スキル 空想は最強です♪

ひさら




遠慮がちなノックの音に、私は荷物を持ってドアを開けた。
ちょっとウトウトしたくらいの、ほぼ徹夜で朝の挨拶をする。
 
「おはようございます」
「あぁ・・・。おはよう」
 
それから階下のカウンターで鍵を返して、食堂で朝食をとる。
宿屋さんが食事も提供しているのは元の世界と同じだ。ただ、このお宿のご飯は美味しくないらしく、昨日の夜は外のレストラン(っていうのかな?)での夕ご飯になったんだそうだ。朝はまだお店が開いてないから宿屋でとの事だった。
なるほど。昨日の夜より数段味が落ちる。お金を出してもらう身だから文句は言わないけど。
食後にしっかり借金額をメモる。
 
さて、朝日とともに出発だ。
普通の会社員だった私には早すぎる朝だ。徹夜もあって朦朧とする。
これも慣れだよね。この世界で生きていくなら、色んな事に慣れていかなくちゃ!
レオンについて歩き出す。
門衛さんにも朝の挨拶をして、危険度の上がる町の外に出た。
 
旅立ちは朝早くと決まっているのか、けっこうな人がいて驚く。
そっか~、やっぱこれがここの生活習慣なんだ。早起きがんばろう。
 
がんばっているけど、平均的な日本人女性の足腰は、移動手段もすべて自力のこの世界の人たちとは比べ物にならない。
しばらくすると周りに誰もいなくなった。レオン以外。
レオンは私に合わせて歩いてくれている。きっと必死に歩いているのが伝わって、努力を認めてくれているんだろう。ありがたい。やっぱり優しい人だ。
 
「少し休むか」
 
体感一時間も歩いた頃、レオンが言ってくれた。
私はありがたいやら申し訳ないやら、でもホッとしてしゃがみこんだ。
倒れる勢いの私を、レオンは素早く抱き止めると、そっと草の上に座らせてくれた。イケメンだな!
そういえば、歩いている途中も徹夜の影響で時々ふらつく私を支えてくれていたような・・・。レオン、ほんとイケメンだよ!
 
ふぅ・・・。 
靴のサイズは合っているけど、まだ足に馴染んでないから靴擦れをしてきてるのかも。座ったらジワジワ痛くなってきた。
電車とかバスってありがたかったのね。日本人の靴職人さんの技術もありがたい。
なんて恵まれた世界で暮らしていたんだろう。
 
「水も飲んでおけ」
 
レオンが心配の色を浮かべて言う。表情は乏しいし強面といっていいくらいなのに瞳が語るんだよね。こういうとこも好みだわ~。眼福。
 
周りに人もいないし、思っていた事を実行してみようか。
 
「レオン、お礼がしたいです」
「礼? そんなのいい」
 
そう言われるとは思っていたけどね!
 
攻撃力底辺、守護最強の女の子と一緒に旅する、こっちは攻撃力最強の男にも最強の守護がついたら・・・。攻防最強ってカッコよくない?どんな敵にもやられないとか!何なら国家権力にも負けなそう!
 
無敵のレオンさんを空想してニヤニヤする。 
おっと、あぶない女になるとこだった。自粛。自粛。
 
レオンが、おや?っという顔をする。
 
「あたたかい風みたいなもの、感じました?」
「あぁ。 何故わかった?」
「私のスキルみたいです。たぶん守護というか結界というか(バリアといっても通じないだろう)かかったと思います。私も確かめてないから自信はないんですけど」
「守護?結界?」
「ちょっと試してみていいですか?私も自分には昨日の夜にかけたのですが、どんな感じなのかわからないんです」
「かまわないが、何をするんだ?」
「手を出してください。私がレオンをちゃんと痛くする気で叩きますから、動かないでくださいね!」
 
