転生少女は自由に生きたい

ひさら

3.5




少々特殊な里に生まれた。
祖に銀狼の獣人がいたという。血は薄まり目に見える獣化はないけれど、只人にはない身体能力の高さに、確かに獣人の血は継がれていると感じられる。
 
里の者は生まれた瞬間から鍛えられる。生活すべてがとにかく修業だ。
足音を立てずに歩く事。気配を消す事。これができて初めて半人前と認められる。
里で生活していればだいたい十歳前後で半人前になれる。そうなってやっと、容易い仕事から任せてもらえるようになる。
 
一族の稼業は、一番わかりやすいものでいうと傭兵だろうか。
依頼を受けて護衛する。依頼主と敵対する者と戦う。暗殺なども請け負っているようだった。
どの国のどんな精鋭部隊、影や闇といわれるような者にも負ける事はない。依頼が失敗する事もない。それは一族の誇りで、子供たちの憧れだった。
 
かく言う自分もそんな子供のひとりだった。
同世代の子供の中で頭ひとつ抜き出でていた自分は、八歳の時には半人前と認められて、その上の修行に入っていた。
徐々に容易い仕事も任されるようになり、後から思えば驕っていたのだとわかる。
 
自分の経験不足をわからないまま、しくじった。
 
何年かに一人いるか、勇む半人前が失敗する。まさか自分がそれになるとは。
反省も後悔する間もなく奴隷に落とされた。
一族からの助けはない。
自分で始末をつけられない弱者はいらないのだ。
 
 
 
平和といわれている大国にも、当然闇の部分はある。
自分にはわからない、水面下での争いに主が負ければ、さっきまで敵対していた相手方が次の主になる。
奴隷契約を書き換えられて、けして裏切らない次の戦力にされる。
 
奴隷の命など剣一振りの価値もない。争いで勝てばただで手に入るし、負ければそれこそもう奴隷はいらない身になるからだ。
奴隷になって十年余り、自由も尊厳もない日々。当たり前だけれど、まあまあひどい地獄だった。
 
最後の主は無能な若い領主だった。
奴隷は主を選べない。無能な主のために戦うのは無駄だけれど、奴隷契約で身体は動く。そして無謀な主を庇って負傷した。
 
剣には毒が塗ってあったらしい。
高熱を出し一週間ほど生死をさまよい、ようやく命を拾った時には失明していた。利き手も思うように動かなくなった。
無能な主を下した次の主は、使い物にならなくなった自分を奴隷商館に売った。いくらかにでもなればと、それくらいの価値しかなかった。
 
 
 
元々五感すべてを使って戦う一族だ。
右手が使えなければ左手を使えばいい。目が見えなくても、まだ耳も鼻も利く。毎日の鍛錬は欠かさない。感覚も磨く。
そうやって力を維持したけれど、目が見えない、利き手が使えないとなると客はつかない。
 
商館といっても、売り買いだけではなく貸し出しもある。戦闘奴隷は高額なので売買はめったにない。通常貸し出しになる。
雇い主は、必要な時に必要な期間借り受ける。売値の十分の一ほどの貸出料でも客のない、明け透けに言えば稼ぎのない自分は、ただ飯食いのまま半年が過ぎた。
 
戦えない(と思われている)なら戦闘奴隷でなくていい。
幸か不幸か、見目の悪くない自分は性奴隷に移る事になるらしい。閨なら目が見えなくても手が不自由でも勤まるそうだ。
 
自由がなくても尊厳が踏みにじられていても、戦えていられればまだよかった。戦って勝つ。それが一族の誇りだ。
これから先の一生、誇りもなく、どうやって生きていけばいいというのだ。
大きな喪失感にのまれ、いつかという希望も絶たれて、息をするのも苦しかった。
 
 
 
その日、その時。
商館がいきなり清浄な空気に包まれた。
久しぶりに深呼吸をする。肺の中の濁った空気を全部吐き出し、清らかな空気でいっぱいにした。
 
何が起こっているのか? 
気配を探る。
清らかなものが、こちらに近づいてくるのを感じる。
自分以外にも何人か異質なものを感じて、部屋の中の空気が変わった。
 
ノブを回す音がして、ドアが開いた。
 
 

リーーーーーン
 


澄んだベルの音が聞こえた。
そこから黄金の光が大きく波紋のように広がっていく。
 
見えない目に、そう映った。
ドアが開く前からそちらを向いていた身体は、真っ向から光を浴びて全身が黄金にひたされた。
 
心地いい・・・。
心も身体も浄化されていく。
 
奴隷になって十年ほど、こんなに心が落ち着いたのは初めてだった。
うっとりと光にたゆたっていると、ベルと同じ澄んだ声が聞こえた。
 
「かまいません。彼にします」
 
心が震えた。
 
 
 
