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誘拐記念日

石ノ森椿

依恃 ③

「」
「お願いします。」
透は頭は下げずに父親と視線を交えていた。
すると透の父親がおもむろにこちらに降りた。
「……ついて来い。……そこの君たちも。」
透の父親は透の横をすり抜けると僕たちに軽く微笑んで見せた。
そうか……僕たちは客扱いだから……。
透はその後を必死についていく。
透、こんなに怖いお父さんのところで過ごしてたんだ。
僕たちはある意味背筋が冷えて体をぶるっと震わせて、透に続いて透の父親の後を追った。

準備を整えて真っ白な服に頭から足の先まで身を包んだ僕たちは4人で蔵に見学に入ることになった。
蔵の中では体格のいい人たちが忙しなく動き回っている。
「ほぉ……すごい……全部人力なんだね。」
「あんな大量に米使うのか……。」
それぞれがしゃべるたびにマスクがもごもご動いて、何とも吹き出しそうになる。
対するように、透の父親は何も言わずにゆったりと蔵の中を進んでいく。

しばらく進んでいくと、蔵の高い位置から男性の声が聞こえる。
見上げると長い棒で何かをかき混ぜているのが見えた。
「あれは?」
「仕込みですよ。タンクの中で発酵させるんです。ここに入る前に酒母というものがあって……」
おもむろに透は口を開いてそこから矢継ぎ早に日本酒の出来上がりについて語り始めた。
その目はいつも学校で見る色がくすんでいたことがわかるくらい、キラキラと蔵の電灯の明かりを吸い上げていた。
僕たちが圧倒されていると透は我に返ったのか口をつぐんだ。
「すみません、余計なことを。」
「お前にとって蔵は余計なことか?」
すると透の父親が重い口を開いた。
「ッまさか……誤解です……。」
「それなら今、お前には何が見えた?」
「何が……ですか?」
「……この蔵では主に職人たちがその日の動きを考えて、彼らの中の職人頭が指揮を執っている。この蔵は職人の血と汗で動いてる。俺のやれることと言ったら客相手と電卓を叩くことくらいだ。」
透の父親は職人の動きを見て目尻を下げて微笑んだ。
「俺にとっては、彼らが大切な蔵なんだよ。」
それから透は何も言わないまま、蔵の見学が終わってしまった。
僕たちも何を話すこともなく気まずい雰囲気のまま白ずくめを脱いだ。

居間に戻った透は背を向けたままの父親を呼び止めた。
「父さん。」
「」
「僕にこの蔵を継がせてください。」
「」
「今は無理なのはわかっています。それでも……蔵とここで働く皆をまとめる人になりたいんです。」
「わかっとらん。」
「……え?」
「お前がまとめる?思い上がるな。」
「ッ……。」
「……今のお前に継承は約束しない。」
「」
「よく蔵で考えることだ。」
透の父親はそう言って背を向けたまま店の奥の入って行ってしまった。
その後、残された僕たちの中で、唯一歓喜のガッツポーズを天井に掲げる透がいた。

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