鍛え抜かれたマッチョなレオンは、私ごときが叩いたところでたいして痛くはないだろうけど、これは害意がなくては発動?しない筈だから。
 
黙って出されたレオンの手に、私は振り上げた自分の手を思い切り叩き付けた。
レオンの手に触れた瞬間、水の中を進むような重い抵抗があったけど、私の手はレオンの手をすり抜けた。
 
「痛いですか?」
「痛くはない。・・・どうなっているんだ?」
 
レオンは唖然として言った。
 
「私の方は、触れた瞬間から水の中の抵抗みたいな重い感じでした。レオンはどうでした?」
「軽く風が当たったような感じだった」
「痛くないんですね? 傷っていうか、痣にもなってないですね?」
「ランに叩かれたくらいじゃ痣にもならないし痛みもない。痛みどころか触れられた感触もなかった」
 
おぉ!これは成功か?! 空想どおりになったか?
 
でもレオンに比べて弱っちい私が試したくらいじゃ強度がわからない。
ここは反対も試してみるべきだね!
もし強度が甘かったら、私死んじゃうかもしれないけど。
 
「レオン、交代です!今度はレオンが私を叩いてください」
 
レオンは見てわかるほどギョッとした。こんな大きなリアクションもできるんだ。
 
「叩く訳ないだろう・・・」
 
まぁそう言うわね。
 
「レオン、私はこの大陸で生きていくのにはひ弱だと思いませんか?強い守りがあれば、私はずいぶん生きやすくなると思うんです。心強くもなれますしね!だからお願いです。私を安心させてください」
 
レオンは低く唸りながら思案している。
Sランクの屈強な元傭兵さんが、たいして筋肉もついてないようなヤワい女性に手を上げるとかありえない事なんだろなぁ。十代の女の子と思っていたくらいだしね。
 
「お願いします。死ぬほど強く叩けといってる訳ではありません。でも、害意に反応するようにしてあるので、ちょっとは痛くする気がなければ発動しないと思います。 痛くする気で、さぁ!叩いてください!大丈夫です!一応さっきレオンを叩いた時に実証されてます」
「死ぬほど強くやる訳ないだろ!」
 
呆れられちゃったよ。
レオンは目を閉じて考え込んでいる。眉間にしわが寄ってるよ!
私そんなに難しい事を言ったかな・・・。
レオンをじっと待つ
 
ほんの少しの間で、レオンは目を開けると
 
「確かに強い守りのようなものを感じる。 ・・・かなり強いな。これだけの守りがあれば俺は攻撃を気にしないで戦えるだろう。これと同じものがランも守っているんだろう?なら俺が試さなくても大丈夫だ」
 
わかるんだ?
ずっと戦いの場で生きてきたという元傭兵さんが言うんだから信憑性はあるのかも。生き死にがすぐそばにある人って、そういった感じる力っていうか、勘というかがあるように思える。レオンはSランクの強者だしね。まぁ私の、物語からの知識と勝手なイメージだけど。
レオンが大丈夫っていうなら大丈夫か。それに私自身が信じなければ効力も弱くなりそうだ。
 
「レオン、その守護というか結界?ね、勇者の剣や魔王の魔法も効かないような強力な守りの筈ですからね!」
 
レオンは目を見開いて唖然とした。本日二度目である。
なんだ、わりと表情にもリアクションにも出る人だったんだ。親しくなるまでガードの固いタイプなのかな?二日目で親しくなったと思うとかずうずうしいけど。
 
「勇者も魔王も会った事はないが。・・・確かにそういわれても納得できる強い守りの力を感じる。 ラン。あんたのそれ、いったいどういうスキルなんだ・・・」
 
レオンは力なく呟いた。
 
 
 
休憩の後、歩き出して十分もたたないで靴擦れがひどくなった私は、レオンに背負われての移動になった。歩行速度がかなり落ちて、足を引きながら歩く私を見かねたレオンは私の前に背中を向けてしゃがんで、ひとこと言った。
 
