アリス on the earth ―記憶をなくした電気なまずは異世界の夢をみるか―

ノベルバユーザー392143

プロローグ

そこは次元と次元の狭間に存在する閉じられた領域・・・次元に干渉できる能力者のみが持つことのできる私的空間だ。単純に、テリトリと呼ばれている。

   ここには既に時間さえ存在していない。この領域の中では、主である能力者はもはや神といってよい。外部から侵入したものは、主に逆らうのは元より、己の形さえ自由に保つことはできない。

   見渡す限りの草原が広がっている。

   翠の海のような草原には、断続的にそよぐやわらかな風を受けて微かに傾げる葉の影が、幾重もの流れる模様を作り出している。寂しげに草が揺れる。

   誰も、いない。
  虫も、鳥も、動物も・・・。およそ生命と呼ばれる温かな生き物の気配は皆無だ。

   ふいに、空気にビリビリと稲妻のような切れ目が生まれ、その裂け目からぼろ布の塊が転げ落ちた。

   美しい少女がへたりこんだまま青い双眸を大きく見開いて辺りを眺めている。マントは斜めに裂け、全身ぼろぼろで、肩には半ば乾きかけた夥しい量の血液がこびりついていた。鳶色の髪は後ろで一つに結われていたが、煤だらけでひどく崩れている。

   彼女は肩を押さえながら片膝をつき何とか起き上がると、激しい怒りを顕わにしながら叫んだ。

「ルシ・・・。お兄様は、どこ? お前が食ったのは、分かっている。出しなさい」

  ただ声だけが空しく響き渡る。草が静かに揺れている。
  少女は金切り声を上げた。

「お前がお兄様に浅ましい想いを抱いていたことに、私が気付いてないと、思ってたの・・?  お兄様は・・・人として生き、人として死ぬ。こんなところで、お前の慰みものになどさせるものか! この、化け物!」

   急に辺りが薄暗くなり始めた。
   気味の悪い気配が漂い始める。濃厚な魔力が有毒ガスのように少女の足元から吹き出し、同心円状に草が凪いでいく。
   ふいに草の葉が煽られたように舞い上がり、少女の頬や腕を無数に切り裂いた。
   少女は少し手を寄せ防ぐ素振りを見せたが、全く動じることはなく、揺るぎない眼差しで空を睨みつけている。

「これでもランテッド最強の剣士と呼ばれたお兄様の妹よ。つまらない脅しには屈しない・・・。お前がお兄様を返さないなら・・・私は命に代えても、このテリトリごとお前を破壊する・・・」

「待ってくれ。ウリファ・・・僕はここにいる」
  どこからともなく響いた声に、少女ははっとしてきょろきょろと周りを目で探す。見渡す限りの草原に、人影などない。

「お兄様・・・どこ?  リエル兄様!」
   少女の張り上げた声が空しく響き渡る。

   ふとどこからかやわらかな光が集まってくる。少女の目の前で凝縮し、ゆっくりと人型を形成してゆく。

   その姿を見て、少女は表情を歪めた。驚愕のため声は掠れていた。

「お兄様・・・」

   鳶色の瞳に同色の長い髪。特別に美しい外観ではないが、温かい人柄が自然に滲み出るその眼差しが大好きだった。

   けれど今目の前に現れた人間は、眼差しは全く変わらないながら・・・少女がよく知る兄の姿ではない。男性ではなく、女性だ。

    細身ながら鍛え抜かれた無駄のない鋼のようだった腕は、柳の枝のような美しいたおやかなそれに変わっていた。白い布を巻いたような優雅な衣を着て、静かに佇んでいる。

「ウリファ・・・ルシを、責めないでくれ」
「お兄様・・・・」

   少女は二の句が告げられない。兄の姿を、痛々しくて直視できず、目をそらした。

「あの者に・・・何か、無体なことを・・・」
「大丈夫だ。あいつは、そんなことはしない。心配かけて、すまなかったな・・・」

   兄は微笑んだが、その表情に生気はない。そう、もともと、生気などあるはずがないのだ。

   今、ルシのテリトリ内にいるために兄には何の傷も見当たらないが、本来なら顔の右半分と右腕、右足が呪いの猛火で焼け焦げていた。兄は暗黒王から致命傷を受け、生死の境をさ迷っていたのだ。・・・そう、もはや助かる見込みはなかった。

