リインカーネーション・ストーリー

デモリッシュ

リインカーネーション・ストーリー 5


  プロローグ

1988 連休前日


 ここは僕が住んでいるアパートで、この辺では割と少なめのコンクリートで出来ている建物だ。星野市はまだまだ木造住宅や、木造の一軒家のほうが多い。東京の方を始めとして、建物のコンクリート化が進んでいるが、このあたりはまだまだ時間がかかりそうだ。
 お昼の時間も過ぎ、世間では3時のおやつという時間帯に差し掛かった頃、僕はアパート1階の、僕が住んでいる部屋の扉の前に立ち、その扉を思いっきり開け放った

「ママ!! いる!?」

 帰宅した時の第一声がコレとは、他の人が聞いたらなんて思うだろうか。だがそんな事は今はどうでもいいんだ、流行る勢いのままに大きな声を出して、ママを呼んだ。しかし、帰ってきた声は別の人のもので、でも僕の大好きな人の声だった

「あっ、おかえり、ハヤトっ! おうちに帰ったらハヤトがいなかったからびっくりしちゃったよ。どこかに遊びにいってたの?」

 そう言いって小首を傾げながら、笑顔で出迎えてきたのはちあねぇだった。さらさらの黒髪を肩より下のあたりまで下ろし、真珠のような藍色の瞳で僕を見つめてくる。着替えはもう済ませているみたいで、パステルピンク色のTシャツとデニムのミニスカートを穿いた、ラフな格好をしている。あのダボッたい靴下は、今は履いてなく、素足の状態だ。
 ・・相変わらず雰囲気だけで可愛いちあねぇだ。これを無意識でやっているのだから恐ろしい

「あれ? ちあねぇ、帰ってたんだ。それよりママは!?」

 僕はリビングに足を踏み入れ、辺りを見渡すが、ママの姿はどこにも見当たらない

「お母さんなら、明日の旅行で必要なものがあるからって、買い物にでかけたよ。・・ところで、その背中の子は?」

 ちあねぇは僕の背中に背負われている女の子に目を向けた。ママとはどうやら入れ違いになったみたいだ、なんてタイミングの悪い・・

「詳しい話は後で話すよ!、このおねえちゃん、すごい熱があるんだ。なんとかできない!?」
「・・はぁ・・はぁ」

 僕はちあねぇに叫ぶように問いかけた。背中のおねえちゃんは今も息が荒くて辛そうにしている
 ちあねぇが僕に近づいてきて、僕の背中に背負われているおねえちゃんの額に、手を当てた

「・・・本当だ、すごい熱だね。ハヤト、そこの椅子に座らせて?」
「う、うん」

 僕は言われたとおりに、リビングに置いてある机の前の椅子に、おねえちゃんをゆっくりと優しく座らせた。おねえちゃんは少しぐったりとしていて、額には汗の雫が浮かんでいる。それが頬を伝って、顎からキラリと滴り落ちた。

「ハヤト、私達の部屋の押し入れに、予備の布団があったよね? それを敷いてきてくれる? あと冷房もつけてね、あまり冷やしすぎないようにね?」
「わ、分かった!」

 僕は言われたとおりに部屋に向かい、布団を敷き始めた。リビングではちあねぇが、おねえちゃんを介抱してあげている

「大変だったね、もう大丈夫だよ。はいこれ、飲んで? 甘くて飲みやすいよ?」

 冷蔵庫から取り出したスポーツドリンクをコップに注ぎ、それをちあねぇはおねえちゃんの口元にあてて飲ませている

「コクッ・・コクッ・・、はぁ・・はぁ・・ふぅ」

 それを飲み干したおねえちゃんは、ほんの少しだけ顔色が良くなったように見えた。気のせいかもしれないけど、先程よりはいいはずだ

「あとこれも、食べれるかな? 冷蔵庫にあったゼリーだよ。今はとにかく、何か食べて栄養を摂らないと」
「はぁ・・、ありがとう・・ございます」
「あはっ、気にしないで。困ったときはお互い様だよ」

 ちあねぇはおねえちゃんの額に張り付いた髪をかき分けてあげながら、優しい声音で言う

「ちあねぇ、布団敷いてきたよ! あと冷房もつけてきた!」
「ありがとっハヤト。もう一ついいかな? 濡れたタオルを二つ持ってきてくれる?」
「二つ?」
「うん。一つはハンガーにかけて部屋に吊るすため、それで部屋の湿度をあげるんだ。もう一つは体を拭いてあげるためだね」
「分かった、持ってくるよ」

