断するな、何が起こるか分からない、と頭で繰り返していた。

「何が起こるか、わからない」
ジャシードは考えていることが言葉に出てしまった。
「何か言った?」
ソルンは周囲に警戒しながら息子に言ったが、なんでもないと返事が返ってきた。



ソルンやジャシードの警戒をよそに、セグムはコボルドを全て倒して戻ってきた。
「なんだか、釈然としないんだよなあ」
セグムはそう言いながら首を捻った。

「気配は五つだった気がしたんだがな……コボルドは四体だった。感覚が鈍ったかな」
セグムはもう一度、森の方を見やった。

「父さん」
「何だ?」
「仲間を呼びに行ったんじゃないかな」
ジャシードの言葉に、セグムはハッとして森の奥に顔を向けた。特段気配はしないが、この場に留まっていない方がいいだろう、とセグムは判断した。

「ジャッシュ、ソルン。念のために距離を開ける。走れるな?」
セグムは森から視線を外して家族の方を見た。二人ともコクリと頷いた。

三人は走り出した。この間の襲撃のような事がここで起こったら最悪だ。ジャシードを守りながらセグムとソルンでは対処しきれない。

「はぁ、はぁ、もうだめ……」
二十分ほど走ったころ、一番最初に音を上げたのはソルンだった。ジャシードを身ごもって冒険者を引退してから、ろくに運動をしてこなかったのだ。
尚且つ、旅の始まりは一番荷物の重い時期だ。これだけ走れただけでも賞賛に値する。それに加えて、ソルンは元々魔術師だ。当然と言えば当然だ。

「父さん、休もう」
母親の様子を見て、ジャシードは心配になった。
「気配を探ってから決める。静かに」
セグムは今走ってきた方向へ顔を向け、周囲の気配を探った。辺りに気配は感じられない。

「ん、いいだろう。少し休もう」
ソルンは安堵して、水筒から水を飲んでから、息子にも一口飲ませ、夫にも飲ませた。身体に染み渡る一杯だ。
「っはー、美味しい」
ジャシードは空を見上げながら言った。空は蒼く、所々雲が浮かんでいる。

「ねえ、母さん」
「なあに」
「どうしてこんなに怪物がたくさんいるのかな。ぼくたちよりも、うんとたくさん、怪物がいるよね」
「どうしてかしらね……。お父さんも言ってたけど、怪物がどういう風に増えているのか、誰も知らないのよ。人間と同じ増え方をしていないのは分かっているんだけど」
ソルンもジャシードの真似をして、空を見上げながら言った。

「そうなの?」
「ええ……。怪物の子供は誰も見たことがないのよ。怪物の巣に攻め込んだ冒険者たちがいたけれど、彼らも怪物の子供はいなかったと報告していたわ」
「不思議だなぁ」
そうだとすれば、怪物たちはどうやって増えているのだろうか。ジャシードは興味が湧いた。

「子供がいなかっただけじゃあない。目の前に怪物が急に出現した、という報告もある。不可視になっていただけではないか、と言う指摘もあるが、真相は良く分からない」
セグムは、人差し指を立てながら言った。

「うーん……。イレンディアのどこでも、人が住めるようにならないかなぁって思ったんだ。こんなに空が綺麗で自然がいっぱいなのに、怪物がたくさんいたら暮らせないよね」
「そうだな。奴らを根絶やしにできればいいんだがな……」
セグムは剣についた緑色を、近くで取ってきた葉っぱで拭っていた。

「仲良くなれたりしないのかな。怪物と」
「それは難しい。接触を試みた者達もいたが、まるで話にならないようだ。敵意はないと見せても、奴らは攻撃を仕掛けてくる。そして殺された人間は、奴らの食事になってしまう」
「……ぼくたちは餌なの……」
「奴らからすればそうらしいな。少なくとも、人間と友好的な怪物は発見されていない。おれたちを餌だと思っているようなのと仲良くなれなんて、どだい無理な話だ。……さて、行けるか?」
セグムは二人を交互に見た。ジャシードは問題なさそうだが、ソルンのことは心配だった。

「ええ、ありがとう。もう平気よ」
「ぼくも大丈夫。また走る?」
「いや、もういいだろう。休憩の間、怪物の気配はしなかった。思い違いだったかも知れない」
「ひと安心だね」
ジャシードは軽く溜息をついた。

「ええ、安心したわ。もう少し運動しておけばよかったわね」
「あんまり運動をサボっていると、魔法の威力も落ちてくるからな、ソルン先輩」
セグムはソルンを冷やかした。

「やめてってば。分かっているわよ」
「さあ、行こう。走ったおかげで、今日は予定より進めそうだ」
三人は再び歩き出した。

◆◆

三人は三叉路までやってきた。三叉路には石造りの守衛所があり、衛兵が五・六人か詰めている。
石造りの守衛所は二階建てで、小さな砦のような構造をしている。
高い城壁こそ無いものの二階部分は半分バルコニーになっていて、上から弓で狙えるようになっている。