「ルシは、僕を、失いたくないと言っていた・・・」
「お兄様は・・・どうされたいのですか。ここで、ルシに取り込まれたまま、永遠に虚空を彷徨うおつもりですか」
  
  兄は静かに微笑んだ。
「僕は・・・逝くつもりだ。こんな形で、生にしがみついてもしょうがない。いつかこんな日が来ることは覚悟して戦ってきた・・・」

「では、なぜ・・・」
 
   兄なら、例え瀕死でもルシのテリトリに引き摺りこまれるなんてあり得ない。

「お別れがしたかっただけだ。僕にとっても、ルシは・・・特別な、大切な存在だった」

   地鳴りのような、哀しい咆哮が響いていた。草がざわざわと奇妙にうねる。

「お別れが終わったら、僕はここから出る。外で、待っていてくれ」
「お兄様・・・私には、ルシが、お兄様の意思をくんでくれるとは思えないのです」

   兄はここに取り込まれる。確信めいた思いが胸をつく。ルシは、兄を離さないだろう。絶対に。
   兄はヒトが皆組み込まれていく巨大な輪廻転生のうずから外れていく。いずれ数百年の時が経つと・・・人外の魔物となる。ルシとともに。

   その前に、私がすべきは。

   大気が割れるような凄まじい悲鳴が響いた。それは既に声ではなく、音でもなく、何かビリビリと空気を裂く音波のようなものだった。
   空気が泣き叫んでいた。

「ルシ・・・僕を、許して。ごめん。先に、逝く・・・」

  少女は戦慄して背後を振り返る。
  草の間に異様な亀裂が走り、ぱっくりと大きく裂け始める。
   それは血のような雫を滴らせながら何処までも大きく広がってゆく。

   ・・・飲み込まれる・・・!

   必死で亀裂を避けながら、少女は兄を見る。
   兄のすぐ横で、空間が歪み、真っ暗な何かがうねるように形どられていく。凝縮した闇のような、ひどく禍禍しい何か。

   まるで闇の粘土でできた泥人形だ。禍々しく光る小さな赤い丸い目には、ヒトの情は感じられない。底知れない冥い何かを内包してただ丸く開いていた。

   目が、一瞬合って・・・ぞくりとする。あれは何。あれは・・見知ったルシではない。

   ルシは、醜い。顔こそ美しいが・・・辺境の魔王とも称された凄まじい魔力は、ルシから通常の健康な体を奪ってしまった。手足はヒトの物とは思えないほど歪み、変形し、まるで魔物のような異形となっていた。

   それでも、あんな異常な姿ではない。
   
   禍禍しい黒い泥人形はぐにゃりぐにゃりと腐り落ちるかのように形を変える腕を伸ばして、兄を抱いた。
    兄は抱かれたまま、静かに目を閉じている。

    見てはいけないものに触れてしまった、そんな奇妙な苦い気持ちに胸を突かれ、少女は彼らから目をそらした。小さく唇を噛む。
    痛々しい。それが彼女の胸に湧いた感情だ。

    ここはルシのテリトリ、彼は自由に自分を作れる。にも関わらず・・・あれほどまでに醜い姿は、彼が自分を醜いと信じているからだ。化け物と呼ばれることになれた彼の痛みだ。

   彼を純粋に人として愛し、信頼したのは・・兄の外にいない。
   そう、兄の外に誰一人いなかった。彼を人間として繋ぎ止めたのは兄だった。人外の力を手にし、いつ魔に与してもおかしくなかった彼を。
   仲間として関わってきた自分達でさえ・・・いつも彼のことを恐れていた。同じ人間とは思えなかった。
   
   大地の亀裂はもはや遥か彼方まで草原を真っ二つに割り、途方もない深さになっていた。
   割れた大地が崩れていく。胸を裂くような大地の咆哮は止むことがない。

   兄は手をゆっくりと差し上げ、その真っ暗な怪物を優しく抱きしめた。
   何か、小さな声でささやいた。

  その瞬間、兄が抱いた闇が弾けた。

  


