人生を3回に分けて夢を見る

シロハ

1回目の人生が終わる日


初めに、自分の人生の1回目は28歳という歳で幕を閉じた。
不幸な事故、不治の病?いや違う。

自殺だ。

人生に疲れてしまったのかと聞かれると、たぶんそうなんだと思う。
生きてれば、嫌なことだって楽しいことだってたくさんある。それが普通だ。
自分が死んだ日。あの日は、楽しかった。正直、自分は幸せだな、なんて思えるくらい。


7月18日。

「えーちゃん。俺、本当は諦めたくなかったよ」

同じ役者を目指していた、圭介はその日の飲み会でそう言った。
今まで、弱みなんか見せたことのないような圭介が悲しそうに辛そうにしながら、手元のビールジョッキを見ながら、ただただ悔しそうに愚痴をこぼした。

何も言えなかった。
自分にはどう頑張っても、その夢を叶えてやることはできないのだから。
励ましたり、同情なんかして何が変わる。
彼が惨めになるだけだ。

結局、圭介のその言葉は彼が唐突に呟いた別の話に切り替わり流れてしまった。


「またな」

終電も近くなり、自分と圭介はそう言って別れた。
駅のホーム、最終電車を待ちながら電車が走ってくるだろうトンネルの奥を見つめる。明日は、確か午後から舞台の稽古だ。
稽古のあとはファミレスでバイト。
深いため息をこぼす。

金にもならない小劇場の舞台。
やりたくもないバイト。どうしてこうなってしまったのか後悔を繰り返す人生。
笑えてくる。
本当はもっとキラキラした世界の人間になりたかった。みんなにちやほやされたかった。

汽笛の音が聞こえ我に帰る。
暗いトンネルから、光が見え徐々に近づいてくる。
先頭車両が見えた瞬間、不思議な感覚を覚えた。

呼ばれた気がしたんだ。

時間がゆっくり進んでるみたいに、電車が少しずつ近づいてくる。最初はホームに到着するために速度を落としているのかと思ったがどうやら違うようだ。
視線をホームのした、見慣れた線路に移す。

自分は至って冷静だと思いながら、線路に向かって足を踏み出した。
電車で引かれたら痛いのだろうか。
それとも一瞬であの世に行くのだろうか?
そんなことを考えた。

気がつけば、自分はホームから飛び出し、後方からは悲鳴が聞こえてくる。
顔を横に向けると目の前には自分が乗るはずの電車が手を伸ばせば届く距離まで接近していた。
運転手の表情がしっかりと見えた。


「えーちゃん。俺、本当は諦めたくなかったよ」

ああ、圭介。
俺もだよ。

走馬灯ではなく、圭介のあの言葉が瞬間的に蘇る。
同じ夢を持った同期。高校時代、唯一自分の夢を笑わないでくれた親友。
あの言葉にどうして何にも答えられなかったのだろうと今更後悔してる。
なぜ、自分もとっくの昔に役者を諦めたことを彼に伝えなかったのだろうか。
呆れすぎて笑いがこみ上げてくる。

心の奥底で俺は、圭介に伝えた。

俺も、諦めたくなんかなかったよ。


電車の急ブレーキの音が聞こえ、一瞬鈍い音と同時に激痛を感じた。そして、自分の1回目の人生が終わったのだ。

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