新しい主に腕をとられて歩き出す。
事前に断りがあったのに、手を触れられた時は身体に力が入ってしまった。
こんな緊張も初めてだった。
 
それから、主は目が見えない自分のために声をかけながら歩いてくれた。
ずっと聞いていたい、耳と心に優しい声だ。
自分に組まれた腕は細く柔らかい。気が休まる甘い匂い。
触れているところは温かった。
 
やがて宿屋について部屋に入り椅子に座らされた。
普通の客室に思える・・・。
自分を買うほどの金持ちの宿なら、もっと高級なところを想像していたが。
それよりまさか、奴隷を主と同じ部屋に入れるなんて・・・?
こちらは奴隷だ。もとより主に背く事はない。黙って言われた通りに従う。
 
それから名乗り合った。
主自ら名乗る・・・。奴隷の名を聞く・・・。
今までにない事ばかりで戸惑う。その理由はもう少し後でわかったけれど。
 
 
 
「ルーク。それでは目から癒しましょう。目を閉じて」
 
言われた意味はわからなかったけれど、言われた通りに目を閉じた。
 
「少しだけ触れるわね」
 
手のひらが触れた。温かい。
 
「・・・いいわ。目を開けて。見える?」
 
言われた通り、ゆっくり目蓋を開ける、と
 
―――――!!!!!
 
「あぁ・・・。見える。見えます。 ・・・何故?」
 
最初に見えたものは、心配顔の美しい少女だった。
見えるようになった衝撃と相まって、独り言のような問いがおちる。
 
主は笑顔になって続けた。
 
「次は右手ね。触れるわよ?」
 
主は自分の右肩から手首までそっとなでた。
ある一点で手を止める。 
温かい・・・。
 
「・・・どうかしら。思うように動かせる?」
 
言われる前からわかっていた。動きが悪くなっていた利き腕は動く。
それでも半年ぶりに動かすのだ。慎重に右手を動かした。
 
「動きます。 どうして・・・」
「私は祈りの力と思っているけど。 わかりやすくいうと治癒魔法みたいなものかしらね?」
「治癒魔法・・・。そんな高価な魔法を?失明していた目を癒すほどの高位の魔法を・・・。 ありがとうございます」
 
これほどすごい治癒魔法は初めて見た。まるで奇跡だ。
畏怖にも近い、感動といっていいのかわからない興奮状態に、感謝を告げる声が震えてしまった。
言葉だけでは、とてもこの気持ちは伝えられない。自分は跪くと、主のスカートの裾を持って口づけた。
 
「私の生涯の忠誠を誓います」
「ダメよ!やめて!」
 
主が自分の手を取って立たせる。
 
奴隷の手を取る。それ以前に奴隷に触れる。直接声をかける。
どれもこれも奴隷に対する扱いではなかった。あまりの事に、困惑する。
 
でもそんな困惑は、まだまだほんの始まりでしかなかった。
一番驚いたのは、あっさりと自分を奴隷から解放した事だ。
いったいどういう事なのか。混乱したまま、問われた事に答えていく。
 
そして、これも今までなかった事だけれど、命令ではなく「お願い」をされた。
一つ目の口止めはわかる。
わからないのは二つ目だ。いや、護衛はわかる。そのための戦闘奴隷だから。
わからないのは護衛を依頼するという言葉だ。自分を買った代金は護衛料の先払いと言われて、言葉は聞こえているのに理解ができなかった。
おかしい。自分は頭は悪くないと思っていたのだが・・・。
 
混乱は続く。
主は、さっきまで奴隷だった自分に対等を求めた。主を名前で呼び捨てにしろと言う。おかしい。言っている事はわかるのに理解できない。頭が悪くないと思っていたのは勘違いだったのか・・・。
 
それでも、このめちゃくちゃな主と話しているうちに混乱は落ち着いてきて、目と利き腕を癒してくれた事、奴隷から解放してくれた事、何より人として扱ってくれた事に、感謝と、それ以上に何と名付けたらいいのかわからない気持ちしかなくなっていった。
 
自分は奴隷ではなくなったけれど、この美しい恩人に生涯の忠誠を誓おう。
この人が望むなら対等に接しよう。名前も呼ぼう。自分の命に代えても何からも守り抜こう。
この人が幸せでいられるように自分の出来る限りを尽くそう。
 
 
 
「ルーク、これからよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
 
九つまでの厳しい修行も、その後の十年程の奴隷の日々も、補って余りある幸せな人生が始まった。



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