   何が起こったのか。
  
   少女は呆然と目の前の風景を見下ろしていた。

  闇も、大地の亀裂も、草原も溶けるように消えてなくなっていた。足元もない。どこに立っているのかも定かではない。

   空から淡い薄桃色の花弁が次から次へと大量に舞い降りてくる。僅かに白く発光しながら、ひらひらと、ひらひらと、美しく舞っている。
   まるで雪のようだ。
   それは少女の足元を越えて、遥か下方まで落ちてゆく。

   少女は戸惑って空を見上げた。
   何かを振り絞るように、空がぐにゃぐにゃと歪み、蠢いている。
   そして理解した。あの空は・・ルシの心。これは、花びらはルシの涙だ。

「ウリファ・・・僕を、信じて」

   兄の声がすぐ背後から聞こえ、少女の右の頬を掠めるように兄の手が真っ直ぐ前方に差し出された。

   手の平が素早く魔法印を結ぶ。
「解放。・・・僕も、じきに出る。待ってて」
   言葉と同時に背を押され、思わず踏み出した先には、凄まじい光に切り裂かれたこのテリトリの出口が蒼い口をぱっくりと開けていた。

   少女は懸命に振りかぶり、兄に何かを伝えようとした。必死な目に、涙が浮かぶ。そのまま、稲妻のような閃光が彼女を飲み込んだ。

   陽炎のように一瞬だけ残った残像は、子供の頃のような
素直な表情を表していた。



   兄は・・・リエルは知らず微笑んでいた。たった一人の妹、自分はどんなに彼女を大事に思ってきただろう。

   自分を追って魔剣士となり魔物と対峙するようになった彼女を、どれだけ説得し止めさせようとしたか。
   いつしか自分が守ってやる必要もないくらい一流の魔術の使い手となっていた。

   こんな所まで追ってきた彼女の優しさを思うと、胸が苦しい。
   自分が亡き後、誰が彼女を見守ってくれるのだろうか。



   背後から腕がまわされ優しく自分を抱きしめる。今度は、見慣れたルシの腕だ。青緑の光る鱗に覆われている。そっと体をもたせて寄り添う。

「ルシ・・・何で僕を、女にしたんだ?」
「・・嫌だったか?」
「嫌じゃないけど・・・」
  リエルはちょっと微笑んだ。
「・・・変な、感じだな」

「俺は、ずっとお前が好きだった。お前がいたから、ずっと人間でいられた。ヒトは、異性でないと愛し合えないだろう? だから、この場所でくらい、お前が女になってくれたらって・・・嫌なら、戻す」

「・・・いいよ、このままで。僕も、ルシが好きだよ。他の誰よりも。今の僕があるのは、ルシと出会ったからだ。・・・さっきの言葉は、僕の、真実・・・」

   リエルは、もう一度、先程の言葉を繰り返した。
   ルシは力を込めてぎゅっとリエルを抱き締める。
   腕は震え、彫りの深い美しい顔はひどく青ざめている。

「・・・ここに、いてくれ。行かないで。お前を失ったら、俺は生きていけない。・・・生きて、いけるわけがない。頼むから・・・」

「ダメだ。僕は、人間だ。死ぬときは、死ぬ。こんな異空間で、閉じ込められて生き続けたら、いずれヒトは狂ってしまう。魔物になんかなりたくない。ヒトとして、死なせてほしい」

   確固とした意志が込められた静かな言葉に、ルシは返事を返さず、ただ強く腕に力を込めた。

   美しい薄桃色の花びらは白く発光しながら、まだ降り続けている。もはや花びら以外何も見えない。
   足元は既に降り積もった花びらで埋もれつつある。

   淡く光るやわらかな花弁を、リエルはそっと摘まみ上げた。少し唇の端を上げて、微笑んだ。

「これは、涙だろ。お前・・・泣いてるのか」
「・・・・」
「泣くなよ。僕は信じている。いつか、また会おう。ヒトは転生するから。僕は、いつかまた、ルシに会うよ」

「・・・いつか、なんて。俺は信じない。それに俺は、半分魔物みたいなものだ。ヒトとして転生なんて、できるかどうか・・・」

   リエルはふわりと笑った。
   顎を上げ、後ろから自分を抱くルシを見上げた。額にかかる漆黒の髪を指先で摘まむ。
   前髪の間にのぞく切れ長の瞳は、深い碧緑を絶望に歪め、今にも壊れそうなほど哀しげにリエルを見つめている。

