誘拐記念日

石ノ森 槐

依恃 ④

みんなで透の興奮をなだめていると、透の父親がもどってきた。
「すまなかったね。」
その手にはお盆が乗っていて、4人分の紙コップが並んでいた。
「麹甘酒といってね、店で唯一のノンアルコールのものだから飲んでいきなさい。」
「ありがとうございます。」
紙コップの中には甘酒の中にこのスプーンが入っていた。
「うちの甘酒ははちみつを入れるんだ。よくかき混ぜてから飲んでみてくれ。」
「いただきます!!」
「あざす!!」
「ごちそうさまです!」
盆の上に手が殺到して一番最後になった僕が紙コップを手に取った瞬間、甘い香りが鼻をくすぐった。
その香りに僕は体の血が沸き立つような急激な懐かしさに襲われた。

口々に味の感想を言い合う皆に僕は後れを取りながらそっと口をつけると、それは確信に変わり頬に涙が流れ落ちていく。
おとなしく涙をぬぐうと、僕に視線が集まってくるのがわかる。
「宗太、どうした?」
「泣いてるんですか?」
「え、ハンカチ使うか?」
僕は首を横に振って心のままを声に乗せた。
「これ……影子さんのクッキーの味なんだ。」
「「「……はぁあ?!?!」」」
居間に3人の声が響き渡って、透の父親は耳を手で押さえていた。
「クッキーって、あのクッキーだよな?」
「うん。」
「影子さんのクッキーにうちの甘酒が入っていたってことですか?」
「たぶん……。」
「待って、そもそもここに影子さんが来てたってことか?」
「……どうなんでしょうか?」
僕は恐る恐る視線を透の父親に向けた。
それに合わせるように3人も視線を集中させると、透の父親は首をかしげた。

「影子?……っていうのは誰だい?」
「えっと……「宗太君のお姉さんなんです。」透。」
透は僕の庇護した言葉にかぶるように父親の前に立った。
「探している?」
「理由はまだはっきりとは言えませんが、その女性が残したものが宗太君が唯一食べたクッキーなんです。」
「ほぉ……?」
「そこにうちの甘酒が含有されている可能性があるなら……僕は知り得たいです。」
透の父親は少し考えてから奥に入っていった。
そしてすぐに一つの帳簿を持ってきた。

「それは?」
「うちの甘酒購入者の帳簿だ。すべて見せるのは難しいが、これだけなら好きにみていい。転載禁止だからな。」
「ありがとうございます!!」
僕たちは慌てて帳簿に集まった。帳簿を広げようとする悠一を透が制し、透自身が帳簿を手に取った。
「僕たちにクッキーを沙汰してこようとした日は確か……。」
「お前の誕生会やらされたのが7月の頭だったよな?」
「うん。」
「じゃ、その付近で探そう。」
僕たちは1ページずつめくられる帳簿に目を凝らした。
すると一つのページに見覚えのある名前が見えた。

「ちょっと待って!!」
「ッ?!まだ影子さんの名前はありませんでしたよ?」
「違うんだ……1ページ戻して。」
透は僕の声に素直にページを戻した。
そのページを僕はなめるように見てひとりの名前に指をさす。
「やっぱり!この人、堺伝文さんが買いに来てる!」
「これ、……おい、これ!探偵のおっさんじゃねぇか!!」
「悠一も知ってるの?!」
「まぁな。」
悠一と視線を合わせると、透が声を上げた。
「すみませんが僕たちにも共有してくれますか?」
「あ、えっと……影子さん友達だって。」
「は?そんな雰囲気じゃなかっただろ。あれは契約関係って感じだ。」
「つまり互いに利益が生じている関係……ということですか?」
「あぁ。」
悠一は返事を返しながらスマホを操作して透の父親に見せた。

「この男、店に来なかったか?」
「ん?……あぁ、来た来た!」
「どんな様子だったんですか?」
「不審な男だったよ。三日くらい店の中ずーっとうろうろしてたかと思ったら、最終日にケロッとこの甘酒買って帰っていったんだ。」
透の父親は思い返して顔をしかめた。
「いかにもあのおっさんらしいな。」
「どうやら、この男性に当たる必要がありそうですね。」
「でも探偵なんだろ?そう易々と見つかるものか?」
「一応1か所だけ目星はある。明日探りに行く。」
「悠一だけで?!」
「まさか!宗太と透、引き連れるんだよ。」
僕と透の肩をつかんだ悠一に、憲司が拍子抜け多様に反論した。
「あれ、俺は?」
「お前、塾あんだろ。」
「はぁ、そうだった。」
憲司はしょんぼりと肩を落としていたものの、僕はやっと出てきた影子さんのしっぽに心が沸き上がっていた。
すると、透の父親がふと口を開いた。
「宗太君、だったね。」
「はい。」
「影子さんという方は、もう一度お前たちを繋げようとしてるのかもしれない。宗太君、君のお姉さんはすごい人だね。」
「……僕の理想の姉です。」
僕はやっとはじき出した言葉の重さに一人歯を食いしばった。

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