アリス on the earth ―記憶をなくした電気なまずは異世界の夢をみるか―

ノベルバユーザー392143

2#目覚めた世界はこんなとこ

   地球に、隕石のような物が追突した。
   そんなことは・・今までも、地球の歴史の中では繰り返されたことであったはずだ。

   それがその時違っていたのは、その隕石のような物は何かに惹かれるように、地球の深部へ、深く、深く沈んで行ったということだ。

   誰も気づかなかった。その隕石のようなものは科学で認識できる物質ではなかったからだ。それが・・・静かな深部で地球の核と混ざりあった瞬間、何かが変容し、歪み、異様なエネルギーが生まれた。

   科学を盲信し、目に見える物だけを真実ととらえた人間達は、その変化をとらえることが出来なかった。

   地球は孕んでいた・・・そう、霊的な意味で言えば、地球はいわばひとつの生命体で・・・その時、確かに宇宙という子宮の中で、地球は受精していた。

   磁場が歪み、狂ってゆく世界に、特殊な第六感を持った人間だけが気付いていた。けれどもどんなに危機感を抱いても、その言葉に耳を貸す世界ではなかった。

   地球は気付いた・・・新しい生命は気付いていた。この表皮は、なにか病んでいる。小さな生き物に蝕まれている。痒い。熱い。身体中に蔓延る皮膚病。

  新しい生命は、掻きむしり始めた。手などない。人間には見えない手で掻きむしる。目には見えないエネルギーが強力な排除へ向かう。

   ニンゲン。ソノタノセイメイ。

   ジャマダ・・・・キエロ・・・。



   数十年経つ内には、人間の間にも、ゆっくりと理解が広がっていた。もはや世界は、完全に変容していた。

   科学では全く説明のつかないエネルギーを持った、様々な怪物に、繰り返し猛襲を受ける樣になっていた。

   どんな化学兵器も、決定的な攻撃力とはならなかった。
   初めて、地球の異変に気付いていた人々の言葉に耳が傾けられるようになっていった。


   絶望に染まっていく世界の中で、ある一つの、事実のはっきりしないお伽話のような物語が語られ始めた。

   地球が受精した一つの精子・・それは、この時間軸の世界には本来存在していなかった、全く別の、異世界のものではなかったかと。

   その証拠に、あの時から歪んだ世界は、それまでには生み出さなかった奇妙なものを孕み始めた。

   異世界転生生命体・・。

   僅かではあるが、新しく生まれる人間の中に、地球の中での転生を越えた、異世界からの転生を全うする者が現れ始めたのだ。

   彼らは普通ではなかった。人間離れした特殊な能力を保持していた。

   特に、前世の記憶を取り戻すと・・生み出された怪物に対して、恐ろしいまでの殺傷力を保持した。

   各国は、国をあげて対策に乗り出していた。怪物・・・アースソウルと呼ばれるソレを壊滅するための特殊部隊が整備された。どの国も転生者を躍起になって探した。

   日本では、それは地静省と呼ばれる部署が管理していた。自衛隊とは別の、特殊部隊が編成された。
   しかしそれは、実力はあっても焼け石に水と言うほどの規模で、数が決定的に足りなかった。

   国は既に度重なる怪物の襲撃で疲弊し、特殊な能力の人間を探し、兵士として教育するだけの余裕がなかったのだ。

 「・・・とは言ってもね、莫大な資産家である黒澤氏がこんなアースソウル対策の学校を私的に作ったのは、人助けの為じゃない。金儲けさ。金で依頼を受けて、怪物を退治する。君だって一応納得はしてこの学校に入ったはずだ」

   彼は私の目をのぞきこんだ。
   私は・・・どんな顔をして見返したらいいのかわからない。彼から聞く話は初めて聞くものばかりで・・・私が、一体それにどんな感情を持っていたかわからない。