「バカだな。お前はヒトとして生きた。絶対、大丈夫だよ・・・約束しろよ。これからもヒトとして生きること。いつか、僕ともう一度出会うまで」

   どんどん増えていく花びらが、狂ったように舞い散っている。窒息しそうなほどの量だ。
   ルシはリエルを見つめた。

「じゃあ、お前も、約束してくれ。・・・今度会った時は、俺を恋人として愛すると」

   リエルは困ったように微笑んだ。ルシに顔を寄せ何か問いかける。ルシが目を見開く。

    微かに空気を揺らした言葉は、あまりに儚く、ルシの耳にしか届かなかった。

    降りしきる花びらはそっと重なる二つの影をまたたく間に覆い隠した。

   


   ウリファは、暫しの後に、閃光とともに現れた兄を抱き止めた。すぐに、木陰に用意していた褥に横たわらせ、魔物に見つからないよう強力な結界を張る。

   兄の体には大量の布が巻かれており、全て滲み出る血液のため赤黒く変色していた。優しかった顔も、今は右半分が焼けただれている。顔が苦痛で歪んでいた。

   すぐに、痛みを和らげる魔術をかける。治癒の魔法は使えない。受けた炎に特殊な呪いがかかっているからだ。

   再び上方で閃光が閃き、ルシが現れた。リエルを寝かした脇にある木の梢に降り立つ。暗い森の夜でも木々の間から僅かに洩れ入る月光を受けて、その体はぬめぬめと艶やかに青く光っている。

   彼は結界を物ともせず通り抜け、獣のような歪な四本の足を使って、するすると滑るように音もなく地面に降り立つ。

「ルシ・・・」
  ウリファの口からその名がこぼれた。彼女は静かに言葉をかけた。
「兄を、返してくれてありがとう・・・」

   苦しむリエルを見て、ルシは顔を歪める。
   その表情を見ながら・・・ウリファの胸に奇妙な違和感がわき起こった。
   何か・・・何かが、おかしい。
   
    じっとルシを見つめる。ルシはその視線に気づいて、ウリファを見た。
    蒼白の顔にはじっとりと汗が滲み、いつも冷ややかで乱れることのないルシの声が、ひどく掠れていた。

「今、ダガを呼んだ。・・・頼みがある。ルシを看取った後、二人で俺を殺してくれ」
「な、何故・・・?  できない、そんなこと」

   ダガは今、魔術による治癒を受け付けないリエルに使える薬草がないか、探しに行っている。例えあったところでこの傷では焼け石に水だが、居てもたってもいられないと走って行った。

   四人は、この森に・・・魔物を従え禍禍しい災禍を振り撒く闇の王を仕留めるために来ていた。少しずつ核心に近づきつつあった。
   暗黒王自らによる急襲を受け、リエルの半身が豪火に燃やされるまでは。
   
「リエルと約束した。彼は君を、後に残すことを心配している。・・・だから、俺は、いま、あれを取り込んだ」

「あれって・・・何? 何を、取り込んだっていうの・・・」

   ウリファの声は緊張のあまり震えていた。まさか。
   でも・・・ルシなら有り得る。次元に干渉できるほどの能力をもつ魔術師。あの、強大なテリトリを体感した後だからわかる、底知れない力・・・。

「暗黒王はいま、俺のテリトリにいる」

   予想した通りの恐ろしい事実を聞いて、ウリファの顔には冷や汗が吹き出る。

「あの中では、あの男の馬鹿力で、強力な魔力でどれだけ暴れても、外に出ることはできない。奴の腹心の、次元に触れる能力者、あれが手を出さない限り・・・だがあいつは今、先程の戦いで負傷し、回復の繭にこもっている。手出しはできない」