「おぶされ」
 
私は、私がこのまま歩くのと、レオンにおんぶしてもらって移動するのと、迷惑加減を計りにかけてすんなりと背中にのった。
 
「すみません。ありがとうございます」
「いいから。 あんた寝てないだろ?眠れるようなら寝ちまいな」
 
あら、歴戦の強者はそういう事までわかるものなのかしら?
心配そうな低い声。好みだわぁ。耳福。耳福。
 
「すみません。緊張したのか、なかなか寝付けなくて」
 
ほぼ徹夜とか心配させちゃうかと、ちょっとゆるめに言ってみた。
 
「そりゃまぁ緊張もするよな」
 
労わるような優しい声。背中は温かいし。
元々超好みで中身もイケメンで、私は心細いこんな状態。これはもう好きになっちゃうでしょ~!告白&おつき合いは借金を返済してからだけど!(おつき合いはしてもらえるかわからないけど!)片想いならいつからでもしていいよね!!
私はのん気に甘い気持ちになって、眠りに落ちた。
 
 
 
何時間かぐっすり寝ちゃって、私はお昼もすぎたくらいに目が覚めた。
それまでずっとレオンは休みもせず私を背負ったまま歩き続けていて・・・。
 
ほんっとうに申し訳ない!土下座して謝りたいくらいだよ!!
止められたからしなかったけど。
それから、私が起きたから遅いお昼休憩になった。
寝て起きてご飯とか、どこのお嬢様だよ! 我ながら呆れる。
 
レオンは何時間も歩き通しだったのに疲れも見えず汗もかいておらず・・・。
鍛えられた人ってこんなに超人? 感心する。
 
お宿に頼んでおいたお弁当を(といってもパンと小さい果物だけだけど)食べる。硬いパンが口の中の水分を奪っていくよ。果物も瑞々しい物じゃないし、水筒の水で流し込む。
食べさせてもらっている身だ、文句は言わない。思うけど。
 
お昼ご飯がすむと、当然のようにレオンが私に背を向けてしゃがんだ。
私は自分の足に目を落とす。滲んでいた血は乾いて固まっていた。これ、歩いたらまた擦れて出血するんだろな。それ以前に痛くてまともに歩けないだろう。
 
「ありがとうございます。度々お世話になります」
 
私はそっとレオンの背中にのった。
 
さっきまでたっぷりしっかり寝たからか、午後は眠気もなくおしゃべりをしながら歩いた。おしゃべりは私担当。歩きはレオン担当。
王都に着いたら私も何か仕事をしなければならない。
どんなことができるだろう?
 
「冒険者ギルドには色んな依頼が出されているから、ランにもできる事もあるだろう」
「そうですね!出来る事からやっていきます!」
 
たわいもない話をしながらの、ほのぼのした道中だ。
 
 
 
「あっ!」
 
日も傾いてきて、もう少しで王都に着くという頃、今更だけど私はある事に気がついた。
 
「どうした?」
「今までずっとおんぶしてもらってきて今更で申し訳ありませんが、もしかしたら私の靴擦れ治せるかも?」
「そんな事ができるのか?」
「やってみなければわかりませんけど・・・」
 
私は背中から降ろしてもらうと、空想する。
 
聖女なんて柄じゃないしそこまですごくなりたくないけど、癒しの力ってどんな人が持つものなんだろ?
職業的な感じでいうと・・・、回復師っていうんだろか? ・・・何か町の整体院みたいだな。 
やっぱ聖女かな~。聖女とか、勇者と魔王討伐の話なんかきそうでイヤだわ。却下!
 
とりあえず、治癒魔法が使える回復師を何となくイメージして。
何となくだからあやふやだけどこんな感じで・・・。
空想して、靴擦れしている場所に手を触れてみた。
 
手と、手が触れている傷が淡く透明なピンクに光る。温かい色だ。
そして、光が消えたら・・・。
傷が治っていた!
 
やった!成功!! 『スキル空想』 万能だな!!




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