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誘拐記念日

石ノ森椿

庇護 ⑤

次の日、俺が目を覚ました時には既に宗太は起きていて布団を片付けていた。
「おはよう。」
「ッ……おう、おはよう。」
宗太は何事もなかったように俺に挨拶をしてきた。
あれだけ俺に切れていたやつがどうして……。

「稲辺。」
「……んだよ。」
「僕は昨日の言葉を謝るつもりはないよ。リサさんに言ったことは最低だから。」
「わりぃ。」
「でもリサさんが許すなら僕は何も言えない。それだけ。」
宗太はそれだけ言い残してそそくさと部屋を出てしまった。

後を追うようにして部屋を出て、思わず口元を覆った。
この独特の甘い匂い……シチューか?!

部屋の前で固まる俺に影子が振り返って手招きをした。
「悠一君、おいで。」
恐る恐るキッチンに入るとその匂いはより濃くなって手が震えてくる。
それを見て影子がクスッと笑った。

「味見してみる?」
「は……?」
俺が顔を上げると、影子は有ろうことか俺にシチューの入った小皿を差し出した。
昨日の出来事が蘇ってきて、吐き気が湧いてきそうになる。
何でこんな……ここまで殺意がある行動をされて怯えない方がおかしいだろう。

息が詰まって動けずにいると、顔を洗った宗太がキッチンに入ってきた。
「どうしたの?あ、僕も味見良いですか?」
「良いよ?いつもと味が違うけど。」
影子は俺に差し出していた小皿にもう少し注ぎ足して、宗太に差し出した。
宗太は嬉しそうに受け取ると一口含んだ。

「これ……。」
「分かる?」
宗太はうなずいてから不満そうに眉間にしわを寄せた。

「だからわざわざ隣町の豆腐屋までお遣いさせたんですか。」
「そう!そこなら、2つとも手に入るでしょ?」
影子の視線を追うとそこには、味付けをした卯の花と紙のパックが置かれていた。

「豆乳……?」
「稲辺。」
背後から呼ばれた声に振り返ると、俺の目の前に宗太の手がバゲットを突き出していた。

「食べる分だけちぎって。」
「……おう。」
宗太はバケットの上にシチューをかけてもらって、さっさと席に着いた。
「このくらいでいい?」
「え?あ、はい。」
シチューを持って自分の席に着くと、宗太は既に手を合わせて食べ始めた。
「……食べないの?」
「あ……いや。」
「あの豆腐屋の豆乳なら保存料とか入ってない……稲辺のせいでバス乗って買い物することになったんだから一口でも多く食べて。」

宗太はさっさと食べ終わって皿をキッチンに運んで行ってしまった。
俺は誰も見てないのを確認してから恐る恐るシチューを口に運んだ。
ごろっとした野菜の味が広がって、豆乳シチューなんて初めて食べるはずなのになぜか懐かしくて、鼻がツンと痛くなってきた。

「おいしいでしょ?」
影子の声が聞こえて、俺は涙が見えないようにシチューを思いっきり掻き込んだ。

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