誘拐記念日

石ノ森 槐

庇護 ②

「……はい?」
僕は平静をどうにか保って返事をした。
頼む……どうか影子さんであってほしい!

「ごめんね?もう寝ちゃってたかしら?」
この静かで丁寧な口調は……リサさんだ!!
まずい……、どうして今日に限って……。
今日はいつも以上にリサさんが一人でも不備ないようにしてきたのに……。

「だ、い丈夫です!」
「声が聞こえてきてたから何かあったのかと思ったの。」
まさかの生存確認ですか?!
いつもはそんなことしないじゃないですか!!

「何だ?」
その直後、悠一は怪訝そうに声を上げた。
ここでは絶対に会わせちゃいけない!!
僕は咄嗟に部屋を飛び出して、後ろ手でノブを掴んだまま締め切った。

「誰かいるの?」
「あ、あは、友達がちょっと。」
「そう!ご挨拶した方がいいかしら?」
「とんでもない!!そう言うの疎いやつなんで気にしないでください。」

リサさんは僕の返答に少し残念そうに眉を下げて椅子に腰を掛けた。
机には紅茶が準備されていて、これからパックを取り出すところだった。
「よかったら一杯飲む?寝る直前の少量のカフェインは眠気を促してくれるの。」
「じゃ、一杯だけ。」

リサさんは優しく微笑んで紅茶に砂糖をスプーン一杯入れてかき混ぜた。
「どうぞ。」
「ありがとうございます。」
これは僕の紅茶の好みの飲み方で、以前リサさんにストレートティを入れてもらった時に僕が何気なく砂糖を足したことがあった。
リサさん、覚えてくれていたんだ……。

僕は鼻のあたりから熱さが広がっていくのを隠すように紅茶に口をつけた。
「いいなぁ!俺も混ぜてくださいよ!!」
「ッ?!」
寒気のする声に振り返ると、稲辺が部屋の前で扉に背を寄り掛からせて立っていた。

「お友達?」
「……はい。」
問いに答えると、リサさんは本当にうれしそうに顔をほころばせた。
慌てて笑顔を返したつもりだったけど、うまくいったのか……、心も顔も引き攣りすぎて、感覚がなくなりそうだ。

「是非ご一緒しましょ?」
「へぇ、香りがいいですね。」
「そうなの。私が気に入って買ったものなの。お口に合えばいいんだけれど。」
「俺よく飲みますよ。」
あ、あれ?意外と話できてる……打ち解けたのか……?

「いつも紅茶には何か入れる?」
「あぁ……“ミルク”があれば。」

「ッ?!」
ありえない返答に思わず稲辺を見ると、新しいおもちゃを見つけた子供の用に目をギラギラさせていた。
リサさんは、その稲辺の様子に気が付かないまま冷蔵庫を覗き始めてしまった。
もちろん、牛乳がないのは夕方の時点でわかっていたし、問題はない。
それでも、稲辺にとってはその仕草すら“アレルギーを知る影子さんが飲ませようとしている”ようにしか見えていない筈。

嵌められた!!

稲辺は徐に立ち上がり残念そうにリビングに戻ってくるリサさんの前に立ちふさがった。
「ごめんなさいね、牛乳切らしてしまっていたみたいで。」
「俺、乳製品アレルギーなんだけど。」

稲辺の言葉に、リサさんはぽかんと稲辺の顔をゆっくり見上げて血の気を引いていった。

「いつまで大根演技続けるつもりだ、あぁ?」
「……え?」
「とぼけてんじゃねぇよ人殺し。」
「人殺し……?」
リサさんが怯えたように目を泳がせるのを見て、僕は慌ててリサさんの前に回り込んだ。
「違う!!」
「違くねぇだろ!!お前、今日も俺たちにアレルゲン喰わせようとしたよな!!全員が始末できなかったからって一匹ずつ仕留めようってか?」

「やめて!!リサさんが怯えてるじゃないか!!」
「怯える?人殺しなんかちょっと怯えさせたっていいだろうが。」
「リサさんは人殺しじゃない!!」
「こいつはリサって奴じゃねぇだろ!影子だ!!そうだろ影子さんよぉ……演技やめて話そうぜ?!おい!!」

「影子さんが……そんな……いや……。」
リサさんは苦しそうに胸を抑えてソファに倒れ込んでしまった。
「リサさん!!しっかりしてください!!起きて、目を開けてください!!リサさん、リサさん!!」
「だぁかぁらぁ~、こいつは影子で「うだうだうるさいんだよ!!もういい加減にしろよ!!」……は?!」
「リサさんの前でその人の名前を出すな!!今はリサさんの時間なんだ、妨害しないでくれ!!」


「宗太。」
僕が稲辺と言い争っていると、低い女性の声が聞こえた。
「ッリサさん?!大丈夫で……ぁ……。」
思わず声のする方を向いて……気が付いた。
この目つきと声の質、影子さんだ。
「誰が起こしたの?」
「俺だよ、え、い、こ、さ~ん!」
「……宗太、部屋に入ってなさい。」
「でも「何度も言わせないで。」……はい。」

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