転生少女は自由に生きたい

ひさら




オルキスについて二日目。
朝食をすませると、オルキスの領主館に向かった。
本当はオルキス観光がしたかったけれど、ロートゥスのご領主様の紹介状があるのでご挨拶をしない訳にはいかない。
それに、依頼があったら受ける気満々ですもの!
 
領館に着いて、門衛にロートゥス領主の書簡を預ける。
その場で待つように言われ、二人いる門衛の一人が館内に入って行くと、それ程待たないうちに、さっきの門衛と一緒に騒がしく若い男性がやってきた。
 
「そなた治癒魔法が使えるとは本当か!すぐに来てくれ!」
 
言いながら腕を掴まれてグイグイ引かれる。
とっさに動いたルークを目で制して、とにかくついて行く。
この剣幕ではそうとうの重症者がいるのかもしれない。
 
ほとんど小走りのように連れられて、大きな部屋にたどり着いた。
ベッドには誰かが寝ていて、枕元には年配の男性と女性がいた。
部屋にはその他従者が控えていて重苦しい空気に満ちている。
 
「弟だ。昨日の午後、港で船の事故に遭った。宮廷の治癒魔法使いには来てもらったがこの通りだ。頼む、助けてくれ!」
 
私を引っ張ってきた男性が苦しそうに言う。
宮廷の魔法使いが来たと言うだけあって外傷は見られなかったけど、寝ている男性の顔は血の気がなく、呼吸も静かすぎた。
 
「失礼します。ご子息に触れる事をお許しいただけますか?」
 
この兄弟の父親と思われる男性、たぶんオルキス領主に声をかける。
 
「頼む。息子を助けてくれ」
 
ご領主様は悲痛な声でそう言うと、場所をあけてくれた。
 
絶対に助けるわ。 
私は眠る男性に触れ、目を閉じて強く祈った。
 
 
 
神様。神様。 お願いします、この方を助けてください!
 
大丈夫よ。 
あなたはこれからも元気に生きるの!
 
お願い! 助かって!!
 
 
 
死が彼を連れて行かないように。
今までで一番長い間祈った。
 
「おぉ・・・」
「フェデリコ・・・」
 
安堵のようなため息と、涙ながらに名前を呼ぶ声に、閉じていた目蓋を開ける。
眠る男性は顔に血の気が戻り、呼吸も安らかになっていた。
重症だったからすぐにすぐ完治という訳にはいかないけれど、ひとまず峠は越えたわね。
 
ご両親は眠る彼を見守っている。
お兄さんは私を見ていた。神々しい者を見るような眼差し。
時々、私のこの力を間近で見た人がこういう反応をする。
病気やケガがひどい時には特に。眠る彼はかなり危なかったから、奇跡のように思っているのかもしれない。
 
「ありがとう・・・。ありがとう・・・。君は弟の命の恩人だ」
 
潤んだ目、感謝の言葉は震えていた。
大切な家族ですものね。
 
「もう大丈夫です。まだしばらくは時間が必要ですが、必ず癒します」
 
私はやりきった満足感に、大きく微笑んだ。
お兄さんの頬に朱が走る。
 
あ。 
やってしまったかもしれない・・・。
 
 
 
 
 
その後、容体の落ち着いた彼と彼らのお母様を残して、私たちは応接室に場所を移した。
勧められて質のいいソファーに腰掛ける。ルークは私の斜め後ろに立つ。
向かいにはご領主様と、私を引っ張ってきた眠る彼のお兄さん、たぶん次代のご子息様が並んで座る。
 
「まずは礼を言わせてほしい。息子を助けてくれて心から感謝する。ロートゥス領主にも後で礼状を出しておこう」
「私も心からの感謝を言わせてほしい。弟を助けてくれて本当にありがとう」
「お助けできてよかったです」
 
それから少し話をして、眠る彼の事もあるし、私たちは宿を引き上げて領主館に滞在する事になった。
自己紹介もする。眠る彼はフェデリコ様、次代様はヴァレリオ様という。
 
荷物は従者が取りに行ってくれる事になり、私たちは客室に案内された。ルークは従者扱いにされそうになったので、正式に契約している護衛だと言って隣の部屋にしてもらう。
館内は安全と言われたけど、料金の先払いをしてあるので安全でも仕事をしてもらわないとならない事を伝える。
オルキスも貿易が主な商人の町なので、金銭に関する事ならしかたないとあっさり受け入れられた。
こういうところはシンプルでいいわね。
 