 僕はタオルを二つ取った後、台所でそれを濡らした。その間にちあねぇは、おねえちゃんを「歩ける?」と言いながら僕たちの部屋に移動させて布団の上に座らせた。濡れたタオルの一つをハンガーにかけて、僕は部屋の中央の吊り下げ式の照明器具のでっぱりに引っ掛ける。そしてもう一つのタオルをちあねぇに手渡した

「ありがとっ、それじゃハヤト、ちょっとリビングで待っててもらえる?」
「え? どうして・・?」
「今からこの子の体を拭いてあげるんだよ、ついでに私の服にも着替えさせるから。・・・私はハヤトに裸を見られても全然構わないけど、この子はそうもいかないでしょ?」

 そうイタズラっ子のようにニヤニヤしながら僕に言ってっきた

「え? ・・あっ! そうだよね、うん! 僕、リビングで待ってるから!」

 僕は顔を真赤にしながら急いでリビングに出ていく。その様子を見たちあねぇは「あははっ、ハヤトは可愛いな~」とか言っている。こんなときにも、いつものイタズラみたいだ。そして、おねえちゃんのほうも、そんな僕の様子をみて静かに微笑んでいた





 あの後、体を拭き終わり、服を着替えさせた後、横になったおねぇちゃんはすぐに、眠りについた。今は規則正しい寝息を立てて、すやすたやと眠っている
 僕とちあねぇは今、リビングで机の椅子に座っており、事の経緯を僕が話し始めるところだった

「それで、一体何が会ったの? ハヤト」
「それは・・」

 学校で別れた後、裏山に行ったこと。裏山に行ってキツネと戯れていた事。その後クマに襲われて必死で逃げたこと。その後で彼女と出会い、ここにつれてきたこと。それらを順番に話していった
 
「あの後、学校でちあねぇと別れた後、裏山に行ったんだ」
「・・えっ? ・・・裏山に?」
「うん、そこで人懐っこいキツネと出会ってね、その子と暫く戯れていたんだ」
「・・・」

 ちあねぇは僕の話を静かに聞いている、こころなしか、ちあねぇの顔が険しく見える

「そしたらキツネが突然逃げ出してさ、何事かと思ったんだけど・・僕の目の前にクマが出てきたんだ!」
「クマっ!?」
「うん、そのクマが突然襲ってきたから、僕は必死で逃げたんだ」

 僕は先程の出来事を、まるで冒険譚を聞かせるように話した。なんだかすごい体験をしたような気分で、それを話してると優越感に浸れるような気がした

「それで、僕は背負っていたかばんをクマに投げつけたんだ。その中にはお菓子が入ってたから、クマは見事に釣られてね。時間をかせぐ事ができたから、うまくその場から逃げることが出来たんだ!」

 僕の優越感は最高潮まで達してきている。こんな話、物語の中でしか味わえないようなものだ。女の子にいいところ見せる男の子のような気持ちで、その後の話を続けた

「その後、逃げきった僕は家に帰ろうと思って、出口を目指したんだ。その途中で、倒れてる女の子に出会って、僕はその子を背負って家まで急いで帰った。・・かいつまんで話すと、こんな感じかな?」

 僕は身振り手振りで事の顛末を話した。なんだかちょっとだけ気持ちいい気分になってたんだけど、でも、ちあねぇから帰ってきた言葉は想像していたものとは違っていた

「ハヤトのバカッ!!」
「・・・っ!?」

 急にちあねぇが怒り出してしまった。え? なぜ? 僕は何が起きたのかわからずに、目を白黒させている

「え? ・・・えっ?」
「バカッ! バカッ! 裏山に行ったらダメって前に言ったじゃないっ!! どうして言う事聞いてくれないの!」
「なっ・・・」

 ちあねぇは椅子を蹴って立ち上がり、まなじりを上げて、僕に声を荒げる。
 今その話をだすの? もっと、すごい! とか、怪我はなかったの? とか、そういうものを期待していたのに・・。僕は、ちあねぇのその言葉を聞いて、少しムッとしてしまった

「・・・別にいいじゃん。僕が裏山に行こうが行かないが、僕の勝手でしょ?」
「よくないっ、ちっともよくないっ! 前にもクマと遭遇して逃げてきたって話したよね? あの時は運が良かっただけ、今回は冗談じゃ済まないよ! もしものことがあったらどうするのっ!!」
「・・・・僕がどうしようが僕の勝手でしょ! どうしてそこまで、ちあねぇの言うことを聞かなきゃいけないんだよっ!!」

 ドンッ!!!

