人面烏奇譚(仮)

キコリノ イズミ

首吊り送電塔のウワサ


胸の高さほどある草むらの隙間を小夜子は歩いていた。

学校終わり、適当な理由をつけて部活を休んだだ彼女は、家に帰ることもなく制服に鞄姿のまま、橋のある河原に向かっていた。
街の北側に位置する河原の一画には、セイタカアワダチソウが生い茂り、そこに踏み入れた者の行く手を無造作に阻んでいた。

茂みの中には時折、雑誌やコンビニ弁当の容器などが色褪せた状態で散乱しており、決して気分の良いものではなかったが、一応人が踏み入れたことのある場所なのだと、どこか彼女を安心させていた。

茂みを掻き分けたら動物の死体、いやもしかしたら人間の死体があってもおかしくない、と彼女は出来るだけ視界の広い場所を選んで進んでいたが、結果として目的地へは大分遠回りをする事になってしまっていた。

(やっぱり寄り道せずに橋の近くから降りたほうがよかったかな)

目的の橋の下へ向かうのだったら土手の散歩道から河原を抜けて行けば、途中にある送電塔も見れるかもしれない。
無駄を省き合理的に行動するために考えた計画だったが、どうやら失敗のようだった。
自分の選択ミスを恨みつつ、50mほどの距離にまで近づいた鈍い鼠色をした巨大な送電塔を見上げた。

(これがウワサの首吊り送電塔かな?)

カバンからスマホを取り出し、メモアプリを立ち上げ、地元新聞のウェブサイトの記事をスクリーンショットした画像を開く。
そして画面と送電塔を交互に見比べて、大きく溜め息をついた。

(写真が小さすぎてよくわかんないや)

再び送電塔を見上げた彼女は恐る恐る、そこに何か違和感はないかと目を凝らした。
首吊り死体はないにしても、何かそれらしい痕跡はないものか。
そんな期待と不安の入り混じった心配は杞憂に終わり、再び送電塔へ向かって歩き出した。

近づくにつれその大きさに圧倒される。
見ただけでは具体的な高さはわからなかったが、自分の知る限りこの街のどの建物よりも高く感じた。

厄介な草むらを抜け、ようやく最初の目的地へ到着したところで、ようやく彼女は一息ついた。
少し拓けたその場所で自分の周囲をぐるりと見渡す。
ここまで歩いてきた方角は草だらけで進入困難だったが、その反対側は舗装こそされていないものの車一台くらいは走れそうな砂利道が敷かれていた。

(定期的に人が来て点検とかしてるってことかな?)

送電塔の周囲は黒い鉄檻のような柵で囲われていて、入り口部分には鍵がかけられているようだった。
所々に「危険」「立入禁止」のような看板が並んでいたが、ちょっと工夫すれば柵の上から中に入ることなど容易に思えた。
周囲に監視カメラのようなものも見あたらない。
しかし、今日はスカートだし制服を汚したくないから、と普段まったく気にしないことを理由にして敷地内への侵入は諦めた。

(確か送電塔の工事中に事故で落下した人の首にロープが巻きついて首吊り状態で亡くなったのよね。
以来、同じ場所で数件首吊り状態の遺体が見つかっている。
ただしどれも事故か自殺か他殺かは不明・・・)

ウワサの内容を思い出しながら送電塔を見上げると、規則正しく組み上げられた鉄の模様に、何だか吸い込まれそうな錯覚を覚えた。
いつの間にか日が傾きはじめ、青みが薄れた空を分断する黒い影が彼女の胸をざわつかせた。

(こういう大きいのって不思議と心惹かれるのよね)

自分でもハッキリと理由はわかっていなかったが、この送電塔やこれから向かう橋の橋脚など、無機質で巨大な人工物のことを思うと彼女の心は高揚していた。

(どうやってこの巨大な建造物を組み上げていくのだろう?)

そんなことを考えながら、彼女はその隅々を見上げ何かを探していた。
しかし幾何学模様にも見える鉄の影の中に、彼女が期待しているような違和感は見つけられなかった。

(ま、ここじゃないかもしれないしね)

気持ちを切り替えて橋へ向かおうと視線を下ろした時、コンクリートで固められた送電塔の左奥の足元に、緑色のお酒の瓶のような物が倒れているのが視界に入った。
割れているようではなかったが、蓋がないのか中身は入っていないように見えた。
その周囲は赤茶けた鉄錆のようなものが、染みのようにコンクリートの上に広がっていた。

(誰かが中に侵入してゴミを捨てていったのかしら?
・・・それとも、なにか供養みたいな・・・)

そこまで考えた彼女の背筋に一瞬寒気が走った。

(・・・そんなワケないか)

半ば強引にその可能性を押し込めて、小夜子はその場を立ち去ることにした。
鉄柵の右側を息を潜め早足で歩き出す。
そしてそのまま送電塔を見上げることも振り返ることもなく、橋の方へと真っ直ぐ歩き始めた。

送電塔を背にして100歩数えたところで小夜子は足を止め、大袈裟に息を吐き出した。
心音はかなり高まっていたが、何度か深呼吸をして彼女は平静を取り戻していった。
そうして今度はゆっくりと橋の方へと歩き出す。
フフっと思わず息をもらした彼女は、自嘲気味に微笑んでいた。

(・・・よし、何にもなかった・・・!)

そう安堵してふと送電塔の方を振り返る。

その刹那、男の叫び声にも似たカラスのような鳴き声が彼女の耳に木霊した。

いつの間にか黄味がかった空に、巨大な建造物の影が妖しく佇んでいた。

          

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