部屋の前でわざとルークに話しかけた。
 
「ルーク、少しこれからの事を話しましょう」
 
自ら案内してくれたヴァレリオ様は 「それではまた後で」 と戻って行った。
 
私用にといわれた部屋に入る。
 
「ごめんなさい、話はないの。さすがに疲れちゃって・・・。少し休みたいから誰か来たら起こしてくれる?」
「はい」
 
弱みは見せられない。
駆け引きの多い商人の身に着いた習性は、生まれ変わってもなかなかなくならなかった。
私はフラフラになってベッドに横たわる。
 
「立ってなくていいわ。あなたも座っていて」
 
ちゃんとそう声に出たかしら。
私はあっという間に眠りに落ちた。
 
 
 
 
 
フェデリコ様は翌日には目を覚ました。
枕元には彼の家族と私がいた。
 
「女神さまだ・・・。僕は死んでしまったのか・・・」
「死んでませんよ!バカな事を言ってないで!あなたの命の恩人よ。治癒魔法使いのジェニファーさん」
「お加減はどうですか?どこか痛いところや何か違和感はありますか?」
 
笑えない面白発言をしてお母様に叱られたフェデリコ様に声をかける。
私を見ていた彼は笑顔になった。
 
「やぁ、その声。大丈夫って、真っ暗闇の中で聞こえた声だ」
 
あら、祈りの言葉って聞こえるものなのかしら。
 
「そう祈りましたから」
 
微笑んで言うと、彼も笑顔のまま続けた。
 
「ありがとう。おかげで助かった。・・・元気に生きるよ」
「はい」
 
 
 
 
 
その日から領館にきて三週間ほどになる。
内臓は癒してあるから滋養のある食事をして、安静にしていればちゃんと回復する。損傷は癒せても失った血を増やす事はできないので、この二週間は足りない血の分をフォローしていた。
 
今まで私が癒してきてわかった事は、死者の蘇生と欠損の再生はできないというもの。天寿の延命も。それは神の領域ですものね。
 
フェデリコ様は順調に回復している。あとは徐々に落ちた筋力と体力を戻せば日常生活に戻れるでしょう。
リハビリは部屋の中を歩く事から始めて、今では庭園を歩けるまでになった。
もしも転倒してケガをしたらすぐに癒せるように、私も付き添っている。
二週間の寝たきりは、思った以上に筋力と体力を落としていた。
 
初夏の今、暑くなる前の午前中がその時間に充てられている。ゆっくりと一時間程歩いていくと、東屋にお茶の用意がされている。
そこで一休みをして、また一時間程かけてゆっくりゆっくり部屋まで戻る。
 
その休憩の時に、ヴァレリオ様も一緒にお茶の席に着く。
積極的な言葉や態度はないけれど、熱のこもった視線を向けられる。
こういう視線はよく知っていた。
前世豪商の一人娘だった私は多くの求婚者がいた。家の財に惹かれている人もいれば、私自身を恋うてくれる人もいた。そういう人たちは皆ヴァレリオ様と同じ目をしていたから。
エリック一筋だった私は他に見向きもしなかったのだけれど。
 
休憩が終わると、ヴァレリオ様は一足先に館に戻る。
さすがはご領主の敷地だけあって庭園はとても広く、東屋も普通に歩いても十分ほどはかかる。ヴァレリオ様は一時間かける時間はないようで、仕事の合間に忙しく行き来する。
 
「何というか・・・、兄がすまないね」
 
帰り道、ゆっくり歩を進めるフェデリコ様が苦笑いする。
私も曖昧に笑って答えた。
侯爵の地位になる次代様の事を 「すまないね」「はい」ですませられる筈もないもの。
 
「僕にはあなたは命の恩人で、あの死の狭間で救ってくれた声の主で・・・、神々しくて恋愛対象にはなりえないのだけど。男としてなら兄の気持ちはわかるんだ」
 
前を向いたまま、返事を求めないように呟く。
 
「もしその時がきたら・・・、期待を残させないようきっぱり断ってほしい」
 
はいとも言えず、私は黙ってフェデリコ様の後を歩いた。
 
 
 
