キリストにAI開発してもらったら、月が地球に落ちてきて人類滅亡の大ピンチ! 前代未聞、いまだかつてない物語があなたの人生すら変えてしまう ~ヴィーナシアンの花嫁~

月城友麻

2.フレンチ・フルコースの勝利

 俺はすかさず
「もちろん、どうぞ! 美味しいよ!」
 と、少し震える手でプラカップを渡して注いだ。美人には慣れてないので緊張する。
 
 彼女は片手をそっと添えて丁寧に受け取る。
 品のいい娘だ。
 ワインを注ぎながらちょっと顔を見ると、透明感のある大きな琥珀色の瞳にシャープなギリシャ鼻が印象的だ。
 
 一口含むと
「うわぁ~! これは凄いですねぇ!」
 と、眩しい笑顔で歓喜の声を上げる。今の瞬間を撮ったらTVCMにでも使えそうなビジュアルだよ。ドキッとする。
 
 話を聞くと彼女は応京大学の学生で、今日はサークルでBBQらしい。
 応京大学と言えばお坊ちゃま、お嬢ちゃまで有名な大学だ。確かにテントから車からいかにもな高そうなブランド物で揃えている。

「君たちの所はなんだか豪華なBBQだねぇ」
「そうですねぇ。でも学生が贅沢しちゃまずいと思うんですよ、本当は……」
 思ったより常識的なんだな、好感が持てる。
 

           ◇


 ワインを交わしながら雑談してると若い男がやってきた。
 
「ダメだよ。美奈ちゃん! お隣さんに迷惑かけちゃ!」
 ボーダーのインナーに紺のシャツを羽織った少し甘いマスクの男が女の子に声をかける。
 
「え~、ワイン貰っただけだし」

 俺もすかさず
「迷惑なんかじゃないですよ、良ければ一緒にワインどうですか? 美味しいですよ」

 男はちらっとテーブルのペットボトルを見ると、
「ペットボトルのワインなんて美味しい訳ないだろ? 僕はパパからいつも一流のワインを飲ませてもらってるんだ。ちゃんとしたワインじゃないと体が受け付けない」

 またこれか、ワイン好きというのは本当に面倒な連中だ。
 生意気な小僧には意地でも飲ませてやる。
 
「じゃ、このワインが美味しかったらどうする?」
「はっ! パパ行きつけの三ツ星フレンチにでも招待してやるぜ!」

「よーし、みんなー! フレンチ行くぞ~!」
「おぉぉぉ!」「やったー!!」「キャ―――――!」
 奇声が上がる。酔っ払いたちは騒げるネタならなんでもいいのだ。
 
「美味かったら、だからな!」
 男が念を押してくる。
 
「まぁ、飲んでみろ」
 
 プラカップにワインを注いで男に渡す。
 男はすかさず香りを嗅いで……眉間にしわが寄った。
「なんだ……この香りは……」

 そして、軽く口に含んだ
「んんっ……」

 黙ってしまった。
 
 すかさず俺は
「フレンチは明日の晩、10名様で予約してくれよ」
 と、言ってやった。
 
 男は憮然とした表情で
「いや、俺は認めないよ! こんなの全然美味くない!」
 俺と目を合わさないようにしながらふてぶてしく言い放った。
 
「シュウ君、嘘ついちゃダメだよ、こんな美味しいワインにケチ付けるなんて最低よ!」
 美奈ちゃんはクリっとした可愛い目を見開いて諭すが男は引かない。
 
「美味いかどうかは主観で決まる、俺が美味くないと言えば美味くないのだ!」
 
 向こうでクリスの表情が堅くなったのを見逃さなかった。あーあ。

 クリスが静かに歩み寄ってきて問いかける。
「…。この聖なるワインを侮辱するのであればそれなりの神罰が下るが良いのか? 太陽興産の跡取り息子の修一郎君?」
 
「何で俺の事知ってんだ? 美奈だな! 勝手に個人情報話すなよ!」
「私じゃないわよ!」

「…。美奈さんは関係ありません。私はあなたの事を良く知っています。その右ポケットに入っている物が何かも知っています」

 修一郎という名前らしき男の顔色が変わった。
「お、お前には関係ないだろ!」
 
 何かヤバい物を持っているらしい。おおかたマリファナとかその手の類だろう。イキがる若者はそういう物に惹かれるからな。
 それにしても太陽興産、聞いた事がある。確か中国との貿易で最近業績を伸ばしていた会社だ。