   戸惑って瞳を揺らす私を見て、彼は面白そうに笑って続けた。
   
「君は気に入らないようだったけどね。依頼によらずアースソウルを退治しては、黒澤氏に説教されてた。はは」

   気に入らなかったのか、私・・・。だいぶ自由人だな。うん。でもまあいい感じだ。

「まあ、ともかく、君の能力は一級で、ついに精神感応による探査を受けることになった。君が今回受けた実験だ。まだ、確かな効果は実証されていないが・・・過去、必然か偶然か、この探査により前世の記憶を取り戻したスーパーマンがいる」

   突然扉がバタンと乱暴に開けられて、男が飛び込んできた。ひどく息を切らしている。
   制服を着ているから、この学校の生徒だろう。
   顔は真っ青だ。

「七緒・・・記憶が、消えたって・・・」

「宮野。ノックもなしに何だ。女の子に、失礼だぞ」
「大丈夫か。だからこんな人体実験、反対だったんだ」
   横峯明良を完全に無視して言い募る。

「・・・宮野、人体実験とは穏やかじゃないな」
「・・・あんたみたいなマッドサイエンティストに、七緒をいいようにはさせませんよ。こんなことになるなんて・・」
  彼は重ねて食ってかかった。
「大丈夫だよ。今までの例から言って、二、三日で記憶は戻る。全く大袈裟な・・」
  横峯は呆れたような顔をして呟いている。

   彼は何だろう。こんな心配してくれるなんて、ひょっとして彼氏・・・とか・・・?
   お願い誰か説明して・・・。
   私が不安な気持ちでじっと彼を見ていると、彼は視線に気づいてこちらを見た。
   
「なっ・・・何だよ、そんなかわいい顔して見るなよ」
   赤くなってまごついている。
「調子狂うな・・・」
「何を照れてる。はっは、七緒ちゃんは、記憶をなくしたままの方がかわいいよな。お前もそう思うだろ」
「あっ・・・あんたと一緒にしないで下さいよ」

  彼は私をちら、と見て・・・ふと真面目な顔になる。
「ごめん・・何もわからなくて、不安だよね。僕は、宮野桐宗。君の、仲良しの友達の玲香の、双子の弟だ。よろしく」
   
   手を差し出される。握手、ってことだよね。私はおずおずと手を出して重ねる。
   彼は嬉しそうに赤くなって私の手を両手で握った。
「あー、何か・・・嬉しい。七緒、絶対男触んなかったのに・・・」
   なに!?・・こいつら、何か、ひどくない? 私が何もわからないからって・・・良いようにされてる感じがする。

   私は手を振りほどくと、頭から布団を被った。

「悪いけど・・・ちょっと、気分悪いんで。出てってもらえます?」
   低いトーンで伝えた。
「はは、だんだん調子が戻ってきたじゃないか。この分じゃすぐ記憶も戻るだろ」
「それなら、まあ、良かったですけど。でも、何か・・ちょっと残念ですねー」
「ははは。お前もアレだな。じゃあ、僕は一旦出るけど・・後で電気のコントロールについて話すから、それまで病室を出ないようにね」

   二人は何やら談笑しながら出ていった。あいつ・・いい奴かと思ったら、とんでもなかった・・。
  誰かまともな奴と話したい・・。
  そうだ、さっきあの男、私に仲良しがいるって言ってなかった?

   確か・・・玲香だったか・・・。

   コンコン、と扉がノックされた。
   そっと扉が開いて、顔がのぞく。

「七緒ちゃん・・・大丈夫?」
  小柄な女の子が顔を出す。目がぱっちりしてて、可愛らしい顔立ちだ。肩までのふわふわの髪の毛をピンで前に落ちないよう留めている。
   もう一人の女の子と一緒に部屋に入ってきた。こちらは背が高くてショートカット、いかにも元気が良さそうな感じだ。

「記憶がないってホントなの?」
  ショートカットの子が聞いてきた。心配そうに眉をひそめている。
「えと・・・ないです。あの、どちら様で・・・」

   二人は驚愕の表情を浮かべた。
「ひえー、あの実験で記憶が消えるって、ホントだったんだ・・・。ホントに、わかんないのね?私たちのこと」
   私はおずおずと頷いた。この子達が、私の友達なのかな? 