 
 
フェデリコ様と午前のお散歩をするようになってから、午後はオルキス観光を再開した。再開といっても着いた初日にしたきりだったけれどね。
それなりに大きな港町なので、町中を堪能するのに一週間では足りなかった。大国第四位の領地は伊達じゃないわ。ルークと毎日歩き回った。
 
興味深い品を扱う商店や、知らなかった物や、知識としてだけ知っていた初めて見る物など、多くの品にとても興奮する。
食べる物もとても新鮮だった。初めて食べた珍しい香辛料や、かいだ事のない匂いにつられて入った食堂での絶品料理。その反対に、ルークがやんわりと止めたのに興味が勝って食べたとたん吹きだした激まずな食べ物。
 
毎日が楽しい。
こんなに遊び歩いていていいのかしらと、持って生まれた働き癖に責められるけど。一応午前中は働いているし、冒険者は歩き回る事も仕事だし!と前向きに、都合よく思う事にする。
 
いつもいつも、少し後ろを歩くルークを感じながら、歩く。
雑踏では他人にぶつからない様、さりげなく庇われているのを知っている。疲れた頃合いで勧められるお店はどこも私好みなのも、食事に入ったお店で外れがないのも気づいている。
もしかしたら、ルークは町中のお店を知っているんじゃないかしら。
まさかね。
 
普段は決して自分から私に触れることはないけれど、階段や坂道などでは手が差し出されるのは嬉しかった。
もちろん存分に甘えた。
 
そんな自分に気づいた時、考えてみる。
私はルークを恋愛感情で好きなのかしら?
初めて会った時、ルークの持っている、あの深い森のような雰囲気に惹かれた。
静かな落ち着いた声も好ましい。
いつも無表情といえるほどの顔立ちも、実はとても整っている。もう無表情は遠慮したいから笑顔が見たいのだけれど。
つらつらと考えて一周まわって、やっぱりルークの雰囲気が好きだわと思う。
 
一緒にいて心地いい。
ずっと一緒にいられたらいいなと、思う。



オルキスの町を思いのままに散策していて、二日前にこの見晴らしのいい高台を見つけた。
ここからは町を一望でき、その先の海も見渡せる。
昼間は太陽の光に煌びやかな、夕方には赤く染まる落ち着いた海が美しい。
昨日はお昼ご飯用にパンを買って来てここで食べた。今日も同じ、お気に入りの場所になった。
 
見晴らしがいいせいか、いくつかベンチが設置されている。周りはぐるりと木々が茂っていて、木陰にいれば渡る風が気持ちいい。
賑やかな町中も楽しかったけれど、こういう静かな場所でのんびりしているのもいいものだわと、忙し過ぎた今までの生活を振り返る。
 
私はいいと思っているけれど、ルークはどうかしら。退屈かもしれないと思って問うと、何もしないでいるというのはとても贅沢な時間ですと答えられた。ルークも忙しすぎる日々だったようで、私と同じねと嬉しくなった。それでも絶えず周りを気にかけてしっかり護衛をしてくれているのだけれど。



差し込む眩しさに目が覚めた。
お昼ご飯を食べて、木陰で海を見ているうちにウトウトしていたらしい。太陽が動いて木陰から日向になっていた。
ふと気づくと、ルークにもたれかかっていた。慌てて身体を起こす。
 
「ごめんなさい。重かったでしょ」
「いいえ」
 
言葉少なく答えたルークは、私が離れると少しだけ姿勢を崩した。どのくらい私を支えてくれていたのかはわからないけど、ずっと同じ体勢でいたなら身体が強張ってしまったかもしれないわ。
私は座るルークの後ろに回った。
 
「ありがとう、ルークが疲れちゃったわね。お礼に少し触れるわよ」
 
ルークは遠慮するでしょうから、返事を聞く前に背中に触れた。触れた瞬間、身体に力が入った。
ふふふ。 
初めて会った日を思い出して、小さく笑ってしまった。
 
 
 
ルークの疲れがすべて癒えますように。
 
 
 
「疲れはとれた?」
「はい。ありがとうございます」
 
俯いて、言葉を落とすように答える。

あら。
ほんのり赤くなった耳を見て、こちらまで照れてしまった。




コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品