「・・・っ!?」

 僕は机を拳で叩き、椅子を立ち上がった。それを見たちあねぇは身体をビクッっと震わせた。その様子に僕は少し胸を痛めながらも、しかし一度着いた火は中々鎮火することは出来ず・・・

「だいたい、なんでそんなに大声で怒鳴られなきゃいけないんだよ! ちあねぇにはそもそも関係のないことじゃないかっ!」
「か、関係ないって・・・。だって、だって、ハヤトは私の弟だもん、関係なくないもんっ!」

 僕の剣幕に後ずさるちあねぇに、僕は追い打ちをかけるようにちあねぇに近づいた

「・・・あのさぁっ!」

 そして言葉の続きを発しようとしたその時、

「あっ!」

 僕は足を机の柱に引っ掛けてしまい、そのままちあねぇにもたれるような形で倒れてしまった。
 ドスンッ! という二人が床に倒れる音が聞こえる。僕は頭を片手で抑えながら起き上がり片腕を床についた

「いっつぅ・・くそっ」

 僕は目を開けてちあねぇの姿を探す。ちあねぇは床に仰向けになっていた。僕が覆いかぶさる形で倒れているので、抜け出すことが出来ないのだろう。僕は身体を起こし、その場から離れようとする

「ご、ごめん。今どくから・・」

「・・ひっく・・ひっくっ・・」

「・・え?」

 僕は起こそうとした身体をその場で止めた。ちあねぇ、どうしたの、どうして・・

(どうして、泣いてるんだよ・・・)

 ちあねぇの藍色の瞳は涙で濡れていた。嗚咽を漏らし、僕のことを寂しそうに見つめてくる。僕はそれを見て熱くなっていた頭が、一気に冷えていくのを感じた。どうしようもないほどの罪悪感が僕の身体を駆け巡る。どうして泣いてるかって? そんなの考えなくても分かることじゃないか

(僕が泣かしたんだ、大好きなちあねぇを、僕が・・・)

 あんなにいつも笑顔で、気丈で、赤の他人に対しても優しく接っすることができて、泣いてる姿をあまり見せないちあねぇが、僕の放った人の気持ちを考えない、無神経な言葉に、ちあねぇは涙を流していた。
 僕は呆然とそれを見つめていた。ちあねぇは両手を僕の頬に添えて、言葉を紡いだ

「ひくっ・・ハヤト・・、ハヤトぉ・・、わたしがいけなかった・・? わたしがまちがってたの? そんなにおこるなんておもわなかったの・・・。ごめん、ごめんなさい、ハヤト。わたしのこと、嫌いにならないで・・・」

 ちあねぇは懺悔をするように僕に語りかける。
 分かっている、分かっていた。ちあねぇがこうして怒るのは、僕のことが心配だから。怪我をしてほしくないから、かけがえのない大切な弟だから、つい感情的になったのだろう
 ちあねぇの、謝る姿を見た僕は目頭が熱くなっていく。なんで、なんでそんなに悲しそうなんだよ。僕のことになると、喜怒哀楽が激しいちあねぇだけど・・そんなに悲しそうな顔は、僕は見たくなかったよ・・

「私・・ひくっ・・、ハヤトの事が、ただ心配だっただけなの。ハヤトにもしものことがあったら、私はきっと立ち直れない・・。だから、つい、いつも、口うるさく・・。私の言葉が・・、ハヤトの枷になっていたんだね、ほんとにごめん、ごめんなさい・・・」

 違うんだ。枷だなんて、そんな事、一度も思ったことない。僕が子供過ぎただけなんだ、ちあねぇの気持ちを考えられなかっただけなんだ

「・・ごめん、ちあねぇ。僕、そんなつもりじゃ・・」

 溢れ落ちた涙の雫を、僕は指で一つ、すくってあげた
 けど、それを聞いたちあねぇはまた一つ、涙の雫をこぼした

「ハヤト・・、お願いだよ。もう危ないことはしないで、私、ハヤトのためならなんだってするから。だからお願い・・、もっと自分を大切にして、私を心配させないで。お願いだよ、ハヤトぉ・・・」

 その悲痛なちあねぇの声に僕は・・・

「・・うん。わかった、約束する。だから泣かないで、ちあねぇ・・」

 僕は精一杯優しく答えた。ちあねぇはそれを聞くと頬に添えていた両手を、僕の首に回してきて、そのまま胸に抱き寄せてきた

「うっ・・うぅ。うわぁああぁあああああんっ・・!」
 
 ちあねぇの泣き声がリビングに響き渡る。僕もちあねぇの胸の中で一粒の涙をこぼした。・・・今の騒動であのおねえちゃんは起きていないだろうか、そう思い、視線を部屋の方に向ける