「ここは?」
ジャシードが建物を眺めつつ聞いた。

「ドゴールと言う街の衛兵が守っている守衛所だ。今日はここで厄介になろう」
セグムは守衛所に近づいていった。

「よお、レムリスからか?」
衛兵が、一行の来た方向を見ながら言った。
「ああ、そうだ。ケルウィムに行く途中でね。今夜一晩、頼むよ」
「いいとも。最近は怪物どもも、ここの危険性を学習したようでな。ちっとも攻めてこないから退屈していたところさ」
「安全なのは何よりさ」
「言ったろ、退屈してんだ」
「なんだよ、子守歌でも聴かせようか」
「勘弁してくれ。仕事にならない。二階に休める部屋があるから使うといい。一階はおれたちの居場所だから、奥の階段から上に上がってくれ」
衛兵は、守衛所の奥を指さして言った。

「遠慮なく使わせて貰うよ」
「言い忘れていたが、先客が一人いる」
「怪物か?」
「人間に決まっているだろう。つまらないことを言うな。ちょっとした有名人だ」
「へえ、名高い御方はどなたか、お目にかかってみないとな」
セグムは衛兵にそう言うと、後ろを振り返った。

「ジャッシュ、ソルン、二階の部屋で休んでもいいそうだ」
「わかったわ。ありがとう」
セグムの声を聞いて、二人は部屋奥にある階段へと歩いて行った。

「ところで、何か美味いものはあるかい? 酒とか、酒だ」
「宿代代わりか。……まあいい。こっそり持ってきたワインがある」
「上出来だ!」
「おれの分も少し、残しておいて貰いたいな」
「あんまり期待しないでくれ」
「ガッカリだ。ゆっくりさせて貰うよ」
セグムは荷物を漁って、ワインの瓶を取り出すと、衛兵に預けた。
「ヒュー。ごゆっくり」
衛兵は瓶を光に透かし、中の液体がゆらゆらと揺れるのを見てご満悦のようだった。

「頼むから酔って寝るなんて事のないようにな」
「たった一本でよく言う。衛兵だけでも全員飲んだらスッカラカンよ」
「味わって飲んでくれ」
セグムはにっこり微笑んで、擦れ違いざまに衛兵の肩を叩いた。



「んん、珍しく相部屋か」
二階に上がってきた者達の音を聞いて、茶色の髪が所々白くなっている壮年の男が、椅子に座って剣の手入れをしながら顔も上げずに言った。

部屋には簡素なベッドが二つだけ。ソルンは、ジャシードをベッドに寝かせて、自分とセグムは床に寝ようと決めた。

「お邪魔しますね」
ソルンはそう言って、ジャシードの後頭部にポンポンと触れた。ご挨拶なさい、の合図だ。
「おじゃまします!」
ジャシードは合図に気づいて元気に言った。

「んん、子連れか?」
壮年の男は手を止めて顔を上げ、二人の姿を確認すると目を丸くした。

「ソルン? ソルンじゃないか!」
壮年の男はそう言いながらガタッと椅子から立ち上がった。

「えっ!? オンテミオン!?」
ソルンもびっくりした顔で壮年の男を上から下まで眺めた。

「こんな所で会うとは! ……すると彼はお前の子供か!」
オンテミオンと呼ばれた男は、ソルンと彼女の息子を交互に見て満面の笑みを浮かべた。

「ええ、もう八歳になったのよ」
「そうか……もうそんなに経つんだな……」
オンテミオンは、ソルンの息子の前にしゃがみながら、その両腕に手を当てた。

「名前は何だ?」
「ジャシード……です」
オンテミオンの行動に少し驚いたジャシードは、名前だけ言った。

「すまん、脅かしたな、ジャシード。かしこまる必要は無いぞ。わしはオンテミオンだ。よろしくな」
オンテミオンはそう言うと、立ち上がった。

「んん。立派な息子だな、ソルン」
「ありがとう」
ソルンはにっこりした。

「まさか二人でここまで来たのか?」
「まさか。セグムもいるわ」
「おお、久々に……」
オンテミオンが言いかけたとき、ちょうどセグムが衛兵と話し終えて部屋に入ってきて、目を丸くした。

「オンテミオン!」
セグムはオンテミオンとガッシリ握手を交わした。

「老けたな!」
「んん、お前もな! 皺ができとるぞ!」
二人は懐かしそうにして笑った。

四人はテーブルを囲んで座ると、それぞれ食べる物を取りだしてテーブルに並べた。
「んん。それにしても久しぶりだな。お前が冒険者を引退するなんて言い出してもう八年以上か。あの時のお前たちの顔と来たら……」
「やめてくれよ、オンテミオン」
「んん、急にかしこまって、何を言い出すかと思えば、子供ができちまったなんてな」
「もう、やめてよ」
オンテミオンは、セグムとソルンを弄って楽しんでいる様子だった。

