テクノロジカル・ハザード ~くびきから解き放たれたトランスヒューマンは神か獣か~

和多野光

第1話「リスラーブ大森林」

「何よ、これ……」
 眼前に広がる光景に、思草紫苑オモイグサ・シオンは思わず声を漏らした。
 魔素によって変容した多様な植物が生い茂る魔境、リスラーブ大森林。
 人類が生まれる遥か以前から存在すると言われているこの場所は魔物達の棲家でもあり、ここで採れる素材や獲物で財を成す冒険者も少なくはない。
 だが、その反面。広大すぎる土地と生息している魔物の強さも相まって命を落とす冒険者も多く、冒険者の墓場としても有名な場所だ。
 そんなリスラーブ大森林の未踏破区域手前、最前線。マナレスト地区にてシオンはあり得ない光景を目の当たりにしていた。
「森が……ない……?」
 それが正しい表現なのかどうかは分からない。
 しかし、そうとしか言い表せない程綺麗サッパリと広範囲に渡って森が消失していた。
 シオンは急いで身に付けていた通信用の魔導具に魔力を流す。
「もしもし、猫柳ネコヤナギ君?」
「はいはい、こちらネコヤナギ。どしたんオモイグサさん、またえらい場所からかけてきとるね。この発信位置やと、リスラーブ大森林の奥地も奥地やんか。緊急事態?」
「場合によっては、ね。数ヶ月前に大規模な地震があったの覚えてる?」
「そら覚えとるよ~。日本育ちの僕等でさえ驚くような規模やったもん。寧ろあんな規模の地震が来たのに結界魔法のお陰でなんもかんも無事でした、なんていうトンデモ結果の方が僕的には信じられへんのやけど」
「……それは完全に同意するわ。つくづく異世界って何でもありよね。文明が進んでるんだか遅れてるんだか分かりゃしない」
「魔法なんて便利なもんが存在するせいやろね。でもまあ例え僕等の世界より先の『物』が有ったとしても、それを作る『技術』の無い世界やからそこは一長一短やと思うよ?僕等が作り方も知らんのにスマホアプリ使ったりするんと一緒、一緒。気にしたら負けやって」
なはははは、と魔導具越しに聞こえてくるネコヤナギの声に「いや、貴方(ネコヤナギ君)は知ってる側でしょう?」と言うツッコミをシオンは飲み込んだ。
事実、この通信用の魔導具もネコヤナギが自ら作った物なのだ。
まぁとは言っても繋ぐ・話す・切る程度の機能しかなく、それもシオンが貰ったピアス型のモノ(子機)は親機(ネコヤナギ所持)にしか繫がらないのだが、この魔道具が量産されるだけで滅ぶ国が出てきてもおかしくはない。
 本人もそれを自覚はしているのか、こういったモノはクラスメートの中でも極一部の者(実はシオン以外にはいないのだが)にしか受け渡していないとの事だった。
「話を戻すわね……で、その地震発生前に『リスラーブ大森林の空が割れた』って言う話を偶然耳にしたの」
「……へぇ、『空が割れた』?そら聞き逃せん話やね。で、今現在現地におるオモイグサさんの見解は?」
「……何が来たのかは分からないけれど、龍種レベルの力を持った存在がこの世界に追加された可能性があるわ。余震が無かった事を考えると、あの地震も『これ』を行ったその何かが起こしたのかも」
「『これ』?」
「マナレストから見える範囲の未踏破区域の森林が全て綺麗さっぱり無くなっているの。まるで干ばつ。大地はひび割れて、雑草すら生えてない」
「それホンマ……?そこ、あのリスラーブ大森林やんね?」
「ええ。焼いても切ってもすぐに再生するで有名な、あのリスラーブ大森林よ?」
「「……」」
 2人が沈黙してしまうのも無理は無かった。
 リスラーブ大森林は一部の者から『不死の森』とも呼ばれる程、植物の再生速度が異常に早い特殊な植生帯域である。それが一部とはいえ機能していないということは、その土地の魔素脈(龍脈)が完全に絶たれている事に他ならない。
 無くなったのか。使われたのか。はたまた、奪われたのか。真実は定かではないが、何にせよ数平方キロメートル単位の土地に蓄えられていた魔素が丸ごと消失してしまうなんて事は最早異常事態以外の何ものでもなかった。
「とりあえず、私は一旦イングランスに戻るわ。ギルドへの報告もあるし、そろそろ帰らないとシャロンに怒られるから」
「りょーかい。僕も一応警戒しとくわ。あ、そうそう。ガルデニア帝国におる元同級生さん達やけど、遂に動かされるみたいよ?イングランスにも何人か行くと思うから気いつけて」
「……ねぇ、ネコヤナギ君。いつも思うんだけど、そんな機密情報をいったい何処から仕入れてる訳?」
「なはは、幾ら同じ転校生のよしみでもそれはナ・イ・ショ♪まぁリスラーブ大森林に単独で潜れる様なオモイグサさんなら大丈夫やと思うけど、また何かあったら連絡ちょーだい。ほなね~」
 と、一方的に通信が切られた。
「はぁ……」
 思草紫苑と猫柳恋レン は震災により転校を余儀なくされた高校生だった。
 だが、転校初日。
 自己紹介も儘ならないまま同級生達と共に此方に召喚され、今日に至っている。
「あれから2年……か」
 思えばきちんとした自己紹介なんて教室に入る前、同じ転校生として顔合わせしたネコヤナギ君としかしていなかったな。と、シオンは回顧する。
「未だに謎なのよね……」
あの時、「オモイグサさん、ものは相談なんやけど一緒に逃げへん?」とネコヤナギの提案を飲んだのはシオンだ。
 今でもその判断は間違っていなかったとシオンは思っている。
 同級生や担任が召喚されてパニックの中、シオンは未だ記憶に新しい震災を思い出していた。
 恐らくネコヤナギもそうだったに違いない。
 混乱の中、二人が冷静でいられたのは似た様な光景を知っていたからだろう。
 無論、行く当てもないまま子供が集団から離れてしまえば時を待たずして路頭に迷うのは目に見えている。突然そんな事を言われても否としか答えるつもりは無かったのだが……騒ぐ同級生達を静める為に担任の首を躊躇なく斬り落とした異世界人達を見て、シオンはその考えを改めた。
此処には地球で言う過激派武装組織に近い立ち位置·考え方の人間しかいないらしい。ただ救いを待つだけでは洗脳か隷属、或いはその両方か。そんな最低の未来しか訪れないだろう。
 ただ、自分達を召喚(拉致)した者達の目をどうやって潜り抜けるのかと思っていたら「僕のスキル、誰か一人までなら一緒に認識阻害出来るみたいなんやけど」と聞いて、あの状況でいつの間にそんな事(スキルorステータスチェック。異世界系小説の定番)までしていたのかと驚嘆したのは今でも覚えている。
 そして二人は無事にガルデニア帝国から脱出し、今ではそれぞれ冒険者として生活基盤を築いているのだが……ここ最近、ネコヤナギの拠点だけがどうにも不明瞭なのだ。
 元クラスメート?達の居るガルデニア帝国は論外として、ウェアリア共和国(獣人の国)、イングランス王国(魔女の国)、エルカトル連邦(ギルド連合国)等の主要国家に住んでいる様な素振り(会話)が無い。
 残された選択肢としてはルシア皇国(魔国)やヴァナルス(エルフ自治領)、イミルミゼット(ドワーフ自治領)等の独立国家群が挙げられるのだが「まさかね……」とシオンは頭を振り、帰途についた。 
  




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