   ウリファは二の句が告げない。目を見開いて、ルシを見つめた。

「そんなことして・・あなたは、どうなるの。耐えられるはずがない。テリトリごと、破壊されるわ」

   そうなれば、ルシの精神は壊れてしまう。テリトリは術者の精神と密接に関連しているからだ。術者を壊せば、次元に触れる能力者でなくても脱出できる。

「そうだな。奴は今、力を溜め込んで俺のテリトリそのものを破壊しようとしている。だが、破壊する前に、俺が死んだら・・・この世界との繋がりの糸が切れる。そうなれば、破壊したところで戻ってはこれない。次元の狭間で消滅するだけだ」

   ウリファは呆然と彼を見ていた。自殺行為だ。自分の命と交換に、暗黒王を倒そうというのか。
   ルシの腕を掴んで、震える声で訴えた。

「私のことは、大丈夫だから・・・そんなことは、やめて。今すぐ暗黒王を解放して。あなたの命と引き換えの安寧なんて、いらない」

「俺は、リエルのいない世界で生きていきたくない。一緒に、逝きたいんだ・・・理解してくれ」

   がさりと物音がして、ダガが現れた。走ってきたのか、息をきらしている。
   女性とは思えない逞しい体躯の偉丈夫は、意外にも白魔術に精通している回復係だ。手に薬草を一抱え持っている。

「さっき、すぐ来てくれってルシの声が飛んできた。リエルに、何かあったのかと・・・こんな濃い結界張ってたから、わからなくて惑っちゃった」

「ダガ・・・・」

  ウリファの瞳から涙が溢れた。ダガにすがり言葉もなく嗚咽した。ダガはウリファを抱き問いかけるようにルシを見る。
  ルシの説明を聞いて、ダガは激昂した。

「何考えてるの! そんなの、絶対許さないわよ! あんたの命と引き換えにする必要ない。私は絶対あんたを殺したりしない!」

   ルシは微笑んだ。
「随分、優しいな・・・いつも、俺のことを化け物扱いしていたじゃないか。近くに寄ることさえなかったのに」

 「それは・・・悪かったわよ。私、爬虫類苦手なの。あんたが、爬虫類だと思ってるわけじゃないのよ? ・・でも、どうしてもさ・・・。ちゃんと、仲間だとは思ってるわよ」
   ダガは気まずそうに目をそらした。
「とにかく、それは却下。早く奴を出して」

   突然、リエルが咳き込んだ。顔色は土のように白く、続く息は酷く切迫していて、喉からは何かが絡むようなおかしな音が聞こえてくる。

   もう、終わりの時が近づいている。
   察して、三人とも急いで彼の元に駆け寄った。

  リエルの元に皆で寄り添い、そっと言葉をかけながら・・・最期の時を過ごす。
   痛ましい、切ない、心のやり取りの後で、彼の言葉は静かに途切れた。

  リエルは息を引き取った。
   彼の胸に突っ伏して泣いていたウリファは、涙で濡れた頬を上げて・・・ルシを見た。
   そして大きく目を見開く。それは。

  人の 心が、壊れる・・瞬間。

「ウリファ・・・! 結界!」
  ダガの絶叫。ウリファは最速で印を結びルシに結界を被せる。
   硬直した奇妙なバランスで立ち上がるルシの周りに、二重三重に凄まじい火炎が螺旋をまいて立ち上る。呪いの火炎。リエルを焼いた炎。

「む、無理・・・私じゃ、押さえられない・・」
  恐怖で体が震える。見開いた目に涙が滲んだ。
「ウリファ・・・もう、ダメだ。やるしかない。ルシを・・・」
  ダガが切羽詰まった声で言う。
  ルシが壊れた。テリトリが破壊されたのか。
  だが、まだこちらへ暗黒王が転移してきた訳ではない。まだ完全に壊れた訳ではないはずだ。一か八か。間に合うか。

   二人の顔から表情が消えた。
   
   ダガは槍を手に取る。ウリファも使い馴れた魔剣を手に取った。


   ゆっくりとかつての仲間に、その切っ先を向けた

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