「ぼくはどうやってできたの?」
少年は、少年の、ごく自然な疑問を口にした。

「んん……。ジャシード。その聞き方は、何というか、よくないな」
オンテミオンが悪戯っぽく微笑んでいるが、ジャシードにはなんだか良く分からなかった。

「オンテミオン、ウィグレス、ファイナ、ソルン、おれの五人で冒険していたんだ。おれはソルンに一目惚れでね」
セグムが少し、話の方向性を変えた。

「んん……。セグムは、戦いの最中にソルンばかり庇うから、戦いづらかったな」
「いや、それは……。本当に、すまない」
オンテミオンは思い出に浸りながら、からかうことを忘れない。

「んん。セグムは骨のある男だぞ、ジャシード」
「うん、知ってるよ」
「んん、いや、知らない。わしが言っているのは、君が生まれる前のことだ」
「どんなこと?」
「セグムは、ソルンにしつこく、しつこく、しつこく、しつこく……交際を迫ったんだ」
「すごく、しつこかったんだね」
「ああ。そのしつこさは凄かった。断られても、断られても、断られても。何度でも諦めなかった。わしは思った。こいつは骨のある男だと」
オンテミオンは、その時のことを思い出してニヤニヤしていた。

「オンテミオン。それは、全く褒めてないぞ」
「結局最後は、ソルンが根負けして交際することになった」
「か、勘弁してくれ……」
「でも、事実よねぇ。懐かしいわ」
オンテミオンとセグムのやりとりを聞きながら、ソルンも悪戯っぽく笑っていた。

「それで、まあ、おれとソルンは結婚して、お前が生まれたわけだ」
「そうなんだ。だから父さんは母さんに弱いんだね」
ジャシードはセグムが渋い顔をしているのを見ながら、その言葉が自分の質問の答えになったような気がした。

「ところでセグム。お前たちはどこに行く途中なんだ? 危険な街の外に子供を連れてきて、引っ越しか?」
「ああ、それはちょっと色々あってな……」
セグムはオンテミオンに、この間のレムリスでの出来事、ジャシードに命を救われたこと、マーシャにジャシードの命が救われたこと、その結果マーシャが生死の境を彷徨っていることを話した。

「お前、息子に命を救われたのか」
「結果的にそうだった」
セグムはまた渋い顔をした。

「ぼくは救ってないよ。怪物の場所を教えただけ」
「それで結局助かったんだから、救ったのと変わりないだろう。事実は事実だ。ジャシード、君は何故、目に見えなかった怪物の位置が分かったんだ?」
「うーん……何か良く分からないんだ。でも、何かが近づいている気がした。父さんの後ろに」
「そうか。君は鋭い感覚を持っているんだな」
オンテミオンは、それ以上追求するのをやめ、セグムとソルンに視線を送った。彼らは肩を竦めるだけだった。

「それでケルウィムまで、エルフの霊薬を貰いに行こうという途中なのよ」
「んん、それならわしも一緒に行こう。実はわしもケルウィムに行くところだったのだ」
「それは心強いわ。正直言うと、ジャシードを守りながらケルウィムに辿り着くのは凄く大変だなって思ってたのよ」
ソルンは、オンテミオンが同行すると聞いて、とても安心感を覚えた。

「わしがジャシードを守ってやろう」
「なんだ、前に出て戦ってくれるんじゃないのか」
セグムはからかうように言った。

「んん、お前、我が子にその背を見せないつもりか?」
オンテミオンはからかうように言った。
「じょ、冗談だって」
セグムは、思わぬ逆襲を受けてたじろいだ。

守衛所の外からは、衛兵が少し騒いでいる声が聞こえてきた。
「あいつら、ちゃんと見張ってんのかな」
セグムは、階段の辺りを見やった。

「どうしたの?」
「い、いや……。宿代代わりに、こっそり持ってきたワインを一本くれてやったのさ」
セグムは頭をポリポリ掻きながら言った。

「まあ。三人だったのに、いつ飲むつもりだったのよ。荷物だってたくさんあったのに」
「まあまあ、ソルン。そう言うな。セグムの失敗は、わしにそのワインを飲ませなかったことだ」
「二人揃って何よ」
オンテミオンにまでそんな事を言われ、ソルンはふくれっ面をして見せた。セグムはそれを見て取り繕おうと焦っていた。そんな二人を見るオンテミオンは、懐かしい思い出に浸っているかのようであった。

ジャシードは、大人達の会話をそれぞれの顔を見ながら聞いていたが、次第に眠くなってきて、テーブルに突っ伏して眠ってしまった。

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