   私の不安そうな様子に気づいたふわふわヘアの子が、ショートの子をつついた。

「名前から言わないと、わからなくて困ってるみたいだよ。私は、いつも一緒にいる友達の及川来見。くるみって呼んでね。こっちは、宮野玲香。玲香でいいよ」

   やっぱり友達だった。何だかホッとする。二人とも優しそうだ。
   二人は私のベッドに腰かけた。
「全く、ひどいよ。こんな実験、断れば良かったのに」
  玲香が呟く。
  来見はベッドの端のめくれを直しながら、返した。
「仕方ないよ。理事長命令だもん。七緒ちゃんくらい能力が高いと、まあ、いつかはすることになるとは思う」

   私は、ふと気になって二人に尋ねた。
「あの、二人も、何か力があったりするの?」
  二人はキョトンとして私を見た。
  一瞬の後、すぐに玲香が答えてくれた。

「あはは、そうよね、全然覚えてないんだから・・・私は、少しだけど、人の回復力を高めることができるよ。所謂、ヒーリングみたいな感じかな。あんたが、バナナの皮踏んで転んだ時、捻挫の痛みを軽くしてあげたのも覚えてないんだよね・・・あんた、痣も治せってめちゃ文句言ってたけど」
   ご、ごめん・・・何か私、ヒドイな・・・。

「私は、テレパシーができるよ。ごく短い言葉しか伝えられないけど。毎朝、朝が苦手な七緒ちゃんにモーニングコールしてるよ。あと、たまにだけど、予知夢を見るかな。七緒ちゃんが、理事長に怒られる夢をよく見るの・・・」
   それ・・・役に立つの、かな・・?

   やっぱり、二人とも能力者で、ここはそういう特殊な人を教育する学校なんだ・・・。
   微妙な気分で、私は二人に聞いた。

「あの・・私、何が何だか・・・。私は結局、何の実験をさせられて、これからどうなるの?」
   玲香は呆れた顔をしている。
「あのヘンタイ校医、何も説明しなかったの? ホント録でもないわ・・。辞めてくれないかな・・」
   来見も首肯く。・・・目がすわってる。本気だ。
「あれは本当に最低の奴です。七緒ちゃん、奴に気を許しちゃダメだからね。あれはただの女好きのヘンタイです」
   凄い嫌われようだ・・・よっぽどなんだな。まあ確かに、私へ言ってた冗談はえげつなかったけど。

「少しは聞いたんだけど。前世がどうとかって」

「そうそう。七緒ちゃんは能力が高いから、異世界転生者かもってことになって、前世を思い出す実験を受けたのよ。もし転生者だったら、前世を思い出すと凄く能力が上がるの」

   来見が説明してくれる。

「この学校の三年生の、香月遊虫という人が精神感応の能力者で、他人の心にシンクロして探査したり、操ったりできるのよ。前に一人、それで前世に目覚めた人がいたから、それ以来能力が高い人は受けさせられるの。七緒ちゃんで、五人目くらいじゃないかな」

「そんな、便利なものがあるなら、皆すればいいのに」
  何気なく疑問を口に出すと、玲香が答えてくれた。

「ものすごく精神力を使うらしくて、一度すると術者がしばらく眠っちゃうらしいよ。今もたぶん、七緒ちゃんのした後だから眠ってるんじゃないかな。十日くらいは寝てるよ。それに、受けた人はショックで記憶が消えたりするし・・・」

「それで私、記憶がないのね・・・。私の記憶って、戻るんだよね・・・?」

  二人は顔を見合わせる。
「一応、前にそうなった人は、二、三日で戻ったらしいけど・・・。前例自体少ないから、よくはわからないらしいよ」

   えー! 嘘ぉ・・・・。そんなの、聞いてない・・・。あの校医、大丈夫って安請け合いしてたのに・・・。

   がっくりショックを受けた私を見て、二人は慌てて慰めた。

「大丈夫! 七緒ちゃんなら、きっとすぐ思い出せるよ」
「よしんば思い出せなくても、あんたならどこでもやってけるって。たくましーんだから!」

   ・・・実験前の私、なぜこんなもん受けたのよ。ああ、納得いかない・・。



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