「・・・・・・・」





 そこには静かに横になって眠る白銀の女の子が、僕たちと反対方向へ寝返りを打つところだった








 その後僕たちは仲直りをして、ちょっとぎこちなかったけど、いつもと変わらない関係にもどった。不思議な髪色をしたおねえちゃんはまだ寝ていて、さっきは騒いでしまったことを、ちあねぇと二人で反省した。二人でおねえちゃんの横に座り、看病をしていると、パパとママもお家に帰ってきたので、事の顛末を簡単に説明した。
 そして時間はまた過ぎていき、夕飯の時間になっていった。僕たちはリビングで家族と談笑をしていた

「ほう、それで隼人はあのお嬢ちゃんを助けて、家に連れて帰ってきたってことか」
「うん、そうだよ、パパ」
「あっはっは、そうかそうか。しかしクマに襲われるなんて、隼人もついてないなあ! 俺も昔はあの裏山に潜っては、クマと鬼ごっこをしたもんだ。お前も一つ大人になったってことだなあ!」
「ちょっとおとうさん? あまりハヤトに変な事を教えないでよ?」
「あはは、すまんな千秋!」

 僕の話に大げさに笑うパパにちあねぇは、ぷくーっと頬を膨らまして睨みつけている。なんだか可愛い表情だ。魔が差したのか、僕はその膨らんだ頬を指でつっつきたくなってしまったので、つい・・・つっついてしまった
 プス~・・・と、ちあねぇの口から息が漏れる音が聞こえた

「・・・ハヤト、何をしてるの?」

 ジト目で僕を睨んでくるちあねぇ

「え~っと・・・なんとなく?」
「なんだよ~もうっ! ハヤトだって、こうしてやる~っ!」

 そう言うとちあねぇは、量の手のひらを僕の頬に押し付け、グニグニしてきた

「ひょっほひあへぇ、はひふふほ~?」
「あはははっ! ハヤトってば変な顔っ! おかしいの~!」

 僕の顔をおもちゃのようにもてあそぶちあねぇ。心底楽しそうな顔をしていて、僕はその顔をもう少し見ていたかったので、ちあねぇの、されるがままになっていた

「千秋、はしたないわよ。やめなさい」
「はぁ~いっ、ってまた私がおこられるの~? おかあさんって私にいつも厳しくない?」
「そんな事ないわよ。千秋、手が開いてるならそこのピーマン切るの手伝ってくれる?」
「はいはい、わかりました。やりますよ~っと」
「ママ、僕も何か手伝ったほうがいい?」
「そうね・・・それじゃあ野菜を洗うのをお願いできる?」
「うん分かった」

 僕たちはママの指示にそれぞれの料理の手伝いに参加した

「千代、俺はどうすればいい?」
「あなたは座って待っていればいいわ」
「ぐっ・・・」
「あははっ、おとうさんって料理は全然出来ないもんね!」
「お、男なら外へでて仕事をしてお金を稼いでくるのが役目だ。料理は女の仕事だろう」

 そんな言い訳がましいことをパパは言っている。確かに男は外で金を稼ぎ、女は家庭を守るという風潮が世間では一般的だ。パパの言うことも間違ってるとはいい難いね

「でもハヤトは料理もできるもんねっ! 料理ができる男の子ってあまりいないからとっても素敵だとおもうなっ」
「ええ、そうね。私もたまに手伝ってくれる隼人のおかげで助かってるわ」
「うぐっ・・・」

 僕の家庭はなんでこう、パパの精神的ダメージをナチュラルに与えていくのだろうか・・・。僕も人のことを言えないけどさ。ちあねぇとママに褒められて僕はちょっと照れながらも、洗い終わった野菜を予備の包丁で手頃のサイズに切っていく。料理の仕方もママに教わったものだ。将来絶対役に立つからといって、ママに料理の知識を叩き込まれている。そういえば・・・

「そこの鍋で沸かしてるものってお粥?」
「えぇ、そうよ。あの子に食べさせようと思って一緒に作ってあるの。あまり固いものを食べさせると、胃がびっくりするでしょう?」
「へぇ~そうなんだ」
「なんだか少し茶色いね、お母さん?」
「ふふ、実は昆布だしと、少し味噌を入れてるのよ? そのままだと味気がないでしょう?」

 ちあねぇの疑問にママは得意げに答える。「そうなんだっ!」っと納得するちあねぇにママは微笑んで、自分の料理の作業に集中した。
 僕もママの料理をそのまま手伝い、ピーマンを切り終わったちあねぇは、落ち込んでいるパパの肩に後ろから頭を乗せて抱きつき、「よしよし、おと~さんもいつも頑張ってるもんねっ」と慰めていた

「ぐす、おお、分かってくれるか千秋。パパの気持ちが!」

 そんな光景が少しおかしかったのか、僕たちはそれを見て顔を見合わせる。すると・・・





 ーーーリビングにささやかな笑い声が響き渡った



コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品