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誘拐記念日

石ノ森椿

不信感 ③

…松岡透視点…
部室を飛び出して昇降口まで走ってくると古びた下駄箱が足音の振動でぎしっと鳴いた。
やっと息をつくと、後ろからバタバタと足音が聞こえてきた。
「透!!」
「……なぜ追いかけてきたんですか?」
「そりゃおまえのこと諫められるの俺だけだから?」
「諫める?僕は先ほど言ったことに後悔することはありません。」
靴を履き替えて足を速めると、憲司も下駄箱を開ける音が聞こえる。
すぐにかけてくる音がして、おせっかいに話を続ける。
「そう言うこと言うなって。透だって宗太の姿見て分かってるんだろ?」
「何がです?」
「何でも善悪だけで図れないことだってあるってこと。」
「」
「まぁ透の気持ちもわかるけどさ。」
「君の善意は君自身を潰すだけでしょう。」
「そうか?」
憲司はそうやっていつもいつも……周りに流される。
ずっとそういう男だとは感じていたが、ついに誘拐犯探しにまで。
「君は柔すぎるんです!誰にでも優しくだなんてありえません。それだから中学の全国模試だって……。」
「」
「ごめん。」
「俺は後悔してないよ。上の高校を目指すより透と同じ高校を取っただけだよ。」

憲司の清々しいほどの諦めの顔に対するように、成績や知識にしがみつく僕が馬鹿に見えて、僕は通学路を逸れた。
「……もうどうでも構いませんよ。」
「あれ?どこ行くの?」
「塾です。僕は君のようにすね齧って気楽に生きていけませんから。」
足を速めると、もうついてくる足音は聞こえてこなかった。
ほら、所詮は一人だ。
他人なんて金と頭がなくなれば簡単に背を向ける。

僕は、二度と行くこともないいつもの塾の前に足を運んだ。
ビルの室内は電気がついて、塾の中に入っていく生徒たちが参考書に噛り付いている。
彼らを一瞥して僕は一人家路についた。
酒屋の裏口の玄関から今に入ると、珍しく父親がお茶を飲んでいた。

「ただいま。」
「透。ちょっとこちらに座れ。」
「はい。」
父親は僕が据わったのを確認すると、母親も呼びつけた。
「何のご用件でしょうか?」
「蔵の継承権についてお前に伝えることがある。」
僕が父親の前に座ると母親は父親の少し後ろに腰を下ろした。

「継承権の剥奪ですか?」
「」
「透!」
僕の問いかけに父親は顔をしかめた。
母親はそれを見て慌てたように声を荒げた。
「考えなくても分かることです。結構ですよ、こんな蔵あなたが天に召されたら勝手に受け継げますから。」
「ッなんてことを!!お父さんに謝りなさい!!」
「何故?不要に首を垂れるなんてしみったれもいいところです。」
「透ッ!!」
僕の言葉に母親が僕に飛びつかんとばかりだったが、父親がそれを腕で制した。
そして僕の顔を見てため息とともに口を開いた。
「しみったれ……か。やはりわかってないな。」
「理解したくもありません。」
「お前への継承は確かに法的に問題はないだろう。ただな、このしみったれに付いて来てくれたやつらがお前についていくかは別の問題だ。」
「結構ですよ。あなたが死んだら彼らには出て行ってもらいます。」
「……何だと?」
「僕は完璧な酒を造りたいんです。彼らのようなしがらみに染まった存在は僕の蔵には必要ありませッ……!!」
父親は僕の胸ぐらをつかんだ。
しかしその瞳の僕は揺れて一滴が零れた。
こんなに近くで父親の顔を見たのは久しぶりだった。
そして……こんな悔しい顔をした父親は初めてだ。

父親は僕の胸ぐらを叩き落として息を吐いた。
「出て行け。」
「」
僕は父親を睨みあげ、カバンを掴んで家を飛び出した。

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