 スマホで検索すると……株価もここの所右肩上がりである。社長は田中修司、修一郎の親父さんだろう。
 
「太陽興産だって? 最近絶好調な所じゃないか」
 俺が声をかけると、

「そう! パパは凄いんだ。応京大学のOB会の理事もやってるのさ」
 修一郎は自慢したくて仕方ないらしい。
 
 クリスは俺のスマホを覗き込むと……
「…。なるほど、それじゃ神罰は太陽興産に下るだろう。『太陽興産には失望させられたよ』」
 そう言った瞬間、太陽興産の株価の表示が真っ赤になった。

 俺はその表示に焦った。
「うわ、株価が暴落し始めたぞ!」
 
 修一郎は俺のスマホをひったくると
「な、なんだこりゃ!?」
 
 とんでもない数の売り玉が次々と買い板を飲み込んでいく。
 さっきまで前日比プラスだったのにもうマイナスに落ちている。

 修一郎は焦ってクリスに絡む。
「お前! 一体何をやったんだ!?」
「…。別に何も? 単に失望しただけだが? 『太陽興産には失望させられたよ』」
 また大きな売りが追加された。

 株価の下げは留まるところを知らない。
 修一郎は食い入るようにスマホを見つめるが、売りは増えるばかりで誰も買いを入れない状況が続いている。
 もうすでに50億円近く時価総額は落ちている。
 修一郎が下らない嘘をついただけで50億円が飛んだのだ。
 
 そもそも株価はマーケット参加者の気分で決まる。これから値上がりすると思えば買いが増えて値が上がり、値下がりすると思えば売りが増えて値が下がる。
 クリスがどうやってるか分からないが、マーケット参加者の気分を弱気にしたのだろう。皆が値下がりすると思えば株価は下がる一方なのだ。
 みるみるうちに株価はどんどん下がっていく。
 
 修一郎は顔面蒼白である。
 クリスに食って掛かる。
「ワインが美味いかどうかでなんで株価暴落するんだよ!」
「…。美味いかどうかじゃない、嘘をつくかどうかを神は見ているのではないかな?」
「俺にとって美味いかどうかは俺が決める! 俺が美味くないと言ったら美味くないでいいじゃないか!」
 その瞬間また多量の売りが出てさらに株価の暴落が加速していく。
 
 あーあ。

 クリスは軽く首を振りながら憐みの表情で修一郎を見つめている。
 
「パ、パパに電話しなくちゃ……」
 震える手でスマホを操作した。

「パパ、僕だよ、修ちゃん。え……? やっぱり暴落は本当なの? まずいの? あれ? パパー? パパー?」
 切られてしまったらしい。
 株価はさらに落ち続け、もう時価総額は100億円くらい消えてしまった。
 
 修一郎はしばらく呆然としていた。
 理屈は分からないが、とんでもなくダメな事をしてしまった事を本能的に理解したようだ。

 彼は意を決してクリスに向き直ると
「僕が悪かった……。何でもする。だからパパを助けて……」

 もはや涙声である。
 調子に乗った奴の末路は悲惨だな。
 ちょっと胸がスッとする。
 
「…。ワインは美味しかったかね?」
「美味しかった! 美味しかった! 最高でした!」

 俺はすかさず、
「フレンチ10名様、予約入れろよ!」
「入れる! 入れる! 今すぐ入れる!」
 
 クリスは修一郎の目をじっと見つめ、小声でつぶやいた。
「…。『太陽興産は言うほど悪くなかったな』」
 
 すると、あれ程多量にあった売りがパッと消えた――――

 その後徐々に買いが入り始めた。買いが出てくると動きは速く、株価は急速に元に戻って行った。
 修一郎は大きく息を吐き、力なくよろよろとしながら椅子に腰かけた。 
 クリスを敵に回してはならない、俺は強く心に誓った。
 
 それにしてもクリスの力は恐ろしい。株価を操れるという事は無限にお金儲けができるという事。何億でも何十億でも好きなだけ儲けられるという事。とんでもない力だ。
 でも神様の力を金儲けに使うというのは絶対に許されない。洗礼を受けてしまう。
 
 やり取りを見ていた美奈ちゃんが、するするっとクリスに近づいて話しかける。

「すごぉい! 一体どうやったんですかぁ?」
 うは、実にストレートだな。
 
「…。私は何もやっていない。不誠実な者に天罰が落ちるのは当たり前でしょう」
「ふぅん……。クリスさんは天罰を呼べるんですね」
「…。全て神の思し召しです」
 そう言ってクリスは祈る仕草をした。
 
 修一郎はレストランに電話しているようだ。

「予約取ったから明日7時に銀座のここに行ってくれ」
 そう言ってぶっきらぼうにスマホの画面を俺に突き出した。

「お、こないだ三ツ星になった店じゃないか! 行きたかったんだ、ありがとう!」
 俺は上機嫌で修一郎の肩をポンポンと叩いた。

 クリスはスマホを覗き込むと
「…。高そうな店だな……。少し会社を応援しておくか……」
 
 太陽興産に買いが殺到しているようだったが、見続けるのが怖くてスマホは切ってしまった。
 
 
              ◇


「誠君、ちょっと……」

 酔っぱらっていい気分になっていたところ、義兄 にいさんにテント裏に呼び出された。

「このワイン美味かったでしょ?」
 俺がワイン片手に上機嫌で自慢すると……

「美味すぎる、これはオカシイよ……」
 そう言って深刻そうな声を出す。

「こんなワイン、人の作れるものじゃないし、あんな株価操縦なんてできるはずがない。それにうちの子のケガも治したんだって? 人間技じゃないよ!」
「うーん、だから神様なのかと思ってるんだけど……」

義兄 にいさんは呆れた顔をして言う、
「誠君、君はエンジニアだろ? そんな非科学的な事言っちゃダメだよ!」
「じゃ、義兄 にいさんはクリスを何だと思ってるの?」
「可能性は三つ……」

「1.ナノテクノロジーを駆使した高度な科学文明を持った知的生命体」
「2.幻術を使う催眠術師」
「3.シミュレーション仮説上の管理者」

「これしか考えられない。」
「シミュレーション仮説って何?」
「この世界が仮想現実だって言う話。つまり、ここはVRゲームのフィールドだって事だよ」
「いや、さすがにそれは……」
「いや、俺もそれは無いとは思ってるよ? 地球をシミュレートしようと思ったら地球より大きなコンピューターと天文学的な莫大なエネルギーが必要なんだから。そんなバカげたこと何のメリットもない。だとすると、ナノテクか催眠術師か……」
「催眠術師だったら俺達化かされてるって事? このワインも水?」

 俺達はジッとワインを見つめた……

 しかし、どう見てもワインにしか見えない。

 そして再度慎重に味わってみた……

「美味い……よなぁ……」
 
「分かった! 俺の友達に頼んで成分分析をしてもらう。これでナノテクか催眠術か白黒つくだろう」
「お願いします。俺はしばらくクリスと行動を共にしてみるので結果わかったら教えてください」

 そう言って俺達はクリスには内緒にクリスの正体を探ってみる事にした――――

 ただ、人類を遥かに超えた科学文明を持った知的生命体にしても、こんな美味いワインを出せる催眠術師にしても俺からしたら十分に